第9話 皇都の花庭園
うちの公爵が皇都に呼び出しをくらった。
「皇帝命令で城に行きます。ついでに青の塔に寄り、計算機の研究を任せている錬金術師に不足してるものや必要な物があるか訊いてみます」
「城と塔に……お気をつけて。あ、でも城は、皇族は怖いから別に行きたくはないのですが、私もついて行って皇都の見物とか……だめですか?」
城はともかく街は見たい……みたいな。
「……皇都はここと違いもう暖かいので、そうですね、花の見える所へでも、護衛騎士を連れてなら遊んで来ていいですよ」
「わあ!」
マジで!? やった! あ、でも夫が仕事で城に行くのに私は遊んでいていいのかな?
「私の事は気にせずに綺麗な花をでも見て気晴らしをなさってください」
お、優しい!
* * *
そんな訳で私は帝都で夫が仕事をしているというのに、護衛騎士と一人だけ共を許された若くて元気そうなメイド一人を連れて、貴族間で有名らしい花庭園に向かった。
帝都までは移動スクロールというものであっさりと神殿経由で来れた。
移動スクロールはかなり高価なものだけど、皇帝に呼ばれた仕事の時は支給して貰えるのだとか。
皇都はすっかり春なので花盛り。
花見客の貴族がとても多い。
デートスポットでもあるかもしれない。
私が池のそばに藤棚があるのを見つけ、近寄ると……
げ、花は綺麗なのに嫌なやつを発見した!
姉、イレザも来ていた!
春夏は社交シーズンだから、伯爵領から皇都に来ていたのか。
「あー、嫌ですわ、ウィステリアなんて辛気臭い花は、あちらのチューリップの方がいいのではないかしら?」
なんて不愉快な姉の声も耳に響く。
「あら、あちらにおられるのは」
姉の側にいた貴族令嬢が私に注目している。
「まあ! ウィステリアったら、まだ生きてたの?」
言うに事欠いて生きてたのって、お前……
「期待に添えなくて悪かったわね、生きてるわ」
「本当にいつも期待外れなんだから、せめて恥にならないように大人しく引きこもっていればいいのに、今日はやっぱり旦那に見捨てられて一人で来たのかしら?」
「あなたには私の側にいる護衛騎士が見えないのかしら」
「それは連れではなくて護衛でしょう」
何いってんだこいつ。
「イレザ、相変わらず無礼な女ね」
護衛騎士も騎士爵持ちの人間だぞ。
「な、何なのその言い草! 無能のくせに!」
「貴族社会は階級社会だと言うことをお忘れかしら? イレザ伯爵令嬢?」
「!!」
「私、今はこのシュトルツ帝国の三大公爵のうちの一つ、ブラード家の公爵夫人なのよ。あなた、賢いつもりなら、公爵と伯爵はどちらが格上かおわかりになるでしょうに」
「な、ウィステリアのくせに生意気だわ!」
何なのこいつのジャイア◯ムーブは。
無礼だって言ってるだろ。
「は、伯爵令嬢、そのへんにして、あちらに行きましょう」
「そうですわ」
「でも、あれは妹ですのよ! 姉に対して敬意を払うべきですわ! マアル男爵令嬢、モルス子爵令嬢!」
姉とか妹の前に階級を考えろよクソ女。
「ブラード公爵夫人、ごきげんよう」
「ブラード夫人、お会いできて光栄でしたわ」
二人の貴族令嬢はイレザの両サイドに立ち、それぞれ姉の腕を掴んで強制的に違う場所に引きずるようにして立ち去った。
連れ去られる宇宙人……。
イレザの取り巻きは男爵家と子爵家の令嬢なのね。
お守り、ご苦労さまだわね。
本当はイレザの顔面にドロップキックでもしてやりたかったけど、ウィステリアの体ではちょっと無理だわ。
体を鍛えないと。
「はぁ……やっぱりここって夫や婚約者と来るべきだったのかしら」
私が嘆息すると、連れてきたフレヤという名のメイドが声をかけてきた。
「奥様、あちらのウィステリアの棚の下にベンチがありますよ、六人くらい座れそうですし、休憩しませんか? あそこなら花もよく見えます」
「そうね……」
でもそんなベンチには先客がいて、メイドを一人だけ連れた老婦人が男物の靴を箱に入れたまま、膝の上に置いて花見に来ていた。
何やら……意味深。
「ああ、お嬢さん、この靴が気になりますか? これは亡き夫の靴ですわ。今年の春も一緒にここに花を見に来ようと約束をしていたのに、先立たれてしまって、靴だけでもと、連れてきたんですよ」
せ、説明ありがとうございました!
まだ何も訊いてもなかったのに、視線だけで察していただいた!
「そ。そうでしたか、靴だけでも連れてきて貰えて旦那様もお喜びでしょう。
お邪魔でしょうから我々はこれで」
私が立ち去ろうとすると、老婦人がまた声をかけてきた。
「まあ、お気になさらず、どうぞゆっくりなさって、綺麗でしょう、このウィステリア」
「奥様、やはり持ってくるのはお靴よりも肖像画の方が良かったのでは?」
「そうかしらぁ?」
私の眼の前では、などという会話がなされている。
その時、不意に突風が吹き、誰かの日傘が池の方にぶっ飛んでいた!
「ああっ! 母の形見の日傘が!」
それを聞き、風に舞う日傘見た一人の貴族の青年が、池に走った!
水に入って濡れてしまうのも構わずに!
ドラマチック!!
青年は池に入り、下半身が水浸しになりつつも、見事に日傘を回収し、陸に上がってきた。
「レディ、これをどうぞ、あなたのですよね」
「まあ! ありがとうございます! でも、あなたのお靴が」
青年は靴が脱げたのか、裸足だった。
「足元のぬかるみにハマって靴は紛失したようですが、お気になさらず」
男前かよ! 君に幸あれ!
「ええ!? でも、裸足では帰れないのでは」
老婦人がすっくとベンチから立ち上がった。
「お若い方、よければこの靴をどうぞ、主人の靴ですが、裸足で帰るよりはいいかと」
「ええ? いいのですか?」
「ええ、お優しい貴方の役に立てるなら、亡き主人も喜んでくれるはずです」
くー、この、おばあちゃん、粋な事するじゃないの!
青年はありがたく靴をもらい、サイズもよくて、履けてよかった。
「ほらー、テレサ、持ってきたのは靴で良かったじゃない?」
「でも奥様、あの靴はあれで無くなりましたから、やはり次回からは肖像画にしましょう」
「もーテレサったら、負けず嫌い?」
メイドと老婦人は柔らかく笑っている。
おそらくはどちらも人柄が良くて優しいご夫婦だったんだろうな。
私もエドラール公爵とそういう……いい夫婦になれるだろうか?
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