36 大罪の無実の証明と。
もう潔く、話すしかない。
私に被せようとした罪。それを蹴りぶっ飛ばすために、正直に明かしてやることにした。
ジュリエット。
大罪を犯したのは、あなたよ……!!
情状酌量の余地なし!!
「お水を。お水をくださいまし」
一応部屋に待機していた侍女に、手を上げて見せて、水を要求する。
喉が渇きすぎて、反撃の声が掠れて咽せそうだ。
侍女の方を見た際に、目をまん丸にしている国王陛下が視界に入ってしまった。
冷や汗を掻いたあとに、恥ずかしさで身体が熱くなってきたので、扇子を開いて小刻みに仰ぐ。
国王陛下の反応には、赤面していられないわ……。
恥ずかしいことはしていない! ただ! まだ公言するつもりはなかったから! 気が動転しているだけ!!
「あ、義姉上……?」
「待って」
「おい、一体なんなんだ?」
「お待ちを。ちゃんと、ご説明させていただきますので」
説明を求めて急かすネテイトとミカエル殿下に、掌を見せて、強く待つように訴える。
グラスに注がれた水を、淑女らしく静かに、でも多めに含んでは、喉に流す。
「……お待たせしました。では、ご理解いただけるように説明をさせていただきますわ」
ひらりと扇子を一振りして、開いたまま、始める。
万が一の時は、口元は隠すわ。
でも、正々堂々と、話してあげるわ。
「第一王子殿下が身に覚えのない罪により、婚約破棄を進級祝いパーティーで言い渡した翌日。
この際だ。
隣の義弟が「義姉上……!?」とか細い悲鳴を出すけれど、お構いなしである。
「こちらが、冒険者登録をしてもらった証拠であり、冒険者の証です」
【収納】にしまっておいたシルバーチェーンに通したタグを取り出して、目の前に置いた。
身を乗り出してまで、ミカエル殿下達が凝視する。
何してるんだ、お前……。
と言いたげな絶句顔を、ヒロイン側の攻略対象三人に向けられた。
似たような顔をするヒロインには、心底イラッとする。
あなたが、何してくれてんのよ!
と胸ぐら掴んでやりたいのに、そんな顔を向けないで。殴るわよ、グーで。
「冒険者登録をしたら、新人指導にAランク冒険者が担当となり、その日から冒険者活動を、
また「義姉上っ」と泣きべそかいたようなか細い悲鳴が聞こえたが、義弟の顔は見ないようにする。
「私が襲撃したと仰る五日前は、冒険者活動三日目です。指導担当の冒険者の方が、私の実力なら問題ないと、ギルドマスターと挨拶を交わしたあとすぐに、『ハナヤヤの街』まで【ワープ玉】で移動しましたわ。そばの馬屋で大馬を借り、さらに移動して『黒曜山』へ。引き受けた依頼は『黒曜山』の中に生えている『白わたわた』の採取でした。そのために、麓まで徒歩で行き、魔物と魔獣の群れを討伐しておりましたわ。依頼完遂の報告のため、ギルド会館へ戻ったのは、午後三時辺りだったはずです。監視者の方、私の報告に誤りはありますでしょうか?」
ツラツラと事実を報告してやったあと、信憑性を高めてもらうためにも、監視者の証言を求めた。
「ファマス侯爵令嬢のお話には、誤りはありません。五日前は、朝から冒険者ギルド会館に行き、指導担当の冒険者とともにギルドマスターと少し会話をしてから、『黒曜山』へと向かいました。仰った通りの移動手段です。帰りは王都の転移装置に【ワープ玉】を使用して戻りました」
ちゃんと肯定してくれた上に、帰りの手段まで付け加えてくれる。
ありがとう。監視者さん。
王家の影としては、あれだけど、監視者の魔術師シンさんに感謝を、改めて伝えていいかしら。後々。
「ちょっと待てよ! 『黒曜山』!? Aランク冒険者と二人で行ったなんて信じられないぞ! ッ!?」
