第二話 学校にアホの子二人がくる

 小学校の頃から強情者で、色々と損をしてきた。


 僕という人間は、喧嘩も弱くて、成績も良くないのだが、なんというか、心の底にもやもやっとした物があると、言わなくては我慢が出来ない。もやもやを口にだすと、だんだんとエキサイトしてきて、ついには切れる、キレながらつっこむのが悪い癖で、よく女子を泣かせたりしたものだった。


 レビアタンとガルガリンが僕のクラスに編入されたときは、異次元生物とは関わるまいと固く思い、また、お母さんとお父さんにも、絶対にかかわっては駄目と言われていた。だが、運命の悪戯か、レビアタンが僕の席の隣りに決まってしまった。

 おずおずと挨拶をする魔物少女にぶっきらぼうな返事を返しつつ、そのすべすべな頬や、くりっとした目を見て、うわあとか感動していたのだった。悪魔の娘の、美しさ、可愛さ、可憐さに僕の心は動揺していたのだが、元より級友以上の付き合いなどするつもりは微塵もなかった。


 無かったのだが、なにしろ隣の席である。


「よ、吉田君、教科書みせてくれる?」


 と、僕の返事を聞く前に、レビアタンはガタガタと机を動かし、僕の席と合体させながら言った。


「え、ああ、いいけど」


 向こう側の斎藤の方に行けよと思ったのだが、斎藤は斎藤で向こうのガルガリンに机を引っぱられ、ウムを言わさず教科書を提供させられていた。

 レビアタンの近くに寄ると、新品のセーラー服で包んだその体から、ふわりと若布の匂いがした。


「朝食は若布のみそ汁?」

「え? ち、ちがうよ。私、海竜だから、潮の匂いかな……?」


 確かによく嗅ぐと、ふわりと香ってくるのは、若布の匂いというよりは、磯の匂いだった。

 磯の匂いは、焼けた砂浜とラムネの味、水平線から打ち寄せる白い波の記憶を引き出してきた。

 レビアタンの瞳は黒かと思ったら、深海のような深い蒼で、見つめていると吸い込まれそうな色だった。

 思わずじっと見つめていると、レビアタンの頬が赤くなり、うるうるっと瞳が潤んだ。彼女はふんわりと眼を閉じ、首をかしげた。思わず僕はレビアタンの華奢な肩を抱きしめようとして、抱きしめようとして、大全力のブレーキを掛けて止めた。


 止めたともっ!


