第2話 怖いから
「耳と目を塞いで口を開けて!」「は、はい!」
言われた通りにした少女を確認してから、俺は息を大きく吸い込んで威嚇をした。
「去れ‼‼」
ヨロイクマの耳から出血する。銃弾すら受け止める生体装甲を持つモンスターであろうと、鼓膜への防御はできないようだ。ヨロイクマはふらつきながら後退していった。
そして俺は少女の方を向き直り、先ほどの威嚇に負けない大声で怒鳴った。
「この時期に危険区域のネジリブナの群生地に入るなんて何を考えているんだ‼⁉」
「ひっ、ご、ごめんなさい。でも、わたし、探究者でして……」
「探究者? だったらどうしてヨロイクマ程度の相手に後れを取るんだ?」
俺は少女の手当てをしながら、疑問符を浮かべる。と、そこで気付いた。少女は先ほどの事件を解決した植物使いの少女だったのだ。
「もしかして、君、あの時の……」
「あ、あの時の隔離員さん!」
「ってことは、君の能力は貯蓄型で、あの戦闘で使い切ってしまったってことか?」
「はい……。すいません」
貯蓄型とは能力の小分類の一つだ。事前に能力の発動に必要なエネルギーや物資を体内に貯蓄していくことで能力の効力を跳ね上げる効果がある。
他の小分類と比べて出力の平均値が高いが、貯蓄を使い切ってしまうと魔力操作ぐらいしか使えなくなってしまうのだ。それでも非能力者と比べれば天と地ほどの差があるが、同じく普通に能力を使える能力者と比べれば天と地ほどの差が生まれてしまう。
「そうか、だからヨロイクマに後れを取ったのか……。いやでも、一人で来ずに何人かに護衛してもらえばよくないか? 君はアド・アステラの学生なんだろう? 帰京する生徒は一人じゃないはずだ。その彼らに守ってもらえば」
「あの、私、友達が少ないんです」
「あ」
ソレは、その。
「ごめん」
「謝らないでくださいよ! ちゃんといるにはいるんです! アド・アステラの中には私を慕ってくれる子だって! むしろ崇拝すらされてます! まあ、だから対等な友達がいないんですが……」
「そっかぁ」
確かにあんだけ強ければ、崇拝者の一人や二人は居そうではある。そうした子たちに弱みを見せないために、一人で貯蓄を貯めに来たのだろう。
「でもそのけがじゃあ、いったん山を下りたほうがいいんじゃないのか?」
「それもそうですね。ですけど、あの……私、足を怪我してしまっていて……」
「見れば分かるよ。ほら。おんぶしてやるから乗ってくれ」
「え、良いんですか⁉」
「こういう時のために鍛えてるようなもんだからな」
そう言って少女を持ち上げて背負う。軽いな。ちゃんと飯を食ってるのだろうか。
「すいません。ありがとうございます」
「礼には及ばんよ。あの街を守ってくれたお礼みたいなもんさ」
「生まれ故郷なんですか? えーと」
そう言えば自己紹介がまだだった。
「俺は、天喰アラタ。そっちの名前は?」
「私は紫藤サクラです。アラタさんも
「生まれと小さい頃はな。けど人生の大半はここで過ごしてるよ」
あの子のいた
「そうですか……。やっぱり妖魔のせいですか?」
「そうだな。その通りだ」
妖魔とは、日輪原産の能力獣の総称だ。個体によっては人間並みの知性を持ち、日輪という国を脅かしている。その脅威を諸外国にばらまかないために、日輪はほとんど鎖国状態であると言えた。
「私、夢があるんです。あの国を妖魔の脅威から解放して、もっと開かれた国にするんです。そしていろんな国の人が安心して日輪に来れるようにしたいんです。あの国には美味しいものがたくさんありますから。そうなれば地域はもっと経済が潤って、そこに住まう人々が豊かになると思うんです」
「良い夢じゃないか……。叶うと良いな」
「はい! 絶対叶えて見せます! といっても今の私じゃまだまだですけれど……」
「君ならできるさ。その歳で『
「そう言ってくれると嬉しいです……! あ、着きましたね。っていうかアラタさん。歩くの速くないですか? その割には全然揺れませんでしたし」
人里に着いた俺たち。
彼女がそう、俺を褒めてくる。
「鍛錬の一環でな。悪路をいかに重心を保ったまま駆け抜けるか、に関しても訓練をしているんだ」
「凄いですね! アラタさんはどうして、鍛錬をしているんですか? やっぱり本当は探究者になりたいからですか?」
俺は少女のその言葉に俯いてしまう。手が震え出した。
「俺は、探究者にはなれないよ。戦うのが怖いんだ」
「それは、すいません。いやなことを言ってしまって」
「気にしないでくれ。これは俺の問題なんだ。だから、俺がどうにかするしかない」
その通りだ。だからこそ俺は鍛錬を繰り返していると言えた。
「頑張ってくださいね! アラタさん! 応援してます!」
「ああ、俺も君を応援しているよ。立派な探究者になって、俺の故郷を守ってやってくれ」
「おいおい、何をしてんだァ? 女連れで立派な身分じゃねえか。なあ、独活の大木!」
嫌な奴が現れた。仕事以外では顔を合わせたくないというのに。
「お、怪我をしてんじゃねえか。俺の行きつけの治療院に連れてってやるよ。いいところだぜ?」
「結構です。ウチの学校の専属治癒師がいるので」
「つれないこというなよ。仲良くしといた方がいいと思うんだけどなァ。俺様はこの国を背負う人間なんだからよ」
「アナタになんか背負われるこの国とそこに住まう人々が気の毒で成りませんよ」
「んだと⁉ てめえ! こっちが下手に出てりゃァいい気になりやがって!」
「っ!」
年端も行かない少女に殴りかかろうとする二十歳を超えた男。俺はソレを見かねて間へと滑り込んだ。
拳を頬骨で受け止める。
「いっってぇぇぇえええええええ‼」
痛がっているのは俺。ではなく相手だった。
当然だ。どんだけ鍛えたと思っているんだ。五キロを数秒で移動するスピードを発揮したとしたとしても生身で耐えられるほどの体だぞ。
「テメェ! 何をしやがるんだ⁉」
「殴り掛かったのはお前のほうだろう。さっさとどこかに行ってくれ」
「くそぉ! 覚えてやがれよ!」
そう言って走り去っていく男。
俺は、少女に振り返った。
「それじゃあ俺は鍛錬に戻るよ。そっちもこれからは気を付けて「怪我はないんですか⁉」
「ああ、この程度じゃ俺にダメージを与えるには至らない」
「凄い……、明らかに魔力を使用した打撃だったのに。それを生身で受け止めるなんて……」
「鍛えれば誰にでもできることさ」
死に物狂いで、という頭言葉がつくが。
「できませんよ⁉」
「お、学校の人たちが来たみたいだな」
「サクラさん! ご無事でしたか⁉」
「それじゃあ、俺はこれで」
そう言って俺は去っていくのであった。
□
そして出勤日。
「アラタ君、君は首だ」
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