第40話 急転

その光景を目撃した人々はひそひそと話し出す。


「あれってオズヴァルド殿下の三番目の兄のアンブローズ王子殿下じゃないのか?」

「え、でも何年も前に亡くなったはずだろ。オズヴァルド殿下が殺したんじゃ……」

「生きてたのか……。じゃあ、さっきの雷撃もアンブローズ殿下が?」


そんなざわめきを掻き消すようにいくつもの足音がホールに響く。入口から騎士達が次々飛び込んできてオズヴァルドを取り囲み、一斉に剣を向けた。


オズヴァルドは口から血を零しながら、気力を振り絞って上体を起こす。そして騎士達を睨んだ。


「これはどういうつもりだ。主人に剣を向けるなど……」

「『主人』? 勘違いしているようだな、オズヴァルド。王立騎士団は『王の』剣だ」


黒髪に赤い瞳の男――アンブローズは子供を諭すように微笑む。そして隣に顔を向けた。


「そうだろう? バークリー卿」

「……ええ。おっしゃる通りです」


そこには長身で精悍な顔付きの男の姿があった。それは、本来ここにはいないはずの人物――王立騎士団の騎士団長、バーナード・バークリーだった。


「バークリー卿……? 病気で療養中では……。なぜ、ここに……」


その問いには答えず、バーナードは淡々とした口調で告げる。


「オズヴァルド殿下。貴方様はこの国の王太子であり、王立騎士団が従うべき相手です。ですが、国王陛下に危害を加えたとなれば、我々は貴方への態度を改めざるを得ません」

「なんだと? 危害……?」


オズヴァルドはハッとして階段の先を見上げる。そこには侍従長に支えられ、固く目を瞑る国王の姿があって、オズヴァルドは驚愕の表情を浮かべた。


「私が、陛下を……?」


オズヴァルドは肝が冷えるのを感じた。

しかし、すぐに違和感が湧き上がる。


(……いや、待て。この状況、何かが変だ)


普段の魔力暴走ならば辛うじて自分の意思で抑え込むことが出来ていた。凍り付かせてしまうとしてもせいぜい一部屋ほどの範囲だ。

今日に限ってこれほどの規模の魔力暴走が起きたのはなぜだろう。


そもそも、長年眠り続けていた国王が『突然』『このタイミングで』起きたというのも不自然だ。

それに王立騎士団が現れたタイミングに関してもそうだ。考えれば考えるほど不自然さが浮き彫りになる。


まるで全てがアンブローズの華々しい帰還のために用意された演出のようだ。


(……まさか)


オズヴァルドは砕け散ったワイングラスに目を留める。次いでアンブローズを睨め付けた。


「まさか、あのときと同じ……」


喋ろうとしたが、ケホ、ケホと咳が出て上手く言葉を継げない。

そんなオズヴァルドを一瞥し、アンブローズは招待客の前に出た。


「皆さん、ご覧になりましたか? 彼には王太子として重大な欠陥があります。自らの強大な魔力をコンロールできないのです。それゆえ今のように魔力暴走を起こし、他人を傷付けてしまうのです」

「まさかオズヴァルド殿下が……」

「でも、そんな話一度も聞いたことがないぞ?」

「確かに。何度も魔力暴走を起こしたことがあるなら既に噂になってそうだけど……」


人々は半信半疑のようだ。

そんな反応は想定内だったのだろう。アンブローズが目配せをすると一人の侍従が現れ、アンブローズの隣に立った。


「……アンブローズ殿下のおっしゃる通りです。私はオズヴァルド殿下が王太子の座に就いた頃から殿下に仕えておりましたが、殿下は以前から度々魔力暴走を起こされていました」

「……! お前……」


オズヴァルドはよく見知った侍従を睨む。その侍従は顔を強ばらせると、気まずそうに顔を逸らした。


「オズヴァルドの侍従からも証言が取れましたね。これで皆様も納得していただけたでしょうか」


(ここまで用意周到だとはな……!)


きっとあの侍従は脅すなりしてアンブローズに買収されたのだろう。やはりこの一件は仕組まれたものなのだ。


「これでわかりましたか。皆さん」


アンブローズは舞台俳優のように朗々と語りかける。


「彼は自身の欠陥を隠し、人々を永きに渡り欺いてきたのです。その末に国王陛下を攻撃するという大罪を犯しました。彼から王太子の座を剥奪するべきです!」


(これが狙いか……!)


