乙女ゲー異世界転生者【悪役令嬢vsヒロイン】

35 会談開始にくじく。




 ハルヴェアル王国の王城。ディエディールドという名がつけられている。

 ハルヴェアル王族のディエのミドルネームは、そこからつけられたのか、それとも城の方がつけられたのか、それは記録には残っていないそうだ。


 ファマス侯爵家の家紋入りの馬車で、城壁の大門をくぐり、長い馬車道を進み、正門入り口で護衛としてついてきた副団長の手を借りて降りる。


 このディエディールド王城に足を運んだのは、冬休み中の王室主催のパーティー以来だ。

 すでに、私への不信感を募らせていた第一王子のミカエル殿下は、婚約者としてエスコートはしたけれど、不満という態度で必要最小限の会話しかしてくれなかった。

 一回だけ、それを注意したら、ただ睨まれたので、それ以上は放っておいた。私は大きな子どもの子守りをしているわけではなかったのだから。


 白の塗装によって、元々は灰色の煉瓦の素材で作られたこの王城は、誇り高さを示すような気品さを溢れさせている。

 100年前から、増築はされていないので、今の構造に満足されている完成形だとのこと。

 王城自体の建物は、我が侯爵家の敷地の三倍はある。複雑な構造でもあるので、王城内を頭に叩き込むことはかなり苦労したものだ。何より、七階建てということが凄い。流石に、覚えるのは、混乱した。


 どの階にも、大中小と違いはあれど、天井のない場所には庭園があって、私は三階の中央庭園が一番好きだったりする。

 今回の大会議室は、四階にある。もう頻繫に来れないはずだから、三階の中央庭園へ帰りに寄ろう。ルクトさんと通信しながら、一回りだけしたい。



 副団長と騎士の二人の護衛は、三階まで。次は、近衛騎士三人が引き継ぐ。


 そのまま、四階へ上り、大会議室へと案内された。

 途中の廊下で、三階の中央庭園が見えたけれど、そこまで行きつく道順を考えると遠いなぁ、とぼんやりと思ってしまう。



 これまた重々しい大きな扉の中に通された大会議室。

 想像以上に巨大なテーブルが、中央に設置されている。国旗に合わせた黄色と青のラインが入った白いテーブル。大勢が席につけるであろう広さではあるけれど、左右に並んでいるのは、上座寄りに七つずつの椅子のみ。


 私が一番乗り、か。


 指定された席は、国王夫妻が座るであろう上座から見て、斜め右の席。向かい側に第一王子で婚約者が座るのだろう。

 その上座の後ろにも扉があるので、国王夫妻はそちらから登場するだろうと、推測が出来た。



 静かに椅子に座って待っていれば、第一王子一行が入室。

 一度立ち上がって、礼儀のために形だけの挨拶をした。


 第一王子ミカエル・ディエ・ハルヴァアル殿下。烈火の赤い髪と瞳を持つ、キリッとした印象の美形のオレ様王子。王子の正装で、左肩から垂らす白いマントを靡かせている。


 現宰相のデリンジャー侯爵の息子、ハールク様。深緑色の髪と瞳を持つ、冷たそうな無表情の美形のクーデレキャラ。オーダーメイドであろう背広姿。


 現王室騎士団長のデライトン伯爵の息子、ケーヴィン様。茶の短髪と青い瞳の爽やか美形の陽キャラ。もう騎士の試験を合格しているので、無所属の騎士の制服を身にまとっている。ミカエル殿下が王太子になった暁には、側近護衛騎士として、新たな制服が与えられる予定だった。その予定は、もう消えたわ。


 そして、エトセト子爵令嬢のジュリエット。まとまったストレートヘアーのハニーブロンドと水色の瞳で儚げ容姿の可憐な美少女ヒロイン。

 清楚な水色のドレスをまとっている彼女の右頬には、何故かガーゼが貼られていたので、怪訝に眉をひそめた。


「その頬は、一体どうなさいましたか?」


 怪我?

