34 楽しい決戦前日。




「ありがとうございます、呑まれずに済みました」

「うん。でもスライムの逃れ方は、わかってたろ?」

「はい。魔力障壁ですよね。それでも助かりました、ありがとうございます」

「うん、どーいたしまして」


 スライムの液体に呑まれても、魔法攻撃しか効かない液体を、身体全体から魔力を放って障壁で隙間を作り、守っている間に脱出するのだ。

 手段はあれど、この謎すぎる液体には呑み込まれたくはない。


 スライムの液体から脱出が出来たのなら、あとは一目散に逃げる。それが一般常識。

 スライム、危険、逃げろ。


「全くもって油断してしまいました……まだ気配が離れているからと、完全に視界で周囲の警戒を怠りました」

「そうだな。【探索】の気配だけに気を取られちゃだめだ。スライムの液体は、気配を感じないから。これはまた、デカいスライムだったな」


 液体がデカい、ではなく、量が多いせいで、スライムの液体が高波のように迫ったことに、直前でやっと気付いたのだ。

 【探索】に頼りきりはマズいと、反省した。


「【探索】で思い出したけど、魔導道具にもあるんだ。周囲を探って把握する機能の魔導道具」

「え? ……初耳です」

「魔導道具の方は、一瞬魔力に近いものを周囲に放って、位置を把握する仕様なんだ。把握するのは、地形から生命体の位置。元鉱山みたいに入り組んだ洞窟の把握に持ってこいってこと」


 へぇ。一瞬だけ、マップ確認するような、レーザーで周辺をサーチする魔導道具かな。

 私には必要なかったので、初耳も当然か。


「欠点は、その一瞬の情報だけで満足が出来なければ、何度もやっちゃって相手にバレるところ」

「? バレるとは?」

「質の悪い【探索】を、ひょいひょいぶっかける感じ」

「あぁ〜。なるほど。生命体が、使用者に気付いてしまうのですね」

「そう。一回だけの一瞬なら、気のせいで済むけど、何度も感じればバレるさ」


 ケラリとルクトさんは笑って見せた。


 ルクトさんにスパルタ気味に習得させてもらった【探索】は、透明化にこだわった魔力で網を張ったような状態。それで【探索】範囲に入った生き物は、魔力を感知することないまま動き回る。


 そんな魔力の透明化が出来ていないような何かで、探索する波動みたいなのを放つ魔導道具なのだろう。

 まさにレーザー探知機のように、画面に把握したものを映し出してくれるらしい。使用する度に、その画面は変わる。記録機能は、なし。

 洞窟の地形の確認と、その中にいる生命体の存在把握のために開発された。だから、洞窟探索の魔導道具と呼ばれているらしい。


「それで、その魔導道具は買うべきなんですか?」

「それが微妙だな……」


 本当に微妙そうな表情で、ルクトさんは【核】集めを始めたので、私も周囲を警戒しつつも、拾う。


「あの元鉱山の中だと……生命体反応と見分けつかない石も反応するんだよ。『うつろい琥珀石』の原石が、まさにそれ。オレとしては混乱するし、見ればわかる石だから、要らないとは思うんだ」

