第11話 再会

向かいでは絶世の美男子がティーカップを傾けている。あまりに華やかなそのワンシーンは一枚の絵画を思わせる。

エルシャは目の前の光景に圧倒され、出された茶菓子に手をつけることすら出来ずにいた。


「昨日はよく眠れたか、エルシャ」

「……はい」


本当は考えすぎて明け方まで眠れなかったのだが、オズヴァルドを前にするとそんなことは言えなくなってしまうエルシャだった。


「それはよかった。ところで日取りはいつにしようか」

「…………はい?」

「なるべく早いほうがいいのだが、いっそのこと式場を新しく建ててしまおうか。デザイナーを国中から呼び寄せてドレスを作らせて、宝石は……」

「ま、待って」


エルシャは慌てて話を遮った。何か二人の間で認識にズレがあるようだ。このまま聞き流してはいけない気がする。


「ん? どうした」

「あの、式というのは……」

「結婚式に決まっているだろう」


オズヴァルドは至極真面目な顔で告げる。エルシャは完全にフリーズした。


「どうした。結婚式が気がかりなのか」

「あの、私……」

「心配せずとも君を国一番の花嫁にすることを約束しよう」


オズヴァルドの笑顔が眩しくてうっかり頷いてしまいそうになる。だが、こんなところで流されてはいけない。

エルシャは勇気を振り絞って立ち上がった。


「あのっ。いきなり結婚だなんて言われても困ります……!」

「伴侶なのだから結婚するのは当然だろう」

「だって、出会ったばかりですし……」

「時間など関係ない。運命で結ばれているのだから」

「よく知りもしない相手と結婚するなんて、政略結婚とどう違うんですか!」


子爵との結婚話が出たときには嫌だとは言えなかった。だが、もう同じ過ちを繰り返したくはない。例え相手がどんなに素敵な人であれ、流されるばかりは嫌だ。


「ふむ……。人間の感覚だとそういうものなのか?」

「ええ。ですので、結婚の話は……」

「……つまり、相手をよく知ればいいんだな」

「えっ?」


そのとき、ラフルが近付いてきてオズヴァルドに何事かを耳打ちをした。


「殿下。謁見の申し出が……」

「ああ」


オズヴァルドはカップをソーサーに置くと席を立つ。


「今日は王宮の中を見て回るといい。私はここで失礼する」

「あの、オズヴァルド……」

「また話をしよう。今夜、空けておいてくれ」


そう言い残し、オズヴァルドは颯爽と部屋を出ていった。

残されたエルシャは呆然とした。


(オズヴァルドのペースに乗せられた気がする……)


はぁ、と深い溜め息を吐くと、近くに控えていたルネが紅茶を淹れなおしてくれた。その香りを楽しみながら、エルシャは心を落ち着けた。


「ねえルネ、オズヴァルドはいつもあんなに忙しいの?」

「はい。国王陛下は長年病状が芳しくないのです。ですので今は陛下に代わり王太子殿下が政務を担当されています。そのせいで常にご多忙なのです」

「そうだったの……」

「それでもこうしてエルシャ様の元にいらっしゃるのですから、エルシャ様ったら愛されてますね!」


(そうなのかしら?)


オズヴァルドが好意的に接してくれていることはわかる。だが、出会ったばかりの人に愛情など抱けるものなのだろうか。


(オズヴァルドってよくわからない人ね)


カップをソーサーに置くとエルシャは席を立った。



***



その後エルシャはルネの案内のもと宮殿の中を見て回った。どこもかしこもスケールが大きく、エルシャ一人では迷子になってしまいそうだ。


「この先は書庫になります」


ルネは扉を開いてエルシャが入るのを待っている。エルシャは先に中へと足を踏み入れた。


「わぁ……」


天井近くまである棚にはぎっしりと本が詰め込まれており、見渡す限り本だらけ。凄まじい蔵書量だ。

エルシャがその光景に目を奪われていたとき、廊下に立つルネの元に一人の侍従が近付いてきた。


「ルネさん。侍女長がお呼びですよ」

「私を……ですか? でも、エルシャ様をご案内する途中で……」

「それは私が代わりましょう。急ぎの用みたいだったので、叱られないうちに行った方がいいですよ」

「うっ……。そうですね。侍女長、怒ると怖いですもんね。それでは後を頼みます!」


ルネは急いでその場を離れていく。その姿を見送ると侍従は書庫に足を踏み入れ、棚の前に立つ少女に目を向けた。


パタン、と扉が閉じる音がする。それを聞き流しながら、エルシャは背表紙のタイトルに目を走らせた。


(せっかくだから面白そうな本があったら借りようかしら)


この国について勉強するのもいいかもしれない。そんなことを考えながら本を選んでいると、トン、と誰かの手のひらが本棚をつく。

……ルネではない。角張った男性の手だ。

すぐ背後に誰かの気配がする。


「やっと会えましたね」


その声が聞こえた瞬間、エルシャの心臓はどくんと跳ねた。


(この声は――)


エルシャは弾かれたように振り返る。すると空色の瞳と至近距離で目が合った。

その青年はふっと表情を緩め、柔らかく微笑む。


「元気そうでよかったです。エルシャ」

「……シアン」


そこに立っていたのは、メリベリクの街で離れ離れになったはずの友人――シアンその人だった。

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