 ヒロインは強い光魔法が使えるというから、聖女のような人だと褒められるセリフを受けるのに、そんな光魔法の使い手が、何故自分の怪我を癒さないのか。

 妙すぎて、首を捻る。


「フン、白々しい! 痛ましいが、証拠だからな。前回は治してしまったが、今回は残した。仕方なくだ。魔法で癒せるからと言って、傷付けていいとでも思っているのか? どこまでも卑劣だな」


 ジュリエットはシュンと視線を落として悲しげな様子を見せるだけだった。

 だから代わりのように、ミカエル殿下が忌々しそうに鼻を鳴らして、睨みながら吐き捨てて答える。


 

 それは、悪役令嬢リガッティーが、魔法で危害を加えた際に、ジュリエットが怪我したというを指しているのか。

 。つまり、また悪役令嬢リガッティーが、危害を加えてきたという証拠が


 魔法で癒せるからって、傷付けてもいいという卑劣な考えを持っているのは、お隣のヒロインですよ。

 そう、あなたの秘密の恋人です。

 なんて愚か。



「それはそれは……


「……ただじゃすまないぞ」



 私は懲りずに偽りの罪を重ねてきたジュリエットを冷ややかに見つめて言えば、自分達への挑発とでも受け取ったのか、ミカエル殿下は怒りを込めた低い声を放ってきた。


 そんなガーゼを貼ってまで、怪我を保存して証拠にするなんて。

 可哀想な被害者だと、より印象的に見せるなら、公衆の面前だけでやればいいものを。

 今回、この大会議室で会談に立ち会う方々に、情の訴えなど通用しないのに。

 ……バカなの? バカか。


 最後。

 我が義弟。ファマス侯爵家の養子にして跡取り、ネテイト。ふんわりしたベージュ髪のツンデレショタ枠キャラ。


 どうやら、この追加された罪は初耳らしく、目を合わせたネテイトは険しい顔をしていた。

 まぁ、ネテイトは部屋にこもっていて、接触してなかったのだろう。これは失態ね。

 でも、今更、また危害を加えたなんて訴えられても、。簡単に跳ねのけられる冤罪。


 焦ることはない。他の冤罪ごと、威風堂々とネテイトが返り討ちにすればいいのだ。


「おい、ネテイト?」


 私の向かいに座ったミカエル殿下。

 隣には、愚かにもジュリエットを座らせている。被害者を訴える当事者ではあるけれど、身分的にも、婚約者でもないジュリエットを、第一王子の隣に座らせていいわけがない。


 なのに、さらに隣の次期宰相志望のハールク様は、疑問にも思わないのか、そのまま椅子に腰を下ろす。


 主役だから、そこにいるべきだと勘違い?

