第10話 何故か飛び跳ねる妻
◆◆◆ エドラール公爵サイド ◆◆◆
今回も皇都の城にて私のやった仕事は、脱税や横領をしている貴族を見つける事だった。
私が登城する度、汚職貴族が粛清されるので、そろそろこちらにも私が何かを密告しているだろうと粛清された貴族の関係者からあたりをつけられ、暗殺者が送られそうな気がする。
憂鬱な気分で仕事を終え、私は皇都にあるタウンハウスへ戻った。
すると妻が……夕焼けの中、タウンハウスの庭で飛び跳ねている。
春……だからか?
しかし子鹿じゃないんだぞ。
彼女は芝生の上で少し助走をつけて走り、前方に向かって飛んでいる。
しかし、いつズボンなんて手に入れたのか。
男性だけだと不便があるかもしれないと、一人だけお供につけたメイドは「奥様おやめください! 危険です!」と必死で止めている。
もっと近くに行けば彼女の心の声が聞こえるだろうが、意味が分からない行動をする彼女が面白すぎるので、しばらく眺めていた。
怪我さえしなければ別にいい。
「あ! 旦那様! 奥様を止めてください!」
あ、しれっと見ていたのをみつかった。
「あなたは何をされているのです?」
妻たる人に歩み寄りつつ、質問を投げた。
「まだこの体でドロップキックは難しいのでとりあえず走って飛ぶ訓練です」
「ドロップキック?」
「えーと、つまりは飛び蹴りですわ」
と、飛び蹴り!?
「蹴り……レディのすることではないと思いますが」
既に笑いがこみ上げて来た。
耐えなければ。
こんなところで爆笑してはいけない。
しかしなんて人なんだ。
「でも花庭園でイレザに偶然会ってしまい、あの憎らしい顔面に蹴りを入れてやりたいなって……」
「なんと……!」
『むかつく相手にドロップキックで顔面破壊してやりたくなったからまずは走って飛ぶ訓練から……無能でも頑張ってれば魔法は無理でも蹴りくらいはできるようになるかもしれないから』
普通、思っても言わないだろう事をバカ正直に!
「そういえば旦那様の明日のご予定は?」
「ウィステリアはまだ皇都観光をされたいのでしょう? ドレスショップでも行かれては? 最新流行のドレスを手に入れるチャンスですよ」
『あら、今、なにげに私の名前を、呼んでくださったわね!? ウィステリアって』
!!
「えーと、既に衣装室に私用のドレスは用意されておりました、そんなものより皆で楽しめるよう、美味しいスイーツなどを買ったほうが」
「皆とは?」
「城の使用人達に御土産を、ほら、スクロールを使えばあまり日持ちしないこちらの流行りのお菓子でも持ち帰れるのでは?」
「自分用ではなく、わざわざ使用人の為に?」
『だって最新流行のドレスを買っても私も基本的にパーティーとかに出て社交とかしないし、それなら皆で楽しめる食べ物のほうが、城の人達もほぼお外出れないみたいだし』
「高価なドレスを買うよりも有意義なお金の使い方だと思います」
「奥様! 我々の為にそんな……なんてお優しい!」
『やたら破天荒だけどこんなに使用人に優しい貴族様も珍しいわ!』
若いメイドが思わず感涙にむせぶ。
「フレヤ、落ち着いて、本当に優しい人は顔面に蹴りを入れてやろうとかは思わないのよ」
確かに……でも、よほど腹が立つ事があったに違いない。
「でもあれはイレザ嬢が酷かったので、奥様は怒って当然でした! 伯爵令嬢が公爵夫人を侮辱するなんて! あってはならないことでした!」
「その話は詳しく報告書にまとめるように」
離れた場所にいた護衛騎士に私は命じた。
「かしこまりました!」
騎士は離れた場所に立っているので、声を張り上げている。
『ところで奥様は早く俺のズボンを返してくれないかなぁ? いつまで飛び跳ねるのだろうか?』
!! やや小柄な使用人の男の心の声が聞こえてしまった。
「と、ところで、ウィステリア、そのズボンは」
「あ、ズボンはそこの使用人に借りました! 私はズボンを持ってなかったので! 流石にドレスで飛び跳ねる訳にはいかなかったのです」
「乗馬用なら女性用のズボンもある気がするので、明日には探します。とりあえず着替えて晩餐を」
『あ! そうだ、そろそろ夕ごはん!』
「わかりました! 着替えて来ますね、でもどうせならズボンは一緒に探しに行きたいです!」
『どうせならデート!』
またデートを!?
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