第6話 お忍びデート

 公爵と変装してお外に出た。

 お忍びデートだ。


 公爵はフード付きコートを着てフードで頭部もなるべく隠そうという魂胆のようだ。

 私はメイドの仕事服を借りてきたからメイドに見えると思う。


 金持ちのお嬢様に仕えるメイドが、お嬢様の命令でいらなくなったウェディングドレスを売りに行くと言う風に見えるように。


 そんな訳でドレスを二着売ってお小遣いというか、デート資金にするつもり。


 でも片方はそもそも中古だ。

 値段はあまり期待できない。

 とはいえ最低でも屋台飯くらいは流石に買えるでしょ?


 * *


 私達は中古も扱う衣装店に入った。

 茶色やグレーや銀色の毛皮のコートなどが目立つ。

 流石に冬の長い北部のお店って感じ。

 革製品も多い。



「うちだとこちらの新品同様の美しいドレスが金貨五枚、こちらの中古は銀貨五枚ってところです」


 思ったより高い!

 金貨なら十分でしょ!


「それでいいです」

「このような華やかなドレスがこの辺で売れるのか?」


 公爵はドレスが売れ残るか心配なのか、そんな事を聞いていた。


「毛皮の仕入れに来る旅の商人あたりに売れると見込んでおります。このシルバーウルフやシルバーフォックスの毛皮などは貴族様にも人気があるので」

「ああ、なるほど、毛皮の買い付けのついでにな」


 なるほどねと、私も納得して店の外に出て、次は……馬車に乗って市場に来た。


 多種多様な店が並んでいた。

 八百屋、肉屋、雑貨屋、食べ物の屋台等。

 私は思わずガラス瓶の並ぶ雑貨屋で足を止めた。



「このガラス瓶、綺麗」


 エジプトのガラスの香水瓶に似てる気がする。


「ではこれを買おう」



 なんと、公爵がガラス瓶をプレゼントしてくれた!

 化け物どころか普通に優しいな!?

 まあ、初夜はすっぽかされたけど。



 ◆◆◆ 公爵サイド ◆◆◆


 彼女がガラス瓶を気に入ったみたいだから買ってみた。

 まだまだ初夜をすっぽかした罪はこのくらいでは贖えないだろう。


 でも女性というものは自分の結婚式で着たドレスは思い出のものとして大事にとっておくなり、いずれ娘に譲るとかすると本で読んだことがあるのだが、本当にいいのか? ここで手放して。


 大事に取っておくパターンは恋愛結婚の場合だけで、意に沿わぬ結婚などなら忌まわしいものとしてさっさと始末したいということか?


 いや、でもこの外出をデートと思ってるフシがある。


 分からない。

 心の声が度々聞こえていてさえ混乱する。


「あれは、もしや本屋では?」

「そうだが」

「寄ってみても?」

「ああ、かまわない」


 彼女は足取りも軽く本屋に向かった。

 本が好きなのか。


『ウィステリアの記憶があるからこの世界の文字も読めて助かるわ。でも私の好みの話の本はあるかなぁ?』


 本棚の前で彼女はウロウロしている。


「どんな本が好みなんですか?」

「え、あ、そうですね。まず大前提はハッピーエンドで、ほのぼしていて、メインの登場人物が美味しいものを食べたりして幸せそうなやつです」


「……童話のようなものですか?」


『どっちかってゆーとラノベなんだけど、この世界にはないかな? あんまり文章詰まってなくて読みやすい感じの』


「あ、恋愛ものでもいいです」

「恋物語なら、こちらの棚のようですよ」

「ありがとうございます」


『うーん、ベストセラーとかあるのかな? よく売れてる人気があるやつ』

「店主、この店でよく売れてる本はどれだ?」


 私は店番の店主に声をかけた。


「この冒険記やこちらの旅の商人の手記本です」


 店主は二冊の本を取り出して見せてくれたが、これは女性の好みとは違うかもしれない。

 


「女性が好む恋愛ものは?」

「ああ、若い女性に人気があるのはこちらです」


 赤い表紙の本とくすんだピンク色の表紙の本だった。



「では、そちらの二冊と先程の冒険記と商人の手記も買おう」

「ありがとうございます」


「え? 全部いいんですか?」

「冬も長く娯楽の少ない生活なので、本くらいは好きなだけ買っても、問題ありません」


 冒険記と手記本も買っておけば城の騎士か誰かも読むかもしれないから、図書室においておけば無駄にはならないだろう。


「でも……これから春でしょう?」

「はい、それは確かに」


 一応は春もある。暦の上ではもう春だし。

 まだ寒いだけで。

 


「お外に出れるんですから、お花見ピクニックにもそのうち行きましょう」


「お花見ピクニック……」



 わ、私とか!? 酔狂だな……



「ダメですか?」

「考えておきます……」

「花が枯れたり散る前には決断してくださいね!」

「はい……」


 そういえば世間ではそういう季節を楽しむようなこともするのだったか。


 この世界から憎まれているからこんな忌まわしい力を持っている気がして、そんな外の世界を楽しむとかいった発想がなかった。


 外でも近くにいる人の声は聞こえるし……。

 大勢の人の心の声は疲れる。



 ━━でも……彼女の思考にだけ集中していれば、あまりに不快にはならないな。


 もちろんこれが彼女にバレたら彼女は嫌悪し、恐怖するだろうが。


「さて、本も買ったし、いよいよ食事にしましょうか」



『公爵は効率重視なとこがあるわね、自分でゆっくり本を探すより、ささっと目的の物がどこにあるか店主に聞いていたし、忙しいから早く帰りたいのかもしれない』



 !!

 あ、しまった。

 別に急かすつもりではなかったが……もしかしてゆっくり自分で選びたかったのだろうか。

 申し訳ないことをした。

 気晴らしで外に出てきたんだろうに。



『可愛いくておしゃれな背表紙の本が沢山あったなー、もっと見ていても良かったけど、美味しいものも気になるからいいけど』


 可愛い背表紙? 

 彼女は本の背表紙などに惹かれるのか。


 一応覚えておこう。


「本を作ろうとしたら、お金はだいぶかかるでしょうか?」

「出版社が面白いと感じて買い上げれば作者は費用を出さずに済むと思いますが」

「ああ、なるほど」

「本を出したいのですか?」


「昔、友達が私の為に書いてくれた物語があって、でも私、昔はお金なくて、本にできなかったから、こちらではほら、さっきドレスが金貨になったし」

「つまり友達の本を出したいと?」


「はい。あの友達が見せてくれたノートは今は手元にないから、私が思い出して書くしかなくなりますが、忘れたくなくて、大事な思い出の物語を」


『前世はオタクの友達が私の誕生日にわざわざ私の好みのお話を書いてくれて感動したんだよね。

あんな心のこもったプレゼントを貰ったのは初めてだったから……』



 何やらこちらの心まで温かくなるようだった。

 彼女は前世ではいい友人がいたようだ。



























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