第7話 街へ
窓から差し込む陽光が頬を照らし、エルシャは薄く目を開く。
(朝……?)
背後に柔らかい感触がある。どうやらここはベッドの上のようだ。
ぼんやりとした眼で周囲を見渡すとローブに袖を通すシアンの後ろ姿が見えて、エルシャは上体を起こした。
「シアン?」
その声に、シアンははっと背後を振り返る。目が合うとシアンは困ったように笑った。
「あっ、起こしちゃいました? ご飯はできてますから、好きに食べてくださいね」
どうやら昨夜は河畔で星を眺めるうちに眠ってしまったらしい。シアンが家まで運んでくれたのだろう。
エルシャはシーツを引き剥がして立ち上がった。
「どこかに出かけるの?」
「食料を買いに街に行こうかと思って。山の麓にメリベリクという街があるんですよ」
「街……」
エルシャは興味津々といった様子だ。シアンはふふっと笑った。
「エルシャも来ます?」
「……いいの?」
「そこでエルシャの服も買おうと思ってたんです。その服だと不便でしょうし。どうせならエルシャが直接選んだ方がいいですよね」
こうして二人はメリベリクへと向かうこととなった。
エルシャもシアンとお揃いのローブを被り、二人は山を下っていった。
「シアンはずっとこの森に住んでるの?」
「ずっとではないですね。一ヶ月ほど前からです」
「その前はどこに?」
「あっ……えっと……。ちょっと、遠くに?」
「そう」
それ以上聞いてこないことにシアンは胸を撫で下ろす。そんなシアンの様子には気付かず、エルシャは眼下に広がる風景に目を向けた。
「あっ! あれって……」
「メルベルクに着いたみたいですね」
山を降りきると、そこにはレンガ造りの街並みが広がっていた。
通りには店が立ち並び、色とりどりの商品がショーウィンドウを飾る。人々は明るい声を上げながら通り過ぎていく。
エルシャはその活気に圧倒され、立ち止まった。
「人がこんなにいるなんて……」
「メルベルクはこの国じゃ王都の次に大きな街ですからね」
「ここがルスローレル王国ってことは、みんな獣人なんでしょう? それなのに普通の人間にしか見えないわ」
「本来の姿を見せるのは緊急時だけですから。基本的には皆、人の姿で過ごしていますよ」
「じゃあ、私の家に遊びに来ていたときはいつも緊急時だったの?」
エルシャの何気ない問いかけにシアンは言葉を詰まらせる。そしてバツが悪そうに「キツネの姿の方がエルシャに可愛がってもらえると思って……」と白状した。
「今の姿でも十分可愛いわよ」
「エルシャ、揶揄わないでください」
「本心なのに……」
「もうこの話はおしまいです!」
シアンはフードを目深に被って顔を背ける。
(こういうとこが可愛いのに……)
妙に早足なシアンの背を追いかけ、エルシャは石畳の上を歩いていった。
***
シアンに着いていくうちに市場のある通りに辿り着く。
行き交う人々、漂う食欲を誘う香り、客を呼び込む声。その全てが新鮮で、エルシャはきょろきょろと周囲を見回した。
(あれは何かしら)
ふと、すれ違う少女の持ち物に目が留まる。木製の棒の上にうさぎを模した半透明の飾りが付いている。
ガラス細工かと思ったが、少女がそれを口に含むのを見てエルシャは首を傾げた。
「あれは?」
「飴細工です。ここの名産品なんですよ」
「あんなに綺麗なのに、食べ物なのね」
エルシャはいつまでも少女を眺めている。
「エルシャ。ちょっと待っててください」
シアンは近くの露天に向かうと、何かを手に戻ってきた。
「はい、どうぞ」
そう言って差し出してきたのは赤い薔薇の飴細工だった。半透明の花弁が光を受けてキラキラと輝いている。
「ありがとう……」
(どうして飴細工が気になってたことがわかったのかしら)
シアンは人の心でも読めるのだろうか。不思議に思いつつも口に含んだ飴細工は、今まで食べたどのお菓子よりも甘かった。
「そうだ。向こうにおすすめのカフェがあるんですけど――……」
そのとき、どこからか地響きのような音が鳴り響く。それを聞きつけた地元住民たちはさっと散っていく。二人が何事かと立ち尽くすうちに、突如前方から人波がどっと流れ込んできた。
「もうすぐ広場でセールが始まるわよ! さあどいたどいたァ!」
「今日の目玉はリンゴ詰め放題! アンタだけには負けないんだから!」
「それはこっちのセリフよッ!」
凄まじい形相をした主婦の群れが土煙を立てながらこちらに向かってくる。エルシャはその光景を呆然と眺めた。
「シアン、あれもここの名物?」
「そんなわけないでしょ!早くこっちに……」
シアンは慌てて手を伸ばす。しかしその手がエルシャに届く前に、二人の間を主婦達がドドドド……と音を立てながら駆け抜けていく。
「きゃあ!?」
「え、エルシャー!!」
主婦達に押し流され、エルシャの小さな身体はなすすべもなく人混みに流されていった。
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