3-2
地方自治版『ラクシャス』のローンチ後、俺がそのメンテナンス・普及活動に奔走する一方で、邦香はやおら国政版『ラクシャス』についての具体的な検討をはじめた。
それまで、俺と邦香の間で、国政に対する『ラクシャス』適用の是非について、本気で論じたことはついぞなかった。
ただ、改めて確認するまでもなく、双方共に理解していた。
プロジェクトの最終目標は、そこにこそあると。
もっともいつの間にか、その認識は『ラクシャス』に関わる大半が共有していたから、とりたてて俺たちの意識のみが突出していたわけではない。
しかし、最終到達点こそ明白でも、そこまで至る過程については、各人の間でかなり大きな認識の開きがあった。
「革命です。武力革命しかあり得ません」
最初の村同様、過疎に悩む幾つかの地方自治体に導入を果たしたあと、俺たちは改めて、今後の方針についての秘密会議を開いた。
過激な主張の筆頭は、地方自治版ローンチの際と同様に藤井さんだった。
「確かに、すでに複数の自治体で成功している実績がありますので、もしかしたら『ラクシャス』は多数の民衆から支持を得られるかもしれません。しかし、だとしても多数決による導入決定に私は反対です。仮に無事選ばれたとしても、それは民衆の大多数がその時代の雰囲気に流された、という証明以上ではありえない。人知を越えた統治方法を、人が選んだ、なんて虚構は歴史に残すべきじゃありません」
その内容も、以前と大差はなかった。最初の村に『ラクシャス』を導入後、その存在を知ってプロジェクトに加わってきたメンバーのうち、主に若手の半数以上が、彼女の意見に賛同した。
意外にも、マネージャーの土橋氏も実力による導入を主張した。
「そりゃ、『ラクシャス』が皆から諸手を挙げて歓迎され、平和理に受け入れられるなら、それに越したことはありませんよ」
この数年間で一層太った身体を揺らして、土橋氏は苦笑した。
「だが、それはあまりにも我々に都合の良すぎる、いわば夢物語です。先年の、改憲に関する国民投票の結果は、皆さんもよくご承知でしょう」
今から三年前、衆参両院にて圧倒的多数を確保した与党は、二十世紀末以来続く経済的停滞と、近年の政治の閉塞状況を打破するためとして、昨年、満を持して憲法改正を発議した。
与党はかき集めた膨大な企業献金をつぎ込み、広告代理店を駆使して反対派を圧倒する量のCMをうった。国民投票の半年前、世論調査によると賛成は六五%を越え、反対は二割に満たなかった。
世論にダブルスコア以上の差がある状態で、万全を期して国民投票に臨んだにもかかわらず、だが結果として改憲は否決された。それもかなりの大差で。
「与党は圧倒的多数でありながら、改憲内容について最終的には反対派の主張もくみ取った良心的なものを提出し、万全を期した。なのに蓋を開けてみれば、国民投票の結果はまったく勝負になりませんでした。何故か。現状に多少の不満はあれど、それは決定的な問題ではない。それならば、なんとなくこのままでもいいじゃないか。改憲ムードに浮かれた気分が落ちついた後、皆がそう考えたからです」
「最後は現状維持バイアスが勝つ、といいたいのね」
「はい。人々が世の中を変えようとする原動力とは、いかに現状が劣悪で末期的か、ただその一点に限るんです。変化後に訪れる未来がどれほど素晴らしくバラ色に輝いていたとしても、今に大きな不満や問題点が存在しなければ民衆が変革を選ぶことはありません」
つまり事は『ラクシャス』の能力が国を任せるに足るか否か、という問題ではまったくないのです、と土橋氏は断言した。
「これまで『ラクシャス』を受け入れてくださった村は全て、主に人的資源の問題で、伝統的な議会制度を続けるのが困難な状況に陥っていました。現状維持の先には破綻がすでに見えていたのです。共同体の消滅か、それとも変革か。その二択を迫られた結果、彼らは変革を選びました。しかし、国政レベルでは当分まだその状況にまでは至りません。加えて、既存の政治家と高級官僚にとって『ラクシャス』は当然、何が何でも葬り去りたいプログラムです。自らの存在意義を全否定されているも同然ですから。必然的に、国政へ関わる意志を示した途端に、私たちはこの国自体からの激しい弾圧と粛正にさらされるでしょう」
