第18話 対峙
細かい氷の破片が白煙のように視界を覆う。ようやくそれが収まったとき、変わらず青い髪の男がその場に立っているのを見て、オズヴァルドは軽く目を瞠った。
「……ほぅ、私の攻撃を耐えたか。意外とやるな」
赤い花びらがはらはら床に舞い落ちていく。
シアンは緊張の面持ちでオズヴァルドと対峙していた。
(一撃であの威力……。魔力量が桁違いだ)
咄嗟に花吹雪を起こして力を相殺させることができたが、今のはきっと小手調べだろう。
(この感じ、どうやら俺がここの使用人じゃないってバレたみたいだな……)
こうして向かい合うと凄まじい威圧感を感じる。種として格上であることを本能的に悟らせるほどの重圧。見た目こそ美しいが、禍々しい獣にしか思えなかった。
(これが、六人の兄を殺して王太子の座に就いたという男、オズヴァルド・ルスローレル……)
体がぶるりと震えるのは冷気のせいか、それとも本能的な恐怖からか。シアンは緊張を気取られぬようにするので精一杯だった。
「すぐに逃げ出すかと思ったがな。その根性だけは認めてやろう。野良犬」
「野良犬……?」
「ああ。そうだ。お前がエルシャに手を出した汚い犬なんだろう。畏れ多くも私の伴侶に手を出すとはな」
「……『伴侶』?」
その一言にシアンはぴくりと反応する。そして今度はオズヴァルドを真正面から見据えた。
先程まで感じていたはずの恐怖心はいつの間にか怒りに塗り変わっていた。
「伴侶って……。その言葉でエルシャを縛り付けているだけなんじゃないですか!? 運命だとかそんな不確かなもので……」
「お前には伴侶がいないからわからないのだろう。彼女を一目見た瞬間、一切の苦しみから救われたような気分になった。彼女の側にいるだけで死んだようだった心が満たされるんだ。お前にはわかるまい」
「では、彼女の気持ちは? 選ぶのは彼女です」
どこまでも食ってかかるシアンに、オズヴァルドは冷たい目を向けた。
「……例え私がエルシャの伴侶でなかったとしても、エルシャがお前を選ぶことはないだろう」
「何ですって?」
「……その髪に瞳。お前がカドリップ公子か。なかなか表に顔を出さないから余程不出来な息子なのだろうと思っていたが……」
オズヴァルドは品定めするようにシアンを眺めた。
「少なくとも魔力に関しては問題ないようだ。それなのに、なぜ後継者の座に就かない?」
「別に、貴方に関係ないでしょう」
シアンはふいと目を逸らす。それを見てオズヴァルドは唇の端を釣り上げた。
「私も理由などに興味はないが……。今のお前に一体何ができる?」
「……何が言いたいんですか」
「考えてもみろ。私は彼女に全てを与えられる。花冠などではなく本物の冠を――彼女をこの国で一番高貴な女性にしてやれるんだ」
シアンの足元でかさりと音がする。床には知らずに踏みつけた赤い薔薇が散らばっていた。
「それに引き換えお前は何を持っている? 彼女に何を与えられる? 何物でもない今のお前を選ぶはずがないだろう」
「そんなこと――」
シアンは反駁しようとしたが、すぐに口を噤んだ。……図星だったのだ。
黙り込んだシアンにオズヴァルドは哀れむような視線を送った。
「我が伴侶は魅力的な女性だ。惹かれるのは仕方のない。だが、分別は付けるべきだったな。お前のような奴が手を出していい人じゃなかったんだ。……おしゃべりはもういいだろう」
再び冷気が氷塊に変わり、シアン目がけて次々飛んでいく。シアンは必死にそれを躱し、躱しきれなかった分は魔力をぶつけて砕いていく。
しかし氷の床の上で足を滑らせ、攻撃の一つがシアンに命中する。
「ぐっ……!」
体勢を崩した隙を見逃すはずがなく、次の瞬間、無数の氷塊がシアンを襲った。
「ぐあああっ!!」
全身を鋭い痛みが走る。シアンは気がつけば片膝をついていた。
額から生暖かい液体が垂れてきて片目の視界を赤く染める。もう片方の視界では、オズヴァルドが冷ややかな顔でこちらを見下ろしていた。
まるで屈服させられたかのようで屈辱的だ。しかし、あまりの痛みに立ち上がることすら叶わなかった。
(まずい、本当に殺されるかも……)
再び魔法を振るおうとオズヴァルドの片腕が揺れる。そのとき聞き覚えのある声が響いた。
「――待って!!」
ふわり、と長いプラチナプロンドの髪がスローモーションのように揺れる。
赤い瞳の少女が二人の間に割って入るのを、シアンはぼんやりとした目で眺めていた。
「エルシャ……」
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