第三話 ヨブって何だよ

 どっちと言われてはっきり決められれば良いのだが、悪いことを考えただけで稲妻が落ちてくるようなクラスも、好き放題な事をして出鱈目になるクラスも、どっちも嫌だった。


「どっちも嫌だ、棄権!」

「人生に棄権なんてないよっ!」

「大丈夫よ、吉田君、私にまかせておいて、痛くしないから~」

「どっちも絶対に嫌だっ!」

「強情なやつめ、神はお怒りだよ」

「もー、はっきりしてくれない人、私きらい~」

「まるで、ヨブみたいだよ」

「ああ、ヨブさんみたいねえ~」

「あ、そうか……」


 ガルガリンが手をパーンと叩いた。


「解った!! 吉田はヨブなんだっ!!」

「あー、そうなんだー、なるほどー」

「ヨブってなんだよ……」

「吉田の下の名前は?」

「文平」

「ヨしだ ブんぺい……。やっぱりヨブだっ!! 神は無駄な事をなされないっ!」

「わああ、すごいよう、かみさま」


 なんだその、空条 承太郎や東方 仗助をジョジョと呼ぶような無理矢理なこじつけはっ!


「ちょっと待て、偶然だよ偶然っ! 大体、文平ってのは、お父さんが三国武将からつけた名前なんだよ」

「吉田の親父、文聘が好きなのか、渋い」

「文聘といえば、無双とかには無縁だけど、シミュレーション系だとなにげに使えるいぶし銀のような武将だよ」

「吉田の親父、イカスぜ」


 お父さんの三国武将の趣味の人気に、僕はすこし嫉妬した。


「だまれー、ボク座天使ガルガリンが認定する、吉田はヨブ! これで決まりだ!!」

「だから、ヨブってなんだよ」

「じゃあ、ガルガちゃんと、私で、賭けをすれば良いのね」

「うんうん、昔、神とサタンがやった賭けをここで再現しなさいって、いう事なんだよ!」

「ヨブってなんだーーっ!!」


 ふと、芳城胡桃の方をみると、口パクで『駄目、逃げて』と言っていて、胸元に小さく指でバッテンを作っていた。

 あの、物に動じない、鋼鉄委員長がヤバイというのだから、ヨブというのは誠にヤバイようだ。


「ヨブを知らないの? 不勉強だなあ、聖書は読んでるでしょ」

「読んだことないよ」

「「ええーーーっ!!」」


 天使と悪魔が声を揃えて驚愕した。


「聖書を読んだことがない人間がいるだなんて」

「嘘よねえ~」

「よまないよ普通」

「……、せ、聖書を読んだことがある人手を上げてっ!」


 ガルガリンの呼びかけに、メガネグループを中心に五、六人が手を上げた。


「嘘でしょっ!! こんだけっ!! なんて野蛮な国なんだ、ここはっ!!}

「神様が人間をお作りになされた恩も忘れるだなんてっ!! あ、でも、不信心者は悪魔の味方よ。やった~。この国もーらいっ」

「レビィはは神様の味方なのか、敵なのかどっちだ」

「私も、神様に作られたんだよ、聖書でたくさん誉めてくれてるよう、凄い強いとか、おっきいとか」

「悪魔なのに?」

「うんっ! 神様に愛されてる悪魔なの」


 それはまた変な存在だな。


「悪魔は天使から転職した人多いからなあ。神様好きな悪魔さんたちも多いよ」

「悪魔は職業かよっ!」

「魔界は派閥が多いんだよー。ルシファーさんの天使派閥に、バールさんのメソポタミア派閥とか」

「レビアタンは創世の怪物派閥だよ~」

「魔界のお家事情に興味はないよ」


 それよりも、ヨブだ!


「ヨブってなんだよ」

「昔、すごく偉いヨブって旦那がいたんだ、神様を固く信仰していて、大金持ちで、いっぱい子供がいて、善人で幸せだったんだよ」

「でねー、サタン様がつっこんだの。ヨブは善人だからみんなに好かれて凄く幸運でお金持ちだったから、神様を信仰してるんじゃないんですかって。不幸になったら神様呪っちゃたりするでしょうよって」


