第4話・大賢者、女子高生に魔術を授ける

 大賢者ギュンターとの、杏子の体の中での同居生活が始まって、すでに一週間。


 ギュンターは彼女の深層心理世界の中で、森羅万象スキルを駆使してこの地球のことについて日々、勉強を続けている。

 そのためか、よほどの用事か休養以外では杏子に話しかけもしないので、彼女自身も平穏無事な生活を送っていた。

 ただ、トイレと風呂については極力ギュンターに悟られなうようにしているのと彼女の目から見た光景はギュンターにも届くため、そっち系の用事については可能な限り自分自身を見ないようにしている。

 特に風呂については流石に眼鏡を付けたままというわけにはいかないため、洗髪洗顔の時だけは意識が逆転した後も、杏子に主導権を渡すように頼み込んである。

 

 不思議なことに、体の主導権については一時的に相手に移すこともできるため、メガネをかけたままギュンターの意識を引っ張り出すことも出来れば、メガネのない状態で杏子に主導権を渡すこともできる。

 こうして、二人は実に奇妙な共同生活を送っていた。


――平日・放課後

 いつものように授業を終えて、杏子は図書室へ向かう。

 本の貸し出し・返却の受付作業を行いつつ、趣味の読書を勤しむため。

 だが、ここ最近は自身の魂と同化しているギュンターについて、彼女の魂から切り離し一つの人間として存在できるように出来るかどうか、それを調べている。

 もっとも、現代医科学の世界において、そのようなオカルトめいた出来事などどうすることもできない。

 せいぜいが、異世界転生系のラノベを調べまくり、そこからなにかヒントを得ようとしていた。


 ギュンターが本物の大賢者であるならば。ラノベに書かれているさまざまな方法がヒントになると考えたのである。知識として杏子が覚えられたなら、それはギュンターにも共有できる。

 そのため、日々、大量の小説や論文、医学書オカルト雑誌に目を通しては、ストレス発散のためと頭にエネルギーを蓄えるため、お菓子を爆買いし食べまくっていた。


………

……


――とある日・高校にて

「ねぇ杏子……最近、太った?」

「ふぇ?」


 いつものように学校に行って。

 教室に向かい席に着いた時。

 隣の席の氷川さんが、私に近づいて、こっそりと耳打ちする。

 んんん? 私が太ったですって? 


「う~ん。確かに最近は、スカートもきつくなったような気もするし、ブレザーの前ボタンも閉めにくくなったような気はするけれど。ほら、成長期っていうじゃない?」

「成長期……ねぇ」


――ムニッ

 そんなことを呟きつつ、突然、氷川さんが私の横っ腹を掴む。

 以前の私は細めて、どちらかというとやせ形の女性でした。

 最近の成長期に連れて、ちょっと肉付きが良くなったかもしれませんけれど、太ったなんて、そんな……って、お腹の脂肪を掴むなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。


「ほらほら、こんなに掴めるぐらいにお腹周りが危険だよ。それに首回りと……ちょっと腕を出して」

「ほいほい、これでいい?」


 夏服なので半そでのワイシャツにベストというスタイル。つまり腕は剥き出し。

 氷川さんはその私の右腕を掴んで、ムニムニと揉みまくって一言。


「うん、杏子は太ったね。その調子だと、夏休みにプールにいくとき、やばいんじゃない? それにほら、来週は身体測定じゃなかった?」


 うっ。

 今年の4月に測定したばかりなのに。

 新しい教頭先生の方針で、夏休み前と後で一度ずつ測り、生活習慣を調べるそうですよ。

 

「そ、それなら大丈夫よ、ほら、今日は金曜日で来週の月曜日が測定日でしょう? それまであと二日もあるじゃない。二日もあれば、ちゃんと瘦せられるから」

「はっはっはっ。杏子くん? そんなことができるはずないじゃない。ちゃんと栄養管理とかしておかないからだよ? 今から痩せるって、魔法でもつかうのかね?」

「あ~、魔法かぁ……って、そ、そんなことあるはずないじゃないですか」


 慌てて否定しますけれど、氷川さんはニヤニヤと笑っています。


「最近、ずっと異世界とかオカルトの本ばかり読んでいるじゃない。確かにラノベって読みやすくていいけれど、現実と空想世界をごっちゃにしたらいけないよ……と、そろそろ先生がくるかな」


