29 恋敵と情報と根回しと切り札。




 いつでも、身体のどこかが溶け出してもおかしくないほど、熱い。


「ううぅ~……!」


 両手で顔を覆って、悪足掻きで、ルクトさんとは反対側の左へと身体を倒す。

 シングルベッド並みの大きな黒いソファーは、革素材なのに、もふっと私を受け止めてくれた。


「だ、大丈夫ですかっ? リガッティー嬢」

「お……お助けを」


 見えないけれど、ヴァンデスさんに弱々しく助けを求める。



 わ、私には手に負えないぃっ。


 好き好きを感じる熱い眼差しを受けながら、同じ想いを返してはいけないなんて!

 なんて名前の、生殺しの拷問!?



「よ、よし! ルクト、やめるんだ」

「……何が」

「いや、わかってんだろ。やめてやれ。効果覿面すぎるだろうが」

「……嬉しいし、それの何が悪いんですか?」


 んんんっ!!

 嬉しいとか言わないでくださいっ!

 あなたのせいで、陥落ですが!?


「悪いだろ! 誰かに聞かれでもしたらどうすんだ! リガッティー嬢まで、浮気なんかしているって、相手に弱み握らることになるぞ。リガッティー嬢に、相手と同じことをさせるようなもんだ。堪えとけ」

「!!」


 ヴァンデスさんが、ちゃんと説得のある言葉で、釘をさしてくれた。


 そう。ヴァンデスさんは恐らく知らないはずだが、私には王家の影という監視者がいる。

 私の冤罪を晴らすために、無罪を証言してくれる監視者は、まだここにいるのだ。


 もしも、万が一にも、、と。

 そんな問いをされれば、監視者は正直に見たままを答えるだろう。



 婚約者がいる身で、他の者と想いを伝え合っていて、同じ時間を過ごしている。



 例え、解消前提の保留中だとしても、私にとって、不利になるものとなってしまう。


 本人が浮気じゃないと否定しても、判定は難しいだろうけれど、想いを伝え合うのは、ギリギリアウトだ。


 私の口から、婚約者以外の異性へ、想いの言葉を伝えるのは、浮気判定されかねない。



「……わかった」



 ルクトさんの不服そうであって、固い声を聞いて、少しだけホッとした。


 でも残念さも感じていて、とんでもないところまで、オトされかけていたと思い知る。



 だめ。まだ、想いを伝えちゃ、だめ。



「リガッティー……」

「は、はい……。なんか、すみません」

「なんで謝るの?」

「私の問題で、ルクトさんには、色々と我慢を強いている、気がして……」


 ルクトさんの呼びかけに応えて、そぉーっと、身体を起き上がらせて、座った姿勢を正す。

 両手も顔から外したけれど、目の前のテーブルの上に視線を落とした。


「そう?」

「ええ……ルクトさんの新人指導を完了する約束も、ちゃんと出来てませんし……」

「んー……でも、三日待てば、いいんでしょ?」

「……はい。……三日」

「うん。あと三日、ね。我慢、頑張る」


 ルクトさんもテーブルに視線を落としていて、私に熱い眼差しを注ぐことを止めてくれているらしい。



 がまん、がんばる。



 なにそれかわいいっっっ!

 胸がキュンンンッと強烈に締め付けられたのだけどっ!!


 あと三日。本当に想いを口にしないでいられるかなぁ!?


 私はグッと奥歯を噛み締めた。



 わたしも、がまん、がんばるっ……。



「えっとぉ……それでぇ……そうだ。隣国の王子の捜索の件だったな」


 ヴァンデスさんが、疲れ切った遠い目をしながらも、話を戻してくれた。


「そ、そうですね……。あの方の性格を考えると、見付かった際には、かなり面倒となります」


 そう。隣国の王子から、お捜しのルクトさんを隠す対策を練らないと。


「お知り合いですか?」

「どんな王子? てか、王子って……五人くらいいなかったっけ? 隣の国」

「ああ、五人の王子と、一人の王女がいらっしゃる。お前を捜しているのは、王太子だ」


 ヴァンデスさんは、首を傾げたルクトさんに、教えてあげた。


「熱帯夜や、砂漠地域が多い、東にある隣国、オシアスア国。我が王国と海に挟まれているような位置にありますね。ルクトさんを捜していると私に話した方も、王太子殿下でした。第二王子のアージェルト王太子殿下」


