第6話 星空の下で
「わぁ……」
シアンに連れられ森の奥へと進むと、大きな湖が姿を現した。遠くには山々の連なりが見え、空を映した水面を雲が流れていく。
見渡す限り視界が青でいっぱいだ。エルシャはその光景に圧倒された。
「綺麗でしょう」
「ええ。貴方と同じ色ね」
吸い込まれそうな蒼穹の下、二人は湖畔に並んで座った。
「そうだ。クッキー用意したんです。食べましょう」
シアンはポケットからハンカチを取り出すと、中に包んでいたクッキーを差し出した。それを一口齧ったエルシャはぱあっと顔を輝かせた。
「美味しい……! これもシアンが作ったの?」
「ええ。簡単なものですけど」
「シアン、パティシエになれるんじゃない? 今まで食べたお菓子の中で一番美味しいわ」
「大袈裟だなぁ。エルシャがどんな食生活を送ってきたのか心配になりますよ……。でも、喜んでくれてよかったです」
景色を眺めながら他愛のない話をするうちに時間はあっという間に流れていった。
やがて日は落ち、夜空には満天の星が広がる。水面にも鏡写しのように星々が瞬いている。
エルシャは思わず手を伸ばして星を掬い上げた。しかし、手のひらの中に残るのはただの水だけだ。
「星が消えちゃった……」
そのとき隣から笑い声が聞こえてきた。シアンが幼い子供を見守るような顔でこちらを見ている。
(もしかして私、今すごく幼稚なことをしたんじゃ……)
無知な人だと思われたかもしれない。
恥ずかしくなって黙り込むと、シアンは狼狽えた。
「あっ、いや、今のは決してバカにしたわけじゃ……」
「じゃあどうして笑ったの」
「エルシャがあんまり可愛いから、つい」
「…………」
エルシャはどんな反応をすればいいのかわからず無表情になってしまう。それを怒ったのだと解釈したシアンは冷や汗を流した。
「どうか怒らないでください……」
「……」
「せめて何か言ってくださいよぉ」
「……」
「え、エルシャ〜」
本当は怒ってなどいないのだが、焦る様子が可愛くて揶揄いたくなって困る。
「怒ってないわ」
「……本当ですか?」
「ええ」
エルシャはくすりと笑う。そして改めてシアンに向かい合った。
「ねえシアン。貴方がいなきゃこんな綺麗な景色、一生知らないままだった。……ありがとう、私を連れ出してくれて」
「!」
風が湖面を吹き抜ける。長いプラチナブロンドの髪が靡いて夜闇の中でキラキラと輝く。
少女の淡い微笑みを目にしたとき、シアンは思わず手を伸ばし――その額に口付けをした。
「えっ」
エルシャはぱちりと瞬く。
「……。……! あっ」
エルシャの顔を見てようやく自分の行動に気付き、シアンは慌てて距離を取る。そして真っ赤な顔で必死に弁明した。
「えっとこれはその、親愛の証というか友達同士ではよくあることで……! エルシャもキツネの俺にもしてくれたでしょう!? それと同じです! 別に深い意味は……!!」
「……そうなのね」
エルシャは妙に納得したような顔をしている。
うまくやり過ごせたことを喜ぶべきなのだろうが、シアンは複雑な気持ちになった。
(これじゃ必死な自分が余計に不自然じゃないか……)
シアンはこれ以上変なことを言わずに済むよう口を噤む。そして星空を見上げた。
「……綺麗ですね」
「ええ、そうね」
少し冷たい夜の空気、隣から聞こえる微かな息遣い。言葉はなくともその空気が心地良い。
互いの存在を強く感じながら、二人はいつまでもそうして空を眺めていた。
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