第3話

沙雪が配信を見直す少し前。


「ふぃ…つっかれたぁ!」


ミミズ五十匹。討伐に成功した。大して強くない癖に毒を吐き散らすから、服がべちゃべちゃだ。都会には洗濯機というものが勝手に服を洗ってくれるらしい。欲しいけど、田舎のじっちゃんたちがそういう便利なものに猛反対するのだ。自分の手でごしごし洗わないといけないからめんどくさいったらありゃあしない。


これだったら剣を持っていけばよかった。ミミズ程度、どうやろうと負ける気がしなかったから、手ぶらで行ったけどこの辺りは怠慢だったなぁ。


「まぁ剣を持っていったところで、服じゃなくて武器を洗うことになるだけなんだから、結局やることは変わらないか」


文句を言いながら、服を洗い終わると、とりあえず部屋干しにしておく。ミミズの毒は悪臭を放つので一回程度で匂いは落ちない。だから、朝になったらもう一度洗う。


「ドローン君は…うぉぉ…自分で水を浴びられるのか…」


蛇口は二つあるので、ドローン君は自分で水を捻って汚れた箇所を洗っていく。石鹸のようなものを自分で出して、洗っているのは凄い。


『このドローンすげぇな。自動洗浄機まで付いてる』

『値段も相当だろうな。義妹ちゃんの熱を感じる』

『分かる。洗浄中なのにお兄さんの顔はしっかり撮ってるのよな』

『ってか義妹ちゃんはどこに行ったんや?』

『分からん。病人やから寝てるんちゃう?』

『それやな。そうじゃなきゃ兄さんの半裸で興奮しとるはずや』


ドローンが自分の洗浄が終わると、俺は外にあるポストを見にいく。この田舎ではやりとりは直接家に上がり込むか、不在の時は手紙をポストにいれておくというものだ。ダンジョンには一時間潜っていたので、もしかしたら何か届いているかもしれないと一応見てみると、案の定手紙だった。


ドローンが手紙を覗き込んできた。


「村に一軒だけある飯屋からのお誘いだよ。そこの人には子供の頃からお世話になっているんだ」


ドローンは機械だけど、『これは何?』と聞かれている気分になったので、一応返しておく。まぁ独り言を言っても周りに人はいないわけだから、別に気にする必要もない。


手紙の内容はご飯を食べにどう?というものだった。お恥ずかしいことに毎晩夕食はそこで頂いている。しかも、飯代はタダなのだ。


一応毎日、夕飯を作ろうと思っているんだよ?だけど、毎回ダンジョンに潜ってくたくたになったところで誘ってくれるのだ。となったら誘惑に負けちゃうよ。


着替えを終えると、一応ポケットに財布を突っ込む。毎日食べさせてもらっているとはいえ、いきなり飯代を払えと言われてお金がなかったら色々困る


「行きますかね」


自転車は使わない。飯屋までは五百メートルほどだし、歩いていればすぐに着く。ドローンは田舎が珍しいのか空中に飛び立った。


『すげぇ綺麗…ホタルがおるやんけ』

『こりゃあここでスローライフを送りたいわ』

『義妹ちゃん、ここってどこなん?』

『個人情報特定になるからやめぃ(笑)』

『義妹ちゃんが全く息していないな』


配信に映るコメントを新也は見ることはできないが、同接数が二百人にたどり着こうとしていた。


「ドローン君、見えたよ」


ドローンが降りてくると俺と同じ視線でピタリと止まった。田んぼの真ん中に赤ちょうちんが釣るしてある一軒家が見えてきた。平屋で『のんべえ』という暖簾がかけられている。居酒屋のような趣だが、正真正銘飯屋だ。ただ、酒もたくさん売っている。


「こんばんわ~」


「おう…」


店の中に入ると、カウンターがある。いつも通り寡黙なおっちゃんが仕込みをしていた。のんべえの店長のノブさんだ。顔すらこっちに見せないというのは接客としてどうなのかと思うが、昔からなのでしょうがない。というかタダ飯を頂いているのに店に文句など付けようがない。


『ん~、わいの地元でこれやったら店に人が寄り付かんと思うけどな』

『でも田舎の名物じゃない?こういう頑固おやじ』

『ん?おっさんどこに行くん?』


俺はカウンターでノブさんに挨拶をすると、カウンターの端の方に座る。ドローンが俺を覗き込んでいた。


「ノブさんには俺の二つ下の娘さんがいてね。その人が毎回飯を作ってくれるんだ」


心なしかドローンから羨望の瞳を受ける。なんとなく後ろめたいので一応経緯だけ話しておこう。


「修行中の時に味見を頼まれてね。それ以来ずっと試作品を食べさせてもらっているんだ。決して他意はないよ。彼女からも恩返しって言われているからね」


「…ったりめぇだろうが(ボソ」


ノブさんの方から声が聞こえた気がしたのでそっちを見た。


「ノブさん、何か言った?」


「…」


ふむ、気のせいか。すると、


「…それより、それはなんだ?」


「ああ、これはドローンだよ。起動しておくとお金が入るんだ」


「そうか…」


ノブさんはすぐに興味を失くしたらしい。やめろと言われたらどうしようと思ったけど、そうではないらしい。この間ずっと俺ではなく食材と向き合っている。とてつもない集中力だ。すると、


