41 何かはある二人。



 私も想いをはっきりと認めたあの日ほどの激しい熱ではないけれど、それでも気持ちは確かにある。


「オレの好きな色のドレス、か」


 するーっとルクトさんの手が、私の髪の間に指を差し込んだまま、滑り込ませて。


「ドレス姿、すげーキレーだ」


 私のドレスを見下ろして、そして笑いかける。


 黒にも見えてしまう濃い紫色を基調にして、前開きの下に鮮やかな紫色と大人びてはいるけれど、裾から白いフリルが控えめにあしらっている、ご令嬢らしいドレス。


 ルクトさんに初めて見せたドレス姿。照れる。



 ルクトさんだって、昨日買った私の色のジャケットが似合っているし、かっこいいし。

 何より、お揃いだってことが嬉しい。



 その言葉が言えず、私はムキュッと唇を閉じてしまった。


「もう! 文句が言いたいのに言えませんが、不満ですからね!」


 なんて別のことを口にして、私は照れを隠す。隠せているかはわからないけれど。


「でも、大罪から逃れられたのは、本当に感謝しかありません。ありがとうございました。ギルドマスターのヴァンデスさん。ルクトさん」


 ペコッと、深めに頭を下げて感謝を伝える。


「はは! それは謝ったし、感謝も何も当然のことをしたんですよ。顔を上げてくださいな」


 ヴァンデスさんは、笑い退けた。

 王城だからか、ドレス姿なのか、今日は貴族令嬢リガッティー対応に決めているらしい。


「そうそう。さっき言ったじゃん。この日まで、ちゃんと気晴らしを楽しんでほしかったんだよ。大罪までぶっかけるなんて、オレも許せなかったし、リガッティーの助けになりたかったんだ」


 ツンツンと、私の頬に人差し指を食い込ませるルクトさんは楽しんでいる。


「まぁ……冒険者活動を明かされるのは、もう、避けられなかったから。それは止められなくて、ごめん」

「……まったくです、はい」


 またもや、ナデナデと頭を撫でられた。髪を撫でつける優しい手つきだ。

 まさか、国王夫妻の真ん前で、いきなり打ち明けることになろうとは……本当に想定外だった。


 もう王家の影から、王妃様には知られていたのだ。

 いやでも、だからって、あんな重役勢揃いの場で、告白とか……。


「ホント、酷い目に遭いました……。でも、返り討ちにしましたからね。ありがとうございます、お二人とも」

「うん。楽しかった」

「楽しかったという感想は、とても場違いなんですよねぇ……。あの大会議室にいらっしゃった方々、わかってて言ってます?」

「国王様、王妃様、宰相様、王室魔術師長様とその補佐官様、あと王室騎士団長に」

「わかってて言ってるんですね、はいはい」


 ぺちぺち。

 撫で続けるルクトさんの手の甲に手を当てて、ちょっとした不満ぶつけをする。


「いやはや、ちゃんと返り討ちにしてよかったですな。しっかし……みたいな相手でしたなぁ……善と思われがちな光魔法の使い手でもあるというのに、あんな容姿で死刑確定の大罪を起こしては、他人に被せようとは……」

「でも吹けば飛んじゃって消えそうなくらい真っ青を超えて、真っ白な顔になって、カタカタ震えてましたよね!」

「お前はレディーに対して容赦なさすぎだろ」

「レディーって言えるような中身じゃないっしょ、悪事も山積み、えげつない」


 ケラケラと笑うルクトさんは、ヴァンデスさんの言うことも一理あるけれど、やはりルクトさんの意見に同意だ。

 ブンブンと掌を振って、レディー否定をするルクトさん。

 私は同意の頷きは、やめておいた。


「ルクトさんは……よく笑いを堪えましたね。よく頑張りました」

「褒められた。いや、でもホント、オレも頑張って堪えたわ~。補佐官様の魔法も、すげーけど……あの人の方が、情け容赦なかったじゃん。もう犯人断定で……射殺して氷漬けにする目だった! ブククッ!」


