第十一話 斉藤君の話
さて、お昼休みである。
僕はなんか憮然とした表情のレビアタンを置いて、教室を出た。
今日は水曜日、パンを買う日と決めてある。
パン屋のおねえさんは昇降口でパンの箱を重ねて売りさばくのだった。
「吉田もパン?」
「そうだよ」
斎藤が追いついてきてそう言った。
斎藤としあきという、この男は、クラスでも有数のエロ星人で、頭の中にHな事しか詰まっていない。
そんな彼をクラスの男子は、エロ仙人と呼び、怖れ、敬い、尊敬の念を欠かさない。
「吉田はいいよなあ、強情はっていたら、ガルガちゃんとレビィちゃんにモテモテだよ」
「意外に辛いぞ」
「いいじゃんよう、太陽に比すべきほどの美少女二人が吉田の関心を惹こうと、大激突だ!! 男子の本懐という他はあるまいよっ!」
「そうかい? そういや、斎藤はレビィ派だよな」
「そうともっ!! たしかにハツラツとしたガルガちゃんも良い、だが、だが、なんとも言えぬお色気のレビィちゃんこそ、僕の理想、僕の栄光、僕の愛の到達点なんだっ!」
斎藤は拳を振るって力説した。
僕らは階段を、たかたかっと音を立て降りていく。
「やっぱ、レビィだと、おっぱい見せて貰えそうだから?」
「何を言ってるんだ、吉田っ! 君がそんな事を言う男だとは思ってもいなかったよ!」
おお、エロ仙人の癖に純情な。
僕はちょっと斎藤を見直した。
「おっぱいだけじゃないよ! おぱんつ、そして、おぱんつの中身の探究こそ、男子中学生たる我々の使命であり、目的なんだよっ!」
見直すのを撤回。やっぱ爽快なぐらい、斎藤はエロ仙人だよ。
「なにを軽蔑の眼差しでみているんだ、同志吉田っ! 君だって、おっぱい、おぱんつ、おぱんつの中身は気になっているだろうっ! 気取るのはよしたまえっ!!」
「いや、気になるけどさ、斎藤ほどじゃないと思うよ」
「なにをいう、すべからく、男子中学生は女子の……」
斎藤が言葉を切ったので、前を向くと、胡桃がパンの袋をぶらぶらさせて階段を上がってくる所だった。
「胡桃もパンか、混んでる?」
「うん、早く行かないと無くなるよ。あ、斎藤君、あなた何でレビィ派なの? 成績良いのに」
「あ、その……。僕はですね、あのー」
「みんな驚いてたよ」
みんなじゃない、女子だけだ。男子は斎藤の正体を知ってるからなあ。
「い、いやその、自由なですね、クラスの運営という物に、僕は、心をひかれまして、その」
赤面しながら斎藤はへどもど言っていた。
斎藤がエロ仙人なのに、汚らしい感じとか、げすっぽい感じが無く、男子全員に好かれているのは、奴が女子と話すと、交流が出来ないほど、赤面し上がるせいなのだ。
「レビィ派の子たちと話あわないでしょ、ガルガ派においでよ」
「い、いや、それはその、僕としては、えーとですね」
「人の自由じゃんよ、というか、胡桃はそうやって切り崩し工作してんのか?」
「そーよ、どっちかに決まれば、強情張ってる人がクラスで一人浮かなくてすむしね」
「そりゃどうも」
軽く礼を言ったが、実は胡桃がいつも気を回してくれるので、一年の頃から凄く助かっている。
でも、照れくさいので本格的な礼を言ったことはない。
「じゃ、斎藤君、考えておいてねー」
「は、はいー」
胡桃は、ぱたぱたと階段を上がって行ってしまった。
斎藤は胸を押さえ、息を整えていた。
「芳城さんは素敵だな。吉田もそう思うだろう」
「そうかもね」
「胸が少し大きくなっているようだ、巨乳番付を一段上げておかねば」
そういうと、斎藤は秘密メモに、なにやら書き足していた。
「やっぱり土下座かな」
「土下座?」
「土下座をして、おぱんつの中身を見せてくださいとお願いすれば、どうか!」
いや、どうかと言われても。
レビアタンだと見せてくれそうで怖いなあ。
「見るだけでいいのか?」
「ふおおおおっ! さすが、吉田だっ! たしかに見るだけでは、仕方が無いかも知れない、だが、それを考えるだけで僕の心は大嵐のように波うち、体がわななくよ」
といって、斎藤は前屈みになって歩いた。
うむ、科学では解明できない力によって、僕もちょっと前屈みだ。
前屈みで昇降口まで行くと、パン屋さんの前で生徒が群を成していた。
僕は一番後ろにならび、順番を待った。
「はいはい、押さないのー。はい、カツサンドとメロンパンと苺牛乳の子、五百五十円よ」
パン屋のお姉さんが元気よく生徒を捌いていく。
ほどなく僕の番が来たので、カツサンド、マヨコーンパン、牛乳を選んで差し出した。
「はい、五百五十円よ」
僕は五百円玉と五十円を出して、紙袋に入れたパンを受けとった。
斎藤もほどなく紙袋を手に列を離れてきた。