アンブローズは王太子の座を奪い取るつもりなのだ。

オズヴァルドは立ち上がろうとしたが、再び魔力が身体の中で渦巻き始めて頭がぐらぐらと揺れる。それに耐えるだけで精一杯だった。


(クソ、ダメだ……)


「オズヴァルドが王太子でいる限り、今日のようにまた周囲を無差別に傷付けないとも言い切れません。私はただ、皆様を守りたいのです」


辺りはしん、と静まり返る。


人々は戸惑いを隠せずにいる。

しかし、氷魔法によって傷を負った者達は神妙な顔でその言葉を噛み締めていた。


この場には国中の有力貴族達が揃っている。彼ら自身がその目撃者であり、被害者でもあるのだ。

不信感は人々の中にしっかりと植え付けられ、確かに芽吹き始めていた。


(完全に兄上のペースだ……!)


自分への風向きが変わる瞬間をオズヴァルドは肌で感じていた。

アンブローズはオズヴァルドの側にしゃがみ、耳元で囁く。


「同じ手に二度もかかるなんて馬鹿だなあ。オズヴァルド」

「……あのワインに……薬を入れたのか……」

「今頃気付いたのか。昔と同じ……いや、昔以上に甘美な味だっただろう?」


今も身体に残る後遺症。魔力暴走を起こす薬をオズヴァルドに飲ませたのは他でもないこの兄――アンブローズだった。

あろうことか神聖な神殿での儀式にて、聖水と偽ってオズヴァルドに薬を飲ませたのだ。

あのときから口にするものには警戒するようになった。……はずだった。


「すっかり平和ボケしたみたいだな。駄目じゃないか。疑うことを忘れちゃ」


アンブローズは昔と同じ笑顔でこちらを見下ろす。一見人畜無害そうに見えるのに腹の底は真っ黒な、オズヴァルドの嫌いな笑顔だった。


「反逆者を牢へ連れて行け」


騎士団達はオズヴァルドを掴み、無理矢理立ち上がらせる。オズヴァルドは抵抗も出来ずにされるがままになっていた。


「レーナ。どうしよう、オズヴァルドが……!」

「……っ。ごめんなさいエルシャ様。わたくしどもではどうすることもできません」


エルシャはぎゅっと服の裾を握り締めた。

あれほど気高く美しい人が罪人のように連れられていく。その様子はとても見ていられなかった。


(誰か……。誰か……!)


願いとは裏腹にオズヴァルドは出口へと連れられていく。

切実な思いで奇跡が起こることを願った。

そのときだった。


――ガッシャーン!!


突如窓が砕け散り、騎士達の前に大きな獣が躍り出る。それは、立派な銀色の毛並みをした狼だった。

狼は瞬く間に騎士達を蹴散らしていく。それを目にしたレーナは「あれは……!」と瞳を輝かせた。


「あの獣を捕らえよ!」


バーナードの命令で騎士達は剣を抜いて狼に向かっていく。そのとき狼の周囲を炎が踊り、炎は鎖のように騎士達を縛り付けていった。


「うわあっ!」


抵抗する騎士の攻撃を軽くいなすと、狼はオズヴァルドの身体を口に咥えた。

その一瞬、バーナードと狼の視線が交錯する。


「……」


狼はアイスグレーの瞳をふいと背けると、大きく跳躍をし、窓を突き破って会場を飛び出した。


「逃げる気か!」


バーナードは大急ぎで窓辺に駆け寄り、外に視線を走らせる。そしてアンブローズの方を振り返ると、首を振った。


「どこにも見当たりません。どうやら魔法を使って遠くまで移動したようです」

「くっ。…………まあいい。あの身体では見つかるのも時間の問題だろう。すぐに捜索に当たれ」

「はっ!」


騎士達はバタバタとホールを飛び出していく。会場は思わぬ出来事の連続に騒然としていた。

エルシャは助けを求めるようにレーナの手を握った。


「オズヴァルドが連れていかれちゃった。ど、どうしよう……!」

「エルシャ様。殿下ならひとまずは安全なはずです。あの方が付いていますから」

「えっ?」

「それよりもわたくし達も今のうちにここを出ましょう」

「……わかったわ」


レーナはエルシャの手を引いて歩き出す。誰にも気を留められることなく二人は人々の間を進んでいく。

しかし扉をくぐる直前、背後から声がかかった。


「待つんだ、エルシャ嬢」

「!」


エルシャはぎくり、と足を止める。恐る恐る振り返ると、そこにはアンブローズが立っていた。

赤い瞳が、強ばった表情のエルシャを捉える。


「……少し、話をしないか」


優しげな笑顔を浮かべながら、アンブローズはそう告げた。

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