 主役は、一応、婚約解消をする私とオレ様王子です。それともまた、上手い具合にヒロインに丸め込まれたのかしら。


 そのハールク様の隣が、ケーヴィン様だ。


 ミカエル殿下が呼びかけるネテイトだけが、入り口で足を止めている。


 迷いが生じているのか。

 新しい罪に対しての対策がないため、まだミカエル殿下側にいるべきかどうか、悩んでいるのかもしれない。



「ネテイト。こちらに来なさい。あなたはファマス家の人間なのだから」



 コンコン、とテーブルを軽く拳で叩いて、隣に来るように指示を送る。


「なんだと? 何故お前の隣なんかに、オレの側近が行かねばいけない」

「殿下の側近の前に、ファマス侯爵家の人間です。こちら側にいるのは、おかしな話ではありません」


 ギロッと睨んでくるミカエル殿下にきっぱりと言い退けて、私も椅子に座り直す。

 ネテイトが私の助け船に僅かに力を抜いていたが、ジュリエットの方は一瞬顔を曇らせたのを、見逃さなかった。でも、指摘はしない。


 本来なら、あとにファマス侯爵夫妻が来るから、ネテイトが隣に座ることはなんらおかしくないこと。

 なので、ミカエル殿下は、しぶしぶ引き下がった。



 これで、乙女ゲーム『聖なる乙女の学園恋愛は甘い』に登場するキャラクターが揃った。

 ヒロイン。

 ヒーローもとい攻略対象の四人。

 悪役。


 ただし、本来はなかった会談という場だ。


 私がゲームシナリオの悪役令嬢リガッティーと同じように、闇魔法の暴走を引き起こしていれば、ヒロインのジュリエットが強力な光魔法で消し去って、婚約破棄と断罪を行った進級祝いパーティーの参加者達を守った救世主となるはずだった。


 婚約破棄を言い渡されるまで前世の記憶がなかったけれど、私は前世の私を引きずっていたのか、それとも元々の魂の影響というべきか。

 ゲームシナリオ通りの悪役令嬢リガッティーの悪行はしなかったし、闇魔法の暴走さえも兆しすら出さなかった。


 自分が救世主となるはずだった重大イベントは、不発。

 だから、新たにまた危害を加えられたなんて罪を加えたのか。

 浅はか……。


 ……。


 ……妙ね。よくよく気にすると、引っかかる。



 ネテイトも隣の椅子に座って、全員沈黙している中。

 紫のグラデーションの扇子を開いて仰ぎながら、ジュリエットの右頬を見つめてしまう。

 その視線を感じているジュリエットは、僅かに口元を緩ませた。といった笑みを、私に見せたのだ。


 何……?

 何か、切り札でも隠している? 私は、何か見落としている?


 モヤッとして今までを振り返り、ゲーム知識も照らし合わせて、答えを探す。



 そこで、新たな入室者が来て、重々しい扉が開かれた。

 立ち上がって、会釈をする。

 次々と入ってきたのは、高い地位のある役職に就いている方々だ。


 王城勤めの魔術師を統括もしている王室魔術師長。オオスカー侯爵の現当主、オリエアス様。赤茶髪にアッシュグレーのメッシュがあって、お洒落なおじ様紳士を醸し出しつつも、貫禄のあるシワと面構えの50代の男性。


 その補佐官、オオスカー侯爵家の長男、ディアス様。暗めの赤茶髪を顎下まで伸ばしてサイドに分けている髪型の30代だけど、まだ20代の青年にも見えてしまう若い美形な顔立ち。

 父子とともに、長いローブを靡かせて、私の後ろ側の方に移動してそこに足を止める。



 それから、王室騎士団長が、あとに続いて入室。ケーヴィン様の父親のデライト伯爵様は、かなりの強面だ。彼は、息子の後ろで足を止める。



 次は、見たことない人だった。黒髪だけど毛先が青い。目が細く、存在が薄いという印象を抱く男性。服装が、魔術師のもの。身のこなしは、静かでいて、洗練されてはいた。だが、王室魔術師ではないローブだ。