ガタリと立ち上がってまで疑うケーヴィン様を、右肩を掴んで王室騎士団長が押し込んで座り直させる。
怒気を放つ強面で見下ろし、ギリッと肩を握り締める父親に、息子は痛がる暇なく、顔を青ざめた。
「僭越ながら、
「……はい。王室騎士団長様」
地を這うような低い声は、愚息に対する怒りが隠し切れていない。顔だけはまだ睨む表情ではないが、十分怒り心頭なのは、一目瞭然な雰囲気だ。
「ありがとうございます。『黒曜山』では、魔物と魔獣の群れと遭遇したとのことですが……一体どんな魔物か、教えていただけますか?」
「はい。その日は、ディーラビットとゴブリンとオークルナスと遭遇して討伐しました。他は、魔獣の群れでしたわ」
素直に答えると、ミカエル殿下とハールク様が口を挟んだ。
「待て、騎士団長。そんな質問など無意味に等しい」
「そうです。『黒曜山』に出没する魔物など、授業で習いました。納得いく証拠にはなり得ません」
ジュリエットも、そうです! と言いたいが堪えて、強い頷きだけで加勢する。
「失礼ながら、冒険者ギルドでは、討伐した魔物や魔獣の【核】を提出して買い取る流れだったはずです。そして、記録もされます」
冒険者とは共同戦も張る仲であろう王室騎士団長も、当然知っていたのか。ミカエル殿下達に告げると、また私に顔を戻す。
「ファマス侯爵令嬢。その日、討伐により得た【核】の数はいくつでしたか?」
「41個です」
「そのうち、あなたが討伐したと報告した【核】は?」
「……41個ですわ。その日は、私の指導担当の冒険者は、自分自身が引き受けたBランクの討伐依頼の魔物を一体討伐をし、あとは私のカバーをしてくれていました」
その数の多さに、ミカエル殿下達がざわっとした。さらに、私だけが討伐した数だと聞くなり、あんぐりと口を開く。
王室騎士団長も、流石に意外だったのか、僅かに眉を上げて驚いた反応を見せる。
そんなはずはない、とでも言おうとしたのか、わなわなと震えたケーヴィン様を更に押さえつけるように力を加えた。
肩……メシッて鳴らなかったかしら、今。
「『黒曜山』ならば、それほどの群れの出現は当然です。しかし、ファマス侯爵令嬢がお一人でその数を討伐したとはお見それいたしました。その功績はしっかりと冒険者ギルドの方へ、記録されたでしょう」
「ありがとうございます。王室騎士団長様にお褒めいただけるとは光栄です。仰る通り、記録されています。私がその日、『黒曜山』に行っては戻り、依頼完遂の報告をした記録も証言もありますわ」
王室騎士団長の質問が、私の援護となってくれた。
「まだ疑いますか?」
「……オレ達の目が節穴だったとでも言うのか?」
「言っておりませんわ。しかし、
自分の目を信じるし、誤りだと疑われたくない。我の強いオレ様王子は、折れようとはせず、みっともなく唸る。
ジュリエットも視線だけは、応援を送った。オレ様王子には、なんとしても粘ってほしいだろうが、圧倒的に不利だろうに。現実見なさい。
「
顔色の悪いジュリエットに目をやりながら、そう口にする。
「っ! 逆はないと言い切れるのか!?」
「そうです。王妃様がつけた監視者も欺き、影武者でも使って冒険者活動をさせてアリバイを作ったのでは?」
ミカエル殿下とハールク様が、濡れ衣ではなく、影武者によるアリバイ工作の可能性があるのではと言い出した。
「いいえ、冒険者活動を影武者にやらせることは不可能です」
断言した私は、テーブルの上に置いた自分のタグを摘み上げて注目させる。
「この冒険者のタグは、私リガッティー・ファマスの物です。他人が不正使用すれば発覚する魔導道具によって、他者が使って登録から報告は出来ないのですわ」
