第3話・女子高生、大賢者の便利さを知る
朝からひと騒動もふた騒動もあって、杏子は精神的に疲弊しきっていた。
外国人のテロに巻き込まれたものの、ギュンターが咄嗟の機転でこれを解決。彼の存在について説明を受け、彼の境遇を多少理解できたため、やむなく杏子の体に同居を許可した直後の、破廉恥な事件。
これには杏子も怒り心頭であり、即時彼女の身体からの退去を命ずるのだが。
そもそもギュンターの魂は杏子と同化してあるため、彼の意識を深層世界に封じる眼鏡をつけることで、彼に身体の自由を与えないということで一時的な解決を見出した。
………
……
…
──キーンコーンカーンコーン
二時間目の始まりを告げる予鈴。
警察の人の事情聴取ののち、代車である臨時バスに乗ってようやく学校へ到着しました。
先に学校には事件に巻き込まれたこと、遅刻することを連絡してあるので、コソコソと隠れるようなことはなく堂々と職員室に向かったのち、教室へと移動しました。
『ほほう、これが杏子の学舎であるか。王立魔導アカデミーのような外観じゃな。すまんが、中を案内してくれるか?』
「いやいや、私、遅刻なのですからね。いくら事件に巻き込まれたからって、こんな仕打ちはあんまり……」
そう呟いたけれど、ひょっとしてさっきの事件だって、ギュンターさんが引き起こしたとかないですよね? ほら、自分でこっそりと事件を起こしておいて、それを助ける代わりに私の体に同居するっていう、マッチポンプっていうやつ?
『はぁ、阿呆が。そんな面倒くさいことをどうやってやるのじゃ? そもそも、わしはこの身体を自由に操ることなどできんわ。そのメガネがある限りはな?』
「そう、このメガネがなんでギュンターさんを封じているのかわからないのですよ? これってそもそも、近所のショッピングモールの眼鏡屋さんで売っていた『現品限り、デザイナーズフレーム』っていうやつなんですよ? 同じものが二つとないやつなのに?」
『知らんわ。その眼鏡のツルの部分に刻まれている幾何学紋様、それが特殊な魔法陣の効果を生み出しているだけじゃ。しかも、しっかりと頭部に刻まれている『ケテルの法印』を封じている。流石にそれを弾き飛ばすだけの気合など、持ち合わせてはおらんよ』
ケテルの法印とはなにか、杏子としても興味に尽きないところであるが。
今は授業に戻ることが先決。
そのまま教室の後ろ扉をそーっと開き、現国の教師に頭を下げてからコソコソと席に戻っていった。
そして何事もなかったかのように授業を受けるのだが、休み時間になるとクラスメイト達が集まり、何があったのかと質問攻めにあってしまった。
………
……
…
朝のテロ事件に巻き込まれたこと、そして何事もなく解決したので学校にやって来たと説明し、あとはのんびりとした学校生活が続く。
そう、何事もなければ平和であったのだが。
『な、な、なんじゃ、この紐のような食べ物は、この赤くて少しすっぱくて、肉のようなものまで入っている具が乗っていて……うぉぉぉ、これは未知の触感ではないか』
「はぁ。ただのスパゲティ・ミートソースですよ」
『こちらの世界は、食文化についても著しく発達しておるようだな。しかし魔法が全くと言ってよいほど発展していないではないか。ここは一番、杏子が現代の魔術師となり、この世界で初めての魔術師になってみてはどうじゃね?』
「……そのたびに服が破れるのなら、お謹んで 断りします。まったく、私は露出狂でもなんでもないのですからね」
もくもくと昼食を食べつつ、ギュンターの質問に答える杏子。
念話という手段の使い方を知らないため、小声でこっそりと話しているのであるけれど。
パスタを食べつつ独り言をつぶやいている杏子の姿は、食堂にいる他の生徒にとっても不思議な光景であった。
『それは残念じゃが……これはまた、異世界の食事とは、かくも不思議なものなのか。杏子よ。あの男の食べているのはなんじゃ? こう、心が躍る香りがするが?』
「あれは、チーズ大盛り牛丼肉マシマシ汁ダクダクですよ。ハイカロリーで乙女の敵ですから、絶対に食べませんからね!」
『カロリーとはなんじゃ? いや、自分で調べるとするか』
「自分で? そこにいてどうやって調べるの?」
身体を自由に使えないギュンターが、どうやって調べ物をするのか杏子も興味を持った。すると、ギュンターも彼女の思考の奥底で結跏趺坐、俗にいう坐禅のような形をとり、瞑想を始める。
杏子の頭部にあるケテルの法印に意識を集中し、彼女の体を通して、全周囲に魔力を束ねた細い糸を放出する。
これが、ギュンターの能力の一つである『森羅万象』。
周囲の存在に魔力の糸を繋ぎ、そこから知識を得る。
さらに糸は対象を伝播してさらに伸張し求める知識の存在する場所へと伸びていく。
これは魔術ではないが、魔力の糸は確実に彼女の着衣にダメージを与えるのだが。幸いなことにケテルの法印の力の放出地点は頭部、帽子やマスクでも着用していない限りは問題はない。
『ふむふむ……杏子や、これがカロリーというものかな?』
森羅万象を通じて得られた知識を、彼女と共有する。
「うんうん、カロリーはそういうもので……って、ギュンターさん、どうやって調べたのよ?」
『いや、わしのスキルの一つで森羅万象というのがあってだな。周囲の者たちに魔力糸を伸ばし、そこから知識を得たまで。このカロリーという知識に詳しいのは、ここにあらぬ教員という女性じゃったな!!』
「な、な、な、何を勝手に魔法を使っているのですか!!」
──ダン!
思わずテーブルを叩き、立ち上がりながら叫ぶ杏子。
突然の出来事に周囲のサイトたちも驚き、怪訝そうな表情で彼女を見る。
その冷たい視線に顔を紅潮させつつ、杏子はゴホンと咳払いをした後、何もなかったかのように座って食事を続けた。
「ぷっ。魔法だってよ……厨二病かよ?」
そう先ほどのチー牛生徒がニマニマと笑っているのが見えたが、何事もないように黙々と食事を続けた。
(やばい、絶対にやばいです。私、痛い子と思われている)
『痛い子? 何処か調子が悪いのか? わしは治癒魔術も使えるから教えてみるが良い』
(だぁぁぁ、まぁぁぁぁ、れぇぇぇぇぇ!! 頭の中で考えていることも聴こえるのですか!)
あまりのことに杏子は驚いたが。
『いや、激しい感情を伴うと聞こえてくるみたいじゃな。普段のお主の声は、外に発しないと聞こえないから安心するが良い。なんなら試してみるか?』
(結構です!!)
ここにいると、また何かやらかす可能性がある。
そう思い急ぎ食事を終えると、杏子は食堂を後にする。
そして残った時間を、図書室での調べ物に費やすことにした。
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