第8話 もしかしてだけど?

 その夜、あたしは熟睡した。いつどこであろうとも眠れるのは、あたしの性質の一つではあったけれど、まさかあの世で一晩熟睡することなど、思ってもみなかった。


 ――あたしは永遠の眠りについたはずなんだけど、これは一体どういうことなのかねぇ。


 食事をして、排泄もして、そして眠った。

 もしかしてあたしは、生きているんじゃないだろうか……。そう思って、けれどすぐに頭を振って、その考えを否定した。


 ――そんなわけがないじゃないか。


 でもやはりもしかして……、と思っていたときだった。


「起きているか?」


 扉の向こうから聞こえたのは、ライサの声だ。


「ああ、起きてるよ。何か用かい?」

「副隊長がお呼びだよ」

「分かった、すぐ行く。あ、どこに行けばいいのか分からないので、案内は頼むよ」

「大丈夫。そのつもり」


 扉の向こうからくつくつと笑いが聞こえた。何がおかしかったのかは、あたしには分からない。


「おはよう」

「ああ、おはよう」

「ん? 昨日と同じ服だね」

「他に持ってないからね。手ぶらだよ。ああ!!」


 ライサだって、昨日と大して変わらないじゃないか、と思いながらも答えて、そしてあたしは初めて重大なことに気が付いた。


「ろ、六文銭。あたし、三途の川の渡し賃を持ってないじゃないか。それでこんなところに……」

「は?」


 川に落ちて死んだあたしは、もしかして誰にも見つけられていないのではないか。それで供養をしてもらっておらず、正規(?)の方法で、必要な六文銭を持ってこれなかったのではないかと思い、がっくりと首を落とした。


「ああー、そんなことってあるかい。財布の中にはたんまりお金が入ってたんだよ。あれをどうして持ってこれないんだよ。こんなのあんまりだ」


 落ち着いて考えてみれば、盗み働きで得た金ではだめだと思っただろうが、このときのあたしには、とにかく落胆のほうが大きかった。


「オリン、何で急に元気なくなったのさ?」

「……地獄の沙汰も金次第さね」

「え? 何? 聞こえないよ」


 ぽつりと呟いたあたしの声はライサに届かなかったらしいが、あたしはもう一度同じことを言う気にはなれなかった。

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