第10話

「それじゃあ行ってくるわ」


「ええ、沙雪によろしく」


「わたしもぉ…とっても心配ですぅ…」


二人が心配そうに外まで見送りに来てくれた。二人とも沙雪と仲が良かったから心配なんだな。


「夕飯までには帰ってくるよ」


俺は自転車に跨った。最後に沙雪と会った時はとても元気そうだったが、病状が悪化したのだろう。


「クソ…沙雪が無理していたことに気が付けないなんて、兄失格だな…」


『そんなことないで?新ちゃんは立派に兄貴をやっとるで?』

『そうやで』

『それにしても義妹ちゃんは無事かな?』

『分からん…』

『注射百本って聞いたことがないんやが…』

『それほどヤバイ病気ってことやろ』


━━━


━━



「沙雪!」


俺は病院に着くと真っ先に沙雪の病室に向かった。廊下を走るなと怒られるが、そんなことを気にしている場合ではない。そして、五階にたどり着くと、『山口沙雪』のネームプレートがあった。俺は恐る恐る病室を開けた。


「ああ…兄さん…来てくれたんだね…?」


ベッドに横になっている沙雪はとてもじゃないが、健康とは言える状況じゃなかった。管が何本も付いており、身体のあちこちが青くなっていた。まるで、何かに殴られたようなそんな状態だった。


そして、何よりも辛そうなのは顔だった。顔は包帯でぐるぐる巻きになっており、ところどころには血が付いていた。これが注射百本の結果なのだろう。俺は絶句するしかできなかった。


かろうじて見えているのは血の付いた銀髪と美しい瞳だけだった。


『はじめまして、義妹ちゃん!』

『包帯越しでも分かるわ。めっちゃ美人やな…』

『不謹慎やけど、そう思ってしまうわ…』

『これがあの義妹ちゃんやと…?』

『やべぇ、泣けてきた…義妹ちゃん、いつも元気そうにしてたけど、本当に限界やったんだな』

『言うなよ…俺もマジで泣けてきた…』

『ワイもや…』


「沙雪、ごめんな。俺が不甲斐ないばかりに…」


「なんで兄さんが謝るの?私が悪いだけだから…」


俺は沙雪の手を握った。すると、沙雪の手が真っ赤になる。俺はすぐに手を離そうとしたが、沙雪は俺の手をがっちりつかんで離さなかった。力強いな。


「兄さん、怖いよぉ…注射百本打ち終わっても、死んじゃうかもしれないっていう恐怖が消えないよぉ」


「くっ!大丈夫だ!俺が傍にいるし、何よりもお前には先生がいるだろ!気をしっかり持て!そうやって15年間生きてきたじゃないか!」


沙雪がこのような状態になるのは一度や二度ではない。毎年、毎月のように発作的に起こるのだ。そのたびに沙雪は自分が死ぬかもしれないと訴えてくるのだが、先生の絶技で生き延びてきたのだ。


「ああ、兄さんとチューしたかった…」


「なんだって…?」


『義妹ちゃん…』

『新ちゃん…それくらいしてやれって!』

『そうだよ!兄としての責務を果たすんだ』

『応援しとるで!』


沙雪のお願いだ。叶えてやりたいが、そんなことをして、沙雪の病状が悪化してしまっては、終わりだ。すると、病室に先生が来た。


「こんにちは」


「先生!いつも大変お世話になっております!突然なのですが、沙雪がチューをしたいと言っているのですが、しても大丈夫でしょうか?」


「…なんですって?」


『そりゃぁ困惑するわなwww』

『いきなりキスしてもいいかって聞く辺り流石の天然www』

『でも、させてあげてくれ!』

『そうだよ!義妹ちゃんの願いなんや』


「ああ、できれば舌を絡ませる、熱烈なやつをして欲しいな。そして、私をぎゅっと抱きしめて、貫通してほしい…」


『こらこらwww』

『流石義妹ちゃんwww死にそうになりながらもしっかりと願望を伝えるwww』

『ディープキスを見せられるこっちの身にもなれやwww』

『軽いやつにしとけってwwwお医者さんが困惑しとるでwww?』


「どうですか?」


「駄目です」


「なんでやねん!?」


『おいwww義妹ちゃん』

『とっても元気な声が出たなぁwww』

『良かったwww病気でも本性は変わらんなwww』

『目的のためには病気すら関係ない、と。新ちゃん愛されてるなぁ』

『ディープキスなんてして兄さんに病気が移ったらどうすんねん?』

『それな』


今沙雪から大声が聞こえたような…気のせいか?