 お腹を押さえて大笑いをすることを堪えるルクトさんの肩を、ポンポンと叩いて宥めてやる。

 ツボを刺激されすぎて、苦しそうだ。理解は出来る。


「そんでもってのリガッティーの追い込み! アハハ! 最高だったわ~! 扇子で隠してても笑ってたっしょ? もう補佐官様とリガッティーに挟まれて、極寒みたいに震えてる感じで……憐みすらも笑えて、つらかったぁ……腹筋がッ!」


 やはり痛いらしい。面白さで笑いのツボは、これ以上ないほどの刺激を受けて、上手く笑えない域に達したものよう。


「味方につけた王子のせいで、押し付けようとした相手の無罪が確定したんだもんな……もう、傑作すぎる。ううっ、腹痛はらいたッ」

「涙出てんぞ、落ち着け」

「あぁ~……来てよかった」

「いや、お前、王国一番の大会議室は観劇じゃないからな?」

「うん、もう体験出来ないですよね、最高」


 グッと親指を立てるルクトさんに、ヴァンデスさんと一緒に私も複雑な表情で遠い目をしてしまった。


 観劇ではないんですよね……。

 もう大会議室には行きませんからね…………


……」

「う、うむ……」

「ククッ…………ん?」


 私もヴァンデスさんも、あの大会議室に集う理由となり得るルクトさんを見てしまった。

 ルクトさんは、キョトンとする。


「マジで観劇に来たわけじゃないんだよなぁー。オレもぶっ潰しに来たのに」

「言動に気を付けてください」

「いや、ぶっ潰したい相手は、あの悪女のこと」


 物騒すぎる発言は、かなりギリギリだ。

 王城で王子をぶっ潰しに来た。それこそ王族殺害未遂にされかねない。


「ただじゃおかねぇ、って挑んだっていうのに…………オレの勝ち誇った笑みを見てくれなかったなぁ……。ずっとリガッティーだけ睨んでたな」

「ああ、あれは本当に、ルクトさんに申し訳ないとまで思ってしまいました……」

「あ、うん。そこまで思われるほど相手にされなかったんだ、オレ」

「なんででしょうね? ちょっとは自分の計画を台無しにした証言をするルクトさん達を見ればいいのに……何故、私だけを。どのみち、自業自得の逆恨みですけど、私のみって」