 王城勤めの魔術師だけれど、魔術師団の者だろう。王室魔術師の下という位置付け。一般的な魔術師というわけだ。王城勤めなので、腕は認められているはず。

 でも、この場に入ることが許されるような立場なのだろうか。疑問に思っていれば、彼も私の後ろ側の方へと歩いていく。


 それで、気付いた。


 彼には――――


 今は【探索】魔法なんて使っていないが、それでも、普通は感じる人の気配を、後ろを横切った彼には感じなかった。


 思わず、振り返ってしまう。

 彼は私と目を合わせることなく、王室魔術師長の補佐官から一歩離れた位置で足を止めた。視線に気付かず、他人のフリ。


 私も自然を装って視線を外す。他人のフリ。

 ちょっと違うけれど、他人のフリがいいわよね。


 きっと、彼だ。

 王家の影。私の監視者。

 万が一のためにも、私の無実を証言してくれる監視者が、彼なのだろう。

 知らないフリ、と言う方が正しいか。


 最近【探索】で存在は感じていたのに、いざ出て来たら、気配を感じないとは……不気味である。

 そこは流石、影に徹した存在だと称賛すべきかもしれないけれど。


 魔術師の姿で、証言か。

 魔法で姿を消しての監視者だと名乗るのだろう。その点は、事実だ。


 あと、王室騎士団の方が四人、入ってきたけれど、部屋の隅に立つから、不測の事態の対応に備えた人員。ただの待機だろう。



 そして、ご登場。上座の奥の扉が開かれた。


 ハールク様の父親、現宰相のデリンジャー侯爵様。緑色のメッシュが入った深緑色の髪をオールバックに決めた口元のシワがある男性。これまたオーダーメイドであろう燕尾デザインの服でピシッと決めた彼に続いて、近衛騎士団長達が入る。



 思わず、口元が引きつりかける。

 近衛騎士団長、か。元、私付き執事で、我が家で”猛信者”と呼ばれた男の父親。

 七年前に、私と目が合うなり、猛進する信者と化した息子がいなくなったのは、私のせいだと責めている節があるのだ。

 私には非がないのに、向けてくる眼光が鋭い。抑えてはいるけれど、目の奥では責めている。


 私は何もしてません。あなたのご子息は、何もかも自分で決めて異常な熱血で突っ走って、武装国家まで修行しに行きました。



 そんな近衛騎士団を引き連れたのは、ハルヴェアル国王夫妻だ。


 鮮明な赤い髪を右サイドだけ垂らして、あとは後ろに結って髪飾りをつけているのは、王妃様。

 現王妃のエルスカーレット様。

 ドレスまで深紅色だから、赤の女王と表現したくなる美女だ。


 そして、現国王陛下。デヴィーライト・ディエ・ハルヴェアル様。

 彼は波打つ白金髪と青い瞳の持ち主で、精悍な面持ちで、王冠も被っていて、マントも肩から下ろしている。威厳さを見せつけるような存在感を放つ国王様だ。


 挨拶を済ませると、国王夫妻が、上座の立派な椅子に、並んで腰を下ろした。


「お座りください」


 デリンジャー宰相が、テーブルの前にいるミカエル殿下を始め、まだ未成年の私達に目配せする。

 あと椅子に座るのは、私達だけか。

 すぐに従って、また着席。


「では、始めよう。言わずともわかるだろう。本来なら、すぐにでも招集すべき案件だったが、隣国の公務を蔑ろには出来なかった。事実確認を兼ねて、この場で当事者達で会談をしてもらう」


 口を開いたのは、国王陛下。

 ちなみに、隣国はアラビアンな隣国とは反対側の方。


 事実確認による、解明。処罰に関しては、この場では下さないという意味も込められている。


 だけれど、私は解明後は、きっちりと婚約解消をしてもらう所存。


「余と宰相が主に会談の進行に手を貸すが、君達になるべく任せたい。なら、この意味がわかるだろう。


 立場のある私達は、責任を持って、解決までするところを、親でもある王国の重役達に示さないといけない。


 将来、重役になるべく教育を受けてきた立場ある私達は、未来のためにも重大な会談をする。


 重く頷いて見せるけれど、果たして、向かい側の彼らは本当に理解しているのだろうか。

 特に、ジュリエット。


 ジュリエット以外が、未来の王国を託されるはずだった重要人物だ。

 自分達が正義だと信じて疑わない第一王子のミカエル殿下達は、どこまで愚か者だという姿を見せて、親達を失望させるのか。


 私とネテイトは、真実を突き付けて、愚か者に教えてやらなくてはならない。


 それらを、見られるのだ。


「他の重役が揃っているのは、立場ある者だからこそだ。中には、肉親もいる。その跡継ぎだったのだから、当然か」


 少し青い瞳に陰りが見えたが、国王は続けた。


「だが、余の招集に応えられなかった身内がいるだろう。念のために、不参加の理由をこの場の者達に聞かせてくれ。不参加については、余は受け入れている。先ずは、ファマス侯爵夫妻だ」