「だから、最初から」
「いいえ、ハールク様。最初から影武者などいませんし、
しつこいから遮ってまで、繰り返し言ってやった。
遮られたことに、ピクリと眉を動かすが、無表情のまま。でも、不満そうな空気をまとうハールク様。
「冒険者登録の際には、嘘偽りを言うだけで登録は却下されます。よって、私はリガッティー・ファマス本人として、冒険者登録をしてもらい、個人情報も正しく記録されたはずですわ。現に五日前のその日に、冒険者の個人情報記録の閲覧する権限を持つギルドマスターが気が付いて、私に冒険者になった動機を尋ねてきました。どうしてファマス侯爵令嬢が、冒険者になったのかと。ちゃんと
一度言葉を止めては、タグをまた置く。
「このタグが証拠となります。他でもないリガッティー・ファマスの証明の物であり、例の日の記録も提示してくれますわ」
ジュリエットは、それを忌々しげに見てから、私と視線を交えた。
「……でも、確かに私達はあなたを見ました」
「くどいですわ」
「いえ! あなたの得意な闇魔法を放って、殿下と私に怪我を負わせました! この傷がそうです!」
ジュリエットが、まともに参戦。
だが、くどいだけだ。
「無駄に同じことを繰り返させないでください。何故、執拗に私に罪を着せたがるのか、解せませんわ」
本当に、理解に苦しむ。
何故そうまでして、私を悪役にして断罪したいのか。
お目当てのオレ様王子を射止めたなら、自力で婚約者の座を得ればいいものを。
大きな過ちを犯すなんて。なんて馬鹿者なの。
「そんな! 私達があなたに罪を着せるために自作自演をしたと言うの!? 酷いわ! 第一王子殿下に向かって!」
「は? 言っておりません」
方向性を変えてきたが、恥ずかしいのでやめていただきたい。
無駄に醜態を晒しているだけだから。正義のヒロインぶるのは、イタイからやめて。
「……魔導道具の嘘を見抜く機能は、完璧ではないと言われています」
ハールク様まで、まだ足掻くか。悪足掻きにも、ほどがある。
でも逆転するためには不利すぎると、眉間にシワを寄せて険しい顔になっていた。
「な、なら! リガッティー様は、最初から隠蔽が出来たのではないですか!? そもそも、ファマス侯爵家で圧をかければ、冒険者ギルドだって味方につけてしまえて」
パシン!
と扇子を左手に叩き付けるように音を鳴らして、閉じる。
相手の言葉を遮るほどの怒りを示す。
「言葉にお気を付けてくださいませ。エトセト子爵令嬢。
「なっ……!?」
「冒険者ギルドは、冒険者の自由を守る信念を持っています。圧をかけられて操られるわけがございません。
冷たく見据えて、言い放つ。
無知で、無礼で、他人を貶めて侮辱する。
あなたはそんな人間だと、私も侮辱を向けるとともに、黙らせた。
ジュリエットは、顔を真っ赤にして、わなわなと震える。
「お前こそ、侮辱がすぎる発言だぞ! リガッティー!」
「なるほど。殿下も、偽りを見抜くことが不完全な魔導道具を上手く利用し、冒険者活動というアリバイ作りを用意したと仰りたいのですか? 己の見たものが全てだと信じて疑わないので、冒険者ギルドの協力も得た用意周到な襲撃は計画されて、私自身が自ら行ったと主張なさいますか?」
「そうだ!」
「殿下。よくお考えください。そんな用意周到な計画を立てておきながら、どうして
頭が回らないのかしら、と扇子の先で、顎に下を撫でるような仕草をしながら、小さな笑みを保つ。
バカ加減に、嘲笑を向けて見下したくなってしまうが、我慢だ我慢。
「では、【変色の薬】の類を使用しての変装をせずに、ミカエル殿下とジュリエット嬢とケーヴィンを襲撃したリガッティー・ファマスは偽者。
