第十話 天使と悪魔のお小遣い大戦

 まだ、ぶつぶつ言っているガルガリンと一緒に歩き出した。

 迂回する必要がなくなったので、学校前の急坂を上り始める。

 なぜ、この坂は、こんなに急勾配なのだろうか。

 きっと外敵が攻めてきた時の防衛のため、丘の天辺に位置してるのだな。とか妄想が浮かんでくる。

 この坂のおかげで浜崎第四中学校の生徒はみんな健脚なのだ。


「おさきにー」


 芳城胡桃が自転車で坂をぐいぐいと上っていった。


「うわ、脚力あるなあ」

「動力補助自転車だよ」

「あ、そうか、人間界は便利な物が多いよね」


 普通の自転車の子は、みんな坂を押して上っている。

 そして、人の流れに逆らい、坂を駆け下ってくる女子がいた。


「うわぁぁぁあぁぁっ!」


 レビアタンであった。

 僕はガルガリンの肩を押して、位置を入れ替わった。


「ふえ?」

「いやああっ! だめーっ! 吉田くん、受け止めてー」


 僕は受け止めない。


 なんだか鈍い音が朝の爽やかな通学路に鳴り響いて、ガルガリンとレビアタンが激突したショックで一体となり、坂をごろごろと下って行った。

 滑落方向で歩いていた、柔道部っぽい体の大きい生徒が、慌てて二人を受け止めてとめた。

 二人はびょんと跳ね上がり、体の大きい生徒さんにお礼も言わずにこちらへ駆け出して来た。

 かわりに僕が体の大きい生徒さんに、すんません、と頭を下げておいた。


「吉田くんっ!!」

「よしだ~っ!」

「女の子が坂道を駆け下りてきたら、受け止めて一緒に転んでキスするのがお約束でしょっ!」

「下まで一緒に転がったら、人格が入れ替わってしまう恐れがあるからなあ」

「天使を落下防止クッションに使う奴があるかっ!」

「人間より天使の方が頑丈そうだからだ」


 体の大きい生徒さんが、横を笑いながら通り過ぎたので、僕は天使と悪魔の頭を掴んで一礼させた。


「ありがとうございます」

「ありがとうです~」

「あ、ありがとう」

「いや、気にしないでくれたまえよ」


 体のでかい生徒さんは、ははは、と笑って行ってしまった。


「それよりもずるいよっ! なんで吉田くんは、ガルガちゃんと一緒に登校してるのっ!」


 レビアタンは腕をふり猛然と怒った。


「よしだはボクの事が好きなんだよ」


 けけけ、とガルガリンは笑った。


「この泥棒猫っ!」

「レビィは車で登校したんじゃないのか?」

「学校についたら、吉田君と一緒に登校すれば良かったって気がついてー、校門を出たら、吉田くんとガルガちゃんがイチャイチャしてるのが見えて、思わず駆け出しちゃったの。そしたら加速して停まらなくてー、怖かった。わ、私は悪くないの、悪いのは一緒に登校しようって、誘いにこない吉田君よっ!」


