4-2
邦香からの久しぶりの呼びだしは、ジーンの入国を出迎えて三日後だった。
観光客で騒がしくない、鄙びた温泉に行きたい、というジーンの要望に応えて、西伊豆の露天風呂巡りへと連れだしていた俺は、事情を説明して旅を中座すると、指示された場所へと向かった。
――懐かしい、が些か殺風景だな。
待ち合わせに指定されたのは、意外な場所だった。
俺が邦香と出会うきっかけとなった、県立高校。
「まぁ、これも仕方がないんだろうが」
俺は殺風景な周囲を見回して独りごちた。
前回、訪れた時は賑やかな文化祭の真っ最中だった。
けれど、あれからさらに月日が経ち、俺たちの母校はいつの間にか周辺の高校と合併され、寂れた校舎は工事用フェンスで囲われていた。
近年、この国の出生率は徐々に回復しつつあったが、さりとて突然人口が増える訳ではない。『ラクシャス』が統治するようになって以降、教育水準の維持と効率化を目的とした学校の統廃合は、全国でごくありふれた出来事だった。
新高校への統合が決まり、校舎を離れる際に残されたのだろう。各教室のホワイトボードにはカラフルな落書きが全面に描かれていた。荷物や勉強机が何一つ無い、がらんとした広い教室に記された様々なメッセージに、余計もの悲しさが募った。
積もった埃と土汚れの上を、土足で歩いて回る。
ふと気になって二階に上がり、生徒会室を覗いてみる。ここだけ、何故か事務机とスチールロッカーが残されていた。どちらも中は空だった。
後輩の助けになればと残していった『デジタル執行部』――生徒会版『ラクシャス』はどうなったのかな。
統合された新高校の生徒会へ引き継がれたのだろうか。それとも途絶えてしまったか。
わざわざ確認する気にはなれなかった。残っていて欲しいような、途絶えていたとしても納得できるような、複雑な気分だ。
「こんな所に居たんですか」
感慨にふけっていると突然、後から声をかけられて俺はふり向いた。
「……薫さん?」
はっきりと見覚えがあるのに、とっさには名前が浮かばず、恐る恐る訊ねる。
廊下から入ってきたのは、背の高い、落ちついた雰囲気の美女だった。地味なツーピースのスーツ姿なのは、あの頃と同じだ。
「ご無沙汰いたしております。智成様」
両手をあわせ、丁寧に頭を下げる。その姿を、俺はぼんやりと眺めた。
二人きりで会うなんて、いつ以来だろう。
村政版『ラクシャス』普及のために奔走していた頃は、毎日、片時も離れず活動していた。それこそ周囲から男女の関係かと詮索されるほどに。
しかし、浅沼さんが俺の身辺警護の任から外れた後は、一転して顔をあわせる機会すら無くなった。彼女はSPの統括責任者として、大規模な会議にこそ出席していたが、その際も会話の機会は一切なかった。
「お元気そうで良かった」
「薫さんこそ……お久しぶりです。でも、どうして?」
ここに俺を呼びだしたのは邦香だ。
なにか決め事があるわけではないが、邦香との間で、『ラクシャス』プロジェクトメンバーとしての連絡と、個人的な用件での連絡は区別がつく。今回は後者だった。
「邦香から聞いたんですか? それとも、薫さんも呼びだされて?」
「そうですね」
曖昧に相づちをうちながら、浅沼さんは部屋に入ってくる。
そして不思議そうに回りを見回した。
「こちらは、櫻井様との思い出の場所ですか?」
「思い出っていうか、俺か通っていた頃は生徒会室だったから……邦香と作った『デジタル執行部』――初代の『ラクシャス』は、生徒会運営アプリなので」
「ということは、全てはこの小さな部屋で始まったんですね」
直接の始まりは囲碁部の部室かもしれないが、生徒会版の『ラクシャス』といったらやっぱりこの部屋だろう。俺は頷いた。
「ああ」
「でしたら、やはりここで……そうですね」
浅沼さんは事務机の埃を払うと、その上に無造作に腰掛ける。
俺は驚いた。SPとしてつかず離れずの関係だった頃、机に直接座るような行儀の悪い真似はついぞ目にしたことがなかった。
長い、モデルのような整った脚につい視線がひきつけられかけ、そっと目を逸らす。
「突然で申し訳ないのですけど……あの頃の関係に甘えて、少し、お話しを伺ってもよろしいですか?」
「甘えて、って薫さんの頼みを断るわけはないけど、どうしてこんな所で突然」
「あまり時間が無いので、手短に。……以前どこかで、『ラクシャス』が全面的に導入された暁には、政治思想・信条といった概念は社会から消滅するだろう、と智成様は予言されていました」
