因果応報 ジャッジメント・プレデター
ポテッ党
第1話 君の味方がここにいる
「どうして泣いてるの?」
一人の少女が、うずくまっていた。
少女は嗚咽を漏らしながら、指をさす。 その先には無残に踏み荒らされた花があった。
「だから泣いてるんだね」
フルフルと少女は首を横に振った。
「違うの。もうここにお花を植えれないから泣いてるの。植えてもまた踏まれてしまうから、お花がかわいそうだから」
目の前の花壇にはソレは見事な花がかつては咲いていた。
子供の自分にだって、そうだってわかるぐらいに色鮮やかで、生き生きとした花たちが。
「もう一度、お花が見たいな」
「でも……」
俺は立ち上がって、少女の前に進み出る。そして花壇を指差して言った。
「僕が守るよ」
「え?」
「君がまたお花を植えてくれるのなら、そのお花は僕が守る。約束する。ずっと守ってみせる。僕は君の味方だ」
少女の目の前で跪いて、俺は言った。
「だから、見せて? もう一度、君のお花を」
「! ……うん!」
それまでの涙が嘘だったかのように、少女は笑顔を浮かべてくれた。
俺もつられてほほ笑む。
「約束だよ……‼」
「うん。約束だね」
指切りげんまん、とお決まりの文句を言って、俺たちは友達になった。
□
けれど、約束は意味の無いモノになってしまった。
少女がもういなくなってしまったから。
俺の目の前で。
「アンタが死ねばよかったのよ‼ アンタの親と一緒に‼」
「止めないか‼」
「どうして、アヤノが死ななくちゃならないのよ……!」
嗚咽を漏らす、少女の母親。
その隣で、涙を流す父親。
俺が悪かったのだろうか。
彼女と俺の両親が死んだのは、ありふれた
俺が助かったのは少女が助けてくれたからだ。
ああ、ならばやはり俺が悪かったのだろう。
では俺がいまからでも彼女と同じように死ぬべきなのだろうか。
『幸せに生きてね、アラタ。約束だよ』
ソレはできない。
約束したから。
でも、俺は――。
『アンタが死ねばよかったのに‼』
『幸せに生きてね。約束だよ』
『アンタが死ねばよかったのに』
『幸せに生きてね』
『死ねばよかったのに』
『生きてね』
『死ね』
『生きて』
『死ね』『生きて』『死ね』『生きて』『死ね』『生きて』『死ね』『生きて』『死ね』『生きて』『死ね』『生きて』『死ね』『生きて』『死ね』『生きて』『死ね』『生きて』『死ね』『生きて』『死ね』『生きて』『死ね』『生きて』『死ね』『生きて』『死ね』『生きて』『死ね』『生きて』『死ね』『生きて』『死ね』『生きて』『死ね』『生きて』『死ね』『生きて』『死ね』『生き――――…………
俺は、どうすればいいんだ?
□
「はっ!」
飛び起きる。
荒く息を吸って、吐いて、次第に呼吸が落ち着いていく。
「くそ、いやな夢を見ちまった……」
悪態をつく。まるで今日たまたま見たかのような口ぶりだが、俺の見る夢はいつもあれだ。
だから寝ても寝た心地がしないし、寝起きは最悪だ。
「はぁ、朝飯でも食うか」
リビングに引いた万年床から這い出て、俺はキッチンに向かう。
「リリクサ、テレビつけて」
今や一般的となった家庭用AIにテレビをつけてもらうと、ニュースが流れだした。
『碧球連合は、ルース連邦に即刻、ウェルクレアへの侵攻停止と撤退を求めています。すでに
「戦争か。速く終わらないかな」
卵を割り落とし、手早く目玉焼きを作っていく。トースターから飛び出たパンを受け止めて、俺は、目玉焼きサンドを作り出す。
『なんと、わが国で初めて
どうやらこの国もついに先進国の仲間入りを果たしたらしい。
この時代において、『
世界における異能力者の割合は一割程度。しかし先進国と途上国の
しかし量以上に酷いのが、質の隔たりだ。
大国に数えられる条件が、一つの軍隊に匹敵する『
逆い言えばそれ未満の能力者がいくらいても、軍事力的には勝ち目がないということだ。
今や能力者と言えば、現代の生きた核兵器であると揶揄する者もいる。
それだけ能力者というのは、この時代の主役であり、けっして『無視』することのできない存在であるということだ。
かく言う俺の仕事も、能力者のおこぼれを預かっていると言える。
そんなことを考えながら朝食を頬張っていると、社用端末が通知音をやかましくかき鳴らす。
「仕事か。こんな朝っぱらから」