「その通りです、ハールク様」
ハールク様が先に言ってくれたので、思わず扇子を持ったままの右手で、左の掌を叩いて見せてしまった。
音は鳴らしてないが、小バカにした感が丸出し。
ハールク様も、ミカエル殿下も、眉間にシワを寄せて睨んできた。
実際、ジュリエットに誘導されている彼らは、ここでようやくその可能性に気付いたのだ。
バカはバカだが、自力でその考えに行き着けて、よく出来ましたねぇ。
という感じで、手を叩いてしまった。
「私も実は、【変色の薬】を持っているのですよ。身分を口頭で隠せていても、大っぴらには冒険者として動けないと思い、冒険者登録の前に魔法薬を購入したのです。冒険者として行動していた時は、この黒髪は、鮮やかな青い髪に変えておりました」
【収納】から【変色の薬】とその解毒薬の二つの小瓶を取り出して、置いて見せる。
「【変色の薬】など、その辺の魔法薬店で、お洒落する感覚で髪色や瞳の色、そして肌の色まで変える商品を揃えているので簡単に手に入りますわ。それで、殿下? 襲撃したという私と同じ特徴を持った者は、本当に私だったのでしょうか? 黒い髪、アメジスト色の瞳、そして闇魔法と該当する特徴だけで、そう思い込んだという可能性はありませんか?」
浅い位置で肘を立てて両手を組んだ。その上に顎を乗せて、小さな笑みを保ったまま、ミカエル殿下を見据えて、ゆったりと尋ねた。
ゆったりとした印象を覚えるだけだろう。
私は尋問している。目撃したと言われているアメジスト色の瞳で、じっくりと見張りながら。
グッと押し黙るミカエル殿下。
思い込みの可能性もあるのだろう。それでも、言えない。自分の間違いをそう簡単に認められないのだ。
「ケーヴィン様。あなたの目でも、襲撃者はこの顔だと、はっきりと見えましたか?」
「っ!」
「騎士としての身体能力の高さで、動体視力により、対峙した敵の顔を本当に見たのなら、断言できるはずですわ。私のこの顔だったのか。または、ちゃんと顔をはっきり見ていなかったのか」
これは、答えたくないミカエル殿下の助け船。
代わりに、ケーヴィン様に答えるように仕向ける。
「……それ、は……。特徴しか、はっきりと見たとしか、言えない……です」
呆然とした顔で、なんとか言葉を絞り出すケーヴィン様は、はっきりと私の顔を見ていないという事実に気付き、悔しげに歪ませた顔を伏せた。
ミカエル殿下も、ケーヴィン様も、三つの特徴のみを見ただけ。
私だとは、はっきりと断言することが出来ない。
そして、最後の目撃者。
劣勢なことに、顔色を悪くしているジュリエットは、ミカエル殿下とケーヴィン様を見てから、私と目を合わせた。
唇に力を込めたのが見えたが、二人が主張しないなら、自分が断言するなんて、愚かなことを考えていないだろうか。
「ところで、ジュリエット様」
ニコッと、私は明るく笑いかける。
襲撃者の顔が私かどうかの質問をされなかったことに、意表をつかれたような顔になった儚げ美少女容姿のヒロイン。
「五日前に、孤児院に向かっていたそうですね。慈善活動か何かのためだったそうですが……それは決まっていた時間や日にちによる習慣でしたか? それとも、唐突に決めたことですか?
「……!!」
ゲームシナリオのジュリエット・エトセトは、孤児院で慈善活動をしている設定だった。
もちろん、攻略対象とその孤児院で過ごすシーンもある。怪我した子どもを光魔法で癒す、優しいヒロインの描写。
向かおうとしたのは、その孤児院だろう。
だけれど、約束がある時以外は、
だから、ゲームシナリオに乗っかりたいこのヒロインならば、その設定通りのはず。
知っているくせに!!
