第6話・女子高生と大賢者、土壺に嵌る

 土曜日は、杏子もいろいろとあって疲れていたようじゃな。


 幻影の指輪の効果で、体型がすっかり変わったこともバレていなかったようだし、両親にもそのうち機会があれば、魔法についての説明をしてもいいかななどど話していたが。


 まだ、この世界が魔法について知るのは早いのではないかと危惧してしまう。 

 一人の人間しか使えない、偉大なる力。

 この世界の事を森羅万象で知れば知るほど、この世界は終わっているように感じている。

 人と人、国と国同士が争うことなど、ワシのいた世界でもよくあったこと。

 そもそも、魔族などという全く未知の存在の侵略を受けていたのじゃから、戦争が無い平和な世界など夢また夢、茶番としか思えなかったわ。


 この世界では、国同士だけでなく人同士の争いも絶えない。

 それも、他国と裏で繋がり、自分だけが利権を得るために国の秘密を売ったり、他国に忖度して保身的なことを考えている国の代表たちまでいるのだから、よけい始末に負えない。

 そんな輩が杏子の魔法を知ることになったら、それこそあの子が危険になってしまう。

 じゃから、わしとしても杏子のことを考え、もっとこの世界の事を知らなくてはならないからのう。


 ああ、今日はどこにいこうかのう……。

 

………

……


 自身の脚で、初めて街に出たギュンター。 

 普段は杏子の深層世界の中から外を見ているだけ、しかも登下校と近所のショッピングモール程度の風景しか見られなかった彼にとっては、初めての散歩は興奮ものであった。

 地下鉄駅までの道中、商店街の中を歩いているだけでも、黒い世界から見ていた光景と直接肌で感じる風景は異なる。

 五感すべてをくすぐる感覚。それがギュンターにとっては楽しくて仕方がない。


「これが地下鉄……ふむ。切符を買って改札に入れる……うんうん」


 森羅万象スキルで得た知識。

 それはあくまでも知識でしかなく、経験にって得られる感触とは大きく異なる。

 それでも、知識によるバックアップのおかげて、多少はもたついたものの何事もなく大通公園までたどり着くことが出来た。


「……これが大通公園。都市の中心地に存在する、巨大な公園……実に勿体ない土地の配分じゃな」

『あのね、大通公園っていうのは、もともとは火防線っていって、ここを中心に東西で火災が延焼しないようにつくられていたのよ。そこに後で公園を配備したのですから』

「ほほう……と、おお、本当じゃな。この公園を挟んで北が行政区で南が歓楽街であったのか。魔法による防火政策がない世界じゃから、そういうものも必要なのか」


 どうしても自分たちのいた世界と比較してしまうギュンター。

 それゆえに、都市を大きく囲む城塞もなく、外部から侵入する魔物を討伐する騎士団や狩人《ハンター》の姿も見えない札幌市が、実に非力で弱い都市に見えてしまう。

 

『まあ、魔法なんて言うとっても便利なものがある世界から来たら、確かに不便でしょうけれど』

「いや、魔法も意外と不便じゃぞ」

『そうなのですか? 私にはなんでもできる便利な技としか思えないのですけれどね』

「はっはっはっ。魔法のない世界の住民には、そのように思えるのじゃなぁ。どれ、もう一つつまむとするか」


 大通公園名物のとうきびワゴン。

 そこで焼とうきびと蒸したジャガイモバターを購入。ついでに自販機で炭酸飲料を買ってベンチにどっかりと腰を落とすと、のんびりと周りの雑踏に耳を傾けながら、未知の味を堪能し始めた。


『ああ、そんな高カロリーなものを食べるなんて……折角魔法で痩せられたのに、また太ったらどうするのですか!!』

「心配無用じゃな。わしが杏子の身体を制御している間は、体を動かす最低限のカロリー以外はすべてティファレト、つまり胸の法印に魔力変換されて蓄積されるから大丈夫じゃ」


 そう呟きつつ、もくもくと食事を続けるギュンター。

 だが、彼の言葉の真意か、まだ杏子には理解できていない。


『それって、もっとかいつまんで説明してください』

「ああ、魔導師適性は男性よりも女性の方が高くてな。というのも、女性にこの二つの胸に魔力が゛蓄積されるのじゃよ。だから、胸の小さな女性でも、魔法を使うことによってどんどん蓄積魔力量が増え、胸が大きくなる。杏子のこのサイズだと、魔力係数で15000前後というところじゃろう」