「そうなんですか……なんとも言えないので、実際にその魔導道具を使ってみたいです。試用させてもらえますかね?」

「んー。じゃあ、明日ファン店長に頼もうか」


 使ってみたいということもあって、明日の買い物リストに念のため加えることにした。



 そのあとも、ルクトさんから、どんな店でどれを買うのか、教えてもらいながら、王都へ【ワープ玉】で戻る。


 冒険者ギルド会館で、列に並び、レベッコさんに依頼報告、【核】の買い取り、それから新人指導五日目の報告を済ませた。


 断りを入れてから一度席を外したレベッコさんから、手紙らしき封筒を渡される。


「リガッティーさんに、”ファンさんの職人”からの手紙です」

「速いですね……え、分厚い、ですね?」

「ん? え、これは……手紙、なの?」


 今朝、託した手紙の返事、なのだろうか。

 受け取ったらかなりの厚さがわかり、驚く。ルクトさんも摘まむようにして確かめて、ギョッとした顔になる。

 重さからして、中身は紙しかないと思うけれど……この厚さだと20枚はありそうだ……。


 とりあえず、受け取って、家に帰ったら読もう。


「ご武運をお祈り申し上げます」と気の毒さを僅かに零す笑みで、レベッコさんが別れ際に告げる。


 多分、『ダンジョン』行きを聞いたのだろう。

 あはは……そんな気の毒に思わなくても……。


「レベッコさんに数日は会えないのは、寂しいですが、頑張ります。ありがとうございます」


 明日もここに来る予定はないので、恐らく次に来るのは、その『ダンジョン』依頼の報告の時だ。

 ちょっぴり眉を下げて笑いかけると、フッと柔らかい笑みを見せて「お待ちしております」とレベッコさんは言葉を返して、小さく手を振って見送ってくれた。



 また今朝の待ち合わせ場所までルクトさんに送ってもらい、ファマス侯爵邸に帰った。

 副団長の泣きつきをかわして、今日の汚れを落として、夕食をとろうと食堂に向かうと。


「あら。スゥヨン」

「リガッティーお嬢様」


 廊下でバッタリと出くわしたのは、ネテイトの従者だ。昔からファマス侯爵家に仕えていていて、ネテイトの五歳年上の青年で、仕事の補佐をしている。

 前世の、中華風な細い目と三つ編みの黒髪の容姿。ひょろっとした細め長身の彼は、胸に手を当てて一礼した。


「ネテイトの仕事関連で戻ったのね。ネテイトはどう?」


 ネテイトが受け持つ仕事関連のためにファマス侯爵邸に戻ってきて、すぐに王城に泊まっているネテイトの元に戻るだろう。

 私に伝言か何かあれば、先ずは私の元に来るはず。彼は執務室のある方から歩いてきた。


「はい。必要になってしまった資料を取りに戻っただけです。ネテイト様は、王城の部屋でこもって仕事に取り組んでいらっしゃいます。お変わりありません」

「こもっているの? 殿下のそばにいることなく、自分の仕事だけをしているということ?」

「いえいえ。第一王子殿下の公務を、側近としてこなすことが必要なものは、文官から届けられては持っていってもらっている状態です」


 小首を傾げてしまう。

 今はまだあのオレ様王子の側近だ。王城にいるならば、オレ様王子の執務室で、春休み中の仕事を一緒にさばいていると思っていた。

 けれども、与えられた部屋で黙々と仕事を片付けている、だけ。


「それって大丈夫なの?」

「心配はないと思いますよ。滞在からの三日は、何度もお誘いをもらっていましたが、断り続けたので。あまりにも部屋から出ないからか、かなり仕事が山積みだと思われて、気を遣ってそっとしてくれている状況だと思います」


 ネテイトが敵だと気付いて、遠ざけているのではないかと心配したけれど、どうやら違うようだ。

 誰が、とは言わない辺り、お誘いをしているのは、ジュリエットだろう。


「そう。ネテイトが大丈夫ならいいわ。終わるまで、ネテイトをお願い」

「はい、もちろんです。リガッティーお嬢様。ネテイト様にも、リガッティーお嬢様が心配していた旨をお伝えします」

「ありがとう」

「いえいえ、もったいないお言葉です」


 口元の笑みを深めて、スゥヨンは胸に手を当てて、また一礼をした。

 ネテイトの元に戻る背中を横目で見送って、食堂に入る。


 後ろにずっといた侍女長が物言いたげだったけど、ネテイトの従者に告げ口は誰もしていないようだ。


 ネテイトが王城で引きこもり状態なのに、何故私はお一人外出をしているのか。

 言いたいだろう。聞かないけれど。


「あ。そうだわ。例の日に着るドレスを選びましょう」


 夕食を終えた私は侍女長に声をかけて、集まったメイド達と一緒に招集日に着ていくドレスからアクセサリーを選んだ。



 キャッキャッとした雰囲気だったメイド達だったけれど、翌朝の私のズボンスタイルを見るなり、どよぉおんっと沈んだ空気をまとって顔を伏せた。


 いいじゃない。明日は、ちゃんとドレスで着飾るのだから。

 ……そういう問題ではないとは、わかっているけれど。




 春休み七日目。もう一週間か。

 婚約破棄騒動の解決のための招集日は、明日。


 それでも、冒険者リガッティーとして、ルクトさんと合流して、街を闊歩した。



 ルクトさんも完全にオフなのか、いつものジャケットはなし。

 代わりにチェック柄のわざとシワのあるデザインのワイシャツを着ていて、中には重ね着のタンクトップを合わせていた。白のタンクトップと赤のタンクトップは、互いの存在を主張するように、右下から白の生地が、左上から赤い生地が、見えるように裾が伸びている。


