三 錦衣夜行事

 大阪湾の夜景がますます朦朧になり、空の上は焦燥な待合室だった。いつも機内で眠れず、精々瞑想程度だ。まして、隣の中国人ギャルは全く落ち着かず、複数のスマホいじったり、化粧したり、CAに馴れ馴れしく話し掛けたりしていた。途中、機内食が運ばれたが、ギャルがどういうわけか二人前も貰った。

 機内食は主食のチキンカレーがまあまあコンビニ並みだが、お菓子のバナナケーキとクッキーがかなりまずかった。お菓子において日本製との差がまだあるのか。

 空からライトが見え始めた。日本のと違って、建物と看板ではなく、道路照明灯が主な光源となっている。つまり、溶岩のような明るい線が暗闇の四角を囲んでいるように見える。更に近くになると、道路には通行車両の少なさも歴然とわかった。

 ついに杭州蕭山国際空港に着陸した。既に夜10時頃だった。時差的には日本より1時間遅い。預かったキャリアバンクの来るのを待ち続けたが、何と税関検査必要と書かれたテープに巻かれた状態で運ばれた。心当たりがあった。税関の所にいって、荷物が検査されて、特に腕時計がギフト包装まで開けさせられた。何とかうまい口で誤魔化して、課税せずに済んだ。やっと到着口に出られた。

 時は既に11時頃。迎え口には数人しか立っていなかった。案の定、親の姿が見えなかった。T4は新しく建てられたターミナルだし、親は飛行機に乗ったこともなく、空港の構造には疎いはずだ。しかし、最も感動的な再会のチャンスを失ったので、さすがに落胆せずにいられなかった。まして、事前にスマホが使用できないと伝えたのに。皮肉なことに、母国に帰ったとたん、無力感に沈む音信不通者になったのだ。

 空港内のWIFIに繋がろうと思ったが、何とすぐに使えるものがなかった。何となくタクシー乗り場に向かうが、中国の通貨を持っておらず、クレジットカードも使えないので、周りの人にスマホを借りるかを考え始めた。そこで、巨大な広告用タッチパネルを見掛けて、そこにWIFIを獲得するという項目があった。パスポートをかざす必要があり、それでパスワードが表示されたが、入力する間にすぐ映されなくなった。第二回はさすがに写真を撮ってから入力した。やっと繋がった。

 親からはいくつのメッセージが届いてきたが、電波がないと何度も言ったのに。母に音声通話を掛けた。思わず声が荒くなった。親だからこそ、直に腹立たしい感情をぶつけたであろう。それを気付いて、申し訳ないと思い、余計な文句を腹に飲み込んだ。

 母が現れた。全身黒いジャジーを着ており、顔はほとんど変化がなかった。ビデオ通話もぽちぽちしているから。そして、茶色系のジャジーを着ていた父は別の方向から歩いてきた。禿げがひどく進んでおり、頭上は薄い灰色のザビエルのようで、皺もビデオで見たより深い。待ち合わせの場所の勘違いやお土産などの話を適当に言いながら、ライトシェア専用の乗り場に向かった。

 乗り場にはEV車がほとんどで、どれも安っぽい白色系のものだった。帰り道の風景はちっとも変わらず、明るくライトアップされているが、人気が全くなく、沈黙なコンクリートの森としか見えない。強いて言えば、伏見の観月橋の辺りに似ている。道にはやはり新型のEVが多かった。一方、ガソリン車はどれも年式の旧いもので、タクシーに関しては20年前と同じヒョンデがまだ走っていた。

 高架バイパスから降りて、村の外周りに入った。村の入り口には駐車場のようなゲートが設置されており、ナンバープレートがカメラに撮ってから入られる。監獄のようだ。馴染みの村が跡形もなく消えて、都市開発計画のために砂塵まみれの巨大工事現場と化した。幸い、景気下落のため開発の一部が滞り、実家はまだ残されている。

 実家が所在する住宅街に入ると、またもやゲートがあった。変化が見当たらず、溢れ出すゴミ箱とずらりと並ぶ路駐の車がオレンジ色のライトに照らされていた。いくら目新しいタワーマンを建てても、細部はやはり変わらなかったね。

 実家に着いた。飼っていたシェパード犬も亡くなり、迎えの鳴き声は聞こえなかった。玄関にはスウィングチェアがあり、さぞや母が通販で購入したものだ。リビングにも変化が見当たらなかった。キャリアバンクを開けて、荷物を適当に出して、三階にいる自分の部屋に向かえた。

 渡日の間、外祖母も他界し、その家に住んでいた従兄弟のYは母に託されて、しばらく私の部屋に住んでいた。Yは今父親、即ち私の叔父の家に移った。中学の時に壁に貼ったアニメのポスターが完璧に残され、本棚には巨大なピカチュウのぬいぐるみが新しく置かれた。隅々に遊戯王のカードや小銭が挟んでおり、ニンテンドースイッチは二台もあった。一番著しいのは大きなモニター付きのゲーミングPCが置かれていた。Yは三歳下だが、まともな職に就かず、ニート三昧をしていたようだ。

 ベッドはマットレスがなく、骨盤が当たっているぐらい硬かった。1時も過ぎていたが、眠れなかった。そして、誰も知らなかった。

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之江帰燕 水無瀬浮寝 @WSKindred

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