第32話 その頃のラフル

エルシャとオズヴァルドの二人が王都の観光を楽しんでいた頃。

訓練場では騎士達が身体を鍛えていた。


「――今日の訓練はここまで!」


ラフルの声で騎士達はヨロヨロとその場に倒れ込む。すっかり疲労困憊の様子だ。

歳若い二人の騎士は顔を見合わせた。


「はあ、死ぬかと思った……。殿下の護衛任務のはずが、みっちり訓練になるなんてついてないなぁ」

「訓練に関してはラフル副団長、厳しいんだよな〜……ま、バーナード団長も厳しいからそんなに変わんないけど」

「言われてみればそうだな。団長も副団長も揃って訓練の鬼だよ」


二人は深く溜め息を吐く。

ややあって、そのうちの一人が思い出したように口を開く。


「それにしても団長はいつ戻ってくるんだろ。病気療養って聞いたけど、正直あの団長が病気だなんて信じられないよなー」

「ああ、『不屈のバーナード』だろう? 」


バーナード・バークリー。それが王立騎士団の騎士団長の名前だ。


「そうそう。先王陛下の代から騎士団長としてこの国を守ってきた英雄だもんな。十代の頃から戦場を駆け巡り、数々の戦を勝利に導いた生ける伝説! 俺たちにとっては憧れそのものだよ〜」

「にしても、若い奴らよりよっぽどピンピンしてるのに病気とはなぁ……。早く良くなるといいけどな」


その言葉を聞いたもう一人の騎士はかっと目を見開いた。


「お前何言ってんだ!『不屈のバーナード』だぞ!? そう簡単にくたばるかよ!」

「……ああ。言われてみたらそうだな。きっとすぐに戻ってくるさ」

「こうしちゃいられないぞ。団長のためにも俺たちはもっと強くなるんだ!」


二人は輝く瞳で空を見上げると、散らばる星々を無理やり繋ぎ合わせ、ここにはいない騎士団長の姿を思い描いた。

イマジナリー団長に向けて二人は大きく手を振る。


「団長、見てますか〜!?」

「団長のお帰りをここで待ってます! 早く戻ってきてくださいね〜!!」


二人の声が夜空に木霊する。

周囲の注目を集めていることにも気付かず、二人は勢いよく立ち上がった。


「よし、鍛錬を続けるぞ! 追加で十周走ろうぜ!」

「おう!!」


二人は凄まじい勢いで訓練場の外周を走り出す。

タオルで汗を拭いながらそれを見ていたラフルは「あいつら元気だな」と呟く。

そして、ふと真剣な顔になった。


「……確かに、団長はいつ頃戻るのだろうか」


王立騎士団は王の剣だ。王に忠誠を誓い、王の御身と国を守ることを使命としている。

しかし実際的なところを言うと、王立騎士団の核には騎士団長・バーナードへの敬仰がある。


英雄として名高いバーナードは幅広い年代から支持を集めており、この騎士団内に限って言えば、バーナードの命ならば疑わず従う者ばかりだろう。


今は団長のような役割を果たしているラフルも、バーナードの騎士団を一時的に預かっているに過ぎないのだ。


「……まあ、団長のことだ。すぐに病気を治して戻ってくるだろう」


ラフルはそう結論付け、雄叫びを上げながら狂ったように走る二人の騎士を遠まきに眺めたのだった。

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