「お待たせ、新也」


奥の部屋から暖簾をかき分けて、女性が出てきた。


「いやいや、こっちも今来たところだから」


彼女の名前は夕霧ゆうぎり。サラっサラな黒髪に桜を基調とした着物を着ており、大和撫子という言葉が似合う女性だ。着物でも隠すことができないほど大きなものを二つほどぶら下げている。


「それよりいつも悪いね。夕霧。今日もご馳走になるけど、本当にお金はいいの?」


「ふふ、それこそ愚問よ。私がここまで料理が上手になったのは新也のおかげだから」


そんなことを言われては何も言えない。俺はカウンターで夕霧がご飯を作るのを見ているだけだ。すると、


「それ、何かしら?」


「ん?ああ、三十歳の誕生日にもらったドローンっていう機械だよ。起動しておくとお金を生み出してくれるんだ。できれば気にしないでおいてくれるとありがたい」


「ふ~ん、外の世界は進んでいるのね」


「ね」


一方配信では、


『めっちゃ美人じゃねぇか!?』

『驚くところはそこじゃねぇ!なんで鬼族と普通に談笑してるんや、新ちゃん!』


コメントでは名前が判明してから、新也のことを『新ちゃん』と呼ぶことに決めたらしい。


『鬼族ってなんや?』

『歴史を勉強しろ!ダンジョンが現れた時に、侵略してきた異世界の亜人や。とんでもない力で日本を滅ぼしかけたのやが、忽然とその姿を消したんじゃ!』

『これヤバイんじゃねぇの…?』

『大発見や…これ義妹ちゃんの盗撮で始まってたけど、とんでもない価値を生み出しているんじゃ…』

『義妹ちゃん起きろ!そしてこれを説明してくれ!』


配信ではとんでもないことになっていることを知らず、新也は夕霧から出されたお通しのたくあんを食べる。そして、白飯と肉じゃがを続けて出してもらった。後は味噌汁。そして、最後に日本酒だ。夕霧の家系は酒を造るのがうまいのだ。


「くぅ~~~~上手いなぁ。毎日食べても飽きないよ」


「そ、そう。そう言われると嬉しいわね」


「そろそろメニューに載せたらどう?」


俺は毎度お決まりの質問をする。すると、


「まだダメよ。父の料理の足元にも及ばないもの」


「そ、そうか」


そう言われてノブさんの方を見ると、一心不乱に食材と向き合い続けていた。ここまで味にこだわることができる人間が基準になると、夕霧も可哀そうだ。


「夕霧ほどの腕ならどこに嫁に出ても恥ずかしくないだろうに」


「ッ」


バキ


夕霧の方から息をのむ声が聞こえた。そして、ノブさんの方から何かが砕ける音がした。とりあえず気にしても仕方がないので、俺は口の中に料理を掻き込む。すると、夕霧がカウンターに頬杖をついた。


