第29話 彼なりの愛情表現
(……つ、つかれたぁ……)
大量の荷物が馬車に積み込まれるのを眺めながら、エルシャはよろよろと壁に凭れかかった。
(まさかこんなに買い物をすることになるなんて……)
王都のことをよく知らないエルシャに代わり、オズヴァルドはエルシャを有名店に片っ端から連れて行った。
しかし、ブティックでもジュエリーショップでもエルシャが三秒以上以上見つめた商品はオズヴァルドに全て購入されてしまう。そのせいで迂闊に商品を見れなくなってしまい、エルシャはそそくさと店内を出る羽目になったのだった。
「まだこれだけしか買えていないのか。もっと見て回らなければ……」
「買い物でしたらもう十分です!」
「もういいのか? エルシャは随分控えめなんだな」
(控えめ……?)
エルシャの知る『控えめ』からはかなりかけ離れている。何とも言えない顔をしていると、オズヴァルドはエルシャの手を取った。
「まあ、王都にはまだまだ見どころがあるからな。次の場所へ移動しようか」
その後二人は立派なレストランで食事をし、観光スポットを巡り、カフェで休憩をした。
不思議なことに、行く先々で常に貸切状態だった。外にはこんなにも人が歩いているのに、店の中はがらんとしているのだから不思議だ。
「今日はどこもすいてるんですね。私達、運がいいのかも」
「……。そうだな」
オズヴァルドは意味深な笑みを浮かべる。
そのときのエルシャにはその笑みの意味がよくわからなかった。しかし、その理由をすぐに察することとなるのであった。
その後オズヴァルドに連れてこられたのは劇場だった。歌劇を鑑賞すると言って、三階席中央にある広々とした貴賓席へと案内された。
そこは舞台だけでなく劇場全体を見渡せる特等席だ。そのため、エルシャはすぐに違和感に気付いた。
(なんで私たちしか観客がいないの……?)
かなり人気の公演だと聞いた。それなのに、この広い会場に観客が二人しかいないというのはどう考えても不自然だ。
……貸切にでもしない限り。
(待って。もしかして本当に貸切なの!?)
そういえば、今日はどの店もやたらとすいているとは思ったが……。
(まさか、今までのお店もオズヴァルドが貸切にしてたってこと!?)
そうでなければ辻褄が合わない。
エルシャはそっと隣を盗み見る。オズヴァルドは女性歌手の澄んだ歌声に耳を澄ませていた。
(この人、やることなすことスケールが大きすぎるわ……)
思わず溜め息を吐いたとき、紫の瞳がこちらを見た。
「退屈か?」
「いえ! こ、これは感嘆の溜め息です! 本当に綺麗な歌声なので……」
咄嗟に出た言葉だったが、その一言でオズヴァルドは表情を緩めた。
「そうか。楽しんでいるみたいでよかった」
その甘やかな眼差しにエルシャの胸は音を鳴らす。
(……大袈裟だけど、きっとこれが彼なりの愛情表現なのね)
そうシンプルに考えると、彼の気持ちも少しは受け止められるような気がした。
価値観も常識も違うオズヴァルドには戸惑わされるばかりだが、もっと彼のことを理解したい。
二人きりの座席で、そんな思いが芽生えるのをエルシャは感じていた。
そうして舞台は幕を閉じる。
エルシャはオズヴァルドに断りを入れてから一人でパウダールームへと向かっていた。
「はあ、すごい公演だった……」
いつまで経っても公演の余韻が抜けない。初めは困惑していたエルシャも、何だかんだで終わる頃には舞台に夢中になっていた。
「ここに連れてきてくれたオズヴァルドに感謝しなきゃね」
そう独り言ち、歩を進める。
三階にあるパウダールームは建物の奥まった場所にあった。ひと気のない廊下を進んでいたとき、死角から誰かが飛び出してきた。
「待て!」
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