 そう言ってレビアタンは僕に人差し指を突きつけて糾弾した。


「理不尽な事をいうなよ」

「恋する少女は理不尽なのよ」


 あほくさいので、僕は坂上りを再開した。


「まってよう」

「よしだはドライで、クールだなあ」


 三人で坂を上がる。

 せっかく車で坂の上まで上がったのに、駆け降りてくるとは、レビアタンは馬鹿だなあと思ったりした。


「疲れちゃいました、ちょっと茶店で休憩いたしましょう」


 レビアタンがヤマザキデイリーストアを指さした。あれはだんじて茶店ではない。

 ガルガリンが、足を止め、ジュースの自動販売機を見た。


「駄目!」


 と、言って、彼女は、また歩き出した。


「ええ、なんでよう」

「今度の日曜日に、よしだとデートする為に、お金が使えないんだ」


 おお、明日の為に、今日を我慢するのかっ! さすがは天使だ、偉いな。


「ぷぷっ、デート代も無いの?」

「よしだが、中学生と同じ条件で生活しないと、気持ちがわからないと言うんだ」

「ほえ」

「だから、お小遣いも中学生的になった。ボクは今、修道士よりも清貧な気持ちだよ」

「……、中学生らしいお小遣いって幾らぐらいなの?」

「五千円が相場らしいよ」

「ええーっ!! 嘘でしょ、それじゃお洋服も買えないわよっ!」

「レビィは月に幾ら貰ってるんだ?」

「四十六万円だよう」


 どこの会社の重役だ、お前は。

 それよりも、その莫大な金はいったいどこから湧きだしているんだ。


「貰いすぎだっ!」

「えー、足りないぐらいだよ」

「ボクは、よしだのアドバイスに従い、この地の中学生の気持ちを実感すべく、清貧に甘んじ、苦行に満ちた生活を送るつもりだよ」


 ガルガリンは誇らしげにそう宣言した。


「えらいえらい」


 僕はガルガリンの頭を撫でてやった。

 ガルガリンは、えへへと笑って、頬を赤らめた。

 レビアタンは奥歯を噛みしめ、肩をぶるぶる震わせていた。


「わ、私もっ!!」


 僕はニヤニヤしながら、レビアタンを見た。

 苦い物を飲み込むような表情で彼女は唸っていた。


「うーうー、私も中学生らしく、その……、二十三万で我慢するようっ!」


 さすがに一気に五千円まで落とすのは抵抗があるようだ。


「ねえねえ、お金の掛からないデートってどんなの?」

「それを考えるのが女子中学生の醍醐味なんだ」

「うーうー」


 レビアタンは両手をぶんぶんと振っていた。


「安いデートだったら、よしだも一緒にいってくれるかなあ?」

「ああ、お金の掛からないデートならいいよ」


 本当は良くないが、まあ、レビアタンをはめる為だ。

 どっちにしろ、二人の財政が縮小すれば、デートのお誘いも、ほとんど来なくなるだろうから、問題は無い。

 ガルガリンもレビアタンも、お金が無いという本当の意味がわかってない。


「もーっ!! わ、私も、月五千円の極貧生活をするようっ!!」


 レビアタンの目に悔し涙が浮かんでいた。

 しめしめ。


「そうか、えらいな、レビィ」


 僕はレビアタンの頭を撫でてやった。

 ガルガリンがニヤっと笑って、親指を上げた。


「だから、私ともデートしてくれる?」

「ああ、いいとも」


 レビアタンの顔が花のようにほころんだ。


「一人ずつでだよ」

「えー、三人一緒でいいだろ」

「だめだよう、三人で遊びに行くのはデートじゃないよう」


 まあ、それくらいは譲歩しましょうか。


 教室に入ったら、天使と悪魔の二人は芳城胡桃を取り囲んで質問攻めにした。


「安いデートコースを教えて!」

「教えて教えて」

「え、え、なに?」

「勝負が掛かってるんだよう、予算は五千円でー」


 五千円使い切ったら、お前は今月どうやって暮らすのだ。


「胡桃は、いつもどこへ男の子とデートに行くんだ」

「い、行ったことないわよ」


 胡桃は狼狽していた。

 鋼鉄委員長が動揺する姿は初めて見たな。


「胡桃ちゃん、もっと青春を謳歌しないと駄目だよ」


 でっかいお世話だろう。


「ちょ、ちょっと、話を整理して、よくわからないよ」

「よしだとデートしたいんだけど、お小遣いが月五千円になっちゃったので、レストランとか、ホテルのプールとか、お金の掛かるデートができなくなったんだ」

