第37話 建国祭のはじまり

「あの赤い目。では、彼女が……」

「リンステッド侯爵家の――エルマン殿の娘なんだそうだ」

「まあ……。では、やはり魔力の方も凄いのかしら?」


そこかしこで話し声が聞こえてくる。

話題の中心であるエルシャは緊張でカチコチに固まっていた。


(物凄く視線を感じる……)


どういうわけか、会場に足を踏み入れたその瞬間から皆がエルシャの話を始めたのだ。


「何でみんな私を見るのかしら」


その問いかけに、華やかに着飾ったレーナがくすりと笑う。


「それは恐らく、エルマン様がとても有名な方だったからでしょうね」

「有名? どうして?」

「人づてに聞いた話ですけど、エルマン様はかなりぶっ飛んだ方だったみたいなんです。剣術大会で木の棒一本で優勝しただとか、侮辱してきた貴族との飲み比べに勝って宝剣から服まで剥ぎ取っただとか、雷を落として離宮一つを焼失させて死罪になりかけたりだとか……いろんな伝説が残っていますわ」

「ええ……。それは初耳ね」


ぼんやりと描いていた穏やかな父親像が崩れていく音がした。


「そして何より、(見た目だけは)儚げな美男子だったそうです!!」

「そ……そうなの」

「そういうわけで、みなさまエルシャ様に興味津々なんですの。エルシャ様を悪く思っている方はいないはずなので、心配しないでくださいませ」


そうは言われても、視線が気にならなくなるわけではない。緊張のせいですっかり喉がカラカラだった。


「……喉乾いた……」


思わずそう呟くと、レーナはぴくりと反応した。


「まあ大変。何か飲み物を頂いてきますわね!」

「あっ、待っ……」


レーナはすぐにその場を離れていく。そしてあっという間に姿が見えなくなってしまった。


(そういうつもりで言ったわけじゃなかったのに……)


一人になると尚更心細い。ふぅと息を吐いたとき、近くで誰かの声が聞こえた。


「あの、そちらの美しいお嬢さん」


ふと、強い視線を感じる。顔を上げると見知らぬ男と目が合い、自分のことだと気付かなかったエルシャは「私?」と目を丸くした。


「ええ。貴女ですよ、レディ。見たところパートナーもいらっしゃらないようですね。よければ私とお話しませんか」

「ええと……」


周囲に視線を走らせたが、まだレーナが戻ってくる気配はない。やんわりと断っても男は構わず話しかけ続ける。エルシャは困惑した。


「レディ。貴女の瞳はルビーのようですね」

「ど、どうも……?」

「ところで宝石に興味はありますか? 実は私は鉱山を三つ所有してるんです!」

「は、はぁ……」

「そこでは本当に綺麗なルビーが採れるんですよ。このブローチと同じものを是非貴方に差し上げたい。よろしければ今度……」


そのとき、男の胸元でルビーのブローチが凍り付き、砕け散った。


「ひいっ!?」

「なにやら面白そうな話をしているな、フォーブス公子」

「でっ……殿下!?」


エルシャははっと背後を振り返る。

そこにはこちらへと近づいてくるオズヴァルドの姿があった。

着飾った人々の中にいても自然と人目を引くような華やかさがある。その顔を見た途端、エルシャは思わず安堵を覚えていた。


オズヴァルドは悠然と男の前に立つと、じっくりと男の姿を眺めた。恐ろしく整った顔面のせいか、それだけでえも言われぬ『圧』を感じる。

男は怯んだ。


「……で、殿下?」

「フォーブス家所有の鉱山では鉱夫への賃金の支払いが滞ってストライキが起きたと聞いたぞ。フォーブス家はそれほど財政状況がまずいのかと思っていたが……まさか、他人に宝石を贈る余裕があったとはな」

「そ、それは……!」


男は縮み上がり、適当なことを言ってその場から逃げ出した。

そのときレーナが男と入れ違いに戻ってくるのを確認して、オズヴァルドは踵を返す。

エルシャとすれ違う間際、周囲には聞こえない声でオズヴァルドが囁いた。


「そう緊張するな。君に無礼を働く者がいたら跡形もなく消してやるから、堂々と振る舞うといい」

「!?」


エルシャはびっくりして振り返る。


(オズヴァルドったら、また恐ろしいことを……!)


オズヴァルドは振り返ることなくホールを進んでいく。エルシャはぼんやりとその背を眺めた。


(……もしかして、緊張を和らげようとしてあんなことを言ったのかしら?)


いつの間にか、周囲の話し声も気にならなくなっていた。

同じ会場にオズヴァルドがいると思うと不思議と心強い。エルシャは知らずに握り締めていた手のひらをそっと解いた。

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