「んー……なんか、やだな。オレの不完全燃焼だってこともあるけど…………これ以上はないよな? 金切り声を上げて連れて行かれたの、遠目では見たんだけど」

「はい。補佐官様なら、逃がしはしませんし……外部への連絡はないですし、念のために指示を残したとしても、脱獄など不可能です」


 んー、と首を傾げた。


 私への逆恨みが、一点に向けられすぎ。それがちょっと、懸念してしまう。

 次に行動を起こすなら、直接私に攻撃することしか考えられなそうな様子だった。


 しかし、彼女自身が、拘束された以上は、外部の協力者に指示しての攻撃が出来たとして、私の身の危険はどう見積もるべきか。

 王族殺害未遂事件まで起こしたから、どうなのかしら。


「んー……それなら……んん?」

「あら……?」


 ルクトさんとともにヴァンデスさんも首を捻って、私の身の危険を計りかねている様子。

 それで、気付く。


「もしかして、ルクトさんが家の近くまで、迎えに来ることにしたのは……護衛のため?」

「…………んー、まぁ……心配だったから」


 ルクトさんは言うつもりはなかったのか、ぎこちない笑みになっては、仕方なさそうに白状した。


 家の近くまで送り迎えをして、私の知らず知らずのうちに、護衛をしてくれたのだ。

 敵は、王子を襲撃までした。

 私自身にも、何かしないとは限らなかったため、警戒してくれたのだろう。


 ポッと、頬に熱が灯った。


 ルクトさんに、守られていた。私におくびも出さず、隣を歩いてそばで守ってくれて、今日も助けてくれたのだ。


「……な、何から何まで、ありがとうございます」


 熱くなった頬を両手で押さえて、目を合わせることも難しいほどの照れくささに、俯いてしまう。


「え。そんなに照れる? つられるんだけど……。……どーいたしまして」


 ルクトさんまでもが、ポッと頬を赤らめた。

 チラッと見たが、口を左手で覆って、視線を外す。


 私も耳まで熱くなってしまい、二人で沈黙。



 いつものむずがゆい雰囲気。でも、ちょっとだけ違う気がした。

 ……なんと言えばいいのか…………でも、結局、甘い!



 そばにいるヴァンデスさんは、もう生温かい眼差しで見てくる。恥ずかしい。



 でも嫌じゃないし、いけない理由はもうなくなった。


 障害が消えたというのに、今度は妙に踏み出せず、躊躇している感じ。

 互いに、あと一歩、踏み出すタイミングを、見計らっているような。そんな状況かもしれない。



 チラッとまたルクトさんを見れば、同時に彼も目を向けたようで、視線がかち合う。



「――――義姉上あねうえ!!」



 そこで、ネテイトの声が届く。


「義姉上! 何してんの! 何してんのっ! 何してんだよ!!」

「まあ、ネテイト。落ち着いて」

「落ち着けるかよ!」


 血相をかいて駆け寄ったネテイトは、慌てふためいた様子で窓を指しては、ルクトさんと私を交互に見る。

 窓が閉じられているから、ネテイトが閉じてくれたのだろうか。そして、正しい道を足早に進んで、ここまで来た、と。そんなところだろう。


「髪に! 髪を! なんで! ッ!?」


 どうやら、窓からルクトさんが私の頭を撫でている様子が見えてしまったらしい。

 激しい動揺で頭を指差しては、言葉を詰まらせている。


「ネテイト。先ずは、挨拶。守ってくれた恩人よ。彼は義弟のネテイトです。ファマス侯爵家の後継ぎにして、学園の一年生、いえ、二年生となります」


 大事なのは、自己紹介。それから感謝を述べることだ。と、誘導しておく。


「あッ……も、申し訳ございません。ファマス侯爵家のネテイトです。この度は、王妃様の要請通りに証人として馳せ参じていただき、誠にありがとうございます。おかげで、発生したことすら知らなかった大事件で、義姉上が大罪まで被る羽目になるところを救われました。感謝の言葉だけでは足りません」


 少々早口ながらも、ネテイトは胸に手を当てて軽い一礼による感謝を伝えた。


「いやいや。当たり前のことをしたまでです。事情を証言した、それだけですからね。リガッティー嬢は、紛れもない潔白! 一人の冒険者としても、一人のレディーとしても、守らずにはいられませんから!」


 ヴァンデスさんは、陽気に笑って見せる。


「え、ええ……感謝、しているのですが……その、でも………………


 そう。冒険者活動。

 私の冒険者活動なのである。


 義姉上の王族殺害未遂による濡れ衣に動揺していたのに、上乗せで冒険者活動という事実が急落下して受ける羽目になった義弟。

 混乱の極みで、また言葉が回らず、詰まる。


「『黒曜山』で……ストーンワーム? え? なんで? ……いや、なんで?」


 ワナワナとした義弟。ヴァンデスさんと私を交互に見ては、私に目を留めた。


「春休み中って……家令や騎士副団長達は? どうやって説得を」

「ん? 傷心しているから、

「そっとする? 冒険者活動をそっとするって何?」

「いえ、彼らは知らないわ。一人で外出していることを、

「いや何してんのさ!? 親がいぬ間になんてことをッ!!」

「だって……憂鬱に部屋にこもっているより、気晴らしに冒険をする方が、

「そ、れ、だ、よ!! 冒険だよ!! 傷心を理由に振り回すにも限度があるだろ!? ちょっと美しい自然を楽しむ冒険なら、まだ理解出来るさ…………でも『黒曜山』ってなんだよ? 41体の討伐ってなんだよ? ストーンワームってなんだよ!? アンタは、どんな春休みを過ごしてんだ!!」