「吉田くんによると、中学生らしいお金の掛からないデートがあるらしいんだけど、胡桃ちゃんは知らないかなって思ってー」

「ああ、なるほど、悪知恵はたらくなあ」


 胡桃が笑いを含んだ目で、こっちを見た。

 僕が親指を突き出すと、胡桃は薄笑いを浮かべて、そっぽを向いた。


「胡桃は月に幾らで暮らしてるんだ?」

「私のお小遣いは二千円だよ」

「「ええーっ!!」」


 天使と悪魔は雷に打たれたような表情を浮かべて、大驚愕した。


「映画みたら終わりじゃないかっ!」

「おぱんつ一枚で終わりだようっ!」


 レビアタンは、二千円もするおぱんつを履いているのか。


「欲しい物はそこから貯蓄して買うのか! 日本の中学生というのはどこまで凄い計画経済なんだ!」

「おぱんつ買えないでどうするの? ときどきノーパン?」


 おぱんつから離れろ、悪魔め。


「着る物は別枠で買って貰えるのよ。参考書とか、文房具とか学業に必要なものもね」

「そうだったのかー! やったー、純金のシャーペンを買おう!」

「シャネルのおぱんつが買える~!」


 無駄遣いすんなよ、お前ら。


「パソコンとか、電動補助自転車とか、高い物は?」

「クリスマスか、お誕生日に買って貰えるわよ」

「誕生日……」

「私は、世界が出来てから五日目に生まれたから、毎週金曜日がお誕生日ね!」

「一月五日だろう」

「じゃあ、ボクのお誕生日は一月一日かな?」

「あら……」


 胡桃が気の毒そうに眉をひそめた。


「な、なに? この誕生日まずいの?」

「な、なんで、そんなに気の毒そうな顔なのよう?」

「十二月生まれと一月生まれは大損なんだ」

「「どうしてっ!?」」


 一斉に二人が僕を見た。


「十二月はクリスマスと、お誕生日が合体で、大物の機会が一回減るの。一月はお正月でね、お年玉があるので、それで好きな物買いなさいって事に……」

「「お年玉ってなにっ!!」」


 一斉に二人が胡桃を見た。


「一年に一度、子供に大金を上げる行事だ」

「なんだとー、だから中学生の一ヶ月の賃金はこんなに低いのかっ!」


 お小遣いは賃金ではないぞ。


「まとめて大金が貰える日があるんだー」

「日本人とはすごい民族だなあ。子供に貧乏をさせて、お金を計画的に運用させることを学ばさせるのだね」

「えらいねえ~」


 天使と悪魔は感極まったように黙り込んだ。


「あ、で、お安いデートなんだけどぅ」

「図書館とか、公園とかね。駅でぶらぶらすると結構お金かかるわよ」

「と、図書館? 一緒に本読むの?」

「私、本とか読みたくない~」

「図書館で一緒に勉強したり」

「勉強はデートじゃないよっ!」

「好きな人と一緒にいれば、どこでも楽しい。……らしいわよ」

「公園行ってどうするの?」

「散歩したり、ベンチでお話ししたり、白鳥に麩を投げつけたり」

「面白くなさそうだよ」

「予算的にお食事は無理よねえ?」

「ハンバーガーでも結構痛いよ、500円だと1/10もって行かれる」

「お金無いんだから、家に帰って食べればいいのよ」


「じゃあ、セックスはしないの?」


 レビアタンがそう言うと、教室が水を打ったようにシーンとなった。

 いぶかしげな感じでガルガリンが辺りを見まわした。


「……」


 胡桃が頬を赤らめ、口をつぐんで余所を見ていた。


「……」


 僕は外をみた、ああ良い天気だなあ。


「あ、あれー?」


 レビアタンがキョロキョロしていた。


「あ、先生来た」


 僕たちは席につき、今日の授業が始まった。

 レビアタンは口をへの字に曲げ、納得がいかないような泣きそうな顔をしていた。


「きょ、教科書見せて」


 がたぴしとレビアタンは机を動かした。


「まだ来てないのか?」

「うん、明日来るって言ってたよ」


 ふうと溜息をつくと、レビアタンは僕を見つめた。


「この国って禁欲の国?」


 と小声で聞いてきた。


「おどろくなよ、中学生の性行為は条例で禁止されてるんだ」

「ふええええっ!?」


 やかましいっ!

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