探偵やめた
貘餌さら
ツユクサ
私は高校生探偵の
そんな私を頼りに時折誰かが来ては、私に謎解きを依頼する。うまくいけばお駄賃が貰えたり、対価としてお菓子の詰め合わせをもらったり。好奇心の延長にオマケがつくなら願ったり叶ったりである。
「お願い霞、頭を貸してほしいの」
昼食の時間。席について菓子をぱりぽり食べていた私に声をかけてきたのは昨年まで同じクラスだったが今や離れ離れになった
「美恵、もう私には絶対頼らないって言ってたのに何の心変わり?」
「だって私の頭じゃどうしていいか分からなくて」
私たちの通う高校は二年生から特進コースと総合コースに分かれる。私が所属しているのは前者で彼女は後者。つまり学力がないことを卑下して彼女はそう言っているのである。
「謎解きに学力は関係ないでしょう。それで何があったっていうのさ」
「それが、総合コースで初めて知り合った人のことなんだけど」
美恵曰く。
高校二年生に進級して総合コースのクラスに割り振られた美恵は、自身の斜め前の席に枝毛ひとつない長い黒髪の美人がいることに気がついた。その人の名前は
しかしながら彼に想いを告げる女子は悉く玉砕し、涙に暮れる。それでも尚、彼に想いをぶつける女子は後を絶たない。美恵にしてみれば、いつ彼の心を射止める存在が現れてもおかしくない。けれど彼がどんな人を愛するのか、皆目見当もつかない。
そういう訳で、美恵は私に話を振ってきたのだった。
「恋愛相談ならお断りだけど……」
「そこをなんとかお願い!ね?」
はあ、とため息をつく私は大概お人好しだと思う。美恵の懇願の眼差しを無碍にはできなかった。この調査が成功した暁には多大なる報酬をいただくと彼女に告げて、私は早速くだんの男を調べることにした。
調べる方法は至極簡単だ。本人に聞けばいい。今までの告白をどう断ってきたかは知らないが、理由なしに断っているからこそ誰も諦めがつかないのだろう。
私は早速その日の夕刻、終業とともに教室を飛び出して彼のいるクラスへ走った。周囲から変な目で見られるのには慣れっこだ。「ああ、探偵業ね」どうせそう片付けられるのだ。気に留めるほどのことではない。
「三堂紡くんとは君のこと?」
「そうだけど」
全力で走った末に、ちょうど教室から出てきた本人とぶつかりそうになりながら、そう問いかけた。彼は目を丸くして驚いていたが、すぐに平静を取り戻したようで真顔に戻る。なるほど、こういうクールなところがモテる所以なのだろうか。
「私は沢野霞。率直に聞くけど、三堂くんは数々の告白を断ってるよね。それはどうして?」
「沢野……ああ、探偵だったっけ」
「そう、調査される本人として良い気はしないだろうけど、誰かにも伝えるつもりはないから教えてくれない?」
三堂は確かに西洋風の整った顔立ちをしていた。その眉間に少し皺を寄せて、私の質問への返答を考えている。特に理由はないのか、さりとて他に想い女がいるのか。私は彼の返答を待ちきれず、思わずごくりと喉を鳴らした。
「……誰にも言わないんだな?」
「うん、約束する」
私に小声で確認をとった三堂は人の出入りの激しい教室の入り口から移動して、廊下の窓際に向かう。開かれた窓に顔を出すその横顔もこれまた整っている。風の音に紛れて答えを呟いた。
「同じクラスの佐倉さんが好きなんだ。だから他の告白を受けてない、それだけだ」
「……そう」
「これで答えになったか?もう尋問事項がないなら、僕は帰る」
「うん、言いにくいことを教えてくれてありがとう。約束通り、誰にも言わないよ」
「ああ、じゃあ」
三堂の答えは、ありふれたシンプルな答えだった。私は美恵にどう伝えるべきかを思案しながら、彼の辿った後に続いた。佐倉美恵は、校門近くのツユクサの花壇で待っている。
外へ出れば、六月特有のじめりとした空気が肌に触れる。遠くから私に向かって手を振る美恵を見つけて、一歩一歩確実に彼女へ近づいた。
「ねえ、どうだった?」
期待溢れる美恵のまなこには、少しばかりの不安が揺らめいている。この目を見るのは、実は初めてではない。彼女は好きな人ができるたび、私にこうして調査させる。いちいち引き受ける私も私だが、つい先程決めた。今回限りで探偵業は廃業だ。
「三堂くんは二つ年上の幼馴染のことが好きだって。もちろん言わない約束だから、美恵も誰にも言っちゃだめ。いいね」
「うん……」
彼女の目は何度か瞬き、数回目でその片端からつう、と涙がこぼれ出した。こんな彼女の姿を見るのも、これで最後にする。私は拠り所を求めるようにふらついた美恵の体を片腕で支える。
「美恵は、私の恋愛相談に一度も乗ってくれたことがなかったね」
「霞、好きな人いるの……?」
「うん」
私は悲しみを忘れて戸惑う美恵の小さな鼻先に、背を屈めて己のそれを近づけた。私は自分よりもずっと小さな体を引き寄せる。
「私は美恵のことが好きだよ」
彼女のまつ毛が何度も上下して、やがてその頬が綺麗に染まっていく。私は彼女の恋を叶えてやるほどお人好しじゃない。私の悲願を叶える為なら、大切な趣味だって投げ捨ててみせる。
「美恵。私はね、美恵を友達なんて思ったことは一度もなかったよ。私は美恵を、ずっと異性として見ていたよ」
美恵の眼差しは、明らかに先ほどまで私を見ていたものとは変わった。その目の中には、もう悲しみも三堂の影もない。
同じ男だと油断して、私に好きな人を打ち明けた三堂を哀れにも思う。けれど私は今までずっと我慢をしてきたのだ。
可愛い美恵。ごく近くで機を伺い続けた狩人に、まんまと捕まった愛おしい人。
探偵やめた 貘餌さら @sara_bakuji
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