第28話 怪しい影

背後から恐ろしく揃った足音が着いてくる。すれ違う人は皆、驚いたようにこちらを振り返る。

その集団の先頭を行くエルシャはだらだらと冷や汗を流していた。


「エルシャ。行きたい場所はあるか」

「いえ……」

「ではまずは衣装を見に行こう。近くに人気のブティックがあるんだ。そこがいいだろう」

「は、はぁ……」


オズヴァルドは普段と変わらぬ様子だ。エルシャは平常心を保とうとしていたが、耐え切れずに背後を振り返った。


そこにはラフルを筆頭に王立騎士団の騎士達がずらりと並んでいた。隊列を乱さず、足並みを揃えて二人の後を着いてくるのだ。目立つどころの騒ぎではない。


「あの……オズヴァルド」

「どうした」

「護衛ってこんなに必要なんですか?」

「その方がエルシャも安心だろう」

「私のため……ですか」

「嫌か?」

「正直ちょっと落ち着かないです」


先程から周囲の視線が気になって街並みを楽しむどころではない。

エルシャの困惑ぶりを見て、オズヴァルドは背後を振り返った。


「じゃあ解散だ」


オズヴァルドの一言で騎士達は一斉に散っていく。やがてその場には二人だけが残された。


「……いいんですか?」

「君に合わせよう。それに、二人きりのほうが私としても好都合だからな」

「好都合?」

「さ、行こうか」


オズヴァルドはさりげなく肩を抱き寄せて歩き出す。二人きりになったせいか、今度はオズヴァルドを過剰に意識してしまう。

……好都合とは、そういう意味か。


(騎士の皆さん、やっぱり帰ってきて!)


判断を誤ったのかもしれないと、早くも後悔を覚えるエルシャだった。





一方その頃、王都大通りのカフェにて。

カフェテラスには新聞を読む一人の男の姿があった。

男の長い金髪が風になびく。オシャレな街並み、漂うコーヒーの香り。この上なく優雅な時間だ。


しかしそれも束の間、突風が吹いてきて、手に持っていた新聞が男の顔面に張り付いた。


「ギャッ!!」


もたついているうちに男は椅子から派手に転げ落ち、うつ伏せに倒れる。その拍子に長い金髪が吹き飛び、寂しげな頭頂部が顕になる。


「イテテ……ん? あれは……」


ようやく顔面から新聞を引き剥がした男は、石畳の上に転がる金髪の塊を発見し、蒼白になった。男の頭頂部を涼やかな風が吹き抜けていく。

男は慌てて己の頭に触れた。


……ない。


つまりあそこに転がっているのは、先程まで己の頭を覆っていた金髪だ。


「俺のカツラが!!」


思わず叫んだとき、どこからか一匹の犬が現れた。

それは美しい金の毛並みをした犬だった。まさに、あそこに転がるカツラのように。

犬は興味深そうにカツラの周りをぐるりと一周すると、すんすんと匂いを確かめ始めた。


「そこのワンちゃん。それは俺の大切なカツラなんだ。離れてくれないか?」


犬はちらりと男を見る。男はへたくそな笑みを繕った。


「な?」


犬はじっと男を見つめた。男はさらに笑みを深める。

しかし無情にも、犬はカツラを咥えると猛スピードで走り去っていく。


「コラ! 待てこのクソ犬―――ッ……ぁ痛ァ!?」


急に立ち上がったせいでテーブルで頭を打ち、その振動でティーカップがテーブルから落下していく。

次の瞬間、男は頭からコーヒーを浴びていた。


「熱ぅ! あっ、熱……! 絶対火傷した! 毛根が完全に死滅してしまう! 誰か氷をくれぇーー!!」


男は頭を押さえながら半狂乱でそう叫ぶ。しかし店員は一向に現れない。


「おい、誰か……」


男は店内を確認した。しかし不思議なことに、こんな醜態を晒しているのに誰一人としてこちらを見ていない。

店員も客も皆どこか一点を熱心に見つめているようだった。


「ん? なんだぁ……?」


そのとき、周囲の話し声が聞こえてきた。


「なんだアレ? すごい騎士の数だな」

「なんでも王太子殿下が来てるんだとか」

「へえ! ってことはあの美男子がオズヴァルド殿下か。やっぱりオーラがすごいなぁ。隣の綺麗なお嬢さんは誰だろう」

「珍しい赤い瞳だな。殿下の恋人だろうか」


その言葉に男はぴくりと反応する。


「……赤い瞳?」


きょろきょろと周囲を見渡し――遠くに赤い瞳の少女を見つけると、男はぎょっとしたように目を見開いた。


「あいつ、どうしてここに……!」

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