 アラビアンな隣国の特徴を挙げながら、捜索者のことを話そうとする。

 情報は武器になるのだ。備えるためにも、話せることは話そうとした。


「第一王子じゃなくて、第二王子?」


 どうして、第一王子が王太子ではないのか。

 ルクトさんは、首を傾げた。


「もちろん、アージェルト殿下が優秀だからでしょうが……その……第一王子は……あまり……優秀でいらっしゃらないというか、素行があまりよろしくないというか……ええ、まぁ」

「うわぁ……相当ダメなんだ。こんなにもリガッティーが言い淀むくらい」

「他の王子よりも、第二王子が優秀だったのですッ」


 物凄く、自堕落な王子だと、アージェルト王太子から聞いたことがある。

 内容は多少ぼかしてはいたが、一言でボンクラ王子だった。


「どの国も……第一王子が必ず王太子には」

「ルクトさん。口には気を付けましょう」

「はぁい」


 今回の件で、我が王国の第一王子も、王太子から遥かに遠退いたが、それを口にしてはよくない。

 王家の影がいるので、さらにまずいのだ。不敬罪には問われないだろうが、今後の身の振り方を考えれば、やはりよろしくない。


「それでは、アージェルト王太子殿下とは、交流があるリガッティー嬢から見ると、かなり面倒な人柄なのですかな?」

「交流というほどの時間を過ごしたつもりはありません。第一王子の婚約者として、交流ではなく、接待をしたような時間が多かったですね……」

「あ~。下級ドラゴンのつがいの話も、酔っ払いながら話したんだっけ?」

「はい……。出来ることなら、もうお会いしたくないですね」


 ふぅ……、と右頬に手を添えて、ついつい、ため息をついてしまう。


「それほど面倒な方なのですか?」


 ヴァンデスさんも、ルクトさんも、意外そうに目を見開いて見てくる。



「……欲しいモノは、いくら貢いででも、手に入れようとするタイプ……ですね」



 困り顔のまま、躊躇しつつ、私は答えた。


「なんか、裕福なんだっけ? 隣国のオシアスアって」

「裕福なのは、裕福なんですけど……」

「何?」


 言いにくい……。

 砂漠のそばにある鉱山に、宝石類がよく発掘されるから、その点だけでも裕福だと有名だ。

 砂漠はあれど、暑い夜が多くとも、金目の物は持っている。


「アージェルト王太子殿下には、第一王子殿下の婚約者として、接待していたので……その時点では、彼は思わせぶりな発言を他愛ない会話程度に留めていました」

「「えっ……?」」

「元々、軟派な性格を隠さない態度の方ですが…………”欲しいモノは、手に入れられるまで、貢いで貢いでやる”……というセリフを、見つめながら言ってきたことがありますね」

「い……いや、待って? 王太子って……結婚してなかった? 隣の王太子には、王太子妃、いるよね?」


 なんだか、ルクトさんと顔を合わせにくい……。

 隣で焦りを感じるけれど、教えておくべきだろう。


「はい、いらっしゃいます。王太子妃と……それから、側室の方が、もう一人」

「え……」

「……オシアスア国の王室は、一夫多妻が許されています。現に、今の国王陛下には、六人の妻がいらっしゃいます。一人ずつが、子を産んだのです」

「…………」


 肩を落とす。


 他の国の王族の婚約者だから、他愛ない風に口説いてきたあの軟派な王太子が、私に会ったら……。

 悪寒と嫌悪で、身震いする。


「ですので……出来ることなら、私もあの方に会わない方向で、対策を練りましょう。最悪、私とルクトさんに貢いで貢いで貢いで来ますわ。元王子の婚約者だとしても、所詮は侯爵令嬢です。王族相手には、表立って立ち向かえませんので、その点はあしからず」


 婚約破棄を聞きつけて、駆け付けないことを祈るばかりだ。

 一番いいのは、アラビアンな軟派王太子が、私のことも、ルクトさんのことも、興味を失くしていること。

 それが一番穏便でいい。

 ……そう、上手くいかないんだろうなぁ。


「――――……嫌だ」


 隣から、低い声が聞こえた気がして、右を向く。



「ぜってぇー、隣国だけはお断り」



 笑顔で言い放つルクトさんが、お怒りだった。

 ニッコニコな顔なのに、背景がゴゴゴッと不穏な音を立てそうな怒気を感じる。



「二人で……隠れる方法が…………あるのか?」



 顔が青いように見えるヴァンデスさんは、膝の上に立てた手を組んで、思い詰めたように、考え込んでいた。


 隠れるの、一択しかないの……?


