28 好きだから見てる好き。
左耳に温かな空気をまとうから、眠っていた意識が浮上する。
まだ普段の起床よりも早い時間帯だけど、ルクトさんからの着信で、耳飾りが魔力の波動で知らせているから、のっそりと手を伸ばして、コツンと魔力を灯した指先で小突く。
「はい……?」
流石に、眠気のある声が出てしまう。そもそも、まだ頭が完全には起きていない。
〔あー、おはよう、リガッティー。ごめんね、寝てた?〕
「ふあい……いえ……起きたところです」
〔……寝起きの声〕
可愛い……、と呟かれた声が、頭に響いた気がする。
ちゃんと起きなきゃ、と言い聞かせて、私はなんとか目を強めに開け閉めした。
「おはようございます……ルクトさん」
のっそり。起き上がった方がいいと思って、上半身を起こす。
〔うん。昨日はごめん。カッコ悪いとこ、見せた……〕
「いえ。楽しんで飲んでいただけじゃないですか……その後、お加減はどうですか? 大丈夫ですか?」
酔い潰れたことかな、と恥ずかしいならわざわざ言わないであげて、とりあえず、二日酔いの症状がないか、尋ねる。
ヴァンデスさんが、酔い覚ましの魔法薬を飲ませると言っていたし、声を聞いている限り、体調はよさそうに思えた。
〔大丈夫、心配してくれてありがとうな〕
とっても嬉しげな優しい声に、すっかり目が覚める。
よくよく考えたら、優しいイケボで目覚めたわ。
朝からラッキーである。
「それはよかったです。それで、今日はどうしますか?」
枕の一つを引き寄せて、ムギュッと抱き締めながら、まだ予定を立てていない今日のことを尋ねた。
ルクトさんも、そのために連絡したはず。
昨日は、急遽予定変更で、冒険が休みになってしまったが、その昨日の予定を、今日に移すのだろうか。また『黒曜山』に連れて行くつもりだったらしいけど……。
〔とりあえず、ギルマスと会う約束は取り付けたんだ。いつもより早めに来れる?〕
「あ、はい。大丈夫ですよ。ありがとうございます、ギルドマスターもお忙しいでしょうに……また私のために捕まえてもらってしまいましたね」
〔全然! 気にすんなって〕
昨日出来なかった話を忘れずに、ルクトさんはギルドマスターのヴァンデスさんと会う約束をしてくれたことに感謝。ヴァンデスさんにも言われたけど、ちゃんと時間を決めてもらえてよかった。
〔……ところで、今日はオレがリガッティーの家まで、迎えに行ってもいい?〕
「はい?」
目を丸めて、首を傾げる。
なんでそんなことを言うのやら……。
私の冒険者活動は、家の者にはまだ知られるわけにはいかないから、ルクトさんが顔を見せるのは、よろしくない。
「どうしてですか? 何か理由が?」
〔いや、別に……オレが迎えに行きたいだけ〕
……クッ! 朝からイケメン!
〔だから、せめて、近くで待ち合わせって形じゃ、だめ?〕
きっと覗き込むように上目遣いされたら、家まで迎えに来ていい許可を、間入れずに出しただろう。
「わ、わかりました。で、では……」
ファマス侯爵邸から、かなり離れた通りのわかりやすい場所を、待ち合わせに指定した。
通信を切ったあと、まったりと余裕のある朝支度を済ませて、出掛ける準備をする。
昨日の外出は、知らぬ間に完遂されたと発覚したため、帰ってきたら、脱出経路を騎士団の副団長に膝をついてまで問い詰められた。
今後、ファマス侯爵邸の安全のための警備として、強化しないといけないかもしれない、と泣きつかれたのだ。
少し考えたけど、外側からだと無理だということだけを教えてあげて、それからは、何か懇願されたけど、聞き流した。
今日も今日とて、【テレポート】で脱出により、お一人外出、成功。
待ち合わせに指定した店の前の街灯に、背中を押し付けて、キョロキョロしながら立っている白銀頭のイケメンを発見。
同時に見付けたみたいに、ルビー色の瞳と目が合うなり、ニカリと笑いかけられた。
爽やかさが、眩しい。
「おはようございます、ルクトさん」
「ん、おはよう。リガッティー。どこで変身するの?」
「今日はこの先を行って右に曲がったカフェの化粧室を借りて、変身しようかと」
まだ冒険者姿に着替えていない私を見下ろしてから、ルクトさんは頷いて歩き出す。
「……今日のルクトさんは、お洒落さを感じて、かっこいいですね?」