と叫ぼうとして、声を詰まらせるジュリエット。大きく開いた口は、震えたまま、何も言わない。
その様子だと、約束したから孤児院に行ったわけではない。まぁ、例え、約束があっても、せいぜい子ども達とこの日に来ると、指切りで約束するくらいだ。さして変わらない。
言えるわけがないわよね。
ゲームシナリオでは、私が孤児院に行くことくらいは知っていると。
でも、ゲームシナリオについては話せるわけがないし、孤児院に行くことが周知の事実だったとしても、これでは、私がそのタイミングを知ることは出来ない。
「私の特徴で、襲撃をして罪を着せようなんて……。どうして、こうも私は冤罪を押し付けられてしまうのでしょうかね? エトセト子爵令嬢に関することばかり」
私は不思議がった素振りを見せて、ジュリエットに笑いかける。
ジュリエットに対する罪が、私の主張通り、身に覚えがない。
その証言が、冤罪という断定に近付いていく。
おかしいですよね?
と細めた目で見据えるジュリエットに、向ける。
ずさんな計画により、新たな罪。
闇魔法の暴走に値する罪の代わりのために、用意したのかもしれないが、策士策に溺れる。
大罪は、ジュリエットのものになり、それを償うのは無論、ジュリエット自身だ。
「第一王子殿下が遭った襲撃事件は、王族殺害未遂の大罪に該当しますので、厳重かつ慎重な調査が必要でしょう。ファマス侯爵令嬢の私が襲撃犯だということを思い込ませたところから推測するに、私に大罪を被せたかった者の犯行だと思われます。私の無実は、冒険者活動で王都にはいなかったことで、証明は出来ますわ。王妃様がつけていた監視者が証人となってくれますし、冒険者ギルドからも証明になる記録を、要請をすれば提出していただけるでしょう。容疑者の一人である私はこれにより除外出来ますので、真犯人を捕まえるために、然るべき調査をなさる方々にあとをお任せしますわ。恐らく、王族殺害未遂の大罪人については、もう真犯人を捕まえるべく、すでに調査は始まっていらっしゃるでしょう。以上、私の王族殺害未遂の大罪に関する否定と証明は、終わりますわ」
キリッと凛とした態度で告げた。
国王夫妻は、否定することなく、軽い頷きで、調査についての肯定をする。
自分の殺害未遂だというのに、私が容疑者から除外されて調査されていると知ったミカエル殿下は、怒りで歪んだ顔を真っ赤にした。
会談開始早々に即解決の王手を決めたはずが、犯人だと信じて疑わなかった私はとっくに無罪の証拠が揃っていて、ここに立ち会っている重役達はすでに知っていたのに、大口を叩いたのだ。
羞恥心も沸き上がるだろう。プライドだけは、この王城のてっぺんまで、高くあるもの。
出端くじかれたのは、何も私だけではない。
ジュリエットのせいで、盛大に私達は出端くじかれたのだ。
私は全く持って、巻き添えで、まだ公にしないつもりだった冒険者活動を明かされた…………怒りで顔を歪ませたいのは、私である。
「では……今すぐに、その証拠を出せ」
「なんですって?」
拳をきつく握り締めて震えていたミカエル殿下が、唸るようにそう低い声を出した。
「王族殺害未遂という大罪だ! 一番の容疑者の無実の証明を、この場で全て提示してもらおう!! そうでもしなくては、とてもじゃないが、進行など認められん!」
往生際が悪い。このプライド高めで我を通さずにいられないオレ様王子め。
確かに、無視出来ない大罪だ。けれども、私の主張でも十分だと認めて、正式な調査結果による裁判を待つべきこと。
じろり、と王妃様が不愉快そうな視線をチラッと向けたのが、見えた。
梃子でも動かぬ、と腕を組んでふんぞり返るミカエル殿下は、冒険者ギルドからも証拠の記録を持って来ない限り、会談の進行を中断させるつもりらしい。
「僭越ながら、第一王子殿下。冒険者ギルドから、至急証拠の提出を要請して届くまで、待つおつもりなのですか? よくお考え直しください」
国王夫妻を、ずっと待たせるつもりか。
その発言、さっさと取り消せ。
そう語尾を強めて言うが、往生際の悪いオレ様王子はしかめっ面を強張らせて、意思は変えないと姿勢を崩さない。
時間を稼いで、逆転の案を見付けるつもりか。悪足掻きにもほどがある。
国王を始め、重役を、さらなる証拠提出まで、ここに縛り付けるとは、何様だ。
王室騎士団長も、魔術師長も、立ったままだというのに。何様だよ、このオレ様王子め。
あなたのその態度で、見定めている重役の方々の中で、失望がどんどん落下しているということに気付きなさい!