だが仕事は仕事だ。数年間真面目に働いてきた、俺にとって遅刻なんていうつまらないことで上司からの評価を下げたくなかった。
なので瞬時に作業着へと着替え、家を出る。
さあ、今日も代り映えしない一日の始まりだ。
□
「来るんじゃねぇ!」
能力者には二種類いる。一つは無許可で能力を使って人々を脅かす、『
『探究者』は端的に言えば、冒険者であり、英雄だ。
未だ世界の半分も開拓できていない人類の最前線を征き、未知を求める者たち。あるいは人々を脅かす、様々な脅威を打ち払い、平和を希求する者たち。
どちらにしろ、人類の安寧と発展のためには必要不可欠の存在であると言えた。
「公共の場での能力非認可行使、加えて器物の損壊! アナタは犯罪者よ! おとなしく捕まりなさい!」
退治するのは巨大な怪物と、一人の少女。
怪物は近くにあった軽乗用車を片手で掴んで放り投げる。
少女はひらりとソレを躱す。見事な動きだ。あれだけ巨大な敵を相手にしてまるでひるんでいない。年齢的には、新米探究者というべきだろうに相当に肝が据わっている。
しかし、まだ周囲への配慮が足りていない。
「車が!」「間抜けが!」
投げれた車がこちらへと飛んできたのだ。
少女と怪物の戦闘を呑気に撮っていた人だかりに向けて。車の勢いと人だかりの数から考えれば、十数人は轢殺されるだろう。
「いけない!」
少女は間に合わない。怪物はほくそ笑む。人々は逃げ出そうとする。
そして俺は――
「ほっ」
車を受け止めた。
「え」「へ」「「ぇぇぇえええええええ‼」」
驚きの声をあげる怪物と少女。当然だろう。今まで避難誘導を行い、人々が戦闘に巻き込まれないようにと、バリケードを設置していた人間の一人、つまり『非能力者』の仕事をこなしていた人間が、能力者もかくやという怪力を発揮したのだ。
「皆さん! 距離を取ってください!」
「す、すげぇ!」「彼が例の『重視能力者』か⁉」「でも魔力は感じないぞ⁉」
「俺は『非能力者』です! 皆さん、早く避難を!」
「くそっ、ここは、逃げる!」「逃がすか!」
少女が叫べば、アスファルトを突き破って、丸太のような太さの蔦が無数に伸びる。
ソレは瞬時に怪物を雁字搦めにした。
「ちくしょお! 俺は悪くねぇ! 俺を追い詰めたこの世界が悪いんだ!」
「言い訳は警察が聞いてくれます。大人しくしててください」
見事な逮捕劇だった。惜しむらくは、彼女の蔦によって広範囲のアスファルトがめくれ上がり、それを撤去する俺たちの仕事が増えたこと程度だろうか。しかし彼女の場合はソレを弁償することはない。国が補填してくれるからだ。
ちなみに彼女とは違って、怪物の方はキッチリ刑務所内の労働で壊した街並みを弁償することとなる。この調子だと壊れたアスファルトの弁償も怪物がやることになるのではないだろうか。
「くそがァ! 舐めやがって! どいつもこいつも俺のこと、バカにしやがって!」
「荒れてんなぁ」
怪物化が解けて、小さくなってもなお暴れる男を尻目に、俺はがれきの撤去に移る。
黙々と瓦礫を撤去していると少女が近づいてきた。
「あの! ありがとうございます! おかげで街の人たちへの被害をゼロに抑えることができました!」
「そちらこそ、お疲れ様です。いやー見事な戦いでしたね」
「い、いやー、車を投げ飛ばす隙を与えてしまったし、あわや大惨事でした。おにいさんが居なければ、何人か死んでいたかもしれません」
気にしている様子の彼女に、俺はからっとした笑顔を作って言った。
「そうでもないですよ。俺たち
「そう言っていただけるとありがたいです」
「あ! 後俺はおにいさんと呼ばれるような年齢ではないです。アナタと同い年ぐらいですよ」
「え、そ、その体で?」
彼女が驚くのも無理はない。俺の体は二メートルを超えているのだ。そして筋骨隆々である。
俺の趣味は筋トレなのだ。なので車も受け止めることができたと言える。
「凄いですね! 能力じゃなくて、筋肉なんですか! これに能力も加われば、相当強力な探究者になれますよ!」
「いや、コイツは探究者にはなれねえよ」
横合いから不躾な声が投げかけられる。
「こいつはよぉ、悪党を目の前にしちまうと震えて動けなくなっちまうんだぜ! こんなでけえ図体をしてんのによ! まさに独活の大木って奴だな! 能力の有る無し以前の問題だぜ!」