 そりゃそうだよなあ。幸せだから、神様ありがとうって信仰するんだよなあ。


「でね、神様は賭けをしたんだよ。サタンにヨブを不幸のどん底に落としてみろって、ヨブはそれでも信仰し続けるって、神様は自信があったんだよ」


 え、ちょっとまって……。

 なんだか背中に凄く嫌な汗が出てきた。


「サタン様はヨブの妻と子供を一夜にして殺したんです。で、ヨブの全財産を一夜にしてとりあげちゃいました」


 ちょっとまてー、なんですか、その不条理ギャグは。


「それでもね、ヨブは信仰を失わなかったんだよ。『おいらは裸で生まれてきたから、裸で帰っていくよ。与えたり奪ったりするのは神様の仕事だからね』ってね」

「というわけで、サタン様は掛けに負けて悔しいので、まあ、皮膚病をヨブさんの全身に掛けたりして八つ当たりしました」

「さ、さらに皮膚病ですかっ!」

「んで、仲の良い友人が『あんた、神様に悪いことしたからむくいを受けたんだよ、悔い改めなさい』って言われたんだよ。でもヨブはそんな目に合ういわれが無いから『やったことが無い事を言われて、悔い改められるかい』とか言ってへそを曲げたんだね」

「ここらへんで、サタン様の攻撃がやっと効いてきたの。やっぱ、事件よりも人に誤解される方がきつかったみたいねー。お金が無くなるとか、子供達が死んじゃうとかは乗り越えられても、皮膚病と人の無理解で、ヨブさんは切れちゃったの」

「ヨブは、神様を呪い、生まれたことを呪い、親しい友人に毒はいたりして、悪魔に屈服したんだなあ」


 そりゃそうだよなあ。

 酷いよ神様。


「ついにヨブさんは、神様を呪いだして、サタン様はしめしめです。でー、酷いんだよ、そのあと神様が直接降臨して、ヨブに説教しちゃったの。ルール違反だと思わない?」


 は?


「いいんだよ、神様のやることは絶対なんだ。ヨブは願ったんだ、『神様、おいらの言葉を聞いてくれ、聞いたら、たぶん怒って、おいらを殺すかもしれない、でも、聞いてくれ』ってね。で、神様は嵐の中から現れて『おまえは俺様に作られた物なんだから、うだうだ言うな』とか言ったんだな」

「世界の事とか、レビアタンの事とか言って、神様はでっかいんだ、だから人間は小さいんだと、説教したら、ヨブさん納得して、悔い改めちゃったの。サタン様は直接説教は狡いよって、がっくりしてたよ」

「その後、ヨブは財産が二倍になり、また子供も生まれ、ひ孫の代まで長生きして、幸福に暮らしました。めでたしめでたし」

「めでたしめでたし」


 なにがめでたいのだ、その不条理ギャグは……。

 神様が横車を押して、善人を酷い目に合わせただけじゃん!


「で、このクラスのヨブは、よしだだっ!!」


 ピシリとガルガリンが車輪の上から僕を指さした。


「じゃあー、ルールは……。えーと吉田くんが私の起こす不幸にあって、神への信仰を失ったら、悪魔の勝ちね」

「うん、さすがに、神様の直接介入は無しで、不幸に負けず、神様を信じられたら、天使の勝ちだ」

「ふ、ふざけるなー」

「大丈夫だ、よしだ、神への信仰さえあれば大丈夫!! 神の栄光は世の隅々まで満たされているんだ」

「吉田くんの銀行口座を閉鎖して、あと、お母さんお父さんを殺しちゃいましょう。あと、皮膚病ね~」


 な、なんで、レビアタンは悪魔的な行為がそんなに嬉しそうなんだ。悪魔だからかっ!


「や、やめてー、だ、だめだそんなの……」

「よしだ、これは神の試練なんだ。ボクがついてるから、安心して」


 ガルガリンが居てもちっとも、安心できないよ。

 な、なんとかして、このイカレタ賭けをやめさせないと。お母さんとお父さんと、僕のお年玉四年分の貯金が。


「あ」


 思いついた。

 抜け道があった。


「この賭けは成立しない」

「な、なんでだよ」

「えー、駄目なの?」

「僕は神様を信じてないから」

「いやったー、悪魔の不戦勝ー!!」

「だ、だめだよ、そんなのっ! 神の御子たる人間が、神を愛してないなんて信じられない、賭けの種になりたくないからって、嘘つくなようっ!!」


 賭けの種なんかなりたくないが、でも、そうではない。


「僕が信じてるのは、阿弥陀如来だっ!!!」


「「なにーっ!!!」」

「アミダニョライって誰??」

「異教徒? 異教徒?」

「浄土真宗のっ!! 仏さまだっ!!!」

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