第26話 確信犯

「庭園の方は見ましたの?」

「見たけどいませんでした!」

「塞ぎ込んでらっしゃいましたし、何か変な気を起こしていたらどうしましょう!?」


レーナとルネは慌てたようにあちこちを動き回っている。そのとき近くを歩くラフルの姿を見つけて、レーナは駆け寄った。


「ラフルさん! あの、エルシャ様を見かけませんでした?」

「いえ、見ていませんが」

「どこにもお姿がなくて……。行きそうな場所は一通り確認したのですが」

「殿下にも聞いてみましょうか。丁度これから殿下の元に行くところだったんです」

「わたくし達もお供しますわ!」

「では、行きましょう」


ラフル、ルネ、レーナの三人はオズヴァルドの私室へと向かった。

ラフルは扉を叩く。


「殿下。ラフルです。入ってもよろしいでしょうか」


返事はない。

少し時間を置いて呼びかけても同じだった。


「殿下、いらっしゃらないんでしょうか?」

「いえ、そんなはずは……。……まさか、傷心でヤケを起こしてるのでは……!」


ラフルは緊張の面持ちで腰の剣に手を伸ばす。そしてもう片方の手で扉を開け放った。


「失礼します! 殿下、ご無事で――」


ラフルの後に続きルネとレーナも部屋に足を踏み入れる。そして三人は一斉にフリーズした。


「…………え?」


広いベッドの上には二人の人物の姿があった。

一人はこの部屋の主、オズヴァルドだ。そしてもう一人はプラチナブロンドの少女。

問題なのは、少女の身体がオズヴァルドに強く抱き締められていたことだ。


「エルシャ……様?」


ぽかんとしたラフルの背後でルネとレーナは「きゃあ!」と歓声を上げる。

そのときエルシャは身じろぎをして、薄く目を開いた。


「ん……。あれ、ルネ、レーナ? もう朝……?」


何気なく起き上がろうとして――身体が少しも動かないことに気付く。誰かの腕が自分の身体をがっちりとホールドしている。


(えっ? 何……?)


そっと背後を振り返り、至近距離に作り物のような顔があるのに気付いて、エルシャは呆然とした。


「お、オズヴァルド……?」


ソファーでうたた寝をしていたはずなのにどうしてベッドの上にいるのだろう。

そもそも、なぜこんな体勢に!?


「失礼しました!!」


ラフルは二人を連れて部屋を飛び出し、勢いよく扉が閉ざされる。その後で、扉越しにルネとレーナのはしゃぎ声が聞こえた。

そのときになってようやく、エルシャは状況を理解した。


(これ……変な誤解をされたんじゃ……)


エルシャはトントンとオズヴァルドを叩いた。


「オズヴァルド! オズヴァルド! 起きてください!」

「……」

「大変なんです! 早く起きて!」

「…………」


変事はないのに、腕から逃れようとすると不自然に腕の力が強まる。それでエルシャは察した。


「……もしかして起きてます?」


その一言でぱちり、と瞼が開き、神秘的な紫の瞳が現れた。


(やっぱり起きてたんじゃない!!)


「私から逃げないと言ったのに、もう約束を破るのか?」

「それは、そういう意味では……。それより大変なんです。誤解されてます」

「そうか」

「変な噂が広まったらどうするんですか!」

「そうか」


オズヴァルドは余裕たっぷりに微笑む。何を言われてもエルシャを抱き寄せる手を緩めようとはしなかった。


(まさか……確信犯!?)


エルシャの脳裏に「外堀から埋める」というワードがよぎる。

自ら罠に飛び込んだ小動物のような気分だ。

とんでもない人に捕まってしまったのではないかと今更気付くエルシャだった。




そしてエルシャの懸念通り――そして(おそらく)オズヴァルドの狙い通り、エルシャとオズヴァルドが床を共にしたという噂は瞬く間に広がっていった。

少し廊下を歩くだけですれ違う使用人から微笑ましそうな視線を向けられてしまう。そのせいでエルシャはまた部屋に引きこもる羽目になったのだった。


「申し訳ありませんでしたエルシャ様。勘違いだとは知らず……」

「こんなおめでたいこと皆に教えてあげなきゃ! って思っちゃって、気持ちが先走っちゃいました……」

「……わかったから。もう謝らないで」


レーナとルネのしょんぼりした顔を前にして怒れるはずもない。とはいえ、憂鬱な気分には変わりがなかった。

一度広まった噂はそう簡単に消えない。二人はエルシャの言葉を信じてくれたが、周囲はそうではないだろう。


あの部屋がオズヴァルドの私室だと知らずに立ち入ったエルシャにも責任の一端はあるが、オズヴァルドの術中に嵌った気がしてならない。


「もう部屋から出られないわ……」

「そんなに嫌なんですか? 殿下と噂が立つのは」

「嫌っていうか……どうしたらいいのかわからないのよ……」


エルシャが顔を赤くしたのを見て、ルネはにんまりと笑う。


「エルシャ様ったら初心なんですね。かわいいです〜」

「私、恋愛なんてしたことがないから『好き』がよくわからないの。二人はわかる?」


その言葉でルネはレーナを肘で小突く。するとレーナはぽっと頬を染めた。


「レーナは好きな人がいるんですよ〜。ね、レーナ」

「そうなの? レーナ」

「……ええ、まあ……」

「私の知ってる人?」


レーナは長い菫色の髪を落ち着きなく触っている。いつもはしっかりしたレーナのこんな姿を見るのは初めてだ。

レーナはしばらくもじもじとしていたが、やがて意を決したように口を開いた。


「実は……わたくしはラフルさんが好きなんです」

「そうだったの!?」


照れて何も言えなくなったレーナの代わりにルネが口を開いた。


「ラフルさん、元は平民出身なんです。それでも剣術と魔法の実力で若くして王立騎士団の副団長にまで上り詰めたんですよ! 今は騎士団長がご病気で王宮を離れているので、実質的には騎士団長の座にいると言っても過言ではないですね」

「へぇ……。すごい人だったのね」

「一部の貴族からは反発を食らったそうですが、オズヴァルド殿下が目をかけていらっしゃるので文句を言える人なんていないでしょう」


ルネの説明を聞いたレーナは自分が褒められたかのように照れている。


(かわいい……)


エルシャはくすりと笑った。

……なるほど、確かに他人の恋バナを聞くのは楽しいものだ。

自分とオズヴァルドの噂を立てる人の気持ちが少しだけわかってしまった。


「レーナはどうしてラフルさんを好きになったの?」

「そ、それは……。その、ラフルさんってクールな方ですけどとても親切なんです。重い荷物を運んでいたら黙って手伝ってくださったり、そういうことが積み重なって、気付いたら好きになっていて……」

「まあ。そうなのね」

「一緒に時間を過ごすうちに自分の気持ちってはっきりしていくものだと思いますわ」


そのときノック音が響き、扉が開く。

そこには黒衣の美男子が立っていた。


「エルシャ。少しいいか」


オズヴァルドの背後のラフルに気付くとレーナは飛び上がった。さすがはウサギの獣人。さすがのジャンプ力だ。


「オズヴァルド、何しに来たんですか」

「そう部屋にこもってばかりはよくないぞ、エルシャ」

「誰のせいだと思ってるんですか! もう王宮を歩けませんよ……」

「じゃあ、王宮の外ならいいのか?」

「……外?」


オズヴァルドはにこりと微笑む。


「デートに行かないか」

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