問いかえそうとした俺は、浅沼さんの真剣な眼差しに気圧されて口を閉じた。
「政治思想とは、行政・統治における技術が未発達であるが故に生まれたあだ花で、洗練され正しい統治方法が見いだされた暁には、いずれ消えて無くなる存在だと。しかし、現在の有り様はどうです?」
『ラクシャス』を始めとする政治アプリ導入後、右翼や左翼、保守やリベラルといった政治信条はゆるやかに消滅していくだろう。確かに、俺は以前そう予測していた。
日本語で歌ってもロックは成立するか。そんな思想信条の問題は、Jポップの隆盛と共に消滅した。今に至ってはロックという表現自体が存亡の危機にある。政治的思想信条も、同様に政治アプリの隆盛により消え去るのだろうと。
しかし、政治に関する思想信条は、今のところ消滅していない。というよりもしろ、より一層盛んになりメディアの取りあげる所となっている。
「……宗教になっちまったからな」
「宗教?」
俺は母親に言い訳する子供のような気分で、恐る恐る答えた。
「過去の予想通りいずれ霧散する日が訪れるかもしれないが……もしかしたら永遠に、そんな日は来ないかもしれない。最近ではそう考えるようになった。政治に関する思想信条は、もはや永久に答え合わせの機会がない、神学論争になったのかも、と」
病人から瀉血するか否かは、医術が未熟だった時代、生命をどう理解するか、人体とは何か、という思想信条の問題だった。
しかし、治療を続けていればいずれ答えが現れる。医学が確立し技術となれば、正解が定まるからだ。病人から血を抜いても、それだけで治る病はほとんど存在しない。
政治に関する思想信条も、本来であれば同様の道を辿るはずだった。
「政治アプリの施政が保守的か革新的かを、理解できる者は少ない。身も蓋もなくいってしまえば、節操なく双方の良いところ取りをするのが政治アプリの本質だ。しかし大多数に理解されない以上、思想家が、その成功例を自らの思想信条と同じだからだ、と強弁するのは容易だ」
「それが宗教的だ、という意味ですか?」
「どれほど科学が発達しても、理論上、神様など存在しない、と証明するのは不可能だ。『ラクシャス』たちに任せた瞬間から、政治も同様の存在になったんだ。どんな政治的思想信条も、間違っていると証明される日はもはや来ない。政治アプリが、最適解に近い答えを出し続け、それがどのような思想信条に類するものかは誰にも判断できないのだから」
もっとも、それはそれで決して悪くもない、と俺は言い添えた。
「何故かって、それが政治アプリ導入後のガス抜きになっているのも確かだからな。おかげで想像よりずっと反発は少なかった。政治オタク、ネットでの政治ネタ議論が生き甲斐だった中高年には必要なんだと思う。彼らはもう現実の政治には関われない。だったら連中の間でせいぜい盛りあがればいいさ。もともと邦香とは、彼らの鬱憤を晴らすために、選挙にかわるなんらかのイベントをこちらで用意する必要があるかも、とまで健闘していたんだから。そのへんも宗教と一緒だよ。実害が無い限り、神様が実在すると信じる者には信じさせておけばいい。それで救われる人々がいるのならね」
「そうですね。彼らの大半は、今のところ反『ラクシャス』運動とは距離がありますし」
浅沼さんは納得したように頷いた。
「政治が人々の手を離れた以上、政治オタクの間でどのような議論が交わされようと実害がないのは確かです」
「加えて、俺の理解も足りていなかったのかもしれない。思想信条ってのは本来、儒教などと同様に、人の生き方の指標だったんだ。政治はあくまでその一部分にすぎない。歴史や伝統、昔の知恵、経験則を大切にする姿勢は保守だし、新しい技術や思想、考え方を積極的に取りいれる生き方は革新。これらは対立する概念というよりは、人が豊かに生きていく為にどちらも必要な要素なんだよ」
「右翼や左翼的思想もですか?」
「確かにその二つは、より政治寄りの概念だけど、やっぱり生き方の指標にしてる人はいるだろう。もっとも、全体主義は政治アプリと相性がいいからな。今のところどちらの陣営からも『ラクシャス』の受けはいいようだけど」
「生き方の指標、ですか。であれば残るのも道理ですね」
俺の説明が腑に落ちのだろう。
すると、浅沼さんは話題を変えた。
「櫻井様に誘われて『ラクシャス』に関わるようになり、しばらしくてからある一つの疑問が生まれました」