土橋氏は、穏やかな眼差しで全員を見回した。
「そうと承知して覚悟を決めていても、我々がその状況を乗り切るのはおそらく不可能です。なぜなら攻撃は誹謗中傷や差別、性的な侮辱、親族への村八分など、我々の自我を標的とした搦め手によるアタックでしょうから。権力者からは容赦ない攻撃をうけ、現状維持を望む民衆からはその意義を否定され、精神の健全性を保てなくなった我々は、追いつめられ、いずれ実力行使の道を選ばざるをえなくなります。……結果として、それ以外に選択肢が残らないのであれば、最初から最悪の事態に備えて準備を始めた方がまだマシというものでしょう」
土橋氏の未来予想図はかなり悲観的な内容で、最初に聞かされた時、俺たちはかなりげっそりとした気分になった。他に手段が残らないだろうから先手をとって実力行使の用意を、というのは冷静な判断かもしれないが、喜ばしい展開のはずがない。理解は出来るけれど賛同したくない、というのが大半のメンバーの反応だった。
そんな土橋氏たち強硬派に真っ向から異議を唱えたのは、村議を失職後、なぜか『ラクシャス』の事務所に入り浸っていた村松氏だ。
「今のはいくらなんでも、論理に飛躍がありすぎるんじゃないのかね。そもそも、二人ともまったく現実を無視している。もしもこの場にいる皆が、そんなレベルでしか革命の将来を語れないなら、とてもこの先ついて行くことは出来ないなぁ」
「誰も、あなたについてきて欲しい、なんて望んでいませんけど」
「そういきりたたずに、いいから聞きなさい、お嬢さん。お医者さん《センセイ》も。お二人ともあまりにも世の中を甘く考えすぎている」
元政治家らしい硬軟使い分けた態度で、食ってかかる藤井さんをやんわりとなだめると、村松氏は諭すように語った。
「民衆も行政機構もなりふり構わず現状維持を選択する。センセイの未来予測はおそらくとても正しい。だが行政機構を維持するための警察力というのはね、強固な暴力装置です。その牙はなにも精神的な迫害に限ったものじゃない。純粋に物理的な意味でも、この国のそれは特に丹念に整備され、磨き抜かれている。断言していいが、素人が束になってかかったところで、絶対に勝てない」
村松氏の指摘に、最近加わった市民活動経験の豊富な年長のメンバー数名が大きく頷いた。
「歴史上、クーデターは起こす側が圧倒的多数派でないかぎり、常に最終的には失敗している。だが仮にも選挙制度がある以上、それほどの多数派であるならば物理的な力を行使する必要はない。つまり、この国で武力革命は選択肢に残らない、それが論理的な結論です」
「私だって、それが相当に困難な選択であるとは承知しているつもりですけどね」
私はもう医者じゃありません、単なるマネージャーですよ、と訂正しながら土橋氏は苦笑した。
「ただ、『ラクシャス』に国政を任せようとするなら、結果的に武力に訴える以外の選択肢が残らないだろう、と予想しているだけで」
「でしたら、どうにかしてその予言を覆す手段を見いだすことですね。とにかく、君たちがこれから実力で彼らを上回るのは絶対に不可能です。どこの国でも、警察ってのはそんなに甘い存在じゃない」
村松氏は、真剣な表情で軽く身震いした。
「彼らにとってはね、世の中にはすでに犯罪を犯した者と、これから犯罪を犯す者との二種類しか存在しないんだ。だから絶対に油断せず常に人々を監視している。体制に従順なロボットに国民全てを入れ替えるか、警官だけの国にするのが連中にとっての理想国家でしょう。良い市民とは死んだ市民だけです」
それも随分な極論だと俺は思ったが、おそらくは政治家として、なんらかの経験があるのだろう。
「この国はまだマシなほうですが、それでも警察には違いない。彼らはすでにあなたたちをマークしているだろう。『ラクシャス』なんて危険な代物を開発するグループを、野放しにしておく筈がない。今後、彼らの監視の目をかいくぐり、物理的な手段で彼らに対抗できる戦力を整える、なんていうのはまったくの妄想です。そりゃ、ある程度は泳がせてくれるでしょうが、上回ることは絶対にできない」