「はい。国王陛下」


 目配せすれば、ネテイトが返事をして立ち上がる。


「招集を受けたファマス侯爵夫妻は、領地から王都に戻ろうとした道中で、魔物の群れと遭遇をして負傷しました。父である当主は、呪いまで受けたため、苦痛で身動きが取れなくなりました」

「そんなっ……! 私に言ってくれれば!」


 呪いと聞いて、ジュリエットがか細い悲鳴のような声を出して、両手で口を覆った。


 視界の隅っこで、王妃様の真っ赤な唇の端がピクリと動いた気がするが、気のせいにしておこう。


 国王陛下直々の指示に従って、ネテイトが発言している最中に、余計な声を出すとは……。

 よろしくない。

 ネテイトが、グッと耐えるに拳を固めた。とばっちりよね……。


「ゴホン。さらに、元々、我が領地は魔物被害が極端に少なかった地域だったため、非常事態対応で魔物の群れを討伐をするため、母である侯爵夫人の指揮の元、領民を守ることとなりました。王都は領地からかなりの距離もあり、対処後でも間に合わないと判断したため、国王陛下に不参加のお許しをいただきました」


 咳払いして聞こえないフリをして告げたネテイトに、ジュリエットがポカンとした顔を一瞬したが、”領地からかなりの距離もあり”の辺りで、自分が行っても間に合わなかったのだと気付く。


 ミカエル殿下とケーヴィン様は、何故それを話してくれなかったのか。

 そんな問い詰めたそうな視線を向けるが、ネテイトだってジュリエットの頬の怪我を聞いていないのだ。おあいこだろう。


 ちなみに、ハールク様は、出しゃばりな心優しいヒロインを演じたいであろうジュリエットが、ファマス侯爵当主の呪いについて問おうとするのを掌を見せて、阻止した。


「……うむ。では、エトセト子爵について」

「はいっ、国王陛下」


 ネテイトが腰を下ろせば、次はジュリエットだ。


「私の父は、此度の騒動を知り、大変なショックを受けてしまい、心労で寝込んでしまいました。医者の話でもとてもではありませんが、起き上がってこの場に立ち会うことは難しいと判断されましたため……国王陛下に不参加のお許しをいただきました」


 立ち上がってスッと背筋を伸ばして、父親の不参加の理由を告げる。けれど、言い終わると、シュンと悲しげに肩を下げた。


 大変なショックを与えたのは、自分だろうに……。


 ヒロインは幼い頃に母親を亡くしたが、父親にたくさんの愛情を受けたため、優しくも芯の強い少女に育った。というのが、プロフィールだったはず。


 ちなみに、その心労で寝込んでいるエトセト子爵は、ちょっとお腹が目立ち始めたぽっちゃり系になりつつある男性だ。ポヤポヤした雰囲気があるので、絶対にジュリエットが用意させた捏造証拠集めによる悪事には関与していないと思っている。

 こんな騒ぎの元凶が自分の愛娘ならば、気絶したままでいたいだろうに……。


 ……何故か、ハールク様が満足げに深く頷いている。もしかして、今のセリフはハールク様が用意してやったのだろうか。

 練習の成果が出来てよかったわね。


「うむ。では、宰相」

「はい、陛下。宰相の私めが、会談の進行のお手伝いをさせていただきます」


 国王陛下がデリンジャー宰相を呼んだため、一歩前に出て、中央テーブルにそばに立った彼は、柔和な笑みを浮かべた。

 表情筋が瀕死な息子と違い、笑みが作れる方だけれど、絶対に内心穏やかではないだろう。愚息がいるのだもの。


「それでは、始めてください」


 誰とは指示しなかったが、テーブルに着いた者の中で、一番身分が高いのは、第一王子のミカエル殿下だ。


「この会談では、エトセト子爵令嬢に対して、嫌がらせ行為から始まり、ついに犯罪行為までおこなったファマス侯爵令嬢の罪を明らかにさせる


 重たい口調で口を開いたミカエル殿下。


 つもりでした……?