「す、すいません。ちょっと咳が出てしまって…」


『こらこらwww嘘は駄目やで?』

『思いっきりなんでやねんって叫んでたやないかいwww』


「それと、先生…どうして、兄さんとのチューがダメなんですかぁ?」


「ぐっ、それは…それは…!」


なぜだ。先生の顔が真っ赤になっている。そして、俺を一回キッと見ると、沙雪の方を見た。思いやりがあり、自分よりもまず他人を優先し、虫すら殺すことができない沙雪だが、たまに我儘を言って他人を困らせることがある。


「コラ、沙雪。先生を困らせちゃいけないぞ?」


「あ、ごめんなさい…怒られちゃった♡(ボソ」


『喜んでるなぁwww』

『ドローン君よくやったwww』

『超絶地獄耳やなwww』

『というか本当に病気か?』

『おい!そういうのはよくないぞ?』

『す、すまぬ』


「それと先生。今日は俺もここで一泊していこうと思っているのですが、いいですかね?」


「よっしゃあああああ!兄さんとのお泊り会ぃ!woooooooooooo!」


「沙雪!?」


「コホン、咳が止まらないよぉ、兄さん」


『良かったねwww新ちゃんと一緒にいれてwww』

『ガッツポーズしとるやんけwww』

『アカンwww管が外れとるで!?』

『新ちゃんへの思いで、病をボッコボッコにしとるなwww』

『それより夕霧さん達へ連絡しなくて平気なのか?』

『そうやで。新ちゃんが帰らなかったら心配するで?』

『ワイもそう思う』


とりあえず俺も着替えを持ってきた。夕霧たちには夜までに帰るって言っちゃったけど、沙雪の今の姿を見たら、とてもじゃないが、放っておける状況じゃなかった。が、


「駄目です」


「なんでやねん!しばくぞクソ医者!?」


『おいwww』

『それは言ったらアカンってwww』

『仮にも命の恩人やで?』

『これは謝罪案件やな』


沙雪が再び大きな咳をした。そして、ベッドでとてもむせていた。なんて苦しそうにしているんだ…


「先生、どうしてもダメなのですか…?」


「何度もいいましたが、沙雪さんの病気は他者に感染するのです。長い時間一緒の部屋にいたら、お兄さんも同じ病気にかかってしまうのです」


「そ、そうでした…すいません、前も説明していただいたのに…」


俺は馬鹿だ。一緒に暮らすことができないから、沙雪は今もベッドの上にいるのだ。もし、一緒にいられるのなら、もう既に村で一緒にいる。申し訳ないが、チューすらも沙雪にできない…ごめんな、沙雪。俺はお前の我儘すら叶えてあげることができない…


「クソ…!俺はなんて無力なんだ!」


歯がゆい。沙雪の病気を肩代わりできるのなら、俺が代わりたい。なんて無力な存在なんだ…!


「それより、沙雪さん。お兄さんに渡すものがあるのでは?」


「ああ、そういえばそうでした」


「俺に渡すもの…?」


はてなんだろう。前来た時は誕生日プレゼントでドローンとスマホを貰ったけど…もしかして遺言状とか?そんなの絶対に受け取らないぞ?


「これ、日本ダンジョン協会ってところから手紙だよ?」


「日本ダンジョン協会…?」


『うえ!?新ちゃん宛に!?』

『マジか!なんだなんだ!』

『早く読んでくれ!』


沙雪が起き上がって俺に手紙を渡してくれた。さっきまで寝たきりだったのに、今ではすっかり上体を起こしていた。無理をしている様子もないし、少しは俺が来たおかげで良くなったのだろうか…?