 しおらしくを強調して印象付けたいが、混乱があるくせに、真っ当なツッコミを入れるネテイト。

 流石、ヒロインに陥落しなかったまともな攻略対象者。


「僕か!? 僕のせいなのか!? 僕までも不在だったからッ!」

「犯行不可能の立派なアリバイになったから、間違いではないわ」

「それとこれとは話が違う!!」


 頭を抱えて嘆きの声を上げる。


「冒険者登録までしてッ! お母様には……言うわけがないよなぁ〜!! 冒険者を卑下するわけじゃないけど、自分の身分! 身分からして相応しくないじゃないか!! 王妃教育を受ける身としては絶対に出来なかったとかだろうけど、淑女としてでもだめだって、雷が落とされるじゃないか!!」

「ネテイト……私は、

「傷心は、じゃないよねッ!???」


 サッと青ざめたネテイトは、母の怒りの形相と、巻き添えを食らう自分と家令達の身の安全を考え、やはり間違いだと嘆く。


「割って入ってごめん。リガッティーの立場からしたら、もうと言っても過言じゃないさ。だって七年間も、婚約者を支えてきて、努力を積み重ねてきたんだ。それを台無しにされた。将来のためにも積み上げた努力を崩されては、踏みにじられたんだ。努力した過去も、現実になるはずだった未来も、踏み潰されたのって、どんなに? リガッティーにしか、わからない。でも、きっと、強いリガッティーを見ているだけじゃわからないけど、オレ達が想像する以上に、だよ」


 ルクトさんは、本当に手を差し込んで割って入った。

 自分の考えを伝えては、私を擁護する。


 グッと押し黙るネテイトは、私を気遣いの目で見てきた。


「それは……っ……」


 何かを言いかけたが、ネテイトはまた口を閉じる。


「あ。ごめん。つい後輩への話し方をしちゃった。ここにいる以上は、貴族相手として、なるべく丁寧な言葉遣いするべきだよな」


 にへら、とルクトさんは、頭の後ろをかいて、軽い調子で謝る。


「え、いえ……別に、僕は……学園の先輩ということで、そのままでも構いませんが」

「ああ、そう? ありがとう。さっきの義弟おとうとくん、やるじゃんって感心した! 裏切られたって、相手にきっぱり言ってやる姿、かっこよかった」

「っ……そ、それは……お褒めの言葉をありがとうございます」


 友好的に接するルクトさんの褒め言葉に、ネテイトは照れて、仄かに頬を染めては、コホン、と咳払いをする。



「養子だって聞いたけど、七年も一緒に育ったから? リガッティーも惚れ惚れするかっこいいご令嬢だって思ったけど、似てるんだな」



 ん? と笑みで首を傾げたルクトさんは、私の頭の上に右手をポンポンと跳ねさせた。


 ネテイトが、その動きを顔を上下に動かして追う。



「――――ッ!!!」

「え」



 標的は、私からルクトさんに、変更。


「なななッなんですか!? 義姉上へのスキンシップがッ! 多すぎません!? しかも、あなたが『黒曜山』へ連れて行ったとか!? なんですかそのハイレベルな新人指導!! 確かに義姉上は、強力な魔法も備えた教育も受けましたがッ! 欠点のない優秀すぎる義姉上だと自慢ですが!!」


