第16話 発覚

陽光の差し込む空の下、エルシャは広い庭園を歩いていた。

風がそよぎ、花の香りが運ばれてくる。楽園のような場所にいながら、エルシャはどこか浮かない顔をしていた。


庭園の中ほどにある噴水の縁に腰掛け、青空を見上げる。そして、空と同じ色をした青年のことを考えた。


『エルシャがここにいるのはあいつの伴侶だからでしょう。でも、それって本当にエルシャ自身の意思なんですか』


『エルシャ。俺は運命なんて信じません。だからエルシャが何か決断をするとき、それは必ずエルシャの意思であって欲しいんです』


(私の意思……)


私はオズヴァルドとどうなりたいのだろう。

『恩人の娘への厚意』ならば素直に受け取ることができる。だが、『伴侶』として向けられる好意をどう受け止めればいいのかが分からない。


嫌ではない、と、思う。だけどそれと好きはイコールではない。

……少なくとも、今のところは。


結局どれだけ考えても結論なんて出なくて、昨夜はなかなか寝付けなかった。


「はぁ……」


そのとき、近付いてくる足音に気付いた。

顔を上げるとそこには見知らぬ男が立っていた。年齢は四十代だろうか。青い髪と瞳が特徴的な人だった。


(あれ、この色……)


じっと見ていると、視線に気付いた男はピタリと足を止める。

男は会釈をすると温和な笑みを浮かべた。


「あなた様はもしや、エルシャ嬢ですか」

「そうですが……」

「やはりそうでしたか! お父様と同じ色の瞳。一目でわかりましたよ」

「……父を、ご存知で?」

「ええ。私達の世代では最も優秀な魔法の使い手でしたから」


男は朗らかに笑う。その笑顔にもどこか見覚えのあるような気がした。


「自己紹介が遅れました。私はマーク・カドリップと申します」

「エルシャ・ガーランドです」


エルシャはぺこりと頭を下げる。この年代の男性と接した経験はほとんどなかったが、この男には不思議と親しみやすさを感じた。


「彼にこんな立派な娘さんがいたとは、羨ましい限りです。うちの息子ももっとしっかりしていたらよかったのですが……」

「息子さん?」

「ええ。うちの後継者にと考えているのですが、逃げ回ってばかりなのです。今も一体どこで油を売っているのやら……」


マークははぁ、と溜め息を吐く。しかしすぐに我に返った。


「余計なことを話しましたね。長くお引き留めしてしまいすみません。私はそろそろ失礼いたします。お会いできてよかったです」


マークは会釈をすると、来た道を引き返していった。その背を見送りながらエルシャは首を傾げる。


(それにしても、誰かに似てるような……)


そのとき、別な方向から二人の侍女が駆け寄ってくるのが見えた。


「エルシャ様〜!」

「ルネ、レーナ。どうしたの?」

「エルシャ様。早くお部屋にいらしてください!」

「何かあったの?」

「来たらわかりますわ。さっ、参りましょう!」


そう言うと二人はすぐにエルシャを連行していく。部屋には大量のプレゼントが積まれていた。


「これは……?」

「全て殿下からの贈り物です!」

「オズヴァルドから?」


試しにいくつか開いてみると、ドレスや靴、装飾品などが出てきた。どれも繊細な作りで高価そうだ。


「それでは早速着替えましょう!」

「今から?」

「勿論! 最高に可愛くして差し上げますわ!」


ルネとレーナは瞳を輝かせながら近付いてくる。エルシャは嫌な予感を覚えた。


(これ、また長くなりそうな気がするわ……)


こうしてエルシャの着せ替えショーが幕を開けてしまったのだった。




……数時間後。


「ふぅ。できましたわ!」


レーナは流れる汗を拭う。その表情は至高の芸術作品を作り上げた巨匠のような達成感に満ち溢れていた。


「やっと終わったのね……」


その頃には、エルシャはすっかりヘトヘトになっていた。

何着も服を着替えさせられ、その都度ヘアメイクや装飾品も変えられ、どれが最適かと議論が重ねられた。この国の着替えは過酷だ。


「パーティに行くわけでもないのにこんなに着飾らなくても……」

「何言ってるんですか! 殿下がご覧になるのですから、毎日がパーティのようなものですよ」

「ええ……」

「ところで首飾りはまだ選んでませんでしたね。どれにしましょうか……」


そのとき、ノックの音が響く。


「エルシャ。私だ」


聞こえた低い声にルネとレーナは黄色い声を上げた。


「噂をすれば!」

「入るぞ」


オズヴァルドは部屋に入るなりすぐに足を止めた。華やかに着飾ったエルシャを目を留め――オズヴァルドは優しく微笑む。


「贈ったドレスを着たんだな。よく似合っている」

「あ、ありがとうございます……」

 

オズヴァルドがさっと手を上げると、一人の侍女が何か箱を運んできた。


「もう一つ贈り物があるんだ。これは直接手渡したくて、持ってきた」


オズヴァルドは箱から何かを取り出すとエルシャの背後に回った。


「オズヴァルド?」

「少しじっとしてくれ」


じゃらり、と金属の擦れる音がする。

指先がうなじを掠めてくすぐったい。

ぴくりと反応しそうになるのを堪えているうちに、そっと手が離れていった。


「できたぞ」


首元にはずしりと重い感触がある。視線を落とすと、大ぶりな紫の宝石がいくつも連なった華美な首飾りが首元で煌めいていた。


「すごく綺麗ですね。でも、高価なものなんじゃ……」

「一応国宝ではあるな」

「国宝!?」

「そう気負うな。アクセサリーは人を飾るために存在するのだ。使わない方が勿体ないだろう」

「…………」


そう言われて緊張しないはずがない。先程よりも首飾りが重くなったような錯覚を覚えた。


(ヒビでも入ったらおおごとよね。首に爆弾でも付けてる気分だわ……)


オズヴァルドは長いプラチナブロンドの髪を梳くように撫で、整えてやった。


「この宝石も相応しい主人を見つけたようだな。よく似合って――……」


言いかけ、オズヴァルドはぴたりと動きを止める。

オズヴァルドはさらり、とエルシャの髪をひと房払うと、首元を注視した。そのうちに眼差しはだんだん鋭くなっていった。


「オズヴァルド?」

「……どうやら野良犬が紛れ込んだようだな」

「え?」

「エルシャ。片付けなければいけない仕事ができたようだ」


そう告げ、オズヴァルドはにこりと微笑む。しかしその目は決して笑っていなかった。

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