いや、そういうわけではないな。絶対に無理をしている。俺に心配をさせないように、いじらしい義妹だ。そんな気遣いを受けてしまったら、俺もすぐに手紙を読もう。


「Sランクぼうけんしゃすいせんじょう 〇がつ〇にち〇じ〇ふん びょういんにしゅうごう…」


なんで全部平仮名で書いてあるんだ?しかも字がとても汚い。幼稚園児が書いたかのような文章だった。なんというか俺だってもう大人だ。漢字が正しいとは思わないけど、平仮名だらけの文字を見ると少しだけ幼いと感じてしまう。後、その集合時間って明日じゃん、そして、ここに集合でいいのか…


「それはね、東京の日本ダンジョン協会っていうところから届いた推薦状。兄さんの強さが世間に認められたんだよ?後、最近の日本のトレンドは平仮名で文字を書くことなんだ」


『何言ってんだこいつwww?』

『なんか怪しくなってきたぞwww?」

『平仮名がトレンド?ちょっと手紙を見せなさい』

『ドローン君、移動しなさい』


沙雪がそういうなら、そういうことなんだろう。ただ、


「世間って…俺は村から出ていないし、誰にも観られていないぞ?」


「…」


『そういえばそうやったwwwこれ盗撮やったなwww』

『もう同接5000人を超える立派なダンチューバ―やでwww』

『Sランクの眼にとまったのって確実にこの配信やもんな』

『金剛姫じゃない?ずっと新ちゃんに驚いていたし』

『確かに。絶賛してたもんな。あのドМさん』

『さぁ義妹ちゃん、どうする?盗撮だとゲロっちゃうのか?』

『見物やな』


「私が推薦したの。兄さんは強くてカッコ良くてエロくてセクシーで、Sランクモンスターをワンパンできる最強の冒険者だってね」


「推薦したって…沙雪に日本ダンジョン協会の知り合いなんていないだろ…?」


「先生の知り合いでSランク冒険者がいてね。私がお願いしたんだ…ね?」


俺は隣にいる先生を見る。一瞬驚愕の表情を浮かべていたがすぐにいつもの先生になる。


「その通りです。お兄さんの強さはSランクに匹敵するでしょう」


「先生…それに沙雪まで…」


『嘘付はストーリーまで完璧やなwww』

『先生、一瞬すげえ顔してたなwww『え、俺!?』みたいなwwwしっかり話にノる辺りは良い先生だわ』

『なんだろう。義妹ちゃんがもっととんでもない嘘をついてるような気がしてきたんだが…』

『奇遇だな。俺もだよ』


Sランク冒険者か。何がなんだか分からないけど二人がここまで言うってことは何か凄いことなのだろう。ただ、沙雪を置いていくことなんてできない。血は繋がっていないけど、俺に残された唯一の家族だ。だから、


「ちなみにSランク冒険者になると、これくらい毎月もらえるよ?」


「仕方ない、なるしかないな。Sランク冒険者に」


沙雪のことも大事だけど、まずはお金がないといけない。俺はSランク冒険者になることを決めた。となれば、ここでゆっくりしている場合じゃない。すぐに家に帰って、準備をしないと、


「それじゃあ沙雪、俺は一旦家に帰るよ」


「あ、待って兄さん。これを最後に渡しておくね」


「これは…」


『えええ!?これは銀色の風シルフ様と金剛姫の写真集じゃん!しかも一人だけにしか当たらないと言われる超絶ウルトラ限定写真集やで!銀色の風シルフ様のあんな姿や金剛姫のあんなボイーンがたくさん載ってると言われるブツや…まさか義妹ちゃんが当てていたなんて…!』

『マジだ!というか長文気持ち悪いぞ!まぁワイも応募したんやけど』

『それな!まぁワイも応募したんやけど』

『新ちゃん、ずりぃよ!一億でもいいから売ってくれ!』


「こ、この方々は?」


「兄さんをSランクにしてくれるように私が頼んだ人たちだよ」


「へ、へぇ~。ちなみに明日会えるのかなぁ…なんつって」


「もちろんだよ」


「ま、マジか!こりゃぁ楽しみになってきたなぁ」


「お兄さん、ここは病院ですよ」


「はっ!失礼しました。沙雪のことでお世話になっているからな。一晩かけてじっくり相手のことを知ろうと思う。それじゃあ帰るわ。じゃ」


俺は明日のためにすぐに準備に取り掛からなければならない。すぐに病室を出て自転車に乗った。ドローンを忘れていたが、しっかり後ろをついてきたので良かった。


━━━


━━



一方病室に残った沙雪は包帯を外し、その素顔を見せていた。


「藪医者…貴様はなぜ私と兄さんのキスの邪魔をした?答えろ」


「そ、それは私の愛する沙雪さまが馬の骨とキスをするシーンに耐えられなくて…」


「死ね」


「ありがとうございますぅ」


私は床に土下座の姿勢をした藪医者をかかと落としで叩きつける。ド天然兄さんとの初キッスのチャンスだったのに、このクソ医者が…おっぱいが大きくなったらすぐにでも殺してやろう。