「失礼。ファマス侯爵令嬢」
そこで、宰相が声を発した。
手伝うと言っていたから、駄々をこねるオレ様王子の代わりに進行をしてくれるのだろうか。
「第一王子殿下の言葉も一理あります。他でもない第一王子殿下が襲撃されて、お怪我を負ったと仰られています故」
にこやかに宰相は、なんとオレ様王子に味方してしまう。
一理はあるけれど! 駄々っ子の態度じゃないですか!
駄々っ子のために、王国のトップの方々を待たせるなんて! あり得ませんが!?
「よって、
「はい? 準備、ですか?」
ポカンとしかけたけれど、なんとか目をパチクリさせる反応に留める。
準備、とは……?
もう記録を要求して、受け取り済みということ?
「この私も国王陛下とともに不在でしたが、王族殺害未遂の事件など由々しき事態。なので、目撃情報により第一容疑者として名前が挙がったリガッティー・ファマスご令嬢を調べるために、王妃様が手配済みです」
「はい、宰相の言う通りです。私が指示をして、リガッティー・ファマス嬢の関与を調べました。よって」
王妃様が手配済み。
一度、言葉を止めた王妃様が、扇子の先を扉の前に待機していた騎士に向けた。
そこから手配された証拠が持ち込まれるのかと思いきや。
「冒険者ギルドへ、証拠の証人と記録を要請しました。冒険者ギルドのギルドマスターが、応じてくれました」
えっ。
という言葉が飛び出ないように、自分の扇子の先で唇を押さえ込んで呑み込んだ。
開かれた扉から入室したのは、大きなクマさん――――ではなく、こんがり焼けた肌とスキンヘッドの巨体の筋骨隆々の男性。王都の冒険者ギルドの最高責任者であるギルドマスター、ヴァンデス・ドライダーさん。
いつも通り、冒険者の格好で登場。
Sランク冒険者だ。その格好は、咎められないような、咎められるような。混乱していた私にはわからないが、威風堂々な足取りしてから、正装など不要、というより冒険者としての格好が正装だと思うべきかもしれない。
例え、王室の要請で、証言のために王城に登城したとしても。
そして――――ヴァンデスさんに続いて、入ってきた人物もまた、冒険者の格好だ。こんなところで、彼らの自由さを痛感したくない。
昨日購入したばかりの黒いジャケットを着ていて大人びたお洒落さが見える。
爽やかさを感じる短い髪は、キラリと神秘的な光りを照り返す白銀色。明るめのルビー色の瞳。
身のこなしが軽そうな長身の美形は、私と目を合わせると、少々驚いたように目を見開く。
ルクト・ヴィアンズさんは、私のドレスに目を留めている。
ルクトさんのために選んだドレスの色。ルクトさんが好きな色と称した紫のドレス。
そしてルクトさんが着ている黒のジャケットも、裏地が紫だったため、私の色だと嬉しそうに選んだもの。
お揃いとなってしまった。
それが嬉しそうに一瞬、目を細められたけれど、挨拶をしただけのように軽く笑って見せる。
何が飛び出すかはわからないけれど、私は何か出そうな唇をしっかり、扇子で押さえ付けて、ギュッと閉じて堪えた。
本当に私を驚愕させる冒険者のイケメン先輩ですね!!!
ジャケット似合ってて素敵です! もうっ!!
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