 妙な言葉だと思っていれば、テーブルに組んだ両手を置いて、ギロリと私を睨みつけてきた。



「ファマス侯爵令嬢が犯した、最も重い罪を追及する! その大罪は――――王族殺害未遂だ!!」



 ――――は?



 私は突き付けられた罪状に、顔をしかめずにはいられなかった。

 隣のネテイトからも、見なくても動揺が伝わる。


「一体、なんの話でしょうか?」

「とぼけるだけで罪からは逃げられないぞ! この大罪を犯しておいて、無事で済むとは思うな」


 ミカエル殿下も、ケーヴィン様も、敵意を剥き出しに鋭く睨みつけてきた。

 ハールク様も、冷ややかに見据えてくれる。


 どういうことだ。

 パーティーでは挙げられなかったし、そんな大罪はゲームシナリオにもない。強いて言えば、闇魔法の暴走が該当するだろうけれども……それは、ゲームシナリオだけの話。


 つまり、思い当たるのは、ジュリエットが頬にガーゼを貼っている件のみ。

 それが何故、王族殺害未遂なんて、大罪になるんだ。


「まさか、気付いていないのか? 呆れたな」


 ハンッ、とミカエル殿下は睨みつけながら、嘲笑って鼻を鳴らす。


「仰る大罪も、また身に覚えがございません。どういうことでしょうか。お話しください」

「見苦しくとぼけるか! 五日前、お前は襲撃しただろう」

「はい? やはり、身に覚えがありません。

「何を言っている?」


 ミカエル殿下も巻き込んだ襲撃事件が王城で起こった、なんて大事件が起きたのか。


 そう不可解ながらも推測したのだが、険しい顔で睨み付けるミカエル殿下は、とんでもないことを言い放った。



「慈善活動のために孤児院へ向かっていたジュリエットと、付き添ったオレとケーヴィンを、お前が襲撃をしたことを言っているんだ」



 私は思わず、身体を強張らせる。

 隣では、ネテイトが息を呑んだ。


「ハッ! 心当たりがあるだろう? 当然だ! 手下を引き連れて闇魔法で襲撃したのは、お前本人だ! ジュリエットを狙ってのことだったろうが、オレもいたことは誤算だったのか? お前は王族を襲撃したということだ!」


 私の反応を勘違いしたミカエル殿下は、もう勝った気でいる笑みになる。


「お前が放った闇の刃は、大半は防いだが、オレの脚とジュリエットの頬を掠った。オレの方は、ジュリエットが咄嗟に治してしまったが、ジュリエットの頬の怪我はそのままにした。オレとケーヴィンが、襲撃により受けた傷だという証言し証拠と示すためにな!」

「……あの、何故……私だと断言するのですか?」


 喉が渇く。震えないように努めるが、どうやら私の顔色は悪くなっているようだ。



「バカめ! ! !」



 ――――


 衝撃的すぎて「本当に気付いていないと思っていたのか」とミカエル殿下の声が、遠くに聞こえてしまう。


 てっきり、ジュリエットが危害を加えられた現場が、ネテイトと同じく滞在していただと思い込んでしまっていた。


 だから、危害を加えられたと騒いだとしても、私は、無罪だと跳ねのけられるはずだったのに……!



 

 

 そして、姿



 予想外な窮地に立たされてしまった。


「オレにも、危害は及んだ! つまりは、王族殺害未遂の大罪となる! まだ言い逃れるものなら、足掻いてみるがいい!」


 ミカエル殿下が、バカにして言い放つ。

 そんな嘲笑ではなく、テーブルを呆然と見てしまう。


「義姉上っ!」と小声で、ネテイトに呼ばれたため、ハッとなんとか我に返る。


「……いいえ、私ではありません」


 なんとか。

 なんとか、上手く立ち回らないと。

 扇子を両手で握り締めて、必死に逃げ道を探す。


「私は襲撃などしておりません。どこかは存じませんが、そこには行きませんでした」

「では、どこにいたと戯言を吐くつもりなんだ? ファマス侯爵邸の者の証言など、当てには出来ないぞ」


 そこにいなかった。その証明が必要だ。

 ジュリエットも、大人しくファマス侯爵邸にいるとでも思っていたのだろうか。

 そうすれば、例え家に居たとしても、仕えている者達の証言は無下にされてしまう。



 私は――――どこまで言えば、免れる?