「そ、そうだよな……リガッティー嬢に、思慕を持つ大物貴族の一人や二人いるはず…………ピンポイントで、一番マズい王子なのは……もう、避けられない問題だ……」

「な、なんか……私が申し訳ないと謝るのも、変ですが……気苦労をおかけします」


 現実逃避したがっているヴァンデスさんに、座ったままながらも、丁寧に頭を下げておく。


「他には?」

「はい?」

「他には、どこの王族に言い寄られたの?」

「えっ……他はいませんが?」


 ルクトさんが険しい顔で問い詰めてきたので、控えめに身を引いた。


「情報は大事。後手に回って奪われるのは、絶対に嫌だ」

「え、えぇー……」



 闘争心がメラメラしてます?

 ルビー色の瞳は、ギラッとしているのは、私の見間違いですよね?



「ほ、他に! 他に、想いを伝えそうな者とかいないのですかなっ?」


 慌てた様子で、ヴァンデスさんがルクトさんの肩を掴んで、引き剥がした。


 そんな話をしている場合だろうか……?


 いや! 投げられるように引き離されたルクトさんが、居もしない敵に唸りそうな雰囲気なので、話しておくべきだ!


「身分の高い婚約者がいた身ですから、好意を抱いているような態度の方は確かにいたと思いますが、アプローチが記憶に残るほどの方は他にはいません」

「リガッティー嬢なら、容易く想像できますな。”王子の婚約者”という防波堤がなくなって、想いを伝えに来る者は、他にいないのですねっ?」


 王子の婚約者。その高い防波堤がなくなって、押し寄せる勢いで、想いを伝えるのは、ルクトさん以外にいるのか。

 その質問をされても、困る。

 本当に王子の婚約者だったのだから、他の異性が言い寄ってこようものならば、遠ざけてきたはず。だが、そんな無謀者はいなかった。


 アラビアンな王太子だって、ちゃんと理性的に、それとなく口説くセリフを伝えた程度。

 お戯れを~、の一言で片付けた。


「いませんね……王国から出たことありませんし、王国内で、王子の婚約者に言い寄る無謀な貴族子息なんていませんわ。………………アハハ…………いません」

「間!」

「今、間が」

「間があった! 顔背けた!」


 ピタリと動きが止まってしまうくらい、強烈な人物が脳裏に浮かんできてしまって、私は乾いた笑いを出しては、顔を背ける。


「違います違います、彼は違います」

「その動揺は何!? 彼って!?」

「違うんです、本当に。別枠なんです。熱量が半端ないただの猛信者もうしんじゃなんで、恋敵とかではありませんからっ」


 ルクトさんが詰め寄っただろうけれど、ヴァンデスさんが間に腕を挟んで止めてくれているらしい。

 私は顔を背けたまま、そう答える。


「「猛信者とは!?」」

「えっと…………現在は、星の裏側の武装国家まで、修行に行っている元近衛騎士です。将来王妃になる私を、守り抜くという忠誠を誓い、さらには狂気的なほどに献身的で、一度近衛騎士を辞めてから、執事として侯爵家に仕えて、私に付きまとっていたという……我が家で、ということで”猛信者もうしんじゃ”と呼ばれた男性です」