「斎藤は何買ったの?」
「メロンパン、チョコケーキパン、甘食だよ」
「甘いの好きだな、斎藤は」
「やはり基本は菓子パンだよ」
「彼女を作って、お弁当作ってもらえよ」
「いいねえっ!! 手作りお弁当っ!! それは人類の夢だねっ!!」
話を上手く持って行けば、天使と悪魔の手作りお弁当を食べれそうだが……。
何を喰わされるか解らないから、それはやめよう。二人とも料理とかしなさそうだし。
「僕の未来の彼女が、僕の為にお弁当を作ってくれるんだよ! それも、裸エプロンで!!」
裸エプロンはその場で見ないとつまらないと思うのですが。
「たまらないね、人類の叡智が全てそこにはあるよ!」
ふはーふはーと鼻息も荒いエロ仙人と共に、僕は教室にもどった。
「ありゃ?」
昼ご飯を食べるグループが昨日と違っていた。
レビアタン派とガルガリン派に別れて机を寄せていた。
「ぼ、僕と一緒に食べよう」
斎藤がそう申し出てくれた。
「斎藤こっちこいよ」
「じゃあ、吉田も一緒に」
「ヨブは駄目だ、レビィ派じゃないもん」
「いいよ、斎藤、行ってきな、派閥は大事だ」
「そ、そうかい?」
レビアタンが立ち上がった。
「じゃあ、私と一緒に食べようよ、吉田君」
「あ、ずるいぞ、ボクと……」
「男子と一緒に食べるなんて嫌だわ」
ガルガリン派の女子がポツリとつぶやいた。
「男子と女子は一緒に食べないルールなんだ、わるいな、レビィ、ガルガ」
「そ、そうなのぅ?」
「変なルールだなあ」
とりあえす、一人で食べよう。
僕は強情を張るたちなので、時々こういう事がある。
まあ、別に良いって事だ。慣れてるしね。
胡桃がこっちの方をみて、馬鹿ねと言うように肩をすくめた。
もそもそとパンを食べ、牛乳を飲んだ。
一人で昼食を食べるのはひさしぶりだな。
クラスを見まわすと、ガルガリンとレビアタンを中心にグループが別れている感じでだった。
ガルガリンが快活に笑いサンドイッチをぱくつき、レビアタンが微笑みながら、お重のお弁当を食べていた。
そのうち、天使と悪魔の二人も大事な友だちが出来て、僕への興味なんか無くなるだろう。
世の中というのはそういうものなのだ。
「ごちそうさまっ! ご飯終わりっ!」
と言ってガルガリンが立ち上がった。
「ああ、ガルガ様、お昼休みは図書室で、ありがたいお話をもうすこし聞かせてくださいませんか?」
讃岐広美が十字を切ってそういった。讃岐の家はクリスチャンだったのかな?
「やだ、ボクはよしだをエリコの街のように陥落させねばならないんだ」
無理に陥落させなくてもさあ。
「ヨブは宇宙一強情ですよ、それよりも、私たち、神を愛する羊たちをお導きください」
「うーと、あれだ、迷える子羊が一頭出たときには、九十九匹を放置して、御子は探しに行くんだ」
「神の寛容と慈悲に心うたれます、では、せめて、放課後にガルガリンさまを讃える子羊たちの為に、お時間を割いてはいただけませんか」
「わかったよ、みんな教会にあそびにおいで」
ガルガファンのお嬢さんがたから喜びの嬌声が上がった。
「ごちそうさまですー」
レビアタンが御重箱を風呂敷に包んで仕舞った。
「レビィちゃん、うちの派閥もガルガ派に負けずに放課後、総決起集会を開こうぜ」
石川が快活に提案した。
「ファミレスで、愉快に過ごそうよ」
そうじゃそうじゃとレビィ派の面々が声を上げた。
「うーん、そうねえ、楽しいかも~。いいようっ!」
レビィファンの皆さんがぎゃーぎゃー喜んだ。
ガルガリンが、歩いてきて僕の前に座った。
「よ、迷える子羊」
「食事中だ、あっちいけ」
「ほんっとに、よしだはありがたみをしらないよなあ。早く神の御心に触れ、回心し、随喜の涙を流すんだ」
「ながさん」
レビアタンがやって来て、自分の椅子を動かして、僕の横に座った。
「やっぱ悪魔よね、たのしいよう。おっぱいとか見ほうだいだよ」
そんな特典は、心ひかれるけど、やだなあ。
「もー、うるさいよ。君たちは自派閥の掌握をまず第一に考えなさい」
なんだか、ガルガ派からも、レビィ派からも、憎しみと羨望の視線がばりばり来ていて、かなわん。
僕は牛乳を飲み干して、ごちそうさまである。
僕が立ち上がるとガルガリンもレビアタンも立ち上がった。
「どこいくんだ? 校庭?」
「中庭でお散歩~?」
「ご不浄。ついてくんな」
「「むーー」」
僕はトイレに向かって歩んだ。
迷える一匹の子羊には迷う訳がある。
勝手に連れ戻して欲しくないし、構っても欲しくない。
九十九匹の事を考えろでございますよ。アーメン。
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