 冷や汗を垂らしつつも、みっともない反応をしないように、堪えた。



 むしろ、!?



 回避、回避、回避。

 グルグルと思考が回りすぎて、目が回りそう。


「ファマス侯爵邸にはいませんでした」

「ほう? では、どこにいた? 証明する者はいるのか?」


 おちょくっているであろうミカエル殿下の顔ではなく、テーブルを見つめるだけで、なんとか言葉を絞り出す。



「――――……私は、



 ドドドッと、嫌な心音が鳴り響く。


 怪訝な顔をしたのは、ミカエル殿下だけではない。ケーヴィン様もだ。

 隣のジュリエットも、ん? って反応をしている。ハールク様も似たようなもの。

 ネテイトは首を傾げるように、私を横から覗き込む。


「何を言い出すかと思えば……本当に戯言を吐くとは、我が王族を愚弄しているのか?」

「王族の方。ましてや、国王夫妻の前で嘘などつきません」


 きっぱりと否定の言葉を出すけれど、私はどこに置けばいいかわからない視線をフラッと泳がしては、やはりテーブルの上に置いてしまう。


「五日前と仰りましたね。私は、王都にはいませんでした」


 言い直す。そして、閃く。

 そうだ。

 してもらえばいい。


「ならば、ど」

「私が王都にいなかった証人がいるはずです」


 どこにいたのか。その質問はさせまいと、私は遮った。


「王妃様。証言の許可を、お願い申し上げます」


 もう把握済みであろう王妃様に、証言許可を要請する。

 というか、絶対に大半の方々が、知っているのではないだろうか。周囲から動揺の気配が全くない。


 王族殺害未遂の発言がされれば、緊張が張り詰めるはず。しかし、王族殺害未遂だからこそ、この場の重役が知らないままなどありえない。

 さもなきゃ、私は報告された時点で、大罪人として連行されている。


 しれっとした顔で、

 こ、こんなはずじゃっ……! こんなはずじゃなかったのにっ……!


 いえ、まだ。まだよ。

 この場で公言されないように、立ち回らないと!


「ファマス侯爵令嬢に証言の許可をいたします」

「母上っ?」

「お黙りなさい」


 王妃様は自分を呼ぶ息子を、やんわりとした口調ながらも、拒絶する。

 絶対に襲撃を受けた日には、王妃様に報告しただろうミカエル殿下。その後、任せろと言われたのではないか……。


 こういうことよ。私にはアリバイを証言してくれる証人がいる。


 こんなに早くに、こんな風に、してもらうはずじゃなかったのにっ!


「証人は、わたくしが保証します。証人は、このわたくしがつけた監視者です。ファマス侯爵令嬢の主張を、証言してくれるでしょう」

「発言を致します。魔術師のシン・ホワイトと申します。ご命令を受けて、ファマス侯爵令嬢を、魔法で身を隠し、影ながら監視しておりました」


 低い声が思ったより近くから聞こえて、びくっと身体を動かしてしまった。

 そんな私の様子に、ミカエル殿下達は訝しむ目で見てくる。


 監視者こと魔術師のシン・ホワイトさんは、私の横を一歩下がった位置に立っていた。


 気配がなさすぎてびっくりしたわよ。

 って、私のことおちょくってます?

 お願いだから、証言は、最小限で留めて! お願いします!! 今日で最後でしょ!?



「ファマス侯爵令嬢が主張している通り、



 望む通りの正しい証言! ありがとうございます!

 でも、まだ安堵出来ない!