まるで少女のように無造作に机に腰かけ、小さく脚を揺らしながら、浅沼さんは立ったままの俺を見上げた。
「私は智成様のように、政治家の娘でもなければ、プロジェクトに参加している多くの方々のように、多感な幼少期に過酷な経験をしたわけでもありません」
「そういえば、あんなにずっと一緒に居たのに、薫さんが『ラクシャス』に関わるようになるきっかけは、結局聞いたことがなかったですね」
「たいした理由はありませんから」
俺の問いに、浅沼さんは苦笑した。
「公務員のⅠ種こそ通りましたが、司法試験には受かりませんでした。五年間、試験に専念すれば当然、経済的には厳しくなります。あの頃は今よりずっと就職が大変で、奨学金の返済のためにも仕事が必要でした。条件の良い求人を探し当てて、けれど内容はよく判らないままに引き受けたら、櫻井様が待っていました」
「え? マジですか?」
あの頃浅沼さんは、ボディガードとして俺についてくれていた。
結局、危険はなかったが、一度事が起こればその身を挺して俺を守る役割だった。当然、命がけなわけで、まさかただの就職難からその任についていたとは想像だにしなかった。
「特に動機も無しに、護衛してくださってたんですか?」
「あの頃は目標を見失って、自暴自棄でしたから」
浅沼さんは懐かしそうに言った。
もっとも、その発言を額面通り受けとることはできない。深くて重い事情を抱えた者ほど、他人には語らないから。
「でもプロジェクトに加わってから気づきました。法曹界に入らずとも、世の中を変える方法なら幾つもあると。それからは自分なりに力を尽くしてきました。ただ」
浅沼さんは、言いづらそうに一瞬口ごもった。
「あの頃から今日まで、どうしても消えない疑問はありました」
「『ラクシャス』についてですか?」
「そうとも言えます。私は故あって司法試験を目指しましたが、選挙への出馬はついぞ意識しませんでした。……育ってきた過程で、政治の力、など感じたことがなかったからでしょう」
政治の力、か。
「プロジェクトの皆様は、おそらく政治に力があると信じていらっしゃる。だからこそ、熱心に活動された。しかし私は、微力でも社会の改善に尽くしたいとこそ思いましたが、それが政治には結び付きませんでした。人権や差別、貧困や格差、環境問題。これらを解決し、人が幸せに暮らせる社会を築くのに必要なのは、政治の改善などではなく、教育や報道、社会のコミュニケーションといった分野がより大切なのではないか、と感じていました。その気持ちはいまも失われていません」
「前提条件として」
俺は、浅沼さんに確認した。
「『ラクシャス』は、政治の改善を目指したアプリじゃない。過去の政策の劣化コピーを低コストで再現し、人類が楽をしよう、という主旨のソフトだ」
「無論承知しています。しかし実際は、政治家による恣意的な政策が排除されるだけで、政治は、社会は劇的に改善される、と期待してプロジェクトに参加された方が大半でした。智成様もご存じの筈です」
「確かにね。……なら、薫さんのその疑問に答えるには、まず良い政治、とは何かを定義する必要がある。なんだと思います?」
「良い政治……社会を円滑に循環させ、誰もが幸せに暮らせる世の中を作る政治、ですか?」
「決して間違いではないのでしょうが、政治はそんなに大層なものではないですよ」
浅沼さんの答えに、俺は首を横に振った。
プロジェクトに参加してくれた皆も、政治の本質を理解してくれていたかは今でも俺にも疑問だ。皆、浅沼さん同様に、やや過大評価しすぎの傾向があった。
「政治に、誰かを幸せにする力なんてありません」
「しかし、それでは」
「だって、幸せなんて人それぞれ違うじゃないですか。お金持ちになれば幸せな人もいる。家族がなにより大切な人もいる。孤独で何もなくてもそこに幸せを感じられる人もいる。幸せと感じる価値観は多種多様で、人によって違う。それを政治が与えることなど不可能です」
「……ならば、智成さんの考える政治の成すべき役割とはなんです?」
そう問いかえしながら、突然、浅沼さんはトン、と机から下りた。
「社会の潤滑油、整理役、それだけですか?」
「それだけとも言えますが、政治の本質という意味でなら、加えてある一つの大切な役割があります」
床に降り立った浅沼さんは、さきほどまでの、どこか少女のような穏やかな表情から一変して、護衛としてつねに傍らに控えてくれていた頃の、落ちついた眼差しで周囲を見回す。
――なんだ?