「でしたら、村松さんご自身は、今後私たちはどうしたら良いか、どうすべきだと思われますか?」
俺やメンバーに対するのは多少違った口調で、邦香は村松氏にたずねた。
「それこそ国民投票など、あくまで民主的に『ラクシャス』が認められる方法を模索すべきだと?」
「ぼくはあくまでもオブザーバーだよ。助言くらいはしてもいいけど、基本的な方針は自分たちで決めてもらわないと」
邦香の問いかけに、村松氏は日頃の飄々とした態度に戻って笑った。
「確かに、素直に投票で認めてもらうのはセンセイの言うとおり難しいかもしれない。だとしても、とにかく実力行使はないかな。絶対無理だって。仮に機動隊を退けられたにしても、その先には軍が待ってるんだから」
村松氏のシンプルな、過不足ない現実の指摘に、しばらくその場の全員が黙りこんだ。
そんな中、結城さんがわざと空気を読まずに、明るく声をあげる。
「みんな、なんだかとっても難しく考えてるみたいだけど、この先も、これまでと同じ方法じゃダメなのかなぁ」
「これまでと同じ方法?」
邦香が問いかえすと、結城さんは艶やかな髪の毛の先をつまんで、にっこりと笑った。
「だって、結局は村も国も同じようなものでしょ。どっちも人が集まって暮らすためのシステムにすぎない。ただ、ちょっと人数が増えて範囲が広くなるだけで」
その結城さんの姿に、若い男性メンバーの幾名かが照れたように視線を逸らす。
「それならとびきり綺麗な格好をして、三人で歌って叫んで可愛く微笑んで、みんなぁあたしたちと一緒に『ラクシャス』インストールしてねぇ~、っておねだりすれば案外これまで同様に全て片付くんじゃない?」
その笑顔は本当に愛らしくて、本性を知っている俺でも見とれるほどで。一瞬、確かにそれでなんとかなってしまうかも、なんて気分になる。
「ましてこれが最後のお願いならさぁ、この先飽きられる心配をしなくてもいいんだから、サービスでエロセクシーな路線でいく手もあるし。そうやって今までみたいに進めたら何もかも解決しない?」
「残念だが、やっぱりダメじゃないかな」
邦香は苦笑しながら、完璧にポーズを決めた結城さんの肩をポンと叩いた。
「わたしも諒子の魅力は重々承知しているが、さすがに一億人のアイドルは荷が勝るだろう」
「ええっ? あたしがこれほど頼んでもダメ?」
「こら、にじり寄ってくるな。ここでわたし一人を口説き落としてどうなる」
邦香は微かに頬を染めながら、しなだれかかってくるグラマラスな身体を押し戻す。最初の村で一緒に普及活動をはじめてから三年。最近、女性らしさに磨きのかかった結城さんの色気は邦香にも有効らしい。
「えっと、それじゃ手っ取り早く誰と寝てくればいいの? 総理大臣とか?」
「さすがに、その路線で最後まで進めるのはどうかと。主に悪い意味で、この国にはもう大物政治家なんて存在しませんから」
からみあう二人の肢体から視線を逸らしながら、俺は指摘した。
「三十年前までなら選択肢としてあり得たかもしれませんけどね。もちろん、三人のアイドルとしての魅力はよく承知していますけど」
「ちなみに諒子のそれは、わたし達『ナーヴァニル』としてお願いして、たとえば国民投票などで『ラクシャス』を過半数以上に支持してもらい、正式にこの国に導入する、というのとは違うんだよな」
どうにか体勢を立て直した邦香は、結城さんに確認した。
「うん。そういう真正面からの方法じゃ、きっとマネージャーの言うとおり頭の固い人たちが警戒して、みんな我に返って反対するでしょ。だから公式に、『ラクシャス』をインストールしますか、なんて無粋な確認は一切抜きにして、もっとふんわりと、世の中をなんとなくそういう雰囲気に持ちこんで、そのままなし崩しに動作させちゃう、ってやり方」
結城さんは愛くるしい、完璧な笑顔を浮かべて頷いた。
その横で、藤井さんが微かに顔をしかめる。
「同調圧力に頼るそのやり方で話が済むなら、それはそれで有りだとは思うけど……まだ二十歳過ぎの諒子と違って、私は来月、ついに三十路なんだけど」
