第4話 ドローンside
ドローンは
『ほえ…何か悪いことしてる気分になるな』
『それな。義妹ちゃんが何か設定したんじゃない?』
『それもありそう。盗撮が趣味やからな』
『でも、あのブラコンが新ちゃん以外を映そうと思うかな?』
『う~ん分からん』
時刻は十二時を回った。新也の寝ている姿など見ている意味はないと、配信から離れる者が大半だったが、たまたま残っていた数人はドローンの奇妙な動きを見ることになる。のんべえに侵入すると、グラスが入った戸棚と天井の間に挟まった。
丁度、のんべえのカウンター、先ほど新也が食事をしていた席と全体像を見える位置に陣取った。すると、
「いい加減にしろ!もう、父さんは限界だ!」
テーブルに手を打ち付けるノブがいた。視線の先には
『なんやなんや?』
『さっきまで寡黙だったノブさんが激昂したのでビビったわ』
『娘と父親の喧嘩や』
『というかノブさんもちゃんと鬼なんだな』
夕霧は皿を拭くのに集中しているのかノブが激昂しようと意に介していない。ノブさんの顔は厳めしい職人と同じだった。ただ、鬼族なので、夕霧と同じく額に角が生えている。
「夕霧!もう何時間、奴の食器を拭いているんだ!こっちを見なさい!」
『ん?何時間?』
ノブの声を聞いた夕霧はピタッと腕を止める。すると、うんざりしたような面倒くさそうな表情でノブを見た。
「何よ、今いいところなのに…」
「いいところって、奴の皿をどれだけ洗えば気が済むんだよ…」
「愚問ね。新也のエキスが0.00000001%でも残っているのなら妻としてそれを愛すべきじゃないのかしら?」
「ああ、俺の可愛い娘がどうしてこんな変態に…」
ノブは頭を抱えて、テーブルに向かって何度目か分からないため息を吐く。夕霧は再び新也の食器をふきふきしているが、その頬は紅潮していた。
『なんだろう…夕霧さんから義妹ちゃんと似た匂いを感じるんだが…』
『奇遇だな。俺もだよ』
すると、ノブは怒りのあまり拳をミシミシと音がなるぐらいに握った。そして、それを呪う対象にありったけの呪詛を送る。
「それもこれもあのクソ人間のせいだ!俺の夕霧を…「ああ?」ひっ!?」
ノブさんの頬を包丁が掠めて壁にぶっ刺さる。そして、投擲してきた対象を見ると、ゴミを見る目で自分を見てきている夕霧がいた。
「何度言えば分かるのかしら?私は新也と結婚するって決めてるの」
「っ、それは無理だって言っているだろ!?相手は人間だ!俺たち鬼族と人ではそもそも身体の構造が違うから婚姻を結ぶことはできない!頼むから考え直してくれ!」
『やっぱり無理なのか』
『そりゃあそうやろ。人間とチンパンジーじゃ子供ができないのと同じやで?』
『わっっかりやっす!』
夕霧は新也の食器から手を離すと、物わかりの悪い子供に諭すように言った。
「はぁ…分かりきったことを聞かないで頂戴。そのために何年もかけて準備してきたでしょう?」
「ぐっ、そうだが…!」
『ん?どういうこと?』
『新ちゃんと結婚するために、夕霧さんが何かしたんじゃないの?』
『何それ、めっちゃ気になる』
夕霧はカウンターに一升瓶をどんと置く。銘は『赤龍の涙』とある。
「私たち一族に伝わる銘酒、『赤龍の涙』。これを新也が飲み干せれば、結婚していいと言ったのは父さんじゃない?」
「そ、それは『赤龍の涙』を呑めば、あの人間が死んでお前が目を覚ますと思ったからだ!アルコール度数1000度で毒や催眠、麻痺、即死効果が付与された最恐の酒だ。伝説の赤龍ですら飲めば、涙を流してしまう我が一族秘伝の酒だぞ!?」
『うへ!?まさかの暗殺!?』
『ノブさんやべぇ奴じゃん!これなんとか新ちゃんに伝えておかないと色々ヤバくない!?』
『いや、待て。じゃあ何で新ちゃんは生き延びてるん?」
『あり?』
「それなのに…!それなのになんであの人間は毎日毎晩『赤龍の涙』を呑んでピンピンしてるんだ…!二日酔いすら起こさないものなど同族でも聞いたことがないぞ…!」
「私たちの想像すら超えてくるのが新也なのよ。まぁ『赤龍の涙』にそんな成分が入っているなんて知らせないで、新也に飲まさせた父さんを殺そうと思ったことは何度もあったけれど…」
「ヒッ!?」
娘からの絶対零度の視線を受けて、ノブは冷や汗がドバっと溢れた。
「結果オーライだわ。鬼族が人族と交わると身体の方が持たず死んでしまうけど、新也は『赤龍の涙』を呑み続けることによって、私たちに並ぶほどの肉体を手に入れてくれた。おかげで両想いの私たちが交わって死に別れるなんてことはなくなったもの。ふふ、そろそろ食べごろかしらね」
舌なめずりをして、
「う、うう、どうしてだ、どこで子育てを間違えた…!あんなに清楚で良い子だった俺の夕霧が男の前で肌を露出させ、あまつさえ、父親である俺の前で男を口説いている始末…!俺は、いや、世の父親はこんな試練を受け入れているのか…?」
「大丈夫よ、父さん。子づくりは父さんの目の前でしてあげるわ。ほら、親孝行でしょ?」
「もう誰か助けて…」
『ノブさん、強く生きるんや』
『こればっかりは種族の垣根を越えて同情するわ』
『娘が結合する瞬間を目の前で見せられたら脳がぐちゃぐちゃになるわ(笑)!』
『それな。夕霧さん、鬼畜すぎるわ』