…と、普段の私なら思うのだろうが、私は今とても気分がいい。


「おい、藪医者。見たか、写真集を見たあの兄さんの表情を…」


「は、はぁ」


私とドМが映った写真集を大事そうにもって興奮していた。つまり、今夜のおかずに私が使われる可能性が高いのだ。


「苦節十五年…!ついに兄さんのオカズになることができたのだ…!長かった。この瞬間をどれほど待ちわびたか…!」


というよりも、さっさと私の写真集を渡してしまえばよかった。そうすれば、もっと早く私と結ばれたはずなのに…!


まぁ良い。これも必要な段階だったと思えば、喜びはすれどもキレるところではない。


「そういえば、沙雪さま。お兄さんのお迎えはどうするのですか…?東京どころか電車の乗り方すら分からないのでは…?」


「分かっている。だから、ドМを迎えに来させる。兄さんを推薦したのはあいつだからな。それくらいのご褒美をやろう。そして、私は兄さんをダンジョン協会で最高のもてなしをする。そうと決まればこんなところで仮病をしているわけにはかな…っ」


「沙雪さま!?」


藪医者が私に近付いてくるが私は手で制止した。


「くっ、ブス式奥義はまだ完成していない…無茶をしたツケがここで来たな…!」


ブス式奥義:『混沌の世界カオス・メイク


一時期私は迷走していた。もちろん、兄さんが私に惚れないことにだ。私は世界で一番可愛いし美女だ。それなのに兄さんが私に惚れないのは美女すぎるからなのでは?と考えた。


ネットで調べても私よりもブスたちが幸せアピールを投稿していた。そこで、開発したのがブス式奥義だ。世界で一番の美女をブスに堕とすという所業に藪医者たちも悲鳴を上げたが、そんなことを気にしている場合ではなかった。


だが、実際にやってみると、ブスになるのって本当に難しかった。というか世界で一番の美女な時点でそれが一番難易度が高いというは分かるだろう。


そこで私の顔をメイクでぐちゃぐちゃにするという技を思いついた。メイクは女が化け物から進化するのに一番手っ取り早い方法だ。それなら逆もあるのではと思い、実際にやってみた。


最高の美女しか生まれなかった…


私は焦った。メイク程度では私の美しさを消せない。だから、プラスアルファで身体を痛めつけた。人間に顔をぶん殴ってもらうのは相手が躊躇するからロボットに殴らせまくった。おかげで私は全身がブクブクであざだらけの不細工になることができた。


だが、それでも『血濡れの美女』とかいう新たなジャンルを生み出してしまった。だから、今回はやむを得ず包帯ぐるぐる巻きで誤魔化した。ブス式奥義ってマジでむずいわ。


それにしても、全身、マジでめっちゃ痛いねん。


「おい、藪医者」


「分かりました。スキル『回復』」


藪医者のスキル『回復』。これは他者の回復機構をめっちゃ強めるというものだ。私はその力を借りて、ブスから最高の美女に戻れる。流石に明日のお披露目で兄さんに不細工な姿を見せるわけにはいかないからな。


「ふ、ふふ、それにしても明日が楽しみだ…!」


写真集に夢中になっていた兄さんを思い出すと笑いが止まらない。私の最高の姿を見て、見惚れてしまう姿が容易に想像できるわ…!


━━━


━━



一方新也side


『こらこら新ちゃん!手放し運転は駄目やでwww?』

『めっちゃ夢中になってるなwwww』

『写真集と距離がゼロやんwww』

『いいなぁ~ワイにも見せてくれやぁ』


帰りの自転車で写真集をがん味していた。車や自転車、通行人がいないからいいものの、新也は写真集をずっと、眺めていた。そして、


金剛姫さんってどんな人なんだろう…


━━━


沙雪、大誤算www


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