「つまり凜ちゃんは女盛りってことだね」
「違うわよ。そこまで自分の魅力に盲目的な自信は抱けない、って言ってるの」
そもそも、この歳までアイドルを続けるなんて思ってなかったのに、と藤井さんはぼやいた。
「いや、わたしから見ても、年齢など関係なく凜の魅力は些かも失われていないと思う。というか、女らしさは今でも三人のうち一番だろうけれど……問題はそこではなくて」
邦香は自分から話を逸らしそうになり、どうにか踏みとどまる。
「とりあえず、これでどうやら一通り代表的な意見は出そろったのかな。他にこれは、という考えがある人はいるかい?」
邦香はその場にいる十数人を見回す。
『ナーヴァニル』の二人、それに土橋氏や村松氏の主張はそれぞれ代表的なもののようだった。他に意見を述べる者は現れない。
初期メンバーの残りの一人、浅沼さんは、こういう場での常で、まるで他人事のような態度で一切意見を口にしようとはしなかった。
邦香は一瞬、なにかを促すかのように俺を見た。
仕方が無く、俺は口を開く。
「つまりは国政へ『ラクシャス』を導入させる方法として、強攻策と懐柔策。大きく分けるとその二つの提案があった」
慎重に言葉を選んで、意見をとりまとめる。
次第に構成メンバーが増え始めたプロジェクトの中で、『ナーヴァニル』と土橋氏などの、初期活動メンバー以外が俺に向けてくる視線は常に微妙だった。プログラムの主開発者、全てを把握している唯一の存在として勿論軽く扱われてなどいないが、同時にどこか疎ましげな気配も感じる。
理由はおぼろげにだが想像がついている。
一つは、皆が崇拝する邦香との個人的な距離の近さ。もう一つは、『ラクシャス』以外に対する熱意の少なさ。
「たった二つだけど、内容は正反対だ。ここから妥協案を編み出すのは容易じゃない。なんなら、多数決でもしてみるか?」
「民主主義には限界があると主張している我々が、ここで多数決をしていては説得力に欠けるだろう」
邦香が呆れたように俺の発言を否定する。もっとも、これは予定調和の範疇だ。
「とりあえず今は、みなの現状認識が確認できたので良かった、で終わらせておくか。決して拙速に判断してよい問題ではないからな。だが今後は、我々はこの先中長期的にどうすべきかを、常に自問し続けてくれ。そして具体的な策を考えて欲しい。現在、自分が支持する方針にこだわらず、だ」
邦香の言葉に、村松氏など数名を除く大半が熱心に頷いた。
『ラクシャス』の存在を知り、プロジェクトにはせ参じたメンバーは老若男女、多岐に渡る。政治信条もネオリベラルから行動派保守まで様々だ。だが彼らには一つ共通しているものがある。現在の社会状況に対する危機感、である。
だから彼らにとって『ラクシャス』はあくまで手段でしかない。世の中を良くするもっと良い手段がある、と判断すれば躊躇せず『ラクシャス』から乗りかえるだろう。コンピュータに政治を任せるなど、民意が充実し、本当の民主主義が実現可能になるまでの緊急避難だ、と密かに放言しているメンバーが居るのも知っている。
そんな彼らから、『ラクシャス』の開発意図を問われるたびに、あくまで知的好奇心が理由だ、と説明している俺が疎まれるのも無理はなかった。
「性急に結論を出すべきでないのは判るけど、だとしたらこの会議の主目的だった、今後についての予備研究はどういう方向で進めるの?」
「勿論、両方の策について検討してみるしかないさ。その比較によって、硬軟両方の策の長所と課題はよりはっきりするだろう。結論を出すのはそれからの方がいい」
藤井さんの質問に邦香はそう答えると、二つの策のまとめ役に藤井さんと結城さんを指名した。
「二人ともアイドル業で忙しい最中に済まないな」
だが、まったく相反する方針の予備研究は、それぞれの代表者間の風通しが良く、親密な関係である必要がある。でないと、将来無用な軋轢が生じかねない。
「えー、あたしたち、寝不足がお肌にあらわれる歳なんですけど、主に凜ちゃんが」
「うるさい。余計なお世話だ」