その言葉に俺は俯く。事実だったからだ。俺は戦闘となると怖くて動けなくなってしまうのだ。そんな人間が探究者になれるわけがない。
「そうだったんですね。それは、申し訳ないことを……」
「学校にもろくに言ってねえ奴が、探究者になれるかよ!」
「さっきからアナタは一体何なんですか! 人のことを馬鹿にして!」
「俺がだれかって? おいおい、知らねぇのか嬢ちゃん。俺はな、レルク・バルザルクだ。この国唯一の『
「知りませんよ。私はこの国の能力者じゃなくて、アド・アステラの学生なんですから」
「アド・アステラって、あの学園都市アド・アステラ⁉」
俺は思わず大声を上げてしまう。
学園都市アド・アステラとは、世界最大の学園都市だ。
そこの百万を超える学生は全てが探究者を目指す能力者であり、その戦力は超大国に匹敵すると言われている。
数千にも及ぶ学校が常にしのぎを削り、己たちを切磋琢磨しあう。そしてそこの卒業生は例外なく、一流の探究者になるのだ。
「そんなすごいところの生徒が、どうしてこの国に?」
「この国なんかだと? てめえ、バルレシアを馬鹿にするのか! よそ者の分際で!」
別に馬鹿になんてしていない。しかしもう、やかましい同僚の事なんて俺の視界には入らなかった。先ほどまで戦っており、衣服が薄汚れているというのに、俺には少女が輝いて見える。
「すげえ! 凄いですよ! あの、入試倍率一千倍、一年あたりの総受験者数一億人のマンモス校を通り越して、大怪獣校! その生徒の一人なんて! 未来の世界を担う人材じゃないですか! 本当にどうして⁉」
「えへへ、私ちょうど夏休みだったから故郷に帰っていたんです。それで船の燃料補給でこの港町に寄りまして。それ自由散策の時間の時にちょうど事件に出くわしたって感じですね」
「テメエなんざいなくたってなァ、この俺が本気を出せば、あの程度の怪物、どうとでもできたんだからなァ! ソレを出しゃばりやが「いや、貴方の仕事は、俺と同じ隔離員でしょう。彼女のように探究者としての正式な認可は降りていないはずです」
「こんな会社、ただの腰掛だ! 親父に言われて仕方なくやってるだけだ! テメエみたいな行き場のねえ底辺と一緒にするんじゃねえ!」
「そろそろ仕事に戻りますね。これからも頑張ってください」
俺は少女にそう声をかけて、仕事へと戻った。
ちなみになおも言いつのろうとしていた、嫌味な同僚は上司に怒られていた。
□
がれきの撤去が終わり、仕事も終了。俺は休日を謳歌していた。隔離員の仕事は、出来高制であり端末が鳴ったうえで、現場に急行できるのならば必ず出勤しなければならない。
しかし一週間で一定数仕事をこなしたら後の時間は休日となっている。
そして俺は既に一定数の仕事をこなし終わっており、残りの三日間は完全休養日であると言えた。なので、俺は休日の日課である鍛錬を行っている。
「そいっ!」
紐を手放す。すると滝の上流で丸太たちが解放され、勢いよく流れていく。当然その丸太が向かう先は、滝壺にいる俺の元だ。莫大な量の水と圧倒的質量の丸太たちが一緒くたになって俺の頭上へと降りかかる。俺はそれらを。
「せいっ!」
全てその身で受け止めた。
丸太を一つずつ両腕でキャッチし、順番に滝壺の外へと放り投げていく。
「うん、準備運動完了だな。それじゃあ、本格的に鍛錬をしていくか」
そう独り言ちた矢先のことだった。悲鳴がすぐ近く、半径五キロ圏内から聞こえたのは。
「! 行くか」
俺は全速力でその場から跳びたった。傍から見れば掻き消えたかのように見えただろう。
悲鳴までの距離はおよそ五キロ。
俺なら数秒で駆け抜けられる距離だ。
その予測通り、落下の方が遅いほどの速度で森の上空に飛び出た俺は、放物線の頂点で空を蹴って加速し、落下速度を速める。
着地というよりはもはや着弾だった。土煙をまき散らしながら、悲鳴を上げたのであろう少女と悲鳴を上げさせたのであろうモンスターの間に立ちふさがる。
モンスターはヨロイクマだった。体長は五メートルはありそうな。
その少女とモンスターの間に仁王立ちして、俺はこう言った。
「もう大丈夫。君の味方がここにいる」
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