「ということで、証言があります故。王族殺害未遂事件については、両者の主張がぶつかり合っていますので、究明による厳密な調査が必要ですわ」

「待て! ならどこにいたと言うんだ!? だいたい、その証人とオレ達は一体」

「殿下!」


 この件を正式な調査に回してもらおうとしたが、引き下がらないミカエル殿下が、マズい発言をしかけたので強く遮った。


 今、王妃様が保証した証人を信用に値せず、自分達の方が信用に値するのだと言いかけたのだ。


 ハッとしたミカエル殿下は、ピリッとした空気を感じ取り、右にいる自分の母親に目を向ける。

 小さな微笑みを浮かべているが、王妃様のご機嫌は麗しくない。


「第一王子。あなたはこの王妃が保証すると言った証人を疑うと言うのでしょうか?」

「っ、い、いえっ……そんなつもりは……」

「リガッティー嬢。、主張をしなければ、進みませんわよ」

「……はい。王妃様」


 自分は他人行儀な呼び方をされたのに、私は名前で呼ばれたことに、解せないとしかめた顔をしたミカエル殿下。

 余裕のない私は、王妃様に、、と言われたもよう。


「五日前、私がいたのは……」


 王妃様は、自分の顎に扇子を当てて、素知らぬ顔でいた。


 だが、隣の国王陛下は、じっと私を見て待っている。わあ……あなたは知らないんですね……。


 間にいるような形で立っている監視者も、素知らぬ顔だ。




「……『黒曜山』です……」




 答えたあと、ギュッと扇子を握り締めた。

 始まったばかりだけれど、この大会議室から飛び出したい。


「は?」と誰かが声を零した。誰でもいいわ。


 ちょっと国王陛下の反応が見たくないので、自分が入ってきた大会議室の扉を、現実逃避に見つめてしまう。


「『黒曜山』? 今、黒曜山と言ったか? あの『黒曜山』だと? 戯言を抜かすな!」


 ミカエル殿下も知っている。ジュリエットだって知っている。幼い王都っ子も知っている。

 ここから一番近く、最も危険な魔物出没地域のお山。


「証人」

「はい。証言いたします。ファマス侯爵令嬢は『黒曜山』にいらっしゃいました」


 王妃様の指示を受けて、監視者が証言した。


「五日前の朝から、王都を出て、『黒曜山』へ向かい、そして夕方前には王都へ戻ってきました」


 監視者さん……正しく証言してくださり、ありがとうございます…………。


 ミカエル殿下達が、王妃様の命令で証言した証人を呆然と見ている中、私は諦めた。


 まだ訝しがむミカエル殿下達は、それでも尋ねるしかないだろう。


「お前はなんで……『黒曜山』に行ったんだ?」


 魔物がわんさか出没する危険な山に、何故行ったのか。

 当たり前すぎる疑問。

 私は、それに答えるしかなかった。




「――――……冒険、していました……」




 声を震わせるな、はっきりと告げろ。







 言い直す。

 もうここからは、腹をくくれ。

 堂々と答えてやれ。



、『黒曜山』に行き、



 襲撃をしたという時間に、私は王都にはいなかった。

 この王城から、やっと黒い山がちょこんと見えるだけの離れた『黒曜山』にいたのだから。



「……はあ?」



 そう素っ頓狂な声を出したのは、ミカエル殿下で、他は言葉も出ない様子だった。

 しかし、ジュリエットも小さく、同じように素っ頓狂な声を出したはず。ミカエル殿下の声で、掻き消されただけだ。



 こんなっ! こんなはずじゃなかった……!!


 この場で、冒険者活動を明かすはずじゃなかったのにっ!!



 会談開始早々に、出端くじかれたッ……!!



 わけわかんないと顔を歪めるジュリエットを、恨めしげに一瞬だけ睨み付ける。



 あなたのせいよっ! 許さないっ!!

 こんの儚げ美少女詐欺容姿の下種ヒロインっ!!!




 

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