 レビアタンはぱちくりと眼を開き、ちょっと口を尖らせて


「キスしないの?」


 と、たわけた事を聞いてきた。


「しないっ」

「キスしたくないの?」

「し、したい……。だ、だが断るっ!」

「ど、どうして?」

「僕は、僕は、一塊の紳士だからだっ!」


 レビアタンはぷっと吹き出し、口を手で押さえて、くつくつと笑った。


「吉田くんて面白い~」


 うるせえやい。


「そこ、うるさいですよ」


 小森屋先生に怒られたのである。

 これが、僕とレビアタンの初接触であったのだ。



 さて、その日の昼休みであった。

 僕が仲の良い、斎藤とか神凪とかと一緒にもそもそと弁当を食べていたら、ガルガリンがつかつかと黒板の方へ歩いていった。

 なにすんのかなと思っていると、ガルガリンは教卓に取り付いて


「この、二年B組は天使が番を張るよっ!」


 と宣言した。

 このクラスの番長は誰だったかなあと、一瞬困惑したが、とりあえずそんな前近代的な役職は決めていなかったのに思いいたった。

 クラスで一番不良っぽいのは石川だが、番長というほどではない。


「なんだよ、天使の癖に番長になるのか?」


 その石川が焼きそばパンを囓りながらつぶやいた。


「文句あるなら、神の御名において粉砕するっ!!」


 ギャーンととてつもない音を立てて、ガルガリンの背後に車輪のような、歯車のような、なんか鋼鉄で出来た高速回転する円盤が現れた。


「と、特に、い、異議はありません……」


 石川はへたれ声をだして言った。


「異議あーり、はいはーい」


 リバイアサンが立ち上がって手を上げた。


「クラスの番をはるのは悪魔が良いと思いまーす」

「なによ、神の御心に逆らおうというの」


 きゅおぉぉおんと、恫喝するかのごとく車輪の回転数が上がった。


「悪魔が人間界を支配するんだから、このクラスも私が番をはるのよー」


 と言ったリバイアサンの体の回りに半透明な物が出現し、実体化すると、それは彼女を包み込んだ。

 怪獣の縫いぐるみ。みたいな、なんというか、超ラブリーな格好にリバイアサンは変化した。

 怪獣の喉のあたりにリバイアサンの顔が出ていた。


「統治戦争に勝つのは天使の方だから、番を張るのは天使でいいのっ!」

「なによー、前哨戦をするー?」


 きゃっと女子の声が上がり、下を見ると、大量の水が教室の床をすべって来た。

 ほのかに潮の匂いがして、僕は慌てて足を上げた。


「おもしろいじゃないっ!」


 ガルガリンが高速回転する車輪の上に飛び乗った。

 その両足は車輪からほんの少し浮いていて、足下でギュンギュン音を立てて車輪が回っていた。

 車輪の巻き起こす風にガルガリンのスカートがまくれ上がったが、下に履いていたのは、おパンツではなくて、黒いスパッツで、男子全員が残念そうな溜息をついた。


「喧嘩は良くないと思いますっ!!」


 クラス委員長の芳城が立ち上がって言った。


「そ、そうなの?」

「だめなのー?」


 超常少女二人は、芳城の方を見て、そうつぶやいた。

 車輪の回転数が落ち、海水が引いていった。僕の足元に小さいヒトデが残されていた。


「クラスの問題がある時は、多数決で決めるのが民主政治です。それぞれ自分が番を張ったら、クラスにどんな良いことがあるか演説して、自分側に生徒を集めたら良いと思いますっ」


 よ、芳城……。

 番長はクラスの委員役職じゃないんだが……。

 芳城は怪獣モードのリバイアサンの手を引いて、教室の後ろに連れて行った。着ぐるみをきると皆ペンギンみたいな歩き方になるのはなぜなんだろう。


「クラスの皆さんは両候補の演説をよく聴いて、番長にふさわしいと思う候補の元に移動してください。より多くの生徒の支持を受けた候補がクラスの番長になります」


 とりあえず、クラス番長候補の座天使ガルガリンの演説から始まった。


「天使は正義なんだ。万軍の主、神の栄光に包まれた正義に共感を覚えた勇気ある生徒はボクの元へ! とりあえず悪は滅ぼす、悪いことをちょっとでも考えたら神通力で察知し、天を砕く雷によって天罰! 悪のない、清浄で気品あるクラスをボクは約束するよ!」


 それは恐怖政治ぢゃないのか……。

 それでも、クラスのインテリ層が動いた。ガルガリンの回りにメガネメガネメガネとクラスの成績上位者が芳城を除いて集まった。


 レビアタンに演説が移った。


「えーと、悪魔の方についてくれたら、私の、お、おっぱい見せます……」


 うおおおっ!! おっぱいっ!! とクラスの男子がどよめき赤面した。

 ガルガリンに付いた眼鏡男子のうち、顔を赤らめた何人かが歩み出そうとして、たたらを踏んだ。


「性的な公約は禁止します」


 芳城が冷たく言い切った。


「えー、そうなのー? えと、あのあの、私が番長になったら、その、悪いことをしても良いことにします。あの、人間さんは寿命がみじかくて虫みたいにすぐ死んじゃうので、欲望を我慢しちゃうのは、えと、精神によくありません。こう、悪いこと……、いえ、好きなこと、やりたいことを、思い切って自由にやれるクラスにしたいと思います、です」


 む、無政府状態にするつもりか、このクラスを。

 石川が立ち上がって、レビアタンの方へ歩いた。馬鹿、不良、エロ男子、という感じの生徒がレビアタンの元に集った。


「ひのふの、ガルガリン候補の生徒が19人、レビアタン候補の生徒が20人ですね。私、芳城胡桃はガルガリン候補に付きます……」


 クラスの真ん中に居るのは、弁当箱を持った僕一人だった。


「ちょうど二十対二十です。吉田君がどっちに付くかで番長が決まります」

「ど、どっちも嫌だよ。恐怖政治と無政府状態のどっちかを選べと言われても困るよ」


 ごろごろと車輪を転がしてガルガリンが寄ってきた、怪獣縫いぐるみのレビアタンがペタペタとやって来た。


「ボクを選んでよ、よしだっ!」

「吉田くーん、私だよね私だよね」

「「どっち?!」」

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