 両手でユッサユッサと杏子の胸をゆするギュンター。

 その光景に、通り掛けの男性も釘付けになり、ゴクリと生唾を飲むものも存在した。


『ひ、人の胸を揺さぶるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』

「ああ、すまんすまん。今の説明で分かった通り、わしは魔力適性の高い女性が好みなのじゃよ」

『わかりました、だからもうやめてください。人前で胸をゆするなんて破廉恥すぎますから』

「そうじゃな……と、うむ、男性だけでなく女性もこの胸に釘付けになっているのう……」

『はぁ? 私はそっちの趣味はないのですけれど……って、うわぁ、氷川じゃない、なんでこんなところにいるのよ!!』


 ギュンターが座っているベンチから斜め前。

 そこで杏子の幼馴染であるクラスメイトでもある氷川ひかわ古都華ことかが、サックスを手にギュンターの方をじっと見ている。

 自宅も近所ということもあり、ちょっと前までは家族ぐるみでの付き合いもある。

 そんな古都華が、頭を傾げつつギュンターを見ていたが。


「うっそ!! 杏子だよね!!」


 いきなり走り出してギュンターの方に走っていくと、彼女の両肩をガシッと掴んで一言。


「杏子、その胸はどうしたのよ!! それに体つきも女らしくなって……たった一晩で、どうやつてそこまで痩せられたのよ、白状しなさい!」


 パンパンと杏子の身体に軽く触れつつ、彼女の体型を確認する古都華。

 そして、これはまずいと思ったギュンターは、肩から下げていた鞄から眼鏡をとりだし、それにかけ替えた。


――シュンッ

 これで体の主導権は杏子に切り替わる。

 さすがに幼馴染相手にギュンターが話をしていると、どこかでボロが出てくるのは必至。

 それなら幼い時からの友達である杏子に任せた方がよいとギュンターは考えた。


(ちょ、この状態で入れ替わりますか!!)

『うむ。わしが相手すると、きっとどこかでボロが出る。ということで杏子よ、頼むぞ』

(はぁ……わかりましたよ)


 ゆっさゆっさと体を揺さぶる古都華。

 以前の杏子ほどではないが、やはり彼女も女性らしい体に憧れていたのである。


………

……


「さあ、すなおに白状しなさい。その見事なプロポーションを、どうやって手に入れたのよ」

「あは、あはは~。あのね、これは中国4000年の秘術、ツボ押しマッサージで手に入れたのよ。ほら、私って図書館とかで色々なほんょ読むじゃない、その中にあったのよ、『指圧の心は母心、推せば乳でる尻も出る』ってね」

「そ、そんなのあるかぁぁぁぁぁぁぁ……って、それ、本当?」


 あ、口から出まかせだったのに誤魔化せた。

 

「ほら、あの有名なマリリン・モンローだって、日本の有名な指圧師さんに会うために来日していたでしょう? そこにヒントを得て、さらに中国のツボ治療の本を解読して、私が手に入れた技こそが、痩身美容法。まるで魔法にでもかかったかのように、痩せることができるのですよ!」


 ああ、もうやけくそだ。

 ここまで言えば信ぴょう性もあるでしょう。

 だから、これで許して。

 そう思って、チラッと古都華を見ると。


――キラキラキラキラ

 ああっ、古都華が目をキラキラと輝かせている。

 これはまずい、小さい時から見ている、この目の輝き。


「ねぇ、杏子。それって私にもできる? いや、やって、お願いだから」

「そう来るかぁ……う~ん、ちょっと考えるから、古都華も戻ってサックスでも吹いてきて……って、いつもここで吹いているの?」

「そうだよ。だって、うちの高校ってさ、吹奏楽部が求めるハードルが高いじゃない。私は好きに、自由に吹きたいから、部活に入らないでいつも休みの日には、このあたりで流していたんだよ。それじゃあ、ちょっと吹いてくるわ」


 そう告げて、古都華は元の場所に戻ってサックスを吹き始める。

 うん、いつ聞いてもいい音色だよね。

 小・中学生の時はジュニア・サクソフォーンコンクールで銀賞まで取ったことがあったからね。

 でも、趣味で楽しんでいるだけで、プロを目指している訳じゃないから音楽系に強い高校には進まなかったんだよね……って、そんな昔のことをしみじみと思い出している時じゃないですよ。


(ねぇ、ギュンターさん。私に使ったこの魔法って、私にも使えるの?)


 あの状態の古都華には誤魔化しは不可能。

 それならいっそ、指圧の効果ということで通すしかない。

 

『ん? 普通にできるが。そもそも、わしが使った時点で、杏子の頭の中にある魔導書に、術式が全て記されているはずじゃからな』

(魔導書? それつて……ああ、あった、ありましたよ)


 私の中、正確には、ケテルの法印の中に私専用の魔導書が収納されていました。

 

『それを取り出して使えば確実。まあ、ケテルの法印に魔力を注ぎ、その中でページをめくるイメージを行えば、無詠唱でも可能。そうじゃな……無詠唱発動を行えば、あの古都華という子にバレることなく、誤魔化せるとは思うぞ』

(それです!!)

『ちなみに、指圧とか整体についての基礎知識も全て森羅万象で書き込んであるはずじゃから、それなりのことはできる。ようは、指圧の知識で体のツボを押しつつ、痩身の秘術を唱えればよい。あとは先ほどのように口八丁手八丁で通すのじゃよ


 ずいぶんと、日本の諺とかにも詳しくなったものですね。

 まあ、今はギュンターさんのアドバイスに従って、古都華を痩せさせるしかないですか。

 頭の中で痩身の秘術の手順と正式な詠唱を確認しつつ、のんびりと彼女がサックスを吹き終わるのを待っています。

 あとは、久しぶりに古都華の家に向かい……ってちょっと待って、彼女に痩身の秘術使うっていう事は、私も服を脱がないとならないのですよね? えええ、どうすればいいのですか。


 こ、これは難易度がいきなり跳ね上がってきましたよ。

 どうやって、自然な形で二人とも服を脱げるような状況に持ち込むか……。

 これが、最大の課題ですか。

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