1-3
揃って進級し、GWが過ぎた頃、生徒会にイレギュラーが発生した。
「あたしを『革命生徒会』の一員にしてください!」
「『革命生徒会』? いったいどこの誰がそんな呼び方を?」
「あたしの作った愛称です。副会長以下、全ての男子役員を放逐して、独裁政権を樹立したんですよね。まさに革命的じゃないですか!」
例年ならば、今頃は将来の役員候補をキープする時期だ。けれど、来期も邦香が一人、生徒会長を務めるのが既定路線である。他に役員は必要ないのだからとの理由で、今年は庶務などの勧誘を一切行っていなかった。
実際は、旧生徒会役員の一部がまだ三年に残っており、彼らとの争いに何も知らない新入生を巻き込みたくなかったからだ。一年経ったというのに、彼らは相変わらず、女子生徒会長に難色を示すPTA役員を巻き込んで邦香のリコールを画策したり、ネットで性的なコラージュを拡散しようとしたり、もっと直接的にそちらの業界関係者に金品を渡して邦香を辱めさせようとしたりしていた。
幸い、代替わりして運動部の大半が生徒会に協力的になったため、邦香や俺が校内での暴力を警戒する必要は無くなっていた。しかし、新入生まで守りきれる保証はない。
にもかかわらず、彼女は意気揚々と、生徒会室に乗りこんできた。
小動物のような愛らしさに満ちた、小柄で可愛らしい身体で精一杯胸を張る。
「今年入学した普通科の八神由希乃です。身長もスリーサイズも美人度も櫻井先輩には及びませんが、『革命生徒会』に唯一不足している可愛らしさを補給してみてはいかがでしょう」
アホの子二号来た……
冗談のような現れ方をしたわりに、八神は本気だった。そして優秀だった。
試しに、例年新人の庶務が担当する雑務を命じると、全て遅滞なく処理してしまった。
「例年なら庶務三、四人に割り振られる仕事を一人で苦もなく片づける、か」
それとなく、旧生徒会役員との確執を伝えてみても、怯む様子はまったくなかった。むしろ、だったらなおさら、いつも先輩の身近に居られる同性のスタッフが必要な筈です、と自らを売り込んできた。
これまでにも、邦香を慕い手伝いを申し出てきた同級生や後輩も居ないではなかった。だが、邦香へのネット攻撃の実態を知り、旧役員からそれとなく脅迫を受けると、大概志願を取り下げてきた。邦香も一考だにすることもなく彼女らを断っていた。
だが、八神は邦香の置かれた状況を知ってもまったく怯まなかった。
「こう見えても、中学まで空手を習っていたんです、あたし。だからそこの先輩よりはずっと頼りになりますよ。第一、革命には闘争がつきものです」
大人びた美貌の邦香とは正反対の、幼げで愛らしい、だがそれ故に男子生徒からは甲乙つけがたい人気を集めるだろう容貌で、にっこりと微笑む。
しばらく悩んだ末、邦香は彼女を庶務として採用するとを決めた。俺も異論はなかった。
単に優秀なだけでなく、八神は、確かにこれまでの連中とは毛色が違っていた。
加えて、現実問題として人手は必要だった。
『ラクシャス』には、その判断精度はともかくとして、執行部で決済する全ての議題を独力で処理する能力がある。しかし、どれほど優秀なアプリでも、生徒に印刷物を配布したり下校時に全校門をチェーンで施錠したりはできない。
「でも生徒会って、闘争中とはいえあたしも含めて三人ですか!? いくら革命的でも少数精鋭に程がありません? そもそも、数は力ですよ?」
「書類作業は全てソフトに代行させているからね。もっとも、仕事はそれだけじゃないから結構忙しいよ。耐えられないなら辞めるしかない」
邦香の同期の庶務は、男子は役員選挙で落選し、女子は先輩役員によるセクハラから逃れるため選挙前に生徒会から離れ、共に庶務としても残っていなかった。邦香に好意的な執行部外役員は何人か居るが、部長や主将としても忙しい彼らに、単純な雑用は頼めない。
「勿論、頑張りますけど、なのにどうしてあと一人が……先輩のような素晴らしい方の傍らに、こんないかにもなダメ男が居るんですか?」
自分がちょっと……かなり可愛いからって、他人を外見で決めつけて、許されると思うなよ。
同級生に対してすら、愛され妹キャラを確立しているらしい八神が、無邪気に小首をかしげる。
だが、俺が言葉で反論する前に、邦香が拳で教えていた。
「あいたっ」「仮にも先輩に対して無礼だぞ。今すぐ首にしてほしいのか」
拳骨を落とされ涙目になった八神は、プルプルと可愛らしく首を横に振る。にもかかわらず邦香から隠れて、俺に向かって忌々しげに舌を出した。
まぁ、このしたたかさがあるなら、腹黒邦香にもついていけるだろう。そして邦香もそうと承知に違いない。
俺以外の前で、本性モードの口調を聞くのははじめてだった。
後日、俺は八神が同級生から姫と称され、あの子だけはどんな男子にも優しいよね、と噂されているのを知り、かなり本気で女性不信に陥りかけた。
しかし、八神の生徒会参加は実際、かなり有意義だった。生徒会がアイドル的な人気を博すようになったのはこの年度からだったし、『デジタル執行部』の完成度引き上げにも、八神は大いに貢献した。