印象を素直に言ってみただけなのに、びくりとルクトさんの身体が強張った。
「……ふふっ」
「……笑わないで」
「ふふふっ」
恥ずかしげに頬を赤らめたルクトさんは、片手で押さえた顔を背ける。
驚かしすぎるという意地悪をされ続けたので、これくらいの小さな意趣返しくらいいいだろうと、可愛いルクトさんを小さく笑う。
昨日メアリーさんに、ダメ出しを受けたからか、今日は意識してお洒落に決めたらしい。
今までは、襟が立った赤黒いジャケットを着ていたけど、それとはまた違う上着を腰に巻いている。
春にぴったりな薄手の長袖シャツは黒だけど、わざと裂かれたような穴があり、腹部の下部分はざっくりとないデザインで、下に見える白い生地は、裾が赤に染め上げられていた。
挑戦的なデザインのお洒落な若者向けのシャツだ。
脚の細さがわかるダークブラウンのズボンと、それより明るく見えるブラウンのブーツ。
かなりラフな格好で、その辺を歩きに行くお洒落な冒険者と判断されそう。
……そういえば、ストーンワームに折られてから、剣、持ってないな、この人。
帰りも、必要とはしていなかった。
身軽すぎる最強冒険者だ。
「かっこいいですよ」
「……そう思ってもらえたなら、何よりです」
コホン、と咳払いして、照れを隠したルクトさんは歩き続ける。
……。
……なるほど。
ならば、私も、ルクトさんのために、お洒落をせねば!
「ルクトさん。ルクトさんが、好む女性の髪型ってありますか?」
勇気を出して尋ねれば、目をパチクリさせて、よそを向きながら、考え込んだあと。
「リガッティーが一番好きな髪型が、見てみたいな」
ルクトさんのリクエストに応えると見越して、ルクトさんはそう答えた。
私自身が好きな髪型かぁ……。むぅ〜。
私の髪は、そのままだと少々ボリューム感があるという印象を抱くストレートヘアー。
基本、そのまま下ろして、靡かせてきたけど、やはり、動き回るとなると、邪魔と感じるから、束ねる。
しかし、それは好きと言うより、楽だから、なのだ。
着飾るなら、侍女達に、髪をセットしてもらっていた。なので、それらを選んでも、一人では無理……。
迷いすぎて、ルクトさんに曖昧な返事しか出来ていないことにも気付かず、店で化粧室を借りて、変身をすることにした。
「お待たせしました!」
念入りにチェックしたので、待たせすぎたかもしれない。
驚いた様子で、目を丸めたルクトさんの前で、ターンをする。
「どうですか? 普段なら、もっと綺麗にセットしてもらうのですが……結構ハーフアップにしてもらう髪型が好きなんです」
後頭部が見えるように、首を回す。
一人でも凝って見えるハーフアップにしてみた。
上部の髪を集めたあと、クルンと束ねた髪を一回転させて内側に通してみれば、サイドがねじれている髪型となる。
大事なパーティーの際なら、もっと手間をかけるものだ。
ボリュームストレートヘアーな私の髪の毛をまとめてから、上部に編み込みながらも、襟足の髪を控えめに下ろすハーフアップ。もちろん、髪飾りを差し込んで、おめかしをしてもらっていた。
それから、服の方は、今日のルクトさんに合わせて、黒を意識して取り込んだ。
上はライダージャケットのような革素材とデザインの黒いジャケットだけど、薄くてぴったりと私の体型がわかりやすいようにフィットしている。下は、白いシャツだと、黒ジャケットより裾が長いので見えているし、胸元からも見えるようにチャックは上げ切っていない。
お馴染みの短パンもニーソも黒いけど、ニーソの側面に白いリボンが三つ並んでいるのが、可愛いアクセントになっている。
ほぼ黒一色でも、暗い印象は受けない。
むしろ、黒でちょっと色気を感じるのではないか。とか、自負している。
「……可愛い」
ルクトさんから、何度も言われている言葉だけど、嬉しいので、口元が緩みに緩んでしまう。
えへへ。
「……今日は、【変色の薬】は飲まないの?」
「あっ! 忘れてました!」
髪型セットに気を取られて、髪色を変え忘れていることに気付く。危ない危ない。
【収納】から取り出して飲もうとしたけど、何故か小瓶を持った手を掴まれ、がしっと、もう片方の手で肩を掴まれた。
じっ、とルクトさんが見下ろす。
な、なんでしょう……?
「うん、可愛い」
満足したように、一つ頷くルクトさん。
堪能された……?
ハッとして、思い出した。
ルクトさんは、元のこの髪色が好きだったんだ!
この姿を、目に焼きつけたらしい!
激しい照れを感じながら、ぐびっと薬を飲み干してから、青色の髪を靡かせて、ルクトさんと冒険者ギルド会館へ向かった。
ルクトさんは迷いなく、階段を上がるので、ついていき、ギルドマスターの部屋で、ヴァンデスさんの出迎えを受ける。
早速、後回しにし続けてしまったけど、隣国の王子が冒険者を捜索している件について、尋ねさせてもらった。
「やはり、そのことでしたか」
今はご令嬢相手の対応をするヴァンデスさんは、自分の頭の後ろをさする。
「下級ドラゴンの番(つがい)を討伐して、見ず知らずの商人達と美味しく食べたあとに、下級ドラゴンの高級素材を分けたまま、名乗らずに去る若い男冒険者なんて……この世に、一人しか居ませんからなぁ、ハハッ」
「アハハ、ですよねぇ。ーーーーつまりは、問い合わせがあったのですか」
「ええ。まだ討伐の報告を受けてなかった時点だったんで、知らないと返事をしておきました」
乾いた笑いを零し合ってから、スンッと真顔で真面目に話した。
「その後、問い合わせは?」
「どーでしょうねぇ? 隣の国内では、目ぼしい冒険者を探したらしいとは、聞きました。冒険者ギルドは、冒険者の仕事を斡旋してますが、冒険者本人の自由を守っています。オレもそれを強く守ると誓って、ギルドマスターを務めているんで、問題にならないように情報はギルドから漏れないように力のある限り、阻止してますよ」
隣国の王子が諦めたとは断定が出来ないが、ヴァンデスさんは、ギルドマスターとして、ルクトさんの自由を守るためにも、規格外な功績の漏洩は阻止してくれている。
「なんで、隣国の王子に隠すの?」
隣に座るルクトさんは、まだ状況が読み込めていなかった。
危機感を持って! 張本人!
「お前、去年オレが訊いた時は、名誉貴族にならないって答えたじゃないか」
「あー、うん。それがなんですか?」
「それだよ。貴族の身分になる気ない奴に、隣国の王族が、口説く気でいるなら、隠してやらないと可哀想だろうに」
「…………マジか」
「マジだ」
マジです。
あなたは、隣国の王子に引き抜かれる可能性が大。むしろ、特大。
名誉貴族を望まないのならば、爵位を与えてくる国からの縛り付けを拒むということに等しい。
そんな冒険者に、高すぎる身分からの誘いを受けるのは、苦だろう。
相手が、隣国の王族となると、また一段と厄介で、問題しかない。
「ルクトさんの場合、功績が明るみになれば、隣国はそうですが、この王国すらも、あなたを縛り付けることが出来る貴族の身分を与えます。もう取り合いですよ。二つの国の王族に取り合いになるなんて、想像するだけで手に負えない問題だとわかるでしょう? 二つの国だけで済むなら、いいな……というレベルですよ。ルクトさんの実績は」
「……そうだったんだ」
「はい。冒険者ギルドは、冒険しながらも誰かのために討伐や採取をする冒険者と呼ばれる人と、頼みたい依頼人を結ぶためにも、創設された組織だと幼い頃に学んだ覚えがあります。ルクトさんから”それらしいお誘いを受けた”という話を聞かなかったので、きっとギルドマスターのヴァンデスさんが、ルクトさんの自由を守ってくださっていると思いましたが…………あの、なんですか?」
ルクトさんの置かれている状況は、色んな国を巻き込みかねない、否、複数の国で取り合うという争いが勃発しかねないのだ。
冒険者ギルドの、冒険者の自由を守る意思が強いことと、ヴァンデスさんが意識的に守ってくれた。
それでも、いつまでも守り続けられるとは限らない。
何故なら、ルクトさんが名誉貴族を得るつもりになったならば、色々明るみとなってしまい、まさに争いの火蓋が切って落とされかねないのだ。
――――なのだが。
何故か隣のルクトさんが、熱い眼差しを注いでくる。
物凄く、キラキラさを加えた熱さを帯びた眼差しが、私に向けられていた。
「そ、その目はなんですか……? ルクトさん?」
「……いや……リガッティーが、そんなことまで心配してくれたことが、嬉しくて……」
「そ、それは、その……ルクトさんのペアですし、無関係とは言いにくいですし、隣国の王子から直接話を聞いた身としても、放っておけないと言いますか……大問題ですからねっ!」
物凄く、嬉しそうに熱く見つめてくるルクトさんに、言い訳のように捲し立てる勢いで言ったけれど、全部本当だ。
「ルクトさんの冒険者としての自由が…………大事だと思います、から……」
自由を奪われてほしくない。
窮屈なものになり果てた冒険者活動を、嫌いにならないはずがないのだ。
ルクトさんにとって、がむしゃらのように駆け抜けて最速ランクアップで上り詰めた冒険者活動は、他人に穢されてはいけない絶対的な神聖な領域だと思う。
人生でかけがえのないもの。
嫌になってほしくない。
私とも冒険者活動をしてくれているルクトさんの大事な時間を。
奪われてほしくない。
「……ありがとう、リガッティー。オレのことを、よく考えてくれて」
「…………は、はい……」
心からの感謝に、また言い訳のような言葉が口から出そうになったのだけれど、一つ返事だけで、口をキュッと閉じた。
な、何故か、物凄く、熱い眼差しを注いでくる。
ルビー色の瞳からキラキラビームを放つつもりなのだろうか。
眩しい。
ルクトさん、なんか、今日は…………デレが強い?
情熱的な色の瞳で見つめられて、胸の中が落ち着かない。
あと、見つめられすぎて、穴が開きそう。
「リガッティー嬢も、冒険者の自由を尊重してくれるんですね」
ルクトさんに呆れた半目を向けてから、ヴァンデスさんが助け船のように声をかけた。
「正直、冒険者に名誉貴族を与えるという話を聞いた時は……冒険好きなら、あまり嬉しいものではないのでは、と思ったことがあります」
「冒険好きなら、ですか?」
「はい。冒険が好き人なら、必然的に自由も好きだと思えたのでしょうね。だから、特定の国に貴族の身分という首輪と要請に応えるという絶対的命令に縛られるのは、嫌そうだと思いまして……」
ちょっと子どもじみた発想かもしれないし、冒険者は何よりも自由が好き、というのは私の思い込みかもしれない。
名誉を望んで上り詰めた冒険者よりも、自由な冒険好きの冒険者が多いという思い込みもあるのだろう。
だから、微苦笑になってしまうが、そう答えた。
「私も、冒険者は自由であるべきだと思いますわ」
冒険者の意思や行動を、阻むのは、よくない。
「……リガッティーは、
ルクトさんがいつも通りに戻って、膝の上に右の肘を置いて頬杖をつく。そして、私を見つめて、少々不思議そうながらも、真剣に尋ねた。
私に自由への憧れが強いのかどうか。
今、自由ではないのか。自由になりたいのか。
今まで、
それは、
だから、気付かなかっただけで、自由への渇望が強いのか、と確かめたいのだろう。
「私は、不自由ではなかったですよ。今までは、鳥かごの中だったかもしれませんが、それでも、自由に飛び回れたので、不満はなかったはずです」
貴族令嬢として、王子の婚約者として、鳥かごの中ではあったけれど、何不自由のない、十分な広さだった。
「でも、鳥かごの蓋の外の広さは格別でしょう。さらに思いっきり、翼を広げて羽ばたいて、風を切って、遠く遠くへと飛ぶのです。心が、満たされるでしょうね。……だから、自由を嫌う人なんて、そういないでしょう?」
不満なんてなかった広い鳥かごの外へ、飛び立つ鳥を想像する。
その鳥は自分自身で、とても気持ちいい風を受けて、どこまでも飛んでいく爽快感を想像した。
普段よりも、大きく広げた翼、力強く羽ばたき、知らないほど遠くまで全力で飛ぶ。
新たな自由に、心は踊り、満たされるはず。
それはきっと。
この五日間の私が味わったことだ。
そのままなのかもしれない。
「――――…」
少し、思いに耽って、微笑みながらも、瞼を閉じていた。
その瞼を上げると、ルクトさんの顔が寄っていることを知る。近付いてきた。
「っル」
「ルクト!」
私より先に、ヴァンデスさんが呼んだ。見れば、顔色の悪い顔で焦ったように、手を伸ばしている姿勢。
すすすーっと、ルクトさんは私の方に乗り出した身を引いた。
「……リガッティーのその考え……すごく、好きだ……」
また肘を膝の上に立てて頬杖をついた。というより、口元を覆うような姿勢で、ポツリと言った。
その頬は赤らんだまま。
そっぽを向くように視線はどこかに行っていたのに、また私に向けられる。
熱い熱い眼差し。
ドキドキと高鳴らずにはいられない鼓動を、胸の上で押さえ付ける。
「ありがとうございます……。あ、あの……今日のルクトさんは、なんだか……えぇっと……酔いが残ってます?」
なんと言えばいいのやら。
変と言うのは失礼だから、もしやと思って、昨日の酔いでも残っているのかと尋ねた。
「昨日の午後の話じゃん……ないよ」と、呆れられてしまう。た、確かに……。
「別に、オレは…………好きだから、好きって言ってるだけだし……好きだから見てるだけ」
――――好き。その熱い眼差しに込められたもの。
――――好き。その感情を、注ぐ熱量。
――――好き。その熱さで、私はもうとろとろに、溶けてしまいそうだ。
眼差しから受けた熱で、ボンッと発火したみたいに、顔が真っ赤になった。
ハクハク、と小さく口を震わせる。
何も言えず、身体を強張らせて、固まったまま。
「ンンッ! そうだな! 自由って素敵だな!!」
ヴァンデスさんが唸るような咳払いで、雑に割って入るように声を上げる。
なんとか、そのおかげで、縫い付けられてしまったかのように、離せなかった視線を外した。
んんんっ!?
ル、ルル、ルクトさんは、一体全体どうしたの!?
何があったの!? 今日は何故、デレが増し増しなの!?
お洒落な服装を意識して、迎えに来る形で待ち合わせして…………気合いを入れたってことなの?
な、何故、今日? どんな心境の変化?
昨日、何かあった?
酔いが残っていると言われた方が納得するのだけど……昨日ヴァンデスさんがした大事な話とやらと、関係があったりするのかしら?
ヴァンデスさんに、どういうことかと、眼力で問い詰める。
ヴァンデスさんは腕を組んで、グッと眉に力を入れた難しそうな表情をした。
わからないのか、わかっていて黙っておきたいのか。
ヴァンデスさんからも、ルクトさんに対する戸惑いが溢れているので、どちらかが読み取れない。
あと三日後に、婚約は解消されて、誰かさんの想いを受け取れるし、私も想いを伝えられるという身になれる。
そう昨日、メアリーさん達の前で、話したけれども……。
よくよく考えれば、ルクトさんの方は
元から隠しているとは言い難いけれど、雰囲気やたっぷりな匂わせ発言で留めていた。
恋人関係は否定しなくても、肯定だってしない。
監視者がいる以上、節度を保ってくれていた。
……今だけ? この熱い眼差し攻撃は、今だけ?
も、もしや、今日から……?
火照る身体が、わなわなと震えてしまう。
そ、それは……あと三日も、一方的に、こんな熱い好意を注がれるということ?
えっ? 三日も? こ、これで、冒険?
む、無理無理無理っ!!
こんな情熱的な眼差しを受け続ける!!?
私だって――――
ふるふる。
唇をキュッと閉じて、肩を張って、膝の上で両手の拳を固めて、震えに耐えた。
昨日出たパワーワードが、頭をグルグルと回った。
これでも、抑えているはず。
抑えているんだよね?
え。序の口だということも、怖いわ。
熱い眼差しのせいで、ひたすら熱が追加されているような身体の火照りを、自覚しながら、必死に思考した。
別に、私は嫌だとは言わない。思わないし。
初めから、ルクトさんから感じられる優しい好意は、嫌じゃなかった。
楽しげに笑うところも、手を差し出して、冒険に連れ回してくれる無邪気さも。
気晴らしを手伝いたいと、手助けしたいのだと、真剣な思いやりも。
計り知れない苦労で手に入れた規格外な最強の冒険者としての実績も、驚愕をするけれど、尊敬も称賛も抱く。
私を見つめてくる真っ赤なルビーの宝石のような瞳も。
私に見惚れているような眼差し。触れたそうに伸びた手。
きっと傅いてまで懇願して、私を求めてきそうなほどの想いを感じる熱量。
――――求められるなら、差し出したくなる。
それくらいに、私だって、想いを抱えているのだ。
――――好き。好きだ。好きなの。
火傷しそうな熱い想いのせいで、胸の真ん中から溶けて落ちそうだ。
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