 わあ。ツンデレ枠のネテイトが、自慢の義姉上と言ってくれたわぁ〜。お姉様、感動。



「うちの義姉上とは、もちろん何もなかったですよね!!?」


「「………………」」


「ッ嘘だと言ってくれ!!!」



 二人して答えに迷ってしまい、沈黙になってしまった。


 ネテイトは頭を抱えたまま、ガクリと崩れ落ちたかと思ったけど、なんとか膝を折るだけで、地面にはつかないまま、堪える。


「いや、ファマス侯爵子息殿。ちゃんと節度は守っていましたよ。リガッティー嬢を、相手と同じく裏切り者にはしたくはありませんからね」

「それは……そう……ってッ……!」


 ヴァンデスさんの言葉に、スッと真っ直ぐに立ったネテイトだけれど、結局はルクトさんと何かあるということは変わらない。

 婚約者がいながらの裏切り行為はなくても、節度を守っていただけで、二人の間に、のだ。


「ヴィアンズ先輩!!」

「あ、うん。ルクトでいいんだけど。ネテイトくん」


 義姉と何かがあるルクトさんを、ネテイトがギッと睨み上げた。

 小柄なネテイトでは、長身のルクトさんは見上げるのは必然的な身長差だ。



「うちの義姉上をどうする気ですか!? どうしたいんですか!? わかってます!!?」

「ネテイトったら」



 胸ぐらを掴む勢いで詰め寄るネテイト。

 血の繋がりがないとはいえ、弟として姉を心配しているのか。ちゃんと家族として見ているし、当然。


 でも、前面に出ているのは、やはり家のことだろう。


 貴族令嬢であり、侯爵令嬢。

 そして、王子の婚約者だった。

 何かある相手が、平民。

 どうする気なのか。


 返答次第では、魔法決闘もしかねないだろう。


 ネテイトの心配ももっともで、理解は出来る。

 しかし、ここで教えることは、賢明ではない。



「えぇっと……出来れば、将来的には、ネテイトくんには、義兄上あにうえって呼んでもらえるように、頑張る所存」


「……ッはア……!?」



 首の後ろをさすさすと触りながら、はにかんで答えるルクトさん。


 当たり障りのないような、どう判別すればいいか、わからない発言。


 前向きに、身内になることを考えている発言に、ネテイトは上げた声を裏返した。


 ネテイトの兄のポジションになりたいという意味は、もちろん、私とどうのの話に直結するわけだ。

 その質問をしていたけれども。


 やっぱり、まだ、教えることが出来ない。


 そもそも、話し合いですら、そこのところ、ぼかしているままだ。

 ぼかす必要のあった理由は取り除けたけれど、その直後である。

 話す時間はなかったし、順序があるし、タイミングがあるのだ。

 お待ちなさい。



「ネテイト。ちゃんと考えがあるわ。実はとても複雑なことなのよ。深刻ってくらい。最悪、下手をしたら、またあの大会議室で席に座ることになるかもしれない」

「え゛っ……ど、どういう意味っ? 一体、何が起きてっ」



 ネテイトを落ち着かせるために、今伝えられることを、言葉を選んで言い聞かせるように声量を抑えて話す。


 ネテイトと一緒に、大会議室のある辺りの窓を見上げて、それから周辺に誰もいないか、目で確認。

「庭園内にはいないよ」とルクトさんは【探索】魔法で、王家の影もいないことを把握しているらしく、教えてくれた。


 他人が聞いていないと言っても、やはり、大雑把にまとめた話は出来ない。


「まだ口には出来ないわ。でも遅かれ早かれ、私も私で、””に絡まれてしまうという問題があってね。無関係とは言えないの。順序を追って、お母様とお父様にも話すから、その時に同席して聞いてほしいわ。王城で口には出来ないことだけれど、本当に大会議室に招集されかねない案件となるもの。難しいとは思うけれど、今は堪えて」

「…………わかった……」


 真剣な口調で、ヴァンデスさんとルクトさんを指し示すように視線をやって、ギルドマスターも関わる大事だということを伝える。

 王城の大会議室に招集される案件となれば、やはり王国に関わる大きな問題だとなると予想がつく。


「一難去ったばかりで申し訳ないけれど、また力になってほしい」

「…………わかったよ……」


 ネテイトの右手を取って、両手で包み、真剣に気持ちを伝える。

 弱ったように目を伏せて、ネテイトはそう返事した。


「ありがとう、ネテイト。今日のことも、素晴らしかったわ。あなたが見せ付けた手腕で、私を助けてくれた。あなたが弟でよかったわ」

「っ! べ、別にッ……だ、だって、家族だし! 僕だって準備したことを本番で見せ付けただけだし!」

「ありがとう」

「っ~! わかったって! もうっ!」


 微笑んでお礼を伝えれば、顔を赤らめるツンデレ義弟。

 照れくさいのに、私が包む手は、引っこ抜こうとしない。


「仲良いんだな」

「そうですか? 普通だと認識してますけど」

「いや、ちゃんとした家族として、仲が良いですよ」


 ルクトさんとヴァンデスさんは、微笑ましそうに眺めていた。


「オレは兄弟いないからなー。義弟くんがなってくれる?」

「いや、それ……現状、事情が全くわからない僕に問わないでくださいよっ」


 真剣に答えるべきか、冗談として対応すべきか。

 再び、混乱するネテイト。

 ルクトさんが、ごめん。


「じゃあ……なんで、毒蛇を振り回したのか、聞いてもいい?」

「はい? 毒蛇? なんの話……ハッ! 蛇ってっ! なんの話をしてんの!?」


 唐突に感じる質問が、代わりに出た。実際、唐突に出てきた。

 ネテイトが怪訝に首を捻ったが、心当たりが浮かんで、情報源の私を見ては、振り払う勢いで手を引っこ抜く。


「ちょっと悪さをする蛇の話をしたら、ふと思い出してしまって……私もどうしてか、聞きそびれたのよね。知りたいわ」

「なんでロープだと思って、掴んですぐに振り回したの?」

「ええぇっ……いや……僕も覚えてないです、自分でも謎で……」

「まぁ、子どもですから。突発的な行動もしがちなのでは?」

「ギルドマスターまで聞いたのですか……なんでそんな話なんかを聞かせてるの、義姉上」


 しっかり話題に入っているヴァンデスさんも知っているとわかり、額を両手で押さえるネテイトは恥ずかしそうだ。

 なんだ、深い理由もなく、振り回したのね。子どもの突発的な行動でブンブンと振り回された挙句、投げ飛ばされた毒蛇、憐れ。



「あ。憐れで思い出したわ。私、ちょっと、彼女とお話をしなくちゃ」



 危ない危ない。忘却するところだった。

 私はすぐ目についたベンチまで歩み寄って、真ん中で腰を下ろす。


「憐れ? 彼女?」

「憐れなジュリエット・エトセト子爵令嬢」

「「? ……ここで?」」


 ついてきたルクトさんとネテイトが、キョロキョロと周辺を見るけれど、当然、ジュリエットが来るわけがない。


「彼女の影に近付いた時に、魔法を仕掛けたの」

「あの大会議室で何してんの!?」

「王室魔術師長様が見逃してくれたし、危害を加える類じゃないから、いいのよ」


 ネテイトに、サラッと答える。

「なんの魔法?」とルクトさんは、右隣に腰を下ろす。


「【影映し】という闇魔法で、王室魔術師長様に教えてもらったものです。元は、子どもの影に魔法を仕掛けて、発動すると術者の姿を影から立体的に映し出して、動いて見せたり話したり、一風変わったあやしたり楽しませたりする魔法として作られたそうです。闇魔法って、逸話が面白いですよね」

「へぇ。うん、確かに。面白い。でも、やっぱり、闇魔法は悪だっていう偏見に寄らないためにも、言い伝えられたものなんだろうな。【影映し】か、【闇のナイフ】に続いて、オレが知らない闇魔法をいっぱい知ってるの?」

「【闇のナイフ】も、王室魔術師長様が教えてくれました」

「マジか。王室魔術師長様から直々……じゃあ、あの人も、闇魔法が使えるんだ?」

「そういうルクト先輩も、闇属性持ちで?」

「そうそう。リガッティーには及ばないけれど、そこそこ使えるって自負してる。ネテイトくんは?」

「僕には闇属性の素質はありませんでした」

「ん? オレですかな? ちょっとした足止め程度の闇魔法を習得したレベルです」


 私の説明のあとに、ネテイトとヴァンデスさんも自分の闇属性の有無を答えた。

 ヴァンデスさんも闇属性持ちとは。

「四人中三人が闇属性持ち……」となかなか多い割合に、ネテイトは戸惑っていたけれど、わかる。

 一応、希少属性だものね……。


「【影映し】を遊ぶオモチャ程度に、魔法を教えてほしいとせがむ私に魔術師長様が教えてくれたのですよね。でも、そのあとにもせがんで教えてもらった【闇のナイフ】で、自分の小指を切って確認したものだから、大慌てしてしまって……それから教えてもらえなくなりました」

「いや、どうしてオモチャからナイフになったの。飛び過ぎじゃない?」

「なんで切ったの!? 自分の小指を切るって何!?」

「王室魔術師長様にオモチャ程度に闇魔法を教わる時点で、ビックリなんですが……」


 目を点にするのは、どう驚けばいいかわからないルクトさんとヴァンデスさん。


 【闇のナイフ】についての特性を知らないネテイトのために、肉体は傷付けないで、感覚的遮断の効果を与えるナイフだと教えた。

「余計わからないよ!!」とツッコミを上げられる。よく叫ぶ義弟だ。


「【影映し】の魔法は、一度きりではありますが、術者側から伝言を伝えることが出来るというわけです。今回は、意識を丸ごと、仕掛けた影に行って、お話をしてきますので、無防備になる身体を見ていてください。王城の外で、この魔法を発動出来るとは限らないので、今やらないと」

「意識を丸ごとって……大丈夫なの?」

「実践はないですが、試しに遊んでいた時には、やれば出来る感はあったので、可能ですよ」

「うーん。やっぱり、リガッティーは天才なんだよなぁ」


 へらり、とルクトさんは嬉しげに表情を緩ませた。


 何故そこで嬉しそうな顔になるのかしら……?



 何かに気付いたように、ネテイトはササッと私の左隣に座った。


 婚約解消したことはまだ知られていないのに、私とルクトさんが肩を並べて座っているのは、マズいと思ったのだろう。


 そうすると、立っているのはヴァンデスさんだけ。

 気にして見上げるネテイトに、大丈夫だとヴァンデスさんは笑みで掌を見せた。


「あまり時間はかけないと思うので、待っていてください」

「いいけど……何を話すの?」

「何か聞き出したいの? 義姉上」


 ヴァンデスさんともまだ話をしたいので、他に用事がなければいてほしいと伝えておく。

 どうして【影映し】の魔法を使ってまで、話しに行くのか。

 ルクトさんとネテイトが、尋ねる。



「ふふ。女同士、二人で話したいことぐらいあります」


「わあー、リガッティーの悪い顔だ」

「せめて不敵な笑みと言ってください」

「不敵な笑みも、キレー」



 確かに悪い顔かもしれないけれど、不敵な笑みと称してほしい。

 そうすれば、目を細めて見つめてきて、そっと頭を撫でてきたルクトさん。


 うっ!

 と胸をズキュンと撃ち抜かれた直後。


 その手を掴んで離したのは、ネテイト。


「せめて! 王城内ではやめてください!」

「ええー……はい」


 人目を気にしまくるネテイトの心配はもっともなので、ルクトさんは不満げながらも、手を下ろした。


「調査に必要な情報も出来たら聞き出すけれど、本当に女同士の話をするだけよ。じゃあ、お願いしますね」


 ネテイトにさっきの質問の答えを伝えた私は、目を閉じる。



 鎮めた気持ちを、そっと暗闇に沈めた。




 

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