「そうねぇ。どっかに嫁にもらってくれる人はいないかしら?」


『俺らは何を見せられとるんや?』

『分からん。さっきまで鬼族怖って思ってたけど、今はそういうのが消えたわ』

『とりあえず新ちゃん死刑や。美女堕としてるやんけ』

『鬼族って人間と結婚できんの?』

『分からんけど、ワイも鬼族の美女に迫られたい』

『ワイもや』

『義妹ちゃんが見たらどうなるんやろ?修羅場かな?』

『楽しみやな』


夕霧が浴衣を着崩して、俺の方を見る。心なしか頬も赤い。


「ごめん、俺には鬼族の知り合いがいないんだよなぁ。ただ、京都ってところには鬼がいっぱいいるって聞いたことがあるよ?」


「…」


『おい、夕霧さんが固まっとるやんけ』

『百点満点の解答や。よくやった新ちゃん』

『鈍感すぎるやろ…ちょっと鬼の子に同情するわ』

『とりあえず早く義妹ちゃんに気付いてほしい』


夕霧からもらった酒を飲もうとすると、夕霧がカウンターの向こう側から俺の隣にやってきた。珍しいこともあるもんだ。


「注いであげるわ。今日は誕生日でしょ?」


「ああ、ありがとう」


「気にしないで。私と新也の仲だもの」


儚げな笑顔を夕霧は俺に向けてくる。


バキ


ノブさんの方から再びモノが砕ける音がしたが、夕霧は気にせず、俺のお猪口に酒を注いだ。ふむ、胸元がゆるゆるになって、色々見えてしまっている。


俺は酒に手を出そうとすると、夕霧が肉じゃがを俺の箸で掴んで俺の方に持ってきた。そして、あ~んとしてきた。せっかくのご厚意だし受け取るか。後、無言の圧力が怖い。


「うん、美味いな。やっぱりいい嫁になるよ」


「そう。これもどう?」


そういってたくあん、味噌汁、白飯のすべてを食べさせてもらった。誕生日だからだろうか。夕霧が随分積極的だった気がする。


銀髪美女:『あのアマ!何晒しとんねん!?ワイのお兄から離れろや!』


『おおお!来たああ義妹ちゃん!』

『待ってたでええええ!今の心境をどうぞ?』

『村に鬼族がいる理由を教えてくれメンス』

『お兄さんについて聞きたいことがたくさんあるねん』


銀髪美女:『そんなもん殺意一色に決まっとるやろうが!ワイが入院している間に随分好き勝手したようじゃのぉ、夕霧よぉ!?』


沙雪の介入でコメント欄は盛り上がりを見せる。だが、そんなことは露知らず、夕霧のアプローチは続く。


「私がこんなことをするのは新也だけよ?」


『お、おお!攻めるね!』

『流石の新ちゃんもこれには…』


そして、夕霧は新也の肩に頭をくっつける。あざとすぎる夕霧のアピールに、


「深夜だけに?」


「…」


『…』


「痛い痛い!ごめんって、まだ深夜じゃなくて、夜だよね!」


「…」


「無言やめて!」


脇腹をどすとすと殴られる。鬼族は人間に比べて筋力が何倍もあるので、普通にめっちゃ痛い。可笑しいなぁ。


『それはあかんよ…』

『色々終わってるやろ…』

『こんなの好きになるやつおるわけないやろ…』

『可哀そうやわ…』


銀髪美女:『夕霧ざまぁ!それにしても深夜と新也をかけるなんてワイのお兄はインテリジェンスの塊やわ。前世はガリレオか?』


『ダメや、この義兄妹…』

『逆にお似合いじゃね?』

『確かに…』


配信上で株が下がっていることに気が付かない残念義兄妹。


その後、新也は夕霧の美味しいご飯と猛烈なアプローチを華麗に躱し続け、のんべえを出ることにした。


━━━


━━



夕食を終え、風呂にも入った。


「はぁ、いい湯だったぁ」


『いい湯だったぁじゃねぇよ!義妹ちゃん息してるか!?』

『まさかの外にあるドラム缶風呂か…火起こしまで自分でやるとか、本当に田舎なんだな』

『新ちゃん、ええ身体しとるのぉ』

『昔はセンシティブ設定があったらしいから全裸は見えなかったらしいで?』

『それな。ダンジョンが現れてからはモンスターを殺すグロ映像を見れるようにするために、センシティブ判定がなくなったらしいで』

『ほえ~、勉強になるなぁ。で、義妹ちゃんは生きてるか?』


銀髪美女:『なんとかな…我が義兄ながら、なんてエッッな動画を晒しとるねん。ブラコン度を下げてなかったら人生が終わってたわ』


『ブラコン度って下げられるの?(笑)』


銀髪美女:『当たり前やろ?むしろ耐えきれさえすれば、寿命が伸びる回復薬でもあるんやで?象さんを生でぶち込んでもらうまでは死ねんわな』


『元気そうで何よりだよ』

『病気、良くなるといいね?』


そういえばドローンは俺が風呂に入っている間も付いてきた。俺の周りをぐるぐると回っていたので、少しだけ怖かった。


「誰かに見られているわけでもないし、気にする必要はないか」


機械に意志なんてあるわけないからな。


『すいませんガン見してました』

『マジで義妹ちゃんは後でお兄さんに怒られるべき』


銀髪美女:『おいおい、興奮することを言うなよ。濡れるぞ?』


『ダメだこりゃぁ…』


さて、俺はもう寝るだけだ。ドローンは…あっ、勝手にコンセントのところに行ってる。マジで沙雪の言う通りだった。そしてピーっと音が鳴ると、赤く光る。


さっきまでぐるぐると動き回っていたドローンが少しも動く気配がない。


「お、おお!機械も寝るんだな。まぁずっと動きまわってたらそりゃあ疲れるわな」


機械も人間と同じく疲れたら寝るということが分かって、よりドローンに愛着が湧いた。これでお金を生み出してくれるんだから、感謝しかない。


「それじゃあ、俺も寝るか。おやすみ~」


明かりを消して、布団にくるまった。


『音声は流れてるけど、画面が真っ暗やな』

『まぁ寝ている間の新ちゃんなんて見ても仕方ないしな』

『俺も寝るわ』

『おやすみ』


銀髪美女:『ワイは兄さんの寝息でASMRを作らなきゃだから起きてるわ。じゃあな愚民共』


『変態もほどほどにね?』

『身体を大事にしろよ』


━━━


━━



深夜、誰も彼も変態沙雪すらも寝静まった夜、


ウィーン


人知れず起動するドローンがあった。ドローンは新也…ではなく、家を出て外へと飛んで行った。


『ん?何か始まった?』

『なんやろ。新ちゃんを映してる感じじゃないな』

『いや、さっき見たわこの道。のんべえじゃない?』


すると、ほどなくして、ドローンの映像にはのんべえが映った。


━━━


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