『新ちゃんは一回殴られた方がええな』
『分かる。種族関係なく裏山』
ノブの悲劇はそれだけじゃない。夕霧は既にのんべえを継げるだけの料理の腕前がある。というよりも夕霧は天才だった。十代前半で自分と並べるだけの実力があった。それゆえに力を入れて、厳しく夕霧を指導してきた。しかし、それこそがノブにとっての一生のやらかしだった。
「あの頃の俺をぶん殴りたい!そうすれば憎きあの野郎と出会わずに済んだのに…!」
「何を言ってるの?あの頃の指導があったから、私は新也に美味しいご飯を提供できるのよ?ありがとう、父さん」
娘に感謝されることができる父親がどれくらいいるだろうか。普通なら涙を流して喜ぶところなのだろう。しかし、
「あいつだけにしか飯を作らないじゃねぇか…」
夕霧は新也以外に飯を一向に作ろうとしない。例外はノブだ。それも新也に美味しいと言ってもらうために、実験台、じゃなくて、味見役として利用しているに過ぎない。毎度うまい飯を食わされて泣きたくなるのだ。
「…なぁそろそろ店でもメニューを出して客に出してくれ。そして、店長を継いでくれ」
あわよくば、新也から離れてくれと願いを込める。ノブとしてはそろそろ店を夕霧に継いでもらって、新也を殺せるだけの酒造に専念したいのだ。しかし、
「いやよ。新也以外にご飯を作りたいとは思わないし、そもそもこんなカビの生えた田舎にいたいとは思わないわ」
当の夕霧はのんべえを継ぐ気はない。新也と出会ってから、予定外のことばかりだった。
「…一応聞くがどこに行く気だ?」
「都会よ。東京っていうシティの港区ってところに住もうと思うの。そこで新也と漁をして暮らすわ」
『可愛すぎる勘違い(笑)』
『ドヤ顔で間違った知識をひけらかしてるのがいいね』
『天然の都会かぶれを久しぶりに見たわ』
『ある意味田舎者が来る場所ではあるわな』
『ってか鬼族だってバレるけどええのか?』
『もうバレてるし大騒ぎになるわ(笑)』
配信されていることを知らず、夕霧は続ける。
「ああ、父さん。明日からもしっかり『寡黙で食材と酒以外に興味のない頑固おやじ』でいて頂戴ね?私は『修行を頑張っているんだけど、父さんに認められず、奮闘し続ける健気な娘』を演じるから。もし余計なことをしてきたら…分かってるわよね?」
「…もう俺より何もかもが上じゃん…」
「分かってるわよね?」
「はい…」
修行中という名目で飯を出せば、新也に申しわけなさを抱かせることがない。合法的に新也の胃袋を掴むために考えた夕霧の策だった。
毎度毎度そんな茶番を見せられているノブは店の奥に引き籠りたいと思っているのだが、
「未来の息子の誕生の瞬間に立ち会わせてあげるわ」
という夕霧からの百パーセントの善意で一緒の空間に居ることを許されている(強制的に)。何が悲しくて憎き新也と大事な夕霧の情事をみさせられているのだろう…
『なんだろ。最後までノブさんが可哀そうで仕方ないんだが…』
『女って怖いわ』
『弱者ムーブで新ちゃんを騙してるのか…』
『ベクトルは違うけど、義妹ちゃんと同類やな』
恋する乙女は止まらないというがまさにそれだった。もう止まらない、そう思ったノブは夕霧に対して、
「そもそも、あの野郎を堕とせてないじゃねぇか(ボソ」
「…ピク」
何気なく漏らした本音。されど夕霧の耳にはしっかりと残ってしまった。
『アカンって!』
『それは言っちゃダメだよ!ソースは義妹ちゃん!』
『夕霧さん、めっちゃプルプルしとるやん!』
『ノブさん気づいて!?』
ドローンの高性能なマイクもしっかりとノブの本音を捕えていた。
「…わ」
「ん?どうかしたか?」
夕霧から異様な雰囲気を感じ取ったノブは振り返る。すると、
「…分かったわ。確かに私の覚悟が足りなかったようね」
「え、夕霧?何を言って…」
片付け(新也の食器のみ)を終えると、手を拭いて、エプロンをしまう。シンプルな行動の一つに一つに重みを感じさせた。
「私、家を出て行くわ」
「え?」
「そもそも新也は『赤龍の涙』に適応したんだもの。だとしたら、こんな家で燻ってる暇はないわ。ありがとう、父さん。私に足りなかったのは覚悟なのね」
「あ、あの、夕霧」
「そうと決まれば同棲の準備を始めないと、ふふ、楽しみだわ」
ルンルン気分で部屋に戻る夕霧を見て再びノブは後悔した。しかし、前回の失敗を踏むわけにはいかない。
「ち、ちがう!父さんが悪かった!だからそれだけは「五月蠅い」ゲフ!?」
縋りついてきたノブを回し蹴りで吹き飛ばす。悲しいことに力も夕霧の方が上だった。
カウンターにノブも夕霧もいなくなると、ドローンが起動した。まるで誰もいなくなることを待っていたようだった。排気口から再び外に出て、新也の家に向かっていた。
『や、やべぇど!義妹ちゃん大ピンチや!』
『まさかの押しかけ女房やぞ!?』
『どうすんねん!このままじゃなし崩し的に新ちゃんの童貞が…あ、どうでもいいな』
『というか羨ましすぎるやろ』
『ワイは女やから義妹ちゃんの反応を楽しみしてる』
『そうやな』
深夜だというのに、盗撮配信は大いに盛り上がった。
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