第7話 前世の話

 デートの終わりの帰り道。

 馬車の中で揺られつつ、本を抱えたままの私は前世の事を思い出していた。


 * * *


 時枝美咲。

 それが前世日本人だった時の私の名前。


 私はあまり自分の物を持っていなかった。

 大切な思い出の心の拠り所にやるようなもの。

 母は私を養うだけでも精一杯だったし、お小遣いも少なかったから。


 物心ついたら父親はフィ◯ピン女に入れあげて日本からいなくなってて、お母さんは私を一人で育てる羽目になった。

 水商売をやってて、忙しくしてるか仕事から帰って寝てるか、男といるか。

 長くさみしい人生だったな。

 ほのかに会うまでは。


 お母さんは料理なんてのも、殆どしなくて小銭渡されて後は自分で何とかしろってスタイルだった。


 まあ、小銭でもゼロよりはよかったよ、パンとか買えたしね。


 だいたいスーバーとかの店で買ったものばかり食べてたら、クラスメイトの一人、オタクよりの子、春野ほのかが教室の自分の席で一人でお弁当食べてて、


「お弁当、美味しそうだね」


 って、何気に言ったら、ミートボールと卵焼きとウインナーとやや小さめの俵型おにぎりを蓋に乗せて、よければ食べる? って聞いてくれたので、ありがたく食べたら美味しかった。


 家庭の味ってこんなんかな? って思ったりして。


 それが彼女との、最初の接触だった。

 まともに喋って交流した記念の日。


 その後、昼休みの時間とかに弁当食べたらいつの間にかいなくなってて、どこに消えたかと思ったら、ある日、屋上に続く手前の階段で本を読んでたのを見つけた。


 読んでたのは恋愛系のラノベだった。



「なんで教室で読まないの?」

「ここの方が人がいなくて集中できるし」

「あ、ごめん、私、もしかして邪魔だった?」

「ううん、いいよ別に」


 彼女は、ほのかはまだ本に視線を落としたままだった。

 ても私はなにげにまだ会話を続けた。



「屋上って施錠されてて行けないんだね」


 屋上の扉には鎖が絡まり、南京錠がついてて侵入禁止になっていた。


「漫画ならたいてい行けるのにね、私もワンチャン行けるかと最初に見に来たけど、無理だった。

飛び降り防止とかかもしれないから仕方ないね。

あ、でも静かで人がいないから本を読むにはいいかもって」


「へぇ、漫画だと屋上に行けるの?」

「少女漫画だとわりと不良っぽいヒーローが昼寝したりしてるかな」

「あんまり漫画とか読まないから知らない」

「ごめん、漫画の話とか嫌いだった?」

「違う、単に小遣い少ないから漫画とか持ってないし」


「私のでよければ貸せるけど」

「え? いいの? ありがとう、めちゃめちゃ読みたい、放課後とか暇だから」



 そしてほのかから漫画やラノベを借りたりして、色々読ませて貰って仲良くなった。

 高校も何とか地元の同じとこに行けた。



 そして漫画やラノベの貸し借りは中学の時の話で、高校になってからは無料で読める小説サイトやら漫画アプリとか出てきて、毎日無料で一話ずつ読めたりするようになって、楽しく感想を言い合ったりした。


 そして高校3年のある日、誕生日プレゼントに私の為の物語をノートに描いてくれた。


 その物語の中では、私には優しい家族と可愛いペットもいた。

 愛に溢れた優しい物語だった。


 世界観がファンタジーになってたけど、私もかなりオタクよりの人間になっていたし、私が自分で、スマホアプリ内で作ったオリジナルキャラのアバターを参考に私を主人公にしてくれてた。


 そして高卒で大学に行く金もなかった私はしばらくバイト生活してたし、お金の為に知らないおじさんと飯食ってお小遣いをもらったりもした。


 たまに昼のコンビニバイト先の人に自慢したら結局絵空事っていうか、ただの文章内のことだから現実とは違うし、逆に虚しくならない? って言った人もいたけど、私はとても嬉しかった。



 ほのかの書いたノートの中の物語の中では、私をとても幸せな女の子にしてくれていたから。

 善意しか感じなかった。


 だってせっかく楽しみにしてた漫画の更新もあるのに、それをお預けにしてでも、誕生日に間に合わせる為にせっせとノートに小説を書いてくれたし。


 それこそ本当に涙が出るくらい嬉しかった。


 …………。


 いつの間にか、私は寝てた。

 しかも公爵の肩にもたれて!


 目からは涙が出ていたし、夫たる公爵は何故か上を向いていた。


 うっかり泣いて涙で目が覚めたなんて恥ずかしい。

 私は服の袖でこっそりと涙を拭いた。
























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