第19話 衝動
エルシャは傷だらけになったシアンの姿を目の当たりにして動揺したように目を見開く。そしてオズヴァルドの方を振り返った。
「オズヴァルド。一体何を……」
「気にするな。大したことじゃない」
「彼を……攻撃したの?」
「君に手を出す不埒な男だ。今ここで殺しておくべきだろう」
さらりと語られた不穏な言葉に、エルシャはさっと顔色を変えた。
「彼は……私の友達なの。だからやめて」
「いいや、それはダメだ。あいつは罪を犯した。罪人が報いを受けるのは当然のことだろう」
「罪って……。シアンが悪いことをしたとでも言うの?」
「ああ。重罪をな。私の伴侶に手を出した。それだけで死に値するだろう」
「死だなんて……」
エルシャは言葉を失った。
(そんな平然とした顔でなんてことを言うの……)
目の前の綺麗な男は自分の知るオズヴァルドとは別人に見えて、エルシャは酷く混乱した。そのうちに身体の震えが止まらなくなった。
「おや、そんなに震えて」
オズヴァルドは上着を脱ぐとエルシャの肩にかけた。そしていつも通りの優しい声で囁いた。
「ここは冷える。部屋で紅茶でも飲んで身体を温めて待っているといい。すぐに済ませるから」
そう言うと虚空に氷塊が現れ、再びシアン目がけて飛んでいく。
「シアン!!」
シアンは魔力で氷を弾いていく。しかしあまりの猛攻に、捌ききれなかった氷塊がシアンの腕を切り裂いた。
「……っ!」
「シアン!!」
エルシャは慌ててオズヴァルドの腕を掴んだ。
「ねえオズヴァルド。やめて!」
「あいつが動くから狙いが外れた。抵抗しなければ楽に死なせてやれたのにな」
オズヴァルドは淡々とした口調でそう呟く。その瞬間、エルシャはえも言われぬ恐怖心を覚えた。
(この人……普通じゃないわ)
彼は本気でシアンを殺す気だ。それも一切の躊躇なく。
目の前の綺麗な男が急に得体の知れない生き物に思えてきて、全身が粟立った。
「やめて……」
オズヴァルドが再び腕を振るうのを目の当たりにした瞬間、エルシャの中を強い感情が渦巻いた。
――シアンが傷付く姿なんて見たくない!
衝動に突き動かされるまま、エルシャはオズヴァルドの前に飛び出した。拍子に上着が肩からはらりと落ちたが、それに構うことなくエルシャは叫んだ。
「やめて!!」
刹那、周囲を凄まじい光が照らす。
一筋の雷が氷塊をことごとく粉砕し、オズヴァルドに襲いかかった。
「!」
オズヴァルドはそれを片腕で弾く。しかしびりびりとした痛みが残るのを感じて、驚いたように手のひらを凝視した。
「この電撃、エルマンと同じ……。まさか、エルシャが魔法を……?」
エルシャはシアンの前に立ち塞がり、オズヴァルドを睨め付けた。
「オズヴァルド!!」
その気迫に、オズヴァルドははっと動きを止める。
「私の大切な友達を傷付けるのは絶対に許しません!!」
「エルシャ? どうして怒っているんだ?」
オズヴァルドは戸惑いながらもエルシャににじり寄る。エルシャが「近付かないで!!」と言い放つと、オズヴァルドは動揺したように足を止めた。
エルシャはシアンの元に駆け寄ると、そっとシアンを助け起こした。
「シアン。立てる?」
「エルシャ。俺……」
「酷い怪我だわ。こっちに来て」
「服が……汚れちゃいます」
「そんなこと言ってる場合じゃないわ」
シアンはエルシャの肩を借りてよろよろと立ち上がった。服のあちこちが裂け、血が滲んでいる。額から流れる血液は顎先を滴っている。立っているだけで辛そうだ。
「エルシャ。何故そいつを庇うんだ」
「そんなの……!」
「……伴侶は私なのに……」
エルシャはきっとオズヴァルドを睨む。しかしオズヴァルドが酷く悲しげな顔をしていて、エルシャは面食らった。
(なんで、そんな顔するの?)
シアンをこれほど傷付けておいて、どうして自分が傷付けられたような顔をしているのだろう。先程までの冷ややかな表情が嘘のようだ。
そのときバタバタと慌てたような足音とともにラフルが駆け寄ってきた。
「殿下。これは何の騒ぎですか!?」
ラフルの後に続いて現れた紳士の姿を目にした途端、ぼんやりとしていたシアンの目が見開かれた。
「お、お父様……」
「シアン? なぜ、お前がここに……」
(『お父様』?)
その言葉でエルシャはマークとシアンの二人を見比べ――合点がいった。
青い髪に青い瞳。一目で気付かなかったのがおかしいくらいに二人はよく似た外見をしている。マークに感じた既視感の正体はシアンだったのだ。
傷だらけで血を流す息子の姿にマークは言葉を失う。シアンは動揺したようにその顔を見つめた後、目を逸らした。
「エルシャ……」
オズヴァルドがエルシャに向けて腕を伸ばす。
エルシャは庇うようにシアンの前に出た。
「この子は私が連れて行きます。また傷つけたりしたら許しませんから」
「そんな男が何だと言うんだ。私は……」
「オズヴァルドなんて嫌いです」
「……なっ……」
その一言でオズヴァルドは世界の終わりかのような顔した。
周囲の温度がさらに下がり、吹雪が吹き始める。身じろぎもせずにオズヴァルドの側に控えるラフルの頭上には雪が積もり、もはや銀髪と見分けがつかなくなっている。
「……行きましょう、シアン」
エルシャはシアンの腕を引いて歩き出す。
シアンは一度だけマークの方を振り返ったが、何も言わずにその場から立ち去った。
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