「もう少し、補助に徹するソフトへと仕様を変更すれば、使いやすさも増すしプログラムも軽くなるんじゃないですか?」
まず、八神には本格的なプログラミングの知識があった。
バイナリを追いかけ、自動生成された無数の関数の中から、目的のものを探し出すと、俺にその値を見せつける。
「見てください。我が校の規模で、文化祭での最適なメイド喫茶の数として算出された値は二.七二店……これを導き出すまではアッという間なのに、実際、二店にするか三店にするかの判断部分で、馬鹿げたほど膨大なリソースを消費してます」
プログラムは、二.七二なら四捨五入して三店で……と安易には判断しない仕様だ。最適数より多いと少ないでは、予想される不都合の内容が異なるからである。どちらの不都合がよりクリティカルかの検証には、八神の指摘どおり多大な労力が費やされていた。
「つまり最後だけ、会長が決めちゃえばいいんですよ。最適数までは検討させて、そのデータを元に二店か三店か判断すれば、ずっと効率が良くなります」
そして、判断力も確かだったし、邦香を心酔してはいても、盲信してはいなかった。
つまり、邦香の企みに引き入れるに足る人材だということだ。
俺は邦香の表情を一瞬横目で確認すると、慎重に告げた。
「確かに、昨年の文化祭ではPCの処理能力が足りずにエラーが出たし、サンプル不足でソフトが判断不能に陥った命題も数点あった。そんな場合はしかたなく会長に直接判断してもらったけどな。でも、それはあくまで例外措置だ。今年はハードを一新したし、一年間に機械学習した他校の文化祭の総数は昨年の十倍以上だ。このソフトは、あくまで自力で最終決定までを行う」
「あの、丁稚には何も聞いてないんですけど」
「プログラムの仕様を智成に指示したのはわたしだ。わたしが最終的に目指しているのは、完全無人の生徒会だからね」
夏休み、校庭で汗を流す運動部員を見下ろしながら、邦香は八神に打ち明けた。
その脇に並んで立った俺は、八神の揶揄も気にならないほど緊張していた。
ソフトの最終目的が、あくまで人のサポートなのか、それとも人にとってかわる存在なのかは、受け取り方次第では相当に大きな違いだ。
「完全無人、ですか? ……それはまた、随分と革命的ですね」
「そうかな。車や飛行機が無人でも問題のない時代なんだ。たかが高校の生徒会運営に人の判断なんて不要だろう」
息を呑み、僅かに黙りこんだ後、慎重に言葉を選んだ八神に、邦香は微笑みかけた。
「他人の企画にけちをつける暇があるなら、自分の企画を立ち上げて文化祭を楽しむのが有意義な学生生活というものだ。生徒会役員なんて権力主義者の自己満足だよ。アプリが自動処理してくれるならそれに越したことはない」
「生徒会が完全無人化したら、顧問の教師が良いように介入するだけじゃないんですか?」
「勿論、学校側の干渉を防ぐ手だては必要だが……現実的には、今だって学生の自治は建前上にすぎない。無人化してもさして違いはないよ。むしろ、プログラムが異常な判断を下した場合のセーフティとして有効だから、テスト環境としては都合がいい」
「……テスト環境、ですか」
その後しばらく、夏休みが終わるまで、八神は一度も生徒会に姿を見せなかった。
俺も邦香も諦めかけた頃、八神は髪をばっさりと切って再び姿を現した。
「『革命生徒会』ってあたし、結構本質をついたネーミングをしていたんですね」
ショートカットにした八神は、可愛らしさとなにより精悍さが増していた。
「改めてよろしくお願いします、櫻井会長。先輩を最後の生徒会長にできるよう、精一杯努めさせていただきます」
「ありがとう。でも、生徒会長の廃止そのものは急いでいないんだ。智成のレポートを読む限り、やはり一筋縄ではいかないようだからね。なので、もし良ければわたしの後の生徒会長は、由希乃に任せたい」
「承知しました。できるだけあたしの代で……無理でも、その志を引き継いでいけるよう後輩の指導を頑張ります」
機械学習を続け、能力を向上させていた『デジタル執行部』――『ラクシャス』だったが、二度目の文化祭を前にその限界が明らかになりつつあった。大半の命題で判断精度が増す一方、限られた分野では一向に判断能力が向上せず……むしろ、機械学習を重ねるほどに判断の異常が発生する命題が散見されるようになっていた。
単純な機械学習と全幅探索ではこれが限界か……モンテカルロ法のようなプレイクスルーが必要だな、どこかに。
また、生徒会で取り上げる議題には、そもそも何が問題なのか表現が抽象的すぎるものも少なくない。これらをコンピュータ的に処理が可能な関数的な表現へと翻訳するルーチンにも、まだ改良の余地があった。
邦香が二期目の生徒会長としてアイドル的な微笑みを振りまく傍ら、俺は卒業までのプログラム完成を完全に諦めざるをえなかった。
だから、その目標とする姿を少しだけ勝手に変更した。そして受験勉強もそっちのけで、なおさらプログラムの改良に没頭した。
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