 氷川さんが笑いながら話していた直後、予鈴がなって担任の先生もやってきました。

 いやいや、そんな、私が太っているだなんて……ねぇ。



 〇 〇 〇 〇 〇



 学校で氷川さんに太っていると言われてから。

 今日は一日、そのことが頭の中から離れません。

 ええ、おかげで放課後の調べ物にも集中できなかったので、図書室が閉まってからは急いで帰宅することにしました。

 そして自宅に戻って、急いで脱衣所に移動。

 とりあえず制服を脱いで下着だけになり、体重計にそっと乗って見ます。


 ええっと、確か太っているかどうかはBMIで調べられるんだよね?

 私の場合は身長が151センチだから、体重÷(1.51×1.51)で算出して……。


『BMI 29.95』


 ほら、ちゃんと肥満1度……


「はぅあ!! こ、これはやばいです、いつのまに私は太ってしまったのですか!!」


 いやいや、まだ下着という思い衣服が残っているじゃないですか……はい、脱いだ程度でBMIが10も減るはずがありません。現実をしっかりと見極めて、来週まで痩せなくてはなりません。

 まてまて、焦るな私。

 春の身体測定の時は、体重が50キロちょいで普通だったはず。

 つまり、そこまで絞ればいいのですよ、2日で。


――ドタドタドタドタ

 急いで制服を選択籠に放り込み、部屋に戻ってラフな格好に着替えます。

 そして床に正座して。


「だ、大賢者ギュンターさん………お願いがあります」


 困ったときの大賢者です。

 そう、氷川さんの話していた『魔法』に頼るしかないじゃないですか。


『ん? なんじゃ? 今はこの国の法律について学んでいる最中じゃが、なにかあったのか?』

「いやいや、いくら森羅万象スキルがあるといっても、そこまで学ぶ必要があるのですか?」

『知識は大事じゃよ。それで、わしになにか用事か?』

「はい、実はですね………」


 もうね、隠していても始まりませんので、ギュンターさん相手にぶっちゃけることにしました。

 そもそも、私の身体を共有しているのですから、太った原因の一端はギュンターさんにもあるのですよ。


「あと二日で、体重を50キロ前半まで絞りたいのです。魔法でダイエットできませんか?」

『んんん? 身体変化……いや、痩せるということか。別に難しくもなにもないが?』

「お願いします!!! 私にその魔法を授けてください」


 神にもすがる気持ちで、土下座でギュンターさんにお願いします。

 

『まあ、試してみないと分からんが、確かに痩身の秘術もサイズ変更の術式もある。しかし、この体で試したことがないのと、体の中心線にある4つの法印を解放せねばならぬ』

「4つ………ですか? そもそも、私は法印というものを知らないのですけれど」

『そりゃそうじゃ、教えようとしたときに、今はいいって断ったじゃろ。ということで、今から簡単に説明するぞ』


 ということで、いきなり始まった大賢者ギュンターの魔術教室。

 簡単にかいつまんで理解すると、私の魂の中には『生命の樹』とよばれる10の法印が刻まれているそうです。

 順に『ケテル(頭)』『ティファレト(心臓)』『イエソド(下腹部)』『マルクト(重ねたつま先)』『ビナー(右肩)』『コクマー(左肩)』『ゲブラー(右腕)』『ケセド(左腕)』『ホド(右掌)』『ネツァク(左掌)』という肉体でいう10部位に刻まれているらしく、魔術の発動時には、その部位の魔法陣に魔力を注ぎ込み覚醒させるそうです。

