第42話 取引
広いダイニングルームのテーブルには贅を尽くした料理がずらりと並んでいる。
かつてオズヴァルドが座っていた席には赤い瞳の男が我が物顔で座っていた。
「さあ、食べるといい」
早くも主人気取りで、男――アンブローズはそう告げる。向かいに座ったエルシャは神妙な顔で黙り込んでいた。
使用人達は配膳を終えると部屋を出ていき、その場にいるのはエルシャとアンブローズの二人だけだ。
エルシャはカトラリーに触れることもせず、アンブローズの顔を見つめた。
「……それで、お話とはなんでしょう」
血のようなステーキを切り分けながら、アンブローズは口を開く。
「そう身構えないでくれ。ただ、貴女とは一度話をしてみたかったんだ」
「どうして私と?」
「……そうだな。君とは他人ではないから、だろうか」
ステーキを口に運ぶとゆっくりと咀嚼し、嚥下する。その後で赤い瞳がこちらを見た。
「君の父君は、国王陛下の王妃だった私の母の弟にあたる人だ。つまり君と私は従兄妹ということになるのかな」
「いとこ……」
(だから同じ赤い目をしているのね)
オズヴァルドが華やかな美貌の持ち主だと言うならば、アンブローズはどこか儚げな美、という感じだ。顔立ち自体は少し似ているが纏う雰囲気がまるで違う。
アンブローズはワイングラスを持ち上げるとその香りを楽しんだ。瞳と同じ赤の液体がグラスの中で揺れる。
「このワイン、建国祭のために用意されたものなんだ。君も飲んだだろう」
「ええ、飲みましたけど……」
「実は、オズヴァルドのワインには特別なものを入れておいたんだ」
「え……?」
アンブローズはふっと目を細める。
「あのワインには昔オズヴァルドに飲ませた薬の改良版を入れておいたんだ。効果はてきめんだっただろう? 今も強い魔力暴走を引き起こしているはずだ。あいつが捕まるのとあいつの命が尽きるの、どちらが先だろうな」
「なんてことを……!」
オズヴァルドは以前、兄の策略に嵌められ、魔力暴走を起こすようになったと言っていた。その相手こそこの男――アンブローズだったのだ。
(だけど、どうしてその話を私に聞かせるの……?)
アンブローズはワインを一気にあおった。
エルシャの顔がこわばるのを見て、アンブローズはにこりと笑う。
「まあ、オズヴァルドの命を救う方法がないわけではないがな」
そう言ってアンブローズは懐から何かを取り出した。それは手のひらに収まるほどの小瓶で、中には青色の液体が入っていた。
「これは解毒薬だ。服用すれば体内に残る薬を分解し、魔力暴走を完全に止めることができるだろう」
「……何か条件があるんですか」
その言葉を待っていたとばかりにアンブローズは微笑んだ。
「話が早くて助かる。ところで貴女はオズヴァルドの伴侶なのだろう?」
「なぜそれを……」
「王宮での出来事は一通り報告を受けているからね。……もしも貴女が伴侶の糸を切るというのなら、この薬をあげよう」
(糸を、切る……?)
伴侶の糸というのは、薬指から伸びる黄金の糸のことだろう。
「あれって切れるんですか?」
「ああ。当人ならな。ただし、この糸を切るとかなりの精神的苦痛を覚えるはずだ。特に、執着心が強いドラゴンにとっては」
(精神的苦痛……)
アンブローズの言葉はどこまで真実なのかがわからない。だが彼の言葉が本当だった場合、これを断れば取り返しのつかないことになる。
悩むそぶりを見せるエルシャを、アンブローズは頬杖をついて眺めた。
「どうした? 貴女にとっては願ってもみない提案だろう? 細い糸一本で伴侶を救えるんだ。安いものじゃないか」
「でも……」
「ふうん。じゃあこの薬も要らないか」
アンブローズは小瓶を持つ手をぱっと離した。小瓶は床へと落下していく。
「待って!!」
アンブローズは空中で小瓶をキャッチする。
それを確認して、エルシャはふぅ、と息を吐いた。
「…………わかりました」
「貴女ならそう言うと思っていた」
アンブローズは懐から鞘に収まった短剣を取り出すと、エルシャに差し出した。
「さあ、どうぞ」
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