第25話 私を絡め取る糸

「オズヴァルド……」


弱りきったその姿はエルシャの心に波紋を起こす。


自分の放った一言がそれほどまでにオズヴァルドを傷付けていたとは思いもしなかった。

とはいえ、他人を躊躇なく殺そうとする残虐さにエルシャが恐怖を覚えたのは紛れもない事実だ。


「じゃあ、……一つ聞いてもいいですか」


そう問いかけると、オズヴァルドは顔を上げた。


「何だ」

「兄弟を殺したというのは本当ですか」


この質問をするのには勇気が必要だった。

しかしオズヴァルドは意外にもあっさりと「そうだ」と答えた。


「私は七人の異母兄弟のうちの末の弟だった。幼い頃は己の能力を隠してやり過ごしてきたが、やがてその矛先はこちらにも向くようになり――とうとう唯一の味方だったエルマンが殺された」


そう呟くと、オズヴァルドはどこか凄みのある笑顔を浮かべた。


「だから殺したんだ。兄弟全員をな。そして全てを終わらせた」


(また、この顔……)


普段エルシャに見せるのとは全く違う表情だ。まるで見知らぬ人を見ているようでどこか不安になる。

そんなエルシャの心中を見透かしたように、オズヴァルドはエルシャを見つめる。


「そんな私が恐ろしいか?」

「……正直に言えば、怖いです」

「そうか……」

「でも、それもオズヴァルドの一部分なのですよね。そういう貴方だから、きっと生き残ってこれたのでしょう」


この人がどれほど過酷な日々を送ってきたかなんて、エルシャには想像もつかない。

その人の人格を形作るのは環境だ。外に出ることを禁じられた自分が外の世界への無関心を装うことで自分を守っていたように、オズヴァルドはどこまでも冷酷であることで己を守っていたのだろう。


(だから、私に彼の性質についてとやかく言う資格はないわ)


「……この間言ったことは本心ではありません。ついカッとなってしまっただけで、貴方のことが嫌いなわけではないんです」

「……本当か?」

「でも暴力は苦手です。いきなり誰かを殺そうとするのは……」

「わかった。君の前では極力控えよう」


そこで言葉を切ると、オズヴァルドは一層真剣な顔になった。


「だから……私から逃げないでくれ」


きっとそれは『伴侶』として向き合ってほしいという意味だろう。しかし、エルシャにはまだその覚悟はなかった。


「オズヴァルド。貴方の気持ちはありがたく思っています。でも、私は貴方に多くのものを貰っても、何も返すことができないんです」


綺麗なドレスや高価な宝石、親切な使用人に素敵な部屋。……そして深い愛情。

同じ気持ちを返せないのに側に居続けるのは不誠実なのではないか。

シアンが自分のもとを去ってしまったのは、きっと彼の気持ちを汲むことができなかったからだ。他人の気持ちに鈍感でいれば、知らずに相手を傷付けてしまう。

また同じ過ちを繰り返したくはなかった。

そんな思いで伝えた言葉だったが、オズヴァルドは揺らがなかった。


「それでも構わない。君がいなくなったら私はきっと生きてはいけないんだ」

「でも……」

「お願いだ。エルシャ」


懇願するように言われ、エルシャは揺れる。

縋り付くような切実な瞳。

自分がシアンを引き止めたときも同じくらいに切実だった。だから、彼の気持ちを痛いほどに理解できてしまった。


……彼を一人にはできない。


それが愛情なのか同情なのかはわからなかったが、情が湧いたことには違いなかった。

結局、エルシャはオズヴァルドに絆されてしまったのだ。


「……わかりました」


そう答えると、オズヴァルドは心底安堵したように微笑んだ。

そしてエルシャを抱き締めた。


「ありがとう」


腕の中でエルシャは静かに目を閉じる。


左手の薬指から伸びる黄金の糸のように、一度繋がれた関係はそう簡単に解けず、いつかエルシャを絡め取ってしまうのかもしれない。

そう思うと少し怖くなったが、この手を振り払うことなどエルシャにはできなかった。

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