第6話 道場(?)にて

 どうやら話が終わったらしい二人が、あたしを連れて移動したのは、道場のようなところだった。カールなにがしほどではないが、屈強な男や女たちが二十人ほど、刀のようなものを振り回している。


「隊長、副隊長。お疲れ様です!」


 二人に気が付くと、全員が手を止めて刀(のようなもの)を下ろし、その場に直立した。どうやらこの二人は、あたしが思ったとおり、なかなか偉い立場の人物だったようだ。


「あの、隊長、その娘は?」


 声を発したのは一人だけだったが、みんなの視線はあたしに向いている。


「この娘はオリン。事情があって、しばらく騎士団預かりとする。不埒なまねをすることのないようにね」

「「「「「はい!」」」」」

「ライサ、女子寮へ案内してやってくれ」

「承知しました!」


 なんというか、本当に道場のように暑苦しい感じだ。あたしには向いていない気がする。

 ライサは、蜜柑色の髪や緑の瞳の色だけではなく、生前見かけたことがないような、全身鍛え抜かれた胸筋や背筋を持った女だった。どんな訓練をすればこんな身体になるのか、あたしには分からない。


「こっちだよ」


 気さくな声かけに少しほっとする。考えてみれば、こちらに来てから初めて女と話しをしているので、そのせいかもしれない。

 生前に見知っていた女たちも、それぞれたくましい存在ではあったが、ライサは心身ともにたくましそうだ。


「この部屋を使って。小さいけどシャワールームもあるし、トイレもついてる。食堂は、さっき通った1階の突き当り。2階に上がるために右に曲がったけど、あそこをまっすぐ行けばあるから」

「え? なんだい、これ? ここの上で寝るのかい?」

「は? ベッド、見たことないの?」

「ベッド?……なるほどねぇ。地面から離れてりゃ、虫の心配も減るってもんだ。良く出来てら。あ、あと『しゃわーるうむ』と、『といれ』? ってなんだい?」

「はああ!?」


 ライサにはものすごく不審そうな目を向けられたが、分からないことは恥ずかしいことじゃない。なんたってここは、生前の世界とは何もかも違うのだ。自身の姿すら違うのだから、もう仕方ないと思うしかないだろう。

 そう思いはしたものの、しゃわー(水浴び)と、といれ(厠)の使い方を一から教わったあたしは、驚きで腰が抜けそうだった。


 ――いつまでここにいるのかは分からないが、とにかくあの世ってのは、思っていたよりはるかに、とんでもない世界であることは間違いないねぇ。巳之吉っつぁんにでも教えてやったら、さぞ喜んだだろうに、惜しいことだね。


 ふと顔見知りの駕籠かきを思い出して、あたしは少し微笑ってしまった。いい大人のくせして「姐さん、そりゃすげえや」と、無邪気にはしゃぐ男の声が聞こえてきた気がした。

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