 私の方は、ミニスカート風短パン。白のタンクトップの上には、黒のオフショルダーのトップスを重ねた。肩部分と一緒に下に着ているタンクトップが見えるスタイル。

 最早、私の冒険者スタイル必須の黒ニーソ。他のデザインのものを、午後の買い物で買っておこう。



 完全に、遊びに繰り出す平民の若者の格好だ。

 剣も装備していないし、冒険者だと思われないだろうなぁ。



 でも、午前中の買い物は、冒険者必須の買い物内容である。

 買い物デートだろ、と問い詰められても、商品とレシートと冒険者タグを証拠に提示してやる。これは冒険者活動に必要で、指導の一環なのだと。


 フッ。まぁ、明日はそんなことにはならないだろうけれどね。今もいるであろう監視者にも、そうアピールしておくだけだ。

 私の方は、浮気はない、と答えてくれるはずだ。


「新商品! ありました!」

「うんうん、よかったね」


 最初は、食料調達。携帯食を中心に取り扱っている食品店。


 ルクトさんが食べさせてくれた美味しいお菓子にしか思えない携帯食を発見。入荷したばかりだとのこと。

 甘いだけではなく、塩も加えているので、塩分補給に抜かりはないようだ。でも、美味しいんだ。アーモンドやクルミを入れて、チョコでコーティング。お菓子である。購入一択。


「そうだ。昨日ネテイトの、義弟の従者と会って、大丈夫だと聞きました」

「そっか。よかったね。久しぶりに会うのは、明日?」

「はい」


 ネテイトのことを気にしてくれていたことをふと思い出して、ルクトさんに報告。

 開封しなければ、半永久的に保存で傷まない携帯食を紹介されて、その中から選んでいく。


「でもちょっと気になることがあるんです」

「どんなこと?」

「ネテイトが部屋にこもりっきりだそうで。側近としての仕事は、片付けて人を介して渡しているそうですが……ネテイトの意思で引きこもっているなら、軟禁されているわけではないと思いますけど。ネテイトが自分に靡いていないと気付いている彼女が、何か仕掛けてこないといいのですが……」


 ジュリエットが逆ハー狙いらしいので、一人こもっているネテイトを陥落させようと仕掛けてこないか。

 そんな心配をしてしまう。


「まぁ、昨日の時点では何もないようなので、要らない心配でしょう」

「……そうだね。前日の今日に何かしようなんてないって」

「ですよね。相手の現状をはっきりわかっていないのはちょっと引っかかりますが、相手も同じことですから、本当に無用な心配でした」

「フッ……確かに」


 どんどんオススメな商品を差し出してくるルクトさんは、意味ありげに口角を上げた。


「……なんか、悪い顔してません?」

「え。失礼だな……なんで?」

「見間違いですかね?」


 ルクトさんが自分の頬をもみほぐす。指摘するまで、意地の悪い笑みを浮かべた気がする。

 今まで見てきたいたずらっ子の少年っぽい笑みや、意地悪なニヤリ顔とは違う。

 悪巧みをする不敵な笑み。しかも、かなり悪い感じの。


 でも怪訝に頬を揉んでいるのは、いつものルクトさんに見えるから、首を傾げた。


 そんな悪い顔をする理由なんてあるわけないから、見間違いだと片付けておく。




 続いては、魔導道具関連。

 最初は、ファン店長の魔導道具専門店へ、歩いて行く。

 ルクトさんから、昨日の分厚い手紙について尋ねられた。


「それが……職人の方々と、個別の相談のようなお手紙がまとめられた手紙でした」

「なんで職人から個別相談が???」


 ポカン、と口を開けるルクトさん。


「その様子だと知らないのですか? ファン店長の言う職人……王国内で名高いエリート魔導道具開発研究チームの三つの内の一つです。魔導道具開発研究所が、王都学園から見える位置にありますよ」

「……マジか。学園がある区画って……本当にエリートな教授や騎士とかの邸宅、あと芸術家のアトリエとかがあるんだっけ」

「はい。エリート芸術家の集うアトリエもあります。隣の区間には、展示会場がいくつもありますのでね」


 我が王都学園がドーンと建っている周辺区は、エリート思考、気質な方々が集うようになっていた。

 王都学園自体が、かなりの広さの敷地で塀と結界を張っている。右隣には、学園寮。

 囲い込むように、エリート思考な住人が住んでいるのは、有名。

 アトリエもそうだけど、魔導道具開発研究所も、そこにあると知られてはいるが、未踏の地のように中の様子についてはわからない。


「てっきり、天才的な数人の職人チームの道具を、ファン店長が売っていると思い込んでいたのですよね……。よく考えれば、あの試供品が生み出されたのがエリート魔導道具開発研究所なら、大いに納得できます。そもそも、試供品の説明書の最後に『ネロウスワン』のサインがありました。見落としましたわ……」

「あぁ~……オレもよく見るサインすぎて、全然気にしなかったけど、聞いたことある名前だぁ。そんなエリート職人達が、なんの相談を?」

「魔導道具についてですよ。私は【新・一画映像記録玉】について、びっしりと二枚しか書いてないのに…………”こんな機能の魔導道具があるが、こんな風に改良すれば要望の魔導道具が出来上がる”、という内容が、専門用語とともに事細かに説明的文章でぎっしりと書かれていました。さらに、余計な機能の取り外し、または追加、色や形の意見要求もありました……」

「職人達は、リガッティーを何だと思ってるの???」

「私も気になりますので、ファン店長に尋ねてみます。ザッと目を通しましたが、まだ半分の方にもお返事が書けませんでしたが、そこにも何故私に意見を求めるのかを質問を添えておきました」

「いや、リガッティー……律儀」


 ちゃんと手紙は全て読んで、順番にお返事を書いた。睡眠時間を減らしたくなかったし、考える時間が欲しかったので、まだ半分の方の返事は書けていない。

 前払いで試供品をいただいたので、返事は書かなくては。


「【伝導ピアス】についても、かなりの考案を箇条書きされていたり……全く関係ない新開発の魔導道具の説明からの改善案の要求までありました」

「本当にリガッティーを、なんだと思ってるんだろうね???」


 私はなんだと思われて、色々と意見を要求されているのだろうか。

 心底わからなくて、頬に手を添えて首を傾げてしまったものだ。


「結構面白いですけど、素人意見でいいのでしょうか……」

「いいからあんなに分厚い手紙を寄越したんでしょ? 絶対にあの試供品じゃあ、報酬が見合わないな……こっちも追加報酬の要求しよう」

「えっ……堂々巡りにしかなりません?」


 終わらない応酬になる予感しかしないのは、気のせいだろうか。


 そんな会話をしている間に『魔導道具専門店・ファン』に到着。

 商品を選びながら、気だるげ姿勢のふくよかな男性ファン店長に尋ねた。


「身内が『ネロウスワン』にいるのさ。三人のうち、二人の息子も、そこの職人だ」


 口ぶりからして、息子さん以外の身内も多く、そのエリート研究所にいそうだ。


 そんな繋がりもあって、ファン店長の店に、最新式の通信具の【伝導ピアス】が置かれていたのか。

 今後も、私の意見による改良の魔導道具が、置かれるのかしら。


「家に帰ったら、息子がうるさいのなんのって」

「あ。返事の一部を持っているのですが、ファン店長から渡してもらえるでしょうか?」

「いいぞ。……多くねぇか?」


 一人一人宛てに封筒を用意したので、多いと言えば多い。

 今日はギルド会館に行かないので、ファン店長から渡してくれると助かると手渡した。


「その話だけど、リガッティーの意見要求の報酬、足りない量になって来たと思いますよ? リガッティーを意見箱か何かだと思ってます? 意見というか、最早名案を引き出している域になってますよ。追加報酬を求めます」

「あん? 知るか。だったら、直接研究所行ってこい。直談判だ」

「そこに乗り込んだら、後戻り出来ない予感がするんだけど?」

「チッ、バレたか」

「コラ! 店長!」


 ルクトさんが交渉しようとしたけれど、ファン店長の誘導に危険を察知して回避。


 私は研究所に足を踏み入れたら、捕獲でもされるのだろうか……。


「んで? 結局、その耳飾りの通信具の使い勝手はどうなんだ?」

「あ、はい。とてもいいですよ。これだとあまり揺れない仕様になっていて、激しい動きで頬にぶつかったりしないので。長時間の通信も、問題ないですし、やはり受信する声が他者に聞こえないという利点もいいと思います」

「そういうところじゃねぇのか?」

「はい?」


 小突いて、僅かな衝撃と魔力で作動させる【伝導ピアス】は、意外にブラブラと揺れない。ちゃんと固定されていると使っているうちに気付いた。


 スラスラと感想が言えるところが、エリート職人に気に入られているかもしれないとのことだ。

 ならば、なおさら私じゃなくてもいいのでは……?


 他にも魔導道具店に行くということで、ルクトさんがファン店長の店で買うべき道具を、たまに試用させてもらいながらも、選ばせてくれた。

 灯りと探索道具は、最新式商品。

 別の魔導道具店では、簡易キッチンと寝具。




 お昼の時間なので、待ち合わせ場所で『藍のほうき星』と『黄金紅葉』のパーティーと合流。

 ただし、全員オフ。

 昼食は大所帯でも、テーブルにつける広々としたオープンテラスの飲食店だ。


「やだぁ! 今日もリガッティーってば可愛い! もう! あなたなら流行ファッションを作れちゃいそう! ファッションリーダーよ!! ……あれ? …………経験ある?」

「えっと……はい、まぁ。着させてもらったものが、流行ることがありますね」

「「「カリスマ、キター!」」」


 メアリーさんが褒めながら、ルーシーさんと露出した肩をツンツンとつついてきた。

 同年代で一番身分が高いので、新しいものは真似されて流行になりやすい立場だ。まさに、ファッションリーダー。


 薄々感じていたけれど、メアリーさん達は少々オタク気味ではないだろうか? 言葉のチョイスのせい?


「逃がさない」と三人揃って怖い笑顔で言ってきたのだけれど、女冒険者の流行ファッションも私に作らせたいということだろうか。


 魔導道具職人に引き続き、何故、狙われるのかな……私。



 私のお昼ご飯は、薄いパン生地に包んだサラダと果物の甘めのタレのチキン。

 向かいに座るルクトさんは大口開けて、ハンバーガーにかぶりつく。濃いチーズとハンバーグの香りが美味しそうだけど、大きさからして食べにくすぎて断念した。

 大きなハンバーガーにはかじりつけない……ここでご令嬢の羞恥心に邪魔されるとは……無念。

 でも、みんなで分け合うコンソメ風味なフライドポテトを摘まんで食べ合えたので、楽しかった。



 そして、お待ちかね、ルクトさんの服選び。

 メアリーさん達の意見も取り入れて、ルクトさんの服をどんどん選んでいき、試着をしてもらう。


「なぁ、ルクト。やっぱり、お前……リガッティーちゃんと、付き合ってる?」

「いや、

「ま、まだ? ってことは……?」

、な」

「そのうち……!」


 オリバーさんとルクトさんの会話が、試着室の外まで聞こえるのだけれど……。


 メアリーさんとダリアさんがそばにいたので、ニマニマとされている。


 ま、……。””宣言……。



「そういえば、明日が決戦だけど……どこまでコテンパンにするの?」

「あ、私も知りたい。何をどこまで捻って潰す予定なの?」

「泥棒猫をしばき上げる話!? 聞く聞く!」


 ダリアさんから始まって、メアリーさんと、ケヒャーンさんと服を選んでいたルーシーさんが、物騒な言葉を出しながら囲ってきた。


 何をどこまで捻って潰すって……本当に””ですか?


 物理的な対決をするわけじゃないんですけど……。

 ……残念ながら。


「そう言われましても……義弟が返り討ちしてくれるだけですからね」

「「「えぇ~」」」

「そんなに不満な声を出さないでください」


 面白くないと不満顔になられても、困ると苦笑する。





 こちらを裏切ったオレ様王子達にざまぁしてやって、婚約解消するだけだ。

 ネテイトが捏造証拠を蹴散らし、それから、いかに彼らが愚かだったかを教えてやる。


 そんなことはあしらうようなほど、大したことじゃない、と笑顔で言い退けておく。



「あらヤダ、十分やる気じゃない」と意外と目を丸めるダリアさん。

「なかなかいい笑顔じゃない」と慄くメアリーさん。

「超見たい、その決戦」とうずうずした様子のルーシーさん。



 決戦決戦と言われても……大したことじゃない…………とは言えなかったわ。

 王子と婚約解消だものね。王妃予定が、おじゃんだものね。


 物凄くルクトさんと冒険者関連が私の中で重要案件になっているから、ちゃっちゃとゴミを片付けるだけの軽い掃除程度の問題になっていると気付いた。

 だからといって、手を抜くわけじゃないので、サクッときっちりと終わらせる気ではある。




「あれ? ルクトさん。ジャケットですか? いつものジャケットと着回しですか?」


 普段着ていたジャケットに少し似たジャケットを、迷って選んでいるルクトさんに話しかけた。


「あー、うん。ちょっと新調。夏まで着回すかな。似合う?」


 襟がわざと立っているジャケットは全体的に黒いけれど、裏地が深い紫色と、落ち着いた色だ。

 自分の身体に合わせて尋ねてきたので、じっくりと見てみる。

 他にも深い紫色のラインでアクセントをつけて、大人びてお洒落れ感があった。

 丈夫な生地でありながら薄手で動きやすさも、合格だろう。


「はい。お似合いですよ」

「そう? よかった。


 パァッと明るく笑い退けたルクトさんは、サイズ合わせに試着室へ向かった。


 じゅわり、と頬を真っ赤に火照らせてしまう。


 そ、そうだ……だ……あのジャケットの色……。


 ハッ! やり取りを見ていたルーシーさんとダリアさんが、びっくり仰天と目を見開いて口を両手で押さえている!


「甘い!」とダリアさんがガッツポーズすれば「もっとやれ!」とルーシーさんまで続いた。


 恥ずかしさで、頬の熱が上がった気がする。




 男性陣の服選びは、早く済んだように思えるのに、女性陣の服選びは長くかかった。

 ドルドさんは明らかに退屈そうに店の前で座り込んで待っていたけれど、オリバーさん達は嬉々として意見を言っては、荷物持ちを進んでやる。


 私はいいんですけどー、と遠慮したのに、私の分も大量買い。

 まぁ、こういう買い物は、本当に初めてだったので、楽しかった。



 ずいぶん、解散予定だった時間が過ぎてしまったので、メアリーさん達に手を合わせて謝られる。明日のために早く帰るつもりだったから。

 でも楽しかったのでいい、と笑い返す。


 頑張れのエールを受けて、これから飲み会をする二つのパーティーと手を振り合って、別れた。




「じゃあ、明日。頑張って」

「はい。終わったら、約束通り、連絡しますね」

「うん。待ってる」

「では、また明日」


 ルクトさんに朝の待ち合わせ場所まで送ってもらい、そこで解散。

 互いに赤い耳飾りに触れて見せ合って、踵を返す。



 明日で、解消前提の保留中だった婚約が終わる。

 そう思うと、肩の荷が下りる解放感をすでに感じていまい、両腕を上げて伸びをした。




「今日で最後になりますね。明日は、どうぞよろしくお願いいたします。先に言った方が、いいですかね? 今までお世話になりました」



 私はいるであろう王家の影に、存在を知った日以来、初めて声をかける。

 四年前からついている監視者。万が一に備えて、無実の証言をしてくれるはず。それで最後だろう。

 ベッドに腰かけて、一礼をした。





 翌朝。

 春休み八日目。


 国王陛下による招集で、ミッシェルナル王都学園の進級祝いパーティーで起きた、第一王子の婚約破棄騒動について、設けられた会談へ行く。



 侍女長率いるメイド達の手によって、久しぶりに令嬢として着飾ってもらった。



 黒にも見間違える深い紫色のドレスを身にまとった。前開きのようなデザインで、下のスカートは紫色。白いフリルが全ての裾からはみ出ているけれど、だ。

 で、今日は挑む。


 見せたらどんな反応してくれるだろうか。


 きっとまた、可愛いと言ってくれる気がする。ルクトさんだもの。



 鏡の中に映る、軽い化粧を施してもらった顔で、フッと笑みを浮かべる。

 薄紅色の唇で軽い弧を描く。くっきりさせたアイラインの上に控えめなゴールドのラメを乗せた瞼。薄い桃色のチーク。

 本当に軽い化粧ではあるが、見慣れた顔は、誰もが羨む美貌だ。


 アメジスト色の瞳は、好戦的な光りを宿しているように見えた。



 準備は完了。


 ただヘアオイルを塗って梳かしてもらっただけのストレートヘアーに決めたのは、それが悪役令嬢リガッティー・ファマスの決まっていた髪型だったからだ。



 乙女ゲーム『聖なる乙女の学園恋愛は甘い』のシナリオ通りのクライマックスシーンを望み、断罪したかったヒロインと対面するのだから、これくらいは合わせてやろう。

 彼女の望むハッピーエンドは、ないのだから――――。



 右手の甲で、紫に艶めく黒髪をサラリと撫でて、最後はフワッと払うように舞い上がらせた。



 ファマス侯爵邸の者達に重々しく総出で見送られて、馬車に乗り込み、私は王城へと向かった。



 

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