第17話 遭遇

オズヴァルドは颯爽と部屋を出ていく。

勢いよく閉ざされた扉を眺めながらエルシャは呟く。


「オズヴァルドって本当に忙しい人なのね」


近くにいたレーナはその言葉に同意しつつ、首飾りに見入った。


「それにしても本当に素敵な首飾りですわね。殿下の瞳のような綺麗な紫色で」

「確かに綺麗だけれど……気が重いわ」

「殿下の愛の重さですわね」

「私には少し重すぎるかも……」

「あらあら。惚気ですか?」

「そんなつもりじゃ……」


それまでニヤニヤしていたレーナだったが、突如不思議そうな顔をした。


「あら? エルシャ様。よく見ると首の辺りに、何か……」

「え?」


エルシャは鏡の前に立つ。そして絶句した。


(な、何これ!)


首元には噛み跡が残されている。

それを見ると同時に昨晩の出来事を思い出し、エルシャはかあっと顔を赤くした。


「まあ大変。怪我でもされたんですか?」

「ち、違――」


そのとき、どこかで爆発音のようなものが響く。そして建物全体がグラグラと揺れた。


「何事ですの!?」


音と揺れは断続的に続いている。扉の近くに

いたルネは慌てて外の様子を伺う。

そのとき、扉の隙間からひらひらと赤い花びらが舞い込むのが見えて、エルシャは嫌な予感を覚えた。


(――まさか)


「エルシャ様? 顔色が……」


心配するような言葉に返事をする間もなく、エルシャはルネの脇を抜け、慌てて部屋を飛び出した。




――時は少し遡る。


シアンは例のごとく侍従の衣装を身に纏い、長い廊下を歩いていた。


(まずは昨日のことを謝らないと……)


その手に抱えるのは赤い薔薇の花束。庭師のおじさんに上手いこと話をつけて譲ってもらったものだ。


「エルシャ、喜んでくれるかな……」


……昨晩、よく考えたのだ。

自分はエルシャとどう接するべきかと。


(俺が側にいることを望んでくれてるんだ。だったら、それだけで十分じゃないか)


焦りがないわけではない。だが、優先すべきは自分の感情ではなくエルシャの意思だ。押し付けるのならばあの男と同じになってしまう。

少なくとも今は友達でいられることだけで満足すべきだ。


「今の時間は部屋にいるかな。さすがにまだ人目が多いか……」


遠巻きにエルシャの部屋を眺めていたが、人の行き来が多い。外も明るいし、人目を盗んで近付くのは得策ではない。

また後にしよう。そう考えながら来た道を戻っていたとき、背後からふっと冷気が漂ってきた。


「……ん?」


手元でパキパキという音がしてシアンは足を止めた。手元の花束が凍り付いていることに気付き、シアンは花束を取り落とした。


「冷たっ!?」


白い冷気が煙のように立ち込め、視界を悪くしていく。

異変に気付いた使用人達は一目散に逃げ出していく。シアンはその背を呆然として見送った。


(とてもつなく大きな魔力が漂ってる……)


そのとき背後から靴音が聞こえたような気がして、シアンは白い息を吐き出しながら振り返った。


黒い影が近付いてくる――そう思ったとき、白煙の向こうからぞっとするほどの美形の男が姿を現した。


「!」


(黒髪に、紫の瞳。この人が――)


向こうもこちらの存在に気付いたのか、ぴたりと歩みを止める。そしてこちらを一瞥した。


「……見つけた」

「え」


次の瞬間、男の周囲を漂っていた冷気が凝固して無数の氷塊となり、シアンに向かって飛んでいく。


「!」


次の瞬間、辺りには轟音が響いた。

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