「俺の考える政治の本質、その目指すべき姿、とは不幸を生まない政治です」
「人を不幸にしない政治、ですか? 幸せになれる政治と、どこが違うのです?」
「政治は幸せを生み出せません。なぜなら、先ほども指摘したとおり、幸せは色々な形があるから。……でも、不幸の顔は決まっています」
浅沼さんの態度に、そこはかとなく嫌なものを感じながら、俺は説明した。
「病に倒れること、食べ物がなくて空腹、理不尽に振るわれる暴力、安心して寝れる場所がないこと……突然の死」
「それは不幸、ですね。確かに。誰にとっても」
「政治に可能なのは、人々に降りかかる理不尽な不幸を減らすことだけです。ですから、世の中から不幸の絶対量が減れば、それだけ政治の存在感が失われるのも道理です。薫さんが政治を意識せずに育たれたのも、特別に不幸ではなかったからでしょう」
「……仰るとおり、幸せな幼少期ではなくとも、殊更不幸はありませんでした」
「『ラクシャス』が提供できる政治とは、つまりそういうものです。誰かを幸せにする力などないし、その気もない。平凡な政治を淡々と続け、ただ理不尽な不幸、生まれや性別、人種による不幸を極力減らします。しかし政治の力など、そもそも極めて限られている。良い政治というのが人々を幸せにする政治なら、そんなものは初めから存在しないんです。……もっとも、他人の不幸が減ったことが不幸、という人間は少なくないけれど、これには対処が難しい。彼らの幸せは、周囲より自分は不幸ではない、それだけですからね。まぁ、基本的な道徳教育を受けるようになった若い世代では少数派ですが」
「珍しく辛辣ですね。……けれど理解しました。プロジェクトのメンバー間でさえ、密かに『ラクシャス』の評価が割れる理由も、その成果を実感できない人々が生じる訳も」
そう告げると、突然、浅沼さんはスーツの懐から艶のない黒い塊を取りだす。拳銃だった。
――えっ!? なんだ?
「でしたら、私は最後まで信じる事にします。智成様と『ラクシャス』が築く未来を」
「薫さん、これは」
「おそらく、周囲はすでに包囲されています。私が時間を稼ぎますが、最後はご自身の手で身を守ってください」
机に置かれたのは、俺が手放して久しい護身用のグロッグだった。国政版の普及を目指して地下に潜っていた際に身につけていたものだ。
「身を、って」
「『ラクシャス』は確かに世の中を変えました。しかし、それはあまりにも地味で、なのに絶妙に効果的で、つまりは多くの人々が期待していた未来図とは、少し離れていた」
もっとも、実戦での射撃経験は無いし、自身の安全にはあまり興味がなかったので訓練はおざなりだった。まだ六四式の方が当てる自信はあるが、浅沼さんも自動小銃は持ち出せなかっただろう。
「おそらく皆それぞれに、子供のような夢を抱いていたんです。『ラクシャス』さえ導入されれば、なんとなく幸せな世の中が待っていると。どれほど、そんな都合の良いプログラムは存在しない、と智成様にくり返し釘を刺されていたとしても」
「つまり今、俺は反『ラクシャス』勢力に狙われている、ってか」
ジーンにも警告されていたな。
遡れば、村政版普及活動を始めた時から、プログラマーである俺への個人攻撃は想定されていた。だからこそ、あの頃は浅沼さんがボディガードについてくれていた。
「邦香に誘われた日から、いつかは、との覚悟はあった。とはいえ、できれば杞憂で終わって欲しかったが……甘かったか」
目立った物音はまだ、周囲のどこからも聞こえない。
けれど、藤井さんたち強硬策チームの拠点襲撃の訓練には幾度もつきあったから知っている。攻勢側は突入の最終段階まで、無音で行動するのが標準だ。
「しかし、今更俺を始末したところで、アプリが止まるわけじゃない。もう少し考えて行動した方が」
俺はそう呟きながら、置かれたグロッグを手にした。素早くマガジンを抜いて装弾を確認すると、戻してチャンバーに初弾を送り込む。予備のマガジン三本をジャケットの内ポケットに差し込み、五〇発入りの紙パックを逆さにして九パラをデニムのポケットに流し込む。
――マジでやばそうだな。
