第1話 いちごの新人
賢治の一日は早朝から始まる。朝の空気がまだひんやりとしているうちに、彼は「ベリーチャーン7」のドアを押し開ける。店内に一歩足を踏み入れると、焼きたてのパンと煮込まれたフルーツの甘い香りが彼を迎え入れる。
「おはよう、賢治。今日もよろしくね」と店主の松原さんが温かい笑顔で迎えてくれる。松原さんはこの町で愛され続けるケーキ職人で、彼の作るスイーツは老若男女に愛されていた。特にショートケーキは、「ラ・ドルチェ」の看板商品だ。
賢治はショートケーキにいちごを乗せる仕事を担当している。初めてこの仕事を任されたときは、ただ単にいちごを置くだけだと思っていた。しかし、松原さんから「いちご一つ一つにはそれぞれの物語があるんだよ。その物語を大切にしながらケーキに乗せてごらん」と教わった。
今日も、賢治は冷蔵庫から新鮮ないちごを一つずつ取り出し、それぞれの果実を丹念に観察する。大きさ、色、形。すべてがそれぞれ異なるこの果実たちを、彼は一つずつケーキの中心に丁寧に置いていく。この作業には特別な技術が必要なわけではないが、賢治にとってはまるで一つの儀式のようだ。
その日、店には小学校の帰り道によく立ち寄る少女が訪れた。彼女は毎回、賢治がいちごを乗せたショートケーキを注文する。彼女がそのケーキを一口食べるたび、その顔に広がる幸せそうな笑顔を見るのが、賢治にとってこの仕事の一番のやりがいだった。
「おいしい!いつもと同じでおいしいよ!」少女がニコニコしながら言う。その言葉が、賢治の心を温かくする。
彼はまだ知らない。このシンプルな日常が、やがて彼を変える大きな一歩となることを。そして、彼が毎日丁寧に乗せているいちごが、多くの人々に小さな幸せを運んでいることを。この小さな町で、賢治は少しずつ自分の居場所を見つけていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます