40 自由と約束を手に。
ハルヴェアル王家とファマス侯爵家で結ばれた婚姻。
政略結婚と呼ぶには、少々違う雰囲気。
双方が、同意して、未来の国王と王妃を選んだこと。
第一王子と、身分が一番釣り合う令嬢。
特に二人の相性は悪くはなく、令嬢の方も想像以上に優秀。
第一王子を支えながら、切磋琢磨して揃って優れた者に育っていった。
引く手数多な優秀な令嬢となった私。
王家としては手放しがたい人材。
そう簡単に、婚姻契約の手綱を手放せない国王陛下は、他の理由で私の能力を最大限に活かせる場に繋ぎ止めるための案を見付けるまで、時間を稼ぎたいだろう。
あわよくば、やり直しだなんてこと、考えている可能性はないとは言えない。
第一王子だって、将来有望、大きな期待を背負っていた優れた後継者だった。
名誉挽回の汚名返上をして、やり直しは、不可能とも言えない。
一番懸念するのは、王妃教育をこなした私が他国の王族に嫁ぐ資格もあるため、それが惜しいだろう。
国同士の利益となるなら、願ってもいないが、残念ながら、他国で婚姻して得られる利益など、今のところないのだ。
まぁ、他国に嫁ぐ気はないのだけれど、それを話して安心させなくてもいい。
話すのは、時期尚早。こちらの準備を整えてからだ。
「ファマス侯爵令嬢。ファマス侯爵夫妻が不在だ。サインをするのは、二人とともに、改めて話し合ってからにしよう」
「その必要などございません。こちらの手紙は、我が母のファマス侯爵夫人からのものです。ファマス侯爵当主の代理として、結ばれた婚約を白紙にする承諾のお言葉がありますわ。鑑定していただければ、魔法効力のある用紙だとおわかりいただけます。当主代理としての決定を主張する手紙も、そして手紙を基に私が作成した婚姻契約の解消による契約書も、正式なものとなりますわ」
魔法効力が込められた用紙は、約束事を強固な証拠として残すために使われることが多い紙だ。
遺書や、こうして重大な決断や訴えを、消されることなく、遺してくれる。
私が母の手助けを受けて、作成した契約書も同じ素材。
もっと拘束力の強い魔法があるけれど、それは重大案件の他言を禁じるものから、隷属化の束縛まである。
恐らく、王妃教育の過程で知った王室の秘密も、あとで他言を禁じるための強めの契約書にサインさせられるはずだ。
未来で結婚するはずだった約束事を白紙にするという旨を書類に残すのなら、この程度の契約書で十分。
「これは、ファマス侯爵家の総意です。国王陛下」
その用紙をオオスカー侯爵様が確認のために触れている間、私は告げる。
「縁談が来たのは、七年前。それから、前向きに検討して、婚姻をすると契約し、婚約者となりました。未来の王妃に選ばれたため、王妃教育を中心に様々な教育を受けて励んできましたわ」
その結果、手放しがたい優秀な人材になったわけだけれど。
「ですが、こうして、婚約破棄を言い渡されてしまいました。この会談により、事実確認をしてはっきりとわかりましたのは、あの子爵令嬢が婚約者の座を奪うべく私を貶めるための犯行が元凶でした。婚約破棄の理由として、子爵令嬢が私を貶めるために用意した冤罪により、”
罪悪感を刺激する言葉を選び、そして真剣に口にする。
ミカエル殿下が、そんなつもりはないとでも言いたかったのか、顔を上げては口を開きかけたが、発言の資格などない。
そんなつもりはないと言っても、事実、
言い換えるとさらに酷い言葉に思えるが、同じこと。
「第一王子殿下とは、婚約者として良好な関係を築いていたつもりでした。苦言と進言を受け入れてもらい、ともに成長していったのに、あの子爵令嬢と親しくなったことをきっかけに、今までの信頼はどこへやら。私の言葉を拒み、築いていた良好な関係を崩されました。唆されたと子爵令嬢のせいにするのは簡単ですが、第一王子という重大な立場におられる方の選択は軽視出来るものではございません。婚約者としても、他の異性を選んで、私を断罪にまで追い込み、公衆の面前で婚約破棄をするという辱めを与えたのです」
全てジュリエットのせいにすればいい。
悪役に全て責任を押し付けていいわけがないのだ。
第一王子としての立場がある以上、事態はそう片付けることが出来ない深刻なもの。
「ついでのように言ってはネテイトに悪いですが、側近のネテイトもまた言葉を拒まれてしまい、裏切られた一人。第一王子殿下は、私とそしてネテイト。ファマス侯爵家を、蔑ろにして裏切りをしました。確かに両親の侯爵夫妻は、手紙でしか事情を聞いていません。子爵令嬢の悪行など、知りません。それでも、婚約者にわざわざ公の場で婚約破棄をしての断罪をなさろうとしたのは、酷い仕打ちによる裏切りと受け取りました故。こうして、母が代理として、ファマス侯爵家の総意の元、婚約破棄、いわば、婚約解消の同意の意思をしたためた手紙を送ってくれたわけです」
婚約者の公の場で婚約破棄だけでも、
「そこまでされたというのに、婚約維持など、あり得ません。当然、婚約は白紙にするべきでしょう。これを後回しにする理由はございません。あの子爵令嬢により、被った被害などについてなら、我が両親が揃ってからですね。他にも直接お話しすべきことがあるとは重々承知しております。ですが、サインはこの場で済ませていいでしょう」
またの機会にしたいのは、相手側の父親としての謝罪とか、元凶のオンナに誑かされた話とか、だろう。
それはいい。今は、ペンを動かしてくれればいいのだ。それで先に、婚約を白紙にする。
先ずは、それからなのだ。
「しかし、だな……」
「陛下。わたくしは、今サインすべきだと進言いたします。愚息の過ちで、深く傷つけられたというのに、そのご令嬢をいつまでも
まだ諦めないのか。国王陛下が何か言おうとしたが、ぴしゃりと王妃様が言い放った。
食い下がることは、私に対しての悪行。
なかなか言う。流石、若干国王を尻に敷く強き王妃。
「最早、婚約者の裏切りは残虐です。一刻も早く、婚約関係など解消させることが、償いの一歩となるでしょう」
ドンと言い放つ王妃様は、契約書を手に取り、視線を走らせて確認する。
問題ないとわかり、一つ頷くと、サインをしてくれた。
さらには、スッと愚息ことミカエル殿下の前に滑らせるように差し出す。
ミカエル殿下は、ペンを握るが、震えているだけで、動こうとはしない。
王妃様が一喝しそうな雰囲気を醸し出した。その前に。
「殿下。彼女と想いを伝え合ったのでしょうか?」
「え……」
「私とまだ婚約関係にあったというのに、彼女にはどこまで触れたのでしょうか?」
私は薄笑いを、開いた扇子で隠す。でも軽蔑は、目にしっかり現れているだろう。
「まさか、口付けまでしてしまいました?」
「っ」
「そんな、酷い……私は、そこまで裏切られても、婚約関係にないといけないのでしょうか」
「っ~!!」
うっ、と小さく呻いて、震える声を出す。
実際、気持ちが悪いので、口を押さえて嫌悪感を堪える。
あのジュリエットと口付けした口で、婚約維持を言われたら……と考えるだけでも、嘔吐しそうだ。
罪悪感を激しく刺激したので、ミカエル殿下は殴り書きの勢いでサインした。
私のサインはもちろん、印済み。
残るは、国王陛下だ。
「私は未来の王妃になるべく、真剣に教育を受け続けてきましたわ……我が王国のためですもの。全力で王国を思い、努力をしてきましたが……”未来の王妃不適合者”と公の場で告げられてしまったのです。他でもない、未来の国王となる方に。積み上げられた努力は、打ち砕かれたも同然です。存在意義まで、否定されたような思いですわ……。目指すべき未来が狂ってしまった方は、他にもいます……ですが、私はどうでしょうか。お互い恋愛感情がなかったことは認めますが、それでも友好的に協力的に、切磋琢磨してきた婚約者だというのに……七年の信頼を捨てて罪人だと疑いもせずに断罪。さらには、婚約解消前にはもう男女の仲である触れ合いさえもしていて……私はどこまで傷付けられればいいのでしょうか? 私は……陛下、私は…………なんなんでしょうか? ここまで蔑ろにされて、辱められ、傷付けられるだなんて……」
しくしく。しおらしく、涙声で、少しだけ震えて、悲観的に語る。
「そなたの傷心は測り知れない。だが、だからこそ、すぐには婚約解消は、どうかと思うんだ。その傷心を癒してから、やはり話すべきだと」
しつこい。
この痛ましい少女に対して、まだ食い下がるか。
さっさと婚約という縛り付けから、解放するべきだろうに。
隣の王妃様から殺気立っているような視線を受けて、国王陛下は気まずげに顔を少しずらして背ける。
「王家として、どうにもそなたと縁を断ち切る真似をしているようでならないのだ。どうか、まだ時間をかけて考えようぞ」
「陛下。もしや、ご存知ないのですか?」
「何をだ?」
あらあら、まあまあ。本当に知らないのか。お可哀想に。
「パーティーでの第一王子の婚約破棄について。緘口令は敷かれておりません」
「!? な、何故!? 何故、緘口令を敷かなかった! 混乱をより広げるなど!」
明らかな動揺を見せた国王陛下は、私とそれからしおだれているミカエル殿下を見た。
大叔父様こと学園長の意地悪により、見事に知らなかったと動転。
「そう仰られても、私に緘口令を敷く権限などありませんわ。あの場を鎮めるためにも、私は先に退場しました。その後、第一王子殿下はもちろん、緘口令を敷くつもりなど最初からなかったでしょう。パーティーの参加者に見せつけるために婚約破棄を声高々に放ったのですから、その事実を広めたかったはず。一番、緘口令を敷くことが出来た人物のディベット学園長に、目配せをしてあとを頼みましたが、あの方はパーティーを再開させただけです」
「な、なんで……」
ディベット学園長は、国王陛下の叔父。先代王弟殿下。立派な王家の人間。
国王陛下が、宰相に目をやる。
一緒に隣国に行っていて不在だった宰相は知ってか知らずか、困ったように首を小さく左右に揺らす。
もう国王陛下には諦めるべきだと、伝えているもよう。
「先代王弟殿下は、第一王子殿下の
王妃様が、皮肉な言葉を言う。
「いいえ、きっと私のためにも……”
シュン、と眉を下げてしまう。本当に可愛がってくれていたのに、残念。
彼を大叔父様と呼ぶのは、好きだった。
今度会ったら、愛嬌一杯の大叔父様呼びを最後だけしよう。
”何もしなかった”大叔父様、大好き。
「もう噂は貴族平民隔てることなく、王都の外まで広がっております。尾ひれはひれがついているのは、噂というものなので仕方ありません。ですが、第一王子が婚約破棄を公言したということは、国民がもう知っております」
手遅れなのだ。
どんな理由があっても。
むしろ、理由が理由だからこそ、公言を覆すのは愚策。
第一王子は非のない婚約者に婚約破棄を公の場で言い渡したのに、二人の婚約は維持されているらしい。
これまた尾ひれはひれの噂が広がり、最悪、王室の信用が落ちていく。
さらなる醜聞阻止のためにも、第一王子の公言通りにすることが苦渋の選択。
そういうわけで、王家の第一王子、王妃、先代王弟殿下は、婚約解消に同意したのだ。
一人見苦しくしぶる国王陛下は、すでに敗北している。
にがにがしい顔で、国王陛下は契約書を読んでは、ペンを持った。
「ん?
「はい。私からの婚約解消の慰謝料に要求するのは、”王室に一つ、願いを叶えてもらう権利”です」
契約書に、あくまで私個人に対する慰謝料、償いに関しての要求を書いておいたのだ。
王国内最強の切り札となる国王陛下への”お願いを叶えてもらう約束”を一つだけ。
「それは一体なんだ?」
「恐らく、近いうちに。そう遠くない日に、お願いを申し上げます。それを叶えてくだされば、私は満足です」
「いや……内容がわからなけば、そう頷けまい。そなたを信用していないわけではないが……
戸惑い、国王陛下は疑問なくサインしてしまったミカエル殿下と王妃様を、見やる。
「それが、まだ伝えられないものです。大きな要求ではありますが、王国にとって不利益な要求にはしません。信じて承諾して、サインをしていただけないでしょうか?」
「わたくしが王妃教育を
私のやんわりな催促に、王妃様がチクリと突き刺して援護。
悪行悪行……強調するのね。
「うむ……相わかった。この時をもって、王家と侯爵家が結んだ婚姻は、白紙とする」
契約書は、その証明だ。
最後のサインである国王陛下のものが書かれれば、用紙は白く光った。
これでサインを
これで――――。
――――私は自由だぁあああ!!!
契約書を確認した私は、口元が緩むことを堪えてキュッと唇に力を込めた。
頭に浮かぶのは、私の色だというジャケットを着た、爽やかな白銀髪とルビー色の瞳を持つ彼の笑みだ。
やっと遠慮なく! 彼と心置きなく、一緒にいられるわ!
「これにて、王家の婚約者としての私はなくなりました。けじめとして、言わせていただきます。今まで誠にありがとうございました」
王族に嫁ぐ身、未来の息子の嫁、未来の王妃。
そんな私はもういないのだが、それでもお世話になったのだから、その挨拶をするため、立ち上がっては、深く頭を下げて丁寧に告げた。
国王夫妻は、重く頷く。
かけるべき言葉が見付からないのか、国王陛下は口を開かなかった。
「王妃教育の過程により得た知識は、いくつか漏洩が困るものがあると承知しているはずですね。改めて、口外しないという契約書にサインしてもらいます。後日、連絡をしますわ。リガッティー嬢。これまでよく頑張ってくださいましたわ。ご苦労様です」
「もったいなきお言葉です。かしこまりました。その間も、他言しないように言動に注意しておきます。ご連絡をお待ちしております」
王妃様からは、やはり口止めの件を告げられて、そして労われた。それを受け止めて、先程よりは軽く頭を下げる。
「ご苦労様でした。ファマス侯爵家のご令嬢、ご子息。あとは深い反省を必要とする者が残ります」
にこやかに宰相は、私とネテイトに退室を求めた。
これからは、絶望に打ちのめされている三人に、親直々に処遇を告げられるのだろう。
この会談で落としに落とした評価による結果発表。
「かしこまりました。魔術師シン様。この度は証人として証言をしていただき、誠にありがとうございました」
一つ頷いてから、私は魔術師シンと名乗る監視者と初めて真っ正面から向き合う。
「……いえ、お礼には及びません。自分は
私よりも深く頭を下げた監視者が口にした義務。
月並みの言葉なのに、なんだか、強さを感じた。
そして、思い出す。初めて王家の影が監視していると聞いた夜。
もしや、それを指しているのかもしれない。
ならば、彼はもう四年も私の監視をしていたのだろうか。
それはそれは。知らないのに長い付き合いだったのか。
不思議だ。
ちょっとおかしさを感じて「ええ、そうですね。義務でしたわ。ありがとうございます」とまたお礼を言ってクスッと笑うと、監視者は目を伏せた。
まるで恥ずかしがっているようにも見えなくもない。
そんな彼に、ネテイトも大罪の濡れ衣を晴らしたことに深く感謝を伝えた。
次は、王室魔術師長のオオスカー侯爵様。
「立ち会い、誠にありがとうございました」と頭を下げれば「自分も見守りたかっただけだ」と当然だと、ダンディーな声で返して、頭を下げなくていいと手を上げて見せた。
他の方にも、まとめて簡易的にお礼を、ネテイトとともに頭を下げる。
そして、私は宰相と王室騎士団長に目配せをして、頷き合った。
「はい。ハールク様、ケーヴィン様。
私の言葉に、真っ青を通り過ぎで病死寸前みたいに白い顔をしている二人は、わからないという表情で見上げてくる。
あなた達も、私に大罪を押し付けようとした加害者。
被害者の婚約者達ということで、私も口出しをさせてもらう。拒否権などない。
親もそのつもりでいらっしゃる。婚約者達も望んでいるのだ。後日、首を洗って待ってなさい。
自分の元婚約者には、声をかけるも見向きすることもなく、私は会談の場だった大会議室をネテイトとともに、退室した。
ふぅー、とネテイトは深く息を吐く。
緊張から解放されたネテイトと顔を合わせて、ただ無言で頷き合う。
解決したことに、大喜びする内容ではない。
ただ終わったのだ。大きな問題を解決し、肩の荷が下りた。
静かに歩き出すネテイトに続いて、廊下を歩み出す。
さて。
ルクトさんに報告しないと。
どこにいるかしら。
多分、三階の中央庭園にいると思うけれど……。
そう思って、庭園が見える窓の方へと寄って覗き込む。
すると、ポッと左耳の周辺が、熱をまとった。
ルクトさんからの着信。
このタイミングということは……?
「ネテイト、先に帰っていいわ。スゥヨンも待たせているでしょう? 行って」
「? はい」
ネテイトに声をかけて、ここで別れることにする。
不思議そうに廊下を歩き続けるネテイト。
私は通信具の耳飾りをコツンと小突いて、魔力で作動させた。
〔リガッティー〕
「ルクトさん。終わりました。見てますよね? どこですか?」
繋がるなり、早口で問う。
窓を開いて、下の庭園を覗いて、姿を捜す。
そこから私を見付けて、連絡をくれたに違いない。
「
「わっ。何?」
歩き去ったと思ったネテイトが、グリンッと足早に引き返してきて、私に詰め寄った。
義弟の必死の形相に、頭を引いて距離を取る。
「何じゃないだろ! 冒険者って何!? 冒険者って!! 春休みから何をしてんだよ!?」
最初の王族殺害未遂の罪と私の冒険者活動の発覚という巨大な衝撃を受けたことを、今思い出したのだろう。
「この場で明かすなんて、私も想定外なの……」
「誰もが想定外だったろうよ!!」
顔を曇らせて、ポンとネテイトの肩を叩く。
会談では、明かすことなど、想定していなかった私の冒険者活動。
ネテイトには、早くても、帰宅、あるいは明日の出発する直前の予定だった。
「こら、ネテイト。ここは、王城の大会議室のある廊下よ。みっともなく叫ばないの」
「なッ……うっ!」
ここが取り乱して叫んでいいわけがない、王城の大会議室がある廊下だから、ネテイトは言葉を詰まらせた。
「話はあとにしましょう? 私は大罪から守ってくれた恩人に、感謝を伝えないといけないわ」
「は? ちょ、まッ……
私がひょいっと窓辺を飛び越えたから、結局また叫ぶことになったネテイト。
ドレスがぶわっと捲れるだろうから、風魔法をまとい、上手い具合に調節し、華麗に着地した。
花の香りに満ちた庭園の煉瓦の道の上をブーツで歩く。
ネテイトが声を上げている間、ルクトさんが「下においで」と言ってくれたので、そのまま飛び降りた。
丁度私が見た窓からだと、植木で見えなかった位置に、ヴァンデスさんとルクトさんが立っていて、手を振って見せてくれる。
私は王子の婚約者という縛りから解放された身軽さと嬉しさで、つい駆け寄ってしまった。
窓から飛び降りた時点で、淑女さは欠けてしまっているけれども、気にするものか。
軽い足取りで、笑みで待ってくれているルクトさんの前まで行き、そして目の前で急停止する。
気持ち的にはルクトさんに飛びついてしまいたいが、流石に恥ずかしいので、堪えた。
「無事解決しました! 私は自由の身です!」
「よかったな! 流石リガッティー! よく頑張った!」
満面の笑みで嬉々として報告。
ルクトさんは同じぐらい嬉しそうな笑みを零して、私の頭を撫でた。
初めてルクトさんに頭を撫でられた時を思い出す。
髪が乱れるほどのやや強めの手つき。
キュッと、目も唇も閉じて、これを味わう。
「あ。ごめん。うわあ……髪、気持ちいいくらい、サラサラしてる……」
ルクトさんは撫でる手を止めたけれど、すぐに私の乱れた髪を、両手で直してくれた。
指先が、入り込む。頭部を滑り、髪を整えていく。
「瑞々しい葡萄みたいな色で艶めく見た目通り、潤ってる触り心地……」
髪を撫でながらも、私に触れるルクトさん。
もう遠慮する必要がない。その理由はない。触れてもいいし、私も拒まない。
私の髪の感触を、堪能してくれる手。
するりと、指を通したルクトさんの手が、耳を掠めて、両頬に触れる。
目の前のルクトさんは、熱のある眼差しで、優しく微笑んでいた。
きっと、私も同じ熱量の瞳で、ルクトさんを見つめ返している。
ふわっと私の長い髪が靡いて、目の前で舞うけれど、ルクトさんの手があるから、遮る形になった。
ルクトさんの白銀の短い髪も揺れて、キラキラと神秘的に煌めく。
見つめてくれる、熱が灯ったルビー色の瞳が――――堪らなく、私は好きだ。
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