周囲の気配が判るような超人的な能力には縁がない。しかし、浅沼さんの態度から現状の厳しさは予想がつく。命を預けて、村を回った日々は伊達ではない。
「くそったれ。土壇場になってこれか。このまま何もかも終わるかと油断していた」
「警戒に上げていたドローンが排除されました。来ます」
俺のぼやきを無視して、片手でイヤモニを押さえつつスマホをチェックしていた浅沼さんが宣言する。
「おそらく小隊規模です。電波妨害を確認。通信途絶しました」
「援軍のアテもなしに籠城するくらいなら、最初っから降伏しないか」
「彼らに我々の投降を許すつもりがあるとは思えません。速やかに始末されるだけです。耐えてください。ミスター・マクドネルが在日米軍海兵隊の特殊任務部隊を手配してくださっている筈です」
「どれくらいかかるのかな、それ」
おもわずぼやきが漏れる。しかし浅沼さん危機管理の専門家だ。その情勢判断に間違いはないだろう。
各部屋が大きく構造が単純で、複数動線が確保されている校舎は基本的に籠城戦には向かない。ただ、校庭などで周囲が大きく開けており、見通しが良いのは数少ない利点だった。
――うわ、本当に居るよ。
慎重に外の様子をうかがうと、敷地の外縁部に繁る松林の根元に、身を隠す複数の迷彩姿が確かに見えた。
「間違えて撃つのも嫌なんで、念のため訊ねるけど、誰か味方しに来てくれそうな心当たりってある?」
「すみません。プロジェクトの護衛部はすでに解散してしまったので、私が動かせる者はもうおりません。ここに来たのは私一人です。ですが、周囲で支援に入っている有志はいるかと。直接、こちらを援護してくださる可能性もあります」
浅沼さんが手にしているのは、拳銃としては大型のベレッタM93Rだった。エアガンが大量に流通しているおかげで、日本でだけ例外的にトイガンに偽装しやすい機関拳銃だ。
流れるような手つきでレーザーポインタとフォールディングストックを取りつけると、傍らのバッグから取り出したショルダーハーネスを身につける。ハーネスの胸元にはハンドグレネードが、ウエストにはマガジンポーチが下がっていた。
装備を整えると、腰をかがめて窓際に寄る。
「出来る限り、こちらに連中を引きつけます。智成様は周囲を牽制しながら、徐々に屋上へ。海兵隊はヘリで来援する筈です」
「階段はこの隣以外にもう一本あるし、向こう端には非常階段もある。この部屋で時間稼ぎなんて無理だ。一緒に上がろう」
「ご心配なく。校舎の西側階段は、敵性部隊の突入を確認したら爆破解体します。教室一つ分以上、西側階段には近づかないでください」
浅沼さんはそう言うなり、窓枠の端にベレッタを握った手を押し当て、ストックを肩について、慎重に狙いを定めると、躊躇無く三連射した。
――いきなりかよ!
タンタンタン!
銃声より僅かに遅れて、小さく乾いた音をたてて薬莢が生徒会室の床に跳ねる。拳銃の当たる距離とも思えなかったが、遠くで迷彩姿が一つ、不自然に揺れた。
次の瞬間、校庭の端を動いていた人影が全て散り、その刹那、甲高い着弾音と共に目の前の窓ガラスが一部割れる。
浅沼さんのそれは警告がわりの一撃だったのかもしれないが、反応は苛烈だった。
自らの存在がバレたと悟った彼らは、すぐさま作戦を変更したようだった。それきり、ひっきりなしに天上の石膏ボードへ着弾し始める。破片と粉塵が生徒会室に白く舞った。
「では、智成様は行ってください。……御武運を」
もっとも、まだ下方からの牽制射撃にすぎないから身をかがめていれば危険はない。平然とした顔で、浅沼さんは俺に廊下を指さす。
「了解しました。でも本気でヤバそうになったら素直に降伏してください。連中だって、浅沼さんを排除しても意味がないのは承知の筈です。……落ちついたら、今度はゆっくり会いましょう」
「はい。了解しました。……ありがとう」
頷く浅沼さんに軽く手を上げて応えると、俺は腰をかがめたまま生徒会室を出た。
廊下の窓から外をのぞくと、そちら側にも、明らかに武装した人影が見える。
俺は大急ぎで階段へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます