27 潰し合う四日前。(ヒロイン側と悪役令嬢側)




  ◆◆◆(ヒロイン側)◆◆◆



 とある王城内の庭園。

 広さは十分あるが、円形に壁に囲われた空間。


 ハニーブロンドの髪がそよ風で靡くが、真っ直ぐに背中に流れていく。

 髪色と同じ睫毛の下の瞳は、物憂げな水色。

 庭園の花を、ガゼボの縁に腰掛けて見つめた少女を、痛ましげに見つめながら、赤い髪の長身の少年は肩から下ろすマントを翻して大股で近付いた。


「ジュリエット。大丈夫か?」

「ミカエル! ……はい」


 跳ねるように立ち上がったジュリエットは、ミカエルを嬉しげに見つめて微笑んだ。

 会えたことに喜んで、頬を桃色に染めた姿に、痛々しげにしかめた顔も緩んでしまうミカエル。

 しかし、そう手放しには喜べない。

 ジュリエットを再び座らせて、ミカエルは目の前で片膝をついた。


「ここには、本当に限られた者しか入れないんだ。だから、安心していい。オレのとっておきのこの場所は、王城一、安全と言っても過言ではないぞ」

「本当に?」

「ああ」


 笑わせてやるために、ミカエルはジュリエットの手を軽く握って自信満々に言ってやる。

 思惑通りに、ジュリエットが笑ってくれたため、ミカエルは安堵を覚えた。


 だが、しかし。


 痛ましい。


 そう思わずにはいられなかった。


「……すまない」

「どうして謝るの?」

「謝らずにいられない! そばにいたというのにっ! ……っ! オレの怪我を咄嗟に治してくれたのは、嬉しいが……自分を優先して、大事にしろ」


 苦痛に顔を歪ませたミカエルは、そっと、ジュリエットの右頬に手を伸ばす。

 貼り付けたガーゼに、手を添えた。


「だって……ミカエルが傷付いたままだなんて、嫌だもの……」

「ジュリエット……」


 ジュリエットは、その手に自分の手を重ねて、ミカエルを熱く見つめる。

 同じ熱量で、ミカエルは見つめ返した。


「オレだって、お前が傷付いたままだなんて、嫌だが……」


 その見つめ合いで、互いに引き寄せられるように、距離を縮めていく。


 あと少しのところで、自分達を呼ぶ声が聞こえて、サッとミカエルは身を引いた。



(……惜しい)



 少し火照る頬を自分の手の甲を当てて、冷ましながら、ジュリエットは内心で残念がる。



(ちゃんと婚約破棄イベントが終われば、この春休みだって、存分にミカエルとイチャイチャ出来るはずだったのに!


 ゲームのクライマックスイベントが、不完全燃焼って、なんなのよ!! あの悪役令嬢め!


 フン。まぁ……もうお城に泊まれて、ゲームではなかったミカエルのお気に入りの庭園に入れてもらえたから? ラッキーってことにしよ!)



 ゲーム通りのハッピーエンドのための婚約破棄と断罪はやり遂げられなかったことは、大いに不満ではあるが、この庭園が慰めになる。


 ジュリエットは、ミカエルを追うように、立ち上がって、手を振った。


「ハールク、ケーヴィン!」


 小さな庭園の中を捜して呼んでいた二人を、こちらから呼ぶ。

 深緑の髪のハールクと、額をさらす髪型の茶髪のケーヴィン。

 今日も、ケーヴィンはハールクに支えられ気味で歩み寄ってくる。


「ケーヴィン! また厳しい鍛錬だったの!?」


 ドレスを揺らしながら、小走りにジュリエットは駆け寄った。

 すぐに両手を翳して、淡い光りを灯す。


「ははっ。昨日のこともあって……父上に、オレからもっと厳しくしてくれって頼んだんだ」

「……ケーヴィン。努力家なのはわかるけれど……無理は、禁物よ?」

「いや……大丈夫っ!」


 厳しい鍛錬で受けた身体のダメージが軽くなり、ケーヴィンはニカッと爽やかに笑って見せた。

 ほんのりと頬が赤らんでいるのは、照れている証。



(フフン♪ ケーヴィンは、努力に弱いのよねぇ。爽やかに笑い退けつつ、はにかんでいる顔、キュンとするわ!)



 ニコニコ、とジュリエットは光魔法を終えても、ご機嫌な笑みを保つ。


「それにしても……厳しすぎやしないか? 春休みに入ってからの、騎士団長直々の鍛錬。私には、もう一方的に叩き潰されているようにしか見えないのだが……」


 ハールクが、少し気の毒げにケーヴィンを見やった。

 無表情が常のハールクが、ここまで感情を顔に出すのは、よほどだ。


「ハールク! ケーヴィンの努力をそう言うなんて酷いわ!」

「いや、いいんだ。ハールクの目で見ても、父上とオレの差がそう見えるのは仕方ない……。でも、だからこそ、もっと厳しい鍛錬を受けないといけないんだろうな。オレもまだまだ頑張らないとな!」


 努力。

 ジュリエットのその声だけで、頑張れると言わんばかりに、ケーヴィンは笑い退ける。


「オレも見たが……騎士団長殿は、鍛錬とは思えない気迫だったな……。流石、王室騎士団長だ」


 ミカエルは、顎を指先でさすりながら、恐ろしい気迫を放つ騎士団長の姿を脳裏に浮かべた。

 まるで、激怒しているような雰囲気を感じ取ったミカエルも、気圧されたものだ。


 そんな話をして、和やかに笑う一同だった。



 だが、しかし。

 実際、騎士団長が激怒を込めての厳しい鍛錬で息子を叩きのめしていることを、今は知る由もない。




 ちゃんと話そう、ということで自然な流れで、ガゼボの中で腰を落ち着かせた。


 出入りが限られている庭園のため、ジュリエットが手作りしたクッキーを食べながら、彼女が淹れた紅茶を啜る。

 春休みに入ってから、習慣化されつつある時間だ。


「ふふ。ハールクは、本当にチョコ入りが好きね」

「……そうか?」


 チョコチップ入りのクッキーで機嫌のよさを見抜いたジュリエットに、ハールクは照れ隠しに紅茶を啜った。



(無表情が通常フェイスのハールクは、本当に顔色を窺って、見抜くことが大変だったわね。


 ゲームシナリオを覚えてなきゃ、好感度は上げられなかったかも!


 でも、顔がイイ! ミカエルといい勝負!)



 だいぶ見抜けるようになったジュリエットは、内心で、鼻を高くする。


 傍から見れば、振舞ったお茶を楽しんでもらえて、嬉しそうに微笑んでいるように見えるジュリエット。


 だが、その右頬には、ガーゼが貼られていて、覆い隠されている。

 本来なら、光魔法が使えるジュリエットには、そんな手当て痕など、あるわけがない。

 ミカエルとハールクとケーヴィンは、痛ましそうに顔を歪めた。


「オレのことは毎日癒してもらっているのに……悪いな、ジュリエット。ジュリエットは、そんなところに怪我を……」

「大丈夫か? 痛まないか?」

「ううん! 痛み止めの薬は飲んだから、全然大丈夫! みんな、本当に気にしないで!」


 ケーヴィンの申し訳なさと、ハールクの気遣いが込められた眼差しに、首を振るジュリエット。

 しかし、心の中は、優越感で満たされていた。



(もっと、気にして! あたしを心配して! あたしはヒロインなんだから!


 確かに、この怪我は、心底痛かったわねぇ……掠っただけなのに、ほっぺだからか、ジュクジュクして……!


 こんなことなら、ミカエルの怪我の方を咄嗟に治さなきゃよかった!


 でも無理よね! だって、ミカエルが最推しだもん!!)



「オレの怪我を治さない方が、効果的だったろうに……。いや、お前が治したことを咎めているわけじゃないからな。怒るなよ」

「もうっ! わかっているわ!」


 プン、とそっぽを向く。必死ににやけないようにするのは、なかなか難しい。

 最推しのミカエルの視線は、いつ浴びても、嬉しいのだ。


「そのことは、オレも何度感謝しても足りないな! 殿下を癒してくれて、ありがとう!」


 ケーヴィンのお礼に、顔では謙遜な笑みを返すが、ジュリエットは内心では、当然だと胸を張っていた。


「ミカエル殿下の言う通りだが……ちゃんと証拠を、ジュリエットの身に残しているんだ。あの女も、婚約破棄だけでは済まない」


 ハールクは、冷酷に告げる。



「ああ。ジュリエットが自ら証拠を持っているんだ。これだけでも、大罪として、あの女を潰してやる!」



 似たような冷たさの声を放つが、ミカエルの心の内は燃え上がっていた。


 ジュリエットには、それがわかった。

 何故なら、ハールクとケーヴィンには見えないように、テーブルの下で、ジュリエットの手を握り締めていたからだ。



(ああ~! このドキドキ堪らない! 逆ハーレム状態だけど、本命はミカエルだもの! やっぱり一番の恋人がいい!


 あ〜! ちゃんと想いを伝え合って、キスもした恋人同士なのにぃ……!


 まだあの悪役令嬢が婚約者ってことになったままだから、ミカエルの部屋にはまだ連れて行ってもらえないし、逆も同じ……!


 せめて、お部屋デートしたいのに! 結婚前はマズいけれど、あんなに広い部屋でソファーに寄り添っていっぱいキスくらいしていいじゃない!


 王妃様の目があるからって……。マザコンか!? って思ったけど、単に融通の利かない生真面目すぎる性格だからなのよね。


 一回顔を合わせたけれど、ミカエルが母親似だって、よくわかったくらい真っ赤な人だったわ。赤の女王って感じ。強烈なほど気が強そう。


 ……まぁ、嫁いびりを受けないように、今は我慢するしかないわね)



 ジュリエットはそう言い聞かせて、ギュッと握り返した。


「でも、本当に、ネテイトに話さなくていいのか?」

「ジュリエットが頼むからな……」


 ケーヴィンに続いて、ハールクも、ジュリエットに視線で問いかける。


「だって……! あんな酷い人でも、ネテイトの家族だから……傷付いてほしくなくてっ……」


 ジュリエットは、胸の前で右手を握り締めて、俯いた。

 心優しい少女が、友人ネテイトを案じるような素振りを示すが、全く違う。



(あの悪役令嬢のせいで、ネテイトの好感度はイマイチなのよね! ツンデレだから、イベントをこなしてないせいで、デレが少ないだけだと思いたいけど……!


 ツンデレキャラなのに、今までは、見た目ショタで可愛いだけなのよね! ツンはしてたけど!


 そもそも、ネテイトが、義姉である悪役令嬢に、家族じゃないって拒絶された経験がないせいで、好感度が上がらないのよ!!)



 悲しげに俯く儚げ美少女に見えても、心の中では、舌打ちをしていた。


「そうだな。遅かれ早かれでも、ネテイトは知ることになるが……仕事に専念しているらしいし、当日まで隠しておこう」

「ジュリエットの怪我も見せないようにしておこう」

「そうだな」


 改めて賛成するミカエル達。


「……流石に、身内だから、ネテイトは、彼女の味方をしちゃうんじゃないかな? 助けるために……」


 恐る恐ると、ジュリエットは、問う。



「ネテイトは、オレの側近だ。オレを裏切るわけがないさ」



 傲慢にも、ミカエルは言い切った。


 すでに裏切られたと、見切られたとも知らず。



「その通り。殿下への忠誠を裏切るはずがない。情状酌量は訴えるだろうが……。そう考えると……逆に、身内の新たな大罪を知らせない方が、ネテイトのためだな」


 迂闊に手助けさせないためにも、とハールクは言った。


 安心するジュリエット。

 それが不安要素なのだ。



(油断したのよ!

 悪役令嬢も転生者だというパターンを警戒していたのに! まさか、義弟のネテイトと普通の家族関係だなんて! シナリオと違う!!


 昔から気にしていたのに!

 特別仲がいいとは聞いてなかったけど、悪かったことすらなかったなんて!


 悪役令嬢が転生者だと、不利だって焦ったけど…………探っても、違ったのよね)



 実は、前世の記憶を持っているかどうか。

 カマをかけたことがある。肩透かしの結果だったのだが……。



(ゲーム知識のある前世を思い出したのは、断罪中みたいなこと、言ってたから……。


 その知識を使って、不仲じゃないネテイトを、懐柔するのが、不安なのよね。だから、同じ家にいないようにって、あたしと同じく王城に泊まらせたけど……。


 義姉を庇うために何を仕出かすか、わからないじゃない! このまま、知らせない方がいいわ。当日までは)



 その当日まで、あと四日。



(ていうか……前世を思い出さなかったのに、どうしてネテイトと不仲にならなかったのよ?


 普通は、ゲームシナリオのために、悪役令嬢リガッティーの言動をするでしょ!

 意味わかんないわ!


 まぁ、他は、阻止されなかったから、いいわ。


 最初から、ゲームシナリオを知っていたなら、好感度なんて上げられなかったし。

 悪役令嬢の婚約破棄に繋がる断罪内容も、証拠集めを阻止されることもない。


 ちゃんと用意した証拠は、ハールクが持ってくれているから、安心♪)



「あと四日だ。気を抜かずにいよう。特に、ジュリエット。お前のことは、オレが……いや、オレ達が守り抜くからな」


 またミカエルが、テーブルの下で手を握り締める。

 そして、深紅の瞳で熱く見つめてきた。


「うん……。……ありがとう、みんな」


 ハールクとケーヴィンの熱のある視線も受け止めて、ジュリエットは花が綻ぶような笑みを零す。



(ふふふっ! 見てなさいよ!


 進級祝いパーティーでの断罪は阻止されちゃったけれど、あなたは断罪されて婚約破棄される悪役令嬢なのよ!


 ここは、あたしがヒロインの世界! あたしが愛されるべき世界なのよ!


 今更転生者だとわかっても、遅いわ。

 あたしはもう子どもの頃から思い出してて、万が一のためにも、こうして準備して来たんだから!


 悪役令嬢にざまぁをするのは、ヒロインのあたしなのよ!)



 両手で隠した口元の笑みは、儚げな美少女とは程遠い、醜い優越感で歪んだものとなっていた。




   ◆◆◆(悪役令嬢側)◆◆◆




 とある食堂の個室。

 真昼間からお酒を飲み干した冒険者三人が、酔い潰れた。


 その一人は、一度お酒が入れば、潰れるまで飲みがちな男、ドルド。


 もう一人は、元からそれほどお酒は強くないのだが、王室魔術師長という憧れの人物の話と魔法の話になって、興奮で酔いが回りに回ってしまった小柄な女性、ルーシー。


 そして、そんな魔法の大半を長舌に語ったために、飲むペースが速まり、見事に潰れた青年、ルクトだ。


「ルクトさん。大丈夫ですか?」


 教えた魔法をあっさりと習得したり、繊細過ぎる魔法の使い方、さらには威力も凄い。ルクトが熱弁したのは、リガッティーの魔法のことだった。


 そのリガッティーは、心配して、ぐてんっとソファーに沈むルクトを、上から覗き込む。


「いいのいいの」

「これくらいなら、そのうち、酔いを醒ますわ」


 ほろ酔いなメアリーとダリアが、リガッティーを挟んで、帰宅を促そうとした。


「そうですか……。ルクトさん、ルクトさん。私は帰りますね。また明日」


 親しい仲であるメアリー達に任せていいと判断して、一応、リガッティーははっきりと自分の帰宅を教える。


 肩を掴んで揺さぶった手を、ルクトは掴むと、酔いで火照った頬を擦り付けた。


「むにゃ……やわらけ……」

「うっ……。ル、ルクトさん……。放してください……帰りますので。明日、二日酔いが大丈夫なら、連絡をお願いしますね。ルクトさん」

「んむー……リガ、ティー……明日は、ぼーけんー……んー」

「……はい、冒険に行きます」


 すりすりっと頬擦りをされてしまい、リガッティーは恥ずかしいと思いつつも、可愛い酔っ払いと化したイケメンに、キュンキュンを覚える。

 なんとか、自分の手を引き抜き、取り返せた。

 なのに、左右のメアリーとダリアに、手を握られてしまう。


「ホント、柔らかい! すべすべ~」

「剣をぶら下げてるのに! 使ってるわよね? 身体強化で、手の皮が厚くならないようにしてたの?」


 もみもみ、と揉まれては、なめらかさを堪能するために、撫で回される。


「いえ。『たこクリーム』があるのですが、ご存知ありませんか? 剣だこだけではなく、ペンだこも防いでくれる治癒保湿クリームです」

「え!? 知らない!」

「剣だこなどは、男の勲章とも言えますが、護身用に剣を習う女性のためにと、あるクリームです。確か、継続的に塗ることで、すでにある剣だこも治すクリームもあったはずです」

「やだぁ〜、知らない!」


 女性らしい柔らかい手を保つ化粧品の類の魔法薬。

 貴族向けなのかと、リガッティーは小首を傾げた。

 メアリーがもっといい化粧品はあるのかと問おうとした時だ。


「おお! よかった、いた!!」

「あら?」

「ギルマスじゃない」


 少々息を切らして顔を出してきたのは、ギルドマスターのヴァンデスだった。

 リガッティーとルクトを見て、胸を撫で下ろす。


「ここにいてくれてよかった……」

「どうかなさいましたか?」

「あ、ああ……ちょっとな」


 リガッティーに問われると、なんとも気まずげに、口ごもる。


「ルクトにがあるんだ。借りていくぞ」

「え、でも、酔っていますし……」

「酔い覚ましを飲ませるさ!」


 よほどの急用なのか、ヴァンデスはルクトを引っ張り上げては背負った。


「あの……私は……」

「あ、ああ。ルクトに言わないといけないんだ! なんか、話があったんだっけ? それはまた明日にしてくれ!」


 リガッティーもついて行こうか迷ったが、ルクトだけに話すべき内容らしい。

 今朝、リガッティーが話したかった件とは、別のようだ。


 少し気になりつつも、リガッティーは引き下がることにした。


「あー……? 


 そのまま、ルクトを背負って立ち去ろうとしたが、一度足を止めて、意味深に告げたヴァンデスは明るい笑みを見せてから行ってしまう。


 三人揃ってキョトンとしてしまった。


「何あれ、レディーって」とメアリーが失笑。

「変なギルマスね」とダリアも笑った。


 いつもは言わないらしいが、恐らく令嬢レディーのリガッティーがいたためだろう。三人は口にすることなく、解釈した。


「さぁ、途中まで、お姉様が送るわよぉ~」

「逆では? お二人は、少し酔っていますし」

「酔ってない! 他にも、いい化粧品を教えなさい~!」


 リガッティーは、肩に腕を回すメアリーとダリアのほろ酔いな二人に連行される。

 ぐてんと倒れているルーシーは、ケヒャーンに膝枕中。

 酔った様子のないケヒャーンが、酔い潰れたルーシーとドルドの面倒を残って見るらしい。

 手を振るだけで見送るケヒャーンに会釈をしてから、帰路につく。


(ケヒャーンさんが、ルーシーさんの頭を大事そうに撫でた! 体格差カップル……!?)


 リガッティーがほろ酔いの二人にそれとなく聞けば、やはり、ケヒャーンとルーシーは、恋人同士だった。








 冒険者ギルド会館のギルドマスターの執務室。

 酔い覚ましの魔法薬を飲まされて、目を覚ましたルクトは、まだ思考が鈍いまま、ヴァンデスのを聞いた。




「――――はぁあ?」




 その瞬間、はっきりと覚醒したルクトは、怒気を含んだ低い声を零す。


「それって……リガッティーが困るし…………てか、?」


 ヴァンデスは、目の前の青年が、ここまで怒りの感情を露にした姿を初めて見た。

 そもそも、三年という短い付き合いでも、決して浅くない付き合いだと自負している。


 だから、この青年が本気で怒る姿は、初めて見たし、意外だった。



「――――戦場なら、完膚なきまでぶっ潰してやるのにっ……!」



 ここまで、激怒することがあるなんて。

 それも、他人のためだ。


 四日前に会ったばかりだという少女のためだけに。



「……本気なんだな。彼女に」

「…………なんですか。反対でもするんですか?」


 自分が露にした怒りで、そんなことを言い出したとわかり、ルクトは冷静さを取り戻して、小さく息をつく。


「オレが反対したところで、だろうが」


 反対も何も、そんな影響をヴァンデスが与えることはない。

 そうケラリと笑って見せたが、真剣な眼差しで告げる。


「逆だな。オレぁ、。冒険者としても、男としても、な」

「!」


 ヴァンデスとしては、にあるのだ。

 ルクトが本気ならば、ギルドマスターとして、力を貸してやる所存。

 男としても、応援してやる。


 それが正しく伝わり、ルクトは目を丸めたが、嬉しげに笑みを零す。



「その前に、冒険者としても、女の子としても、リガッティーを守らないとな」



 先ずは、リガッティーをギルドマスターとして、守ってやらないといけない。

 言われなくても、ヴァンデスはそのつもりだと頷く。


「それまでは、リガッティーを…………でも、これ以上はもうないでしょうね」

「ああ、そうだな。流石にないさ」


 軽くヴァンデスから詳細を聞いて、ルクトは真面目に頷いて理解したことを示す。


 すぐに好戦的な笑みを吊り上げて、ルビー色の瞳をギラつかせた。



「ハン。ぶっ潰したいところだが……ぜってぇー痛い目見させてやるぜ」



 ニヤリ、と不敵に笑う。



 双方――――対決の四日後を待つ。



 

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