 普通の魔術は一つから2つの魔法陣を用いるそうですが、中には全身全ての魔法陣を覚醒させないといけないものもあるとこで。

 そして私の場合、魔術が発動したときにその部位から魔力の残滓というものが噴き出すことがあり、それによりこの世界の衣服は瞬時にはじけ飛ぶとのこと。


「それで、あの、今から使う魔術は、ケテルとティファレト、そしてイエソドの法印に魔力を集める必要があるのですね」

『うむ、今のままだと、一発で衣類が吹き飛ぶ。じゃから、脱いで唱えた方がよいぞ』

「は、はぁ……あのですね、絶対に見ないでくださいね」

『見るも何も、杏子の視界から見えなければ確認することもできんわ。それよりも、今から杏子の記憶に術式を焼き付けるからな』

「へ? や、焼き付けるですって?」

『ただの説明じゃ、ほら……』


 うん、ギュンターさんの意識から、次々と魔術についての説明と簡単な術式が送られてきました。

 では、これらをもとに、さっそく試してみましょう。


「それでは……いきます!! 」


 両手をひろげて深呼吸。

 そして素早く両手を組むと、詠唱を開始します。

 これは術式に魔力を注ぎ込むのと同時に、魔法そのものの効果をイメージするためのもの。

 ギュンターさん曰く、『定型文などない、魔術学校で教える教科書の内容を教えてやるが、それよりもイメージが大切と知れ』だそうで。


「痩せるー、私は痩せるー。もっと女性らしい体になって、氷川さんを見返してやる~」

『邪念出まくりじゃなぁ……』


 やがて頭と心臓、股間に魔力が集まり、熱を帯びて暖かくなると。


――キュンキュンキュンキユン

 魔法陣が可視化し、体の表面で高速回転を始めます。

 その瞬間、全身がカーッと熱くなり、一瞬だけ眩暈がしました。

 足元がふらつき、そして突然襲い来る空腹状態。


――グゥゥゥ 

 お腹の音がなりひびきましたよ、ええ。

 乙女が出していい音ではありませんよね。


「ああ………お腹減ったなぁ………」


 思わずお腹をさすってみると、つい先ほどまで私の体内に侵食していた脂肪分がすっきりボンと消えています。ええ、しかもですよ、以前よりもくびれた腰、ちょっと大きめの胸と、女子高生の体型になっているではありませんか。

 以前の私の体型は、どちらかというとスレンダーすぎるお子様体型。 

でも、今の私は、年相応の女子高生!!

ほら、姿見を見てもわかる完璧なプロポーションですよ!!


「うわぁ、痩身と体系変化の秘術って、ここまで変わるものですか」

『うむ。しかもじゃ、それは他人にも施すことができるぞ』

「なんですって!! それってまるで、魔法使いじゃないですか!!」

『いや、すでに杏子は魔法使いじゃよ。この世界で唯一の、いわば現代世界の魔術師というところじゃな。しかし……わしの好みとしては、もう少し肉がついていたほうがよいのじゃがなぁ』

「え?」


 鏡に映っている私。

 つまり、私の視点でギュンターさんにも、裸が見られたということですかぁぁぁ。


「見ないでくださいぃぃぃぃぃぃぃ!!」

『もう見とらんわ。それよりも、とっとと着替えたらどうじゃ? いくら夏が近いとはいえ、全裸で室内にいるのはどうかと思うぞ』

「わかっていますよ!!」


 ええ、まったくもう。

 最近になってちょっと買い足した、少しだけ大きめの衣類を身に付けますけれど、どうにもぶかぶかな部分ときつい部分が出てきました。

 はい、全体的にブカブカですけれど、胸回りと腰回りが少しきつくなっています。


「んんん………んぎぃぃぃぃぃぃぃぃ」


 胸は……だめです、カップが合いません。

 腰回りは骨格レベルで変化したらしく、もう無理です、無理やり身に付けると食い込んでセクシーすぎます。


「はぁ……どうしよう」

『元に戻せばいいじゃろ』

「あのですねぇ……このプロポーションを一度でも体験したら、もうさっきの体型になんて戻れるはずがないじゃないですか」

『それもそうじゃ。となると、すこしゆったり目の衣服を着て、買い物に行くしかあるまいて』

「はぁ……最悪。もう今月のお小遣い、ほとんど残っていないのに……」


 大量に購入した書籍と、お菓子に費やしたお小遣い。

 こうなると、お年玉貯金を崩すしかありませんか。

 はぁ、明日も学校なのに、急いで買い物にいかないとならないとは……。

 

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