第8話 春の予感

 ◆◆◆ エドラール公爵サイド ◆◆◆


 ドレスを売りに行く時、私は密かに離れた場所にて護衛騎士を複数人、配備していた。


 なので店から出た後に公爵家で用意した新しい方のドレスだけはすぐさま買い戻すようにメモを託して指示を出した。


 後でやっぱり取っておけばよかったと思うかもしれないからな。

 彼女は自分の持ち物も少なかったようだし。


 買い物帰りの馬車の中では彼女は私の肩にもたれて寝てしまっていた。


 そして、夢の中の声までも聞こえてしまった。

 やはり彼女は貴族女性にしては不遇だった為に、大切な宝物が少ないようだった。


 前世での、かつての友人からの贈り物の物語を忘れたくないから本にしたいと望むほどに。


 夢の中の彼女の思いが、思い出が、優しく温かく、あまりに切なくて、ちよっと私まで涙が出そうになって、泣かないように必死で上を向いた。


 大切にしてあげなければならない子だと思った。

 できる限りの事をしよう。



 さしあたっては、ピクニックにはまだ寒いから、先に庭の用意をと、子供の使用人を呼んだ。


 大人は私の側に寄りたがらないし、思考が覗かれてもダメージの少ない子供の使用人の出番だ。



「当家の執事と庭師にこの手紙を届けるんだ、庭に花を用意せよと伝えるように」


『お庭にお花? ここのお庭はずっとほったらかしだったのに?』


「はい、公爵様」


『でも、お庭がキレイになるならうれしいな、きっと皆もよろこぶ』


「よし、行っていい」

「はい」



 子供の使用人は二通の手紙を手にして部屋を出た。

 口頭でもわざわざ花をと言うのは、子供だからうっかり手紙を何処かにやってしまった場合を危惧してだ。

 完全には仕事の出来を信用できずとも、大人の使用人の心労は減らせる。


 * * *


 ━━さて、既に計算機は錬金術師に、花は庭師に要請をしてあるが、本の方はどうするか。


「……」


 そちらは……先に彼女の原稿が上がるまではどうしようもないか。

 


 8日後、窓を開け、眼下を見下ろすと、業者が来ていた。

 移動スクロールまで使って急がせた甲斐はあったようだ。


 心なしか……日中は少し風も暖かくなってきたように感じた。

 


 ◆◆◆ ウィステリアサイド ◆◆◆



 朝食後に自室の窓から、庭を眺める私。

 庭が掘り返されたり、荷馬車が頻繁に荷物を運び入れている。



「最近何やら庭が賑やかね。改装工事中なのかしら?」


「公爵様が奥様の為に庭に花を植えて咲かせるよう庭師と執事にお命じになったようです」

「わ、私の為に?」


 マジで!?



「このタイミングで花をとおっしゃるならそれしか考えられません、他に客人を招く予定もないのですから」

「あら~……」


 にわかには信じがたい。

 初夜をすっぽかすような人なのに。


 本当に私のためですか?

 なんて訊いてもいいのかな?

「ただの気まぐれだ」なんて返答が来たら殴りたくなるかもしれないから、やめたほうが無難かな。


 とりあえず庭に出て何の花を植えるのか訊いてみようかな?



 私はソワソワした気分で落ち着かないから本当に庭まで出て来てしまった。



「あら? ねえ、あなた、その植物の絡まるアーチは……」


 私は庭師らしき男性に声をかけた。



「はい、旦那様に何としてでもウィステリアを手に入れろとアーチごと仕入れたんですよ」


 私と同じ名前の花!

 つまり、まだ花が咲く前の藤の花!


「こんな寒い土地で大丈夫なのかしら?」


 ちゃんと咲くかな? 初夏までいけばなんとかなる?

 朝晩はまだかなり寒い。



「何がなんでも咲かせろと指示が出ていまして、だいぶん育っているものをアーチごと運ぶはめになりました。後は火の魔石で温度を調整します」


 魔石まで!?

 ずいぶんお金をかけたのでは?

 しかも大きなアーチごと違う土地から持ってくるなんて!


「咲くと綺麗でしょうね」


 ウィステリア……藤の花のアーチは全部で三つもあった。


「はい、奥様! 頑張って咲かせますので楽しみにされていてください!」



 わざわざウィステリアを持ってきたなら、やはり私の為かもしれない!!

 顔が熱くなってきた。

 私は赤くなっていく顔を見られるのが恥ずかしくて、自室へ戻った。



 扉を開けると暖炉の薪を補充していたややぽっちゃりの50代くらいのメイドのご婦人が振り返り、私に問いかけてくる。



「お戻りですか、奥様。何か必要なものはございますか?」

「冷たい飲み物と紙とペン!」



 そうだ! ほのかの物語を書いて一旦思考をそらそう! それと冷たい飲み物!



「まだ寒さが残っておりますれば、お腹が冷えるといけません。温かい飲み物と筆記用具をご用意させていただきますね」

「あ、はい」



 わざわざお腹の心配をされちゃった。

 このメイドさん、いい人なのかもしれない。

 柔らい茶色の髪……。

 姉も茶髪だけど、纏う雰囲気が全く違うし、メイドさんは下町のお母さん感がある。



 ふと、文机の側の棚を見ると、スノードロップの鉢植えがいつの間にか飾ってあった。

 この花は……春を知らせる花だった気がする……。
















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