結城さんも藤井さんも、それを承知しているようで、軽口を叩きながらも素直に引きうけた。
それを確認し、今後の実務について軽く語ると、邦香は秘密会議の終了を宣言した。
それを聞いて、軽い開放感と共に会議に参加していたメンバーが三々五々散ろうとする。
「一つ、確認させて欲しいことがあるんだけど」
彼らを横目に、俺は藤井さんの細い腕を掴んで呼び止めた。
「さきほど、藤井さんが武力革命を主張していたのは理念的な理由のようだけれど、もし仮に導入の是非を国民投票で判断するとしたら、『ラクシャス』は勝てると思ってる?」
「国民投票、ですか?」
俺の質問に、藤井さんはうつむいてしばし考えこんだ。
だがすぐに顔をあげ、きっぱりと断言する。
「いえ、それはあり得ないかと。だって、そもそも人々がそんなに賢かったら『ラクシャス』は必要なかったでしょう?」
矛盾しています、と言いたげな藤井さんに、そうだな、と俺は頷くしかなかった。
「智成、それは一体、なんのための確認だ?」
そんな俺たち二人を眺めていた邦香が、すぐにそう訊ねてくる。
「やだもう、ついに智成さんが凜ちゃんを口説きはじめたのかと思って、ドキドキしちゃった」
悪戯っぽい口調でそう呟きながら、興味深げに結城さんも近づいてきた。勿論、土橋氏や村松氏、浅沼さんなど主要なメンバーはまだその場に残っている。
「別に、そんな大層な話じゃない。たんなる現状認識の確認だよ」
「なんについての現状だ」
「先ほど、俺は今後について正反対の二つの方針がある、と総括したよな。だけど幸いなことに、皆の現状認識には大差がない」
厳しく問いつめてくる邦香に、俺は皆を見回しながら、ゆっくりと告げた。
「少なくとも、これまでのようにただ『ラクシャス』の能力とその成果をアピールするだけでは限界だ、という点で、全員の認識は一致している。それが知りたかったのさ。それなら、存在するのは、だとしたらどうすべきか、という方法論の違いだけって事だからな」
「承知した。確かにそう指摘されると、少しは先に希望が持てるな」
邦香が頷く。他の皆の間も、どこか緩んだ空気になった。
「なにしろ、革命組織最大の敵は内紛と相場が決まってる。というわけで、諒子も凜も今後よろしく頼む」
「勿論、ダメだと言われてもそうします」「もぅ、相変わらず水くさいなぁ、邦香ちゃんは」
二人はタイプの違う、けれど同じように見とれそうな笑顔で邦香に頷いた。
「ちなみに、誰がどっちの検討チームに入るかは、わざわざ決めなくて判りそうだから良いとして、智成さんはウチでもらっちゃっていいよね」
「ちょっと待て。彼はかなりのペシミストだ。ということは当然参加するとしたらこちらのグループだろう」
「えー、そんな事ないよ。一人で『ラクシャス』を作るなんて、根暗は確定だけど悲観的なのとは違うってば」
ペシミストだの根暗だの、まったく言われ放題だな。
俺は苦笑しながら、邦香を見た。邦香は頷く。
「残念だろうが、智成と私はどちらの検討チームにも無所属だ。私は両策の調停、すりあわせ役を務めなければならないし、智成は『ラクシャス』の運用と技術面でのアドバイザーとしてどちらにも肩入れせず助言してもらう」
「えー、邦香ちゃんだけなんかずるくない?」
「しかし、両者の調整役は必要だろう。わたしだって本当は、新たに民兵組織を立ち上げて全道府県で一斉武装蜂起を、とか、与党の実力者と懇ろになって濡れ場の動画をアップするぞと脅すとか、過激な主張をしてみたいんだ」
「いや、ずるいのはそこじゃなくて」
困ったように結城さんは顔をしかめ、藤井さんは呆れたように溜息をつく。
「やっぱり、邦香は無難に調整役をお願い。この際はっきりいうけど、どれも発想がかなり古いから」
もっとも、邦香の発言はあくまで冗談だろうし、藤井さんが呆れているのも、その冗談のセンスの古さに対してだろう。
そうして、場も和んだところで、今度こそ会議は本当に終わる。
『ラクシャス』の国政進出プロジェクトは、そんなふうにして始まった。
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