学校の屋上から飛び降りようとしているアイドルJKをクズ先生が助けたら

マルマル

飛べない天使

「こないで、九頭くず先生!」

「……は?」


 えっと、どういう状況だ?




 放課後のことだ。外の喫煙スペースまで行くのが億劫だったので学校の屋上へタバコを吸いに来た俺の眼前に、一人の美少女がいる。


 腰まである艷やかな黒髪。優しげに整った目鼻立ち。この世の者とは思えない美貌の持ち主で、その背中に翼を幻視させるようなオーラを発する彼女は、俺が受け持つクラスの生徒であり、この学校の有名人。


 アイドルとして活躍する、天使あまつか彩花あやかだ。


 しかし、彼女の顔からはいつものような柔らかい笑みが消え、怒りとも怯えとも取れる表情を見せている。


 屋上の縁をぐるりと囲むようにして設置された柵の手前に脱ぎ捨てられた靴。その横には、おそらく【遺書】と書かれた封筒。そして、当の天使は柵を越えた先にいた。


 ふむ……。


 これは、もしかしなくても飛び降り自殺を図ろうとしてるな!


 おいおい、マジかよ! とんでもない場面に出くわしちまった!


 俺の平凡を絵に書いたような25年の人生で、初めての修羅場だ。


 心臓が張り裂けんばかりに鼓動している。


「あ、天使! バカなマネはよせ!」


 とりあえず制止しなければと思い、力の限り叫ぶ。けれど、激しく動揺していたために声が上擦ってしまった。


「放っといてよ! 先生には関係ないでしょ!」


 普段の綿アメみたいなフワフワした声が、今はきりみたいに鋭く尖っている。こんなに感情をあらわにする彼女は初めて見た。


 その鬼気迫る様子は、サスペンス映画のクライマックスシーンを連想させた。さすがは押しも押されもせぬアイドル、可愛いだけじゃない。何気ない日常の一コマが、彼女の一挙手一投足によってこうも鮮やかに彩られてしまうのか。


 ……って、こんな時になんて場違いなことを考えてるんだ!


 俺は左右に勢いよく頭を振る。それでようやく焦りや緊張がほぐれ、冷静さを取り戻すことができた。


 俺は呼吸を整えると、しっかりと彼女の目を見据えて返答した。


「関係ないわけないだろ! お前はこの学校の生徒で、俺は教師だ! 教師には生徒を守る義務がある!」

「死にたいと思ってる生徒まで守る必要ないでしょ! さよなら!」


 そう吐き捨てると、彼女はくるりと体を反転させて俺に背を向けた。晩秋の冷たいそよ風が美しい黒髪を揺らす。


「っ!? クソが!」


 彼女の体がゆっくりと傾いていくのを目にした瞬間、俺は夢中でアスファルトを蹴っていた。


「バカ野郎!」

「えっ、ちょっ!?」


 判断と行動が早かったおかげで、ギリギリ彼女を捕えることに成功した。


 両腕に力を込め、柵の内側へ引き戻す。


「放して! 放してよ!」

「こら、暴れるなって!」


 腕の中でジタバタと激しくもがく。髪が揺れるたびに、みずみずしいシトラスの香りが鼻腔をくすぐる。


 体は華奢きゃしゃなわりに、抱きしめていると女性らしいまろやかな弾力を返してくる。見下ろしてみると、必要なところにはしっかりと起伏があった。これがモデル体型というものなのだろう。


 ……いやいや、なにを悠長に批評してんだ! しかも、女子生徒を抱きしめたままで! はたから見たらヤバいぞ、この絵面えづら


 こんなところを誰かに発見されでもしたら一大事だぞ! 俺が天使を襲ってるようにしか見えねぇもんな! 完全に、もしもしポリスメン案件じゃねぇか!


 女子生徒の自殺を未然に防ぎましたが、その代わり自分は社会的に死にました……ってなことになったらシャレにならんわ!


 こうしちゃいられん! 


「えーっと、こういうときはまず保護者の方に連絡を……」

「!? イヤ! やめて!」

「うお!?」


 こいつ、親に連絡するって言った途端、さらに抵抗が激しくなった!


 ああ、クソッ! スマホが取れねぇ!


 少しでも手を離したら天使に逃げられちまう!


 かたやアイドル。ハードなダンスや長時間のドラマ撮影なんかをこなせる体力がある。


 片や生物教師。デスクワークが大半を占め、運動とは無縁。おまけにタバコを吸ってるおかげで身体機能が低下しまくってる。


 いま、俺たちの力は、まさに互角!


 ちょっとでも手を緩めれば負ける!


 おいおい、どうすりゃいいんだよ!


 ……ん?


 なっ、これは……。


 揉み合っているうちに彼女の制服の裾が捲り上がったのだろう。


 腹部の大半が露出していた。


 を見てしまった俺の脳内は、急激に冷えていった。


 次いで、腹の底から怒りが湧いてきた。


 もちろん、彼女に対してじゃない。


 俺は、自分でも驚くほどの低い声で尋ねた。


「天使……そのはなんだ?」

「っ!?」


 すると、彼女は息を呑み硬直した。そこに触れてほしくないという思いが言外に表れている。


 だが、俺はあえて切り込んだ。


「俺は医者じゃないが、その患部をれば何をされたのか一発で分かったぞ。……誰にやられたんだ?」


 ダンス中に転倒したとか、人や物に衝突したとか、そういった類の打撲痕じゃない。


 明らかに悪意のある暴力によってできたものだった。


 でなければこんな局所的に、無数にアザが広がっているはずがない。


「……」


 先ほどまでとは打って変わって彼女は黙り込み、身を震わせ始めた。


 暴力を振るわれる恐怖と苦痛を思い出してしまったのかもしれない。


 暴力は肉体だけでなく、心にも深い傷をつける。感受性の強い子供なら尚更だろう。


 俺はギリッと奥歯を噛みしめた。


「なあ、教えてくれないか?」

「……」

「飛び降りようとしたのは、暴力が原因か?」

「……」

「じゃあ、他に理由があるのか?」

「……」


 彼女は無言をつらぬく。いっこうに要領を得ない。


 しかし、無理に聞き出そうとしても萎縮させるだけだ。これ以上の追及はよそう。


 ……かといって、放っとくとまた自殺を図ろうとしかねない。彼女はついさっき、俺の目の前で飛ぼうとしたんだ。死ぬ覚悟が固まってるのは明らかだろう。誰かがそばで見守っていてやらなければならない。


「やっぱり、親御さんに連絡しないと……」

「や、やめて! それだけは!」


 悲痛な叫びが俺の鼓膜を震わせる。


 彼女は俺の腕をギュッと握ると、消え入りそうな声を漏らした。


「……なの」

「なに?」

「……さんなの」

「え?」


 俺は彼女の口元に耳を近づける。


 やや間を置いて、彼女は震える声で告白した。


「お父さんなの。……私を殴ってるのは、お父さんなの」







 父親による虐待、周囲からの期待とプレッシャー、校内でのイジメ、ストーカー被害────


 これは、俺と彼女が立ちはだかる問題を共に乗り越え、結ばれるまでの物語だ。




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 ※本作は【試作品】です。そのため、一話のみの投稿となっております。ただし、反響が大きければ(高評価★★★の数が多ければ)続きを執筆するかもしれません。

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