「「も、猛進的な信者……猛信者もうしんじゃ……」」

「彼の場合は、本当に私を崇拝しているという、いえ、ゴホン、熱狂的な一信者ですので。お気になさらず」

だと、警戒しないわけにはいかないと思うんだけど」

「オレも、ルクトと同意見です……。問題発生する前に、情報共有しておきましょう」


 ちゃんと言い直したのに。


 元近衛騎士であり、将来の王妃になる私の近衛騎士志望の元執事で、私の卒業までは、武装国家で剣の修行してくると行ってしまった男性。

 でも、王子と婚約して、王城で王妃教育を受け始めた時に、出逢ったのだけど。

 目が合うなり、いきなり跪いて、10歳の令嬢に、一生の忠誠を誓ってきた、頭のおかしな近衛騎士だという事実は変わらない。


 彼の行動力は、凄まじかった。

 そばで尽くして仕えたいという理由で、一旦近衛騎士を辞職。現近衛騎士団長の息子だったので、大いに騒ぎになった。未来の王妃のためだ、と反対を押し切って、ファマス侯爵家に乗り込んで、私付き執事に就職。ミッシェルナル学園入学前に、日中はそばで尽くす時間がなさすぎると嘆いたかと思えば、私の在学中は修行すると言い出して、星の裏側へ旅立ったのだ。


 ファマス侯爵家は、彼を畏怖の念を込めて”猛信者”と呼んでいる……。

 もう二年は話題にも出なかったので、忘れていたんだ…………。


 ちなみに、ほぼ星の裏側にある修行先。

 武装国家と呼ばれているが、物騒ではなく、戦闘能力を高めるために修行者が集う国であって、戦争を起こしそうな国ではない。

 武道を愛する武道家のための地。最初から武道国家と名乗ればよかったのに。

 猛進する脳筋には、相応しい国だとのことだ。


 サクッと私の”猛信者”のことを話せば、ルクトさんとヴァンデスさんも、微妙な顔を隠せないでいた。


「えっ。その人、王妃にならないって知ったら、どうするの?」

「それは考えたくありません。連絡は取り合っていないので、運が良ければ忘れてくれて、武装国家で女性剣士と意気投合の末に、夫婦になってそこで腰を落ち着かせてくれるはずです。万が一、戻ってきても、流石に星の裏側の国まで、私の婚約破棄のニュースは伝わりません。戻るのは、少なくとも、私の卒業予定の二年後です」

「リガッティー? 目が虚無を見てない?」


 ……フラグになるな、フラグになるな。フラグになるな、と念じているだけです。大丈夫です。

 二年後は、王妃になる予定のアリエットに仕えるのかな……アリエットが可哀想すぎる…………。くっ! ごめん! そうなったらそうなったで、何か対策してあげるから、アリエット!


「とにかく、もういませんわ。今は、私もルクトさんも、目をつけられている隣の王太子殿下のことです」


 間近な問題から、備えておかないと!


「……ちなみに、王族だからって、リガッティーが嫁ぐ流れになるわけは」

「あるわけないじゃないですか! 何が悲しくて一夫多妻制の王族の、三番目の妻にならなくちゃいけないのですか!? 断固拒否です!!」


 なんて恐ろしいことを言いかけたんだ!


 確かに王妃教育という高度な教育を受けた私は、王族に嫁ぐには十分な資格がある。


 他国の王族に求められたら、多少は両親も考えるだろうけれど、一夫多妻制の王族だけはない! 前向きに検討しようものなら、私は勘当してくれと喚き倒してやる!


「昔に後継者の子どもが生まれないという危機的状況に陥ったから、仕方なく他の妻を娶ったことから、一夫多妻制になったという経緯がありますが! 現代ではもう要らないでしょう!? 私を娶りたいというなら、一夫多妻制度を廃止してから、たった一人の妻として求婚してからじゃないと、選択肢にすら受け入れません!!」


 ゾッとした悪寒に押されるがままに、必死の形相で捲くし立ててしまった。


 六人も子宝に恵まれているのなら、もう一夫多妻制は要らないだろうに! 今や王位継承権で争いが心配だろうに! 現国王の六人の妻の仁義なき戦いの噂は酷いから! もう浮気だの二股だの、そんな修羅場は私には要らん!!



 呆気にとられているルクトさんとヴァンデスさんの顔を見て、ハッと我に返る。


「ンンッ、ゴホン! 話を戻しましょう。ルクトさんは、新人指導を30日間を終えれば、 Sランク冒険者へとなれると聞いています。そして、Sランク冒険者は、望めば、名誉貴族になれるとのことですが……その手順は教えていただけますでしょうか?」


 取り乱しすぎて、恥ずかしい。

 ルクトさんの好き好き眼差しを受けたあとだから、動揺しすぎた。もう気を引き締めておかないと。


「お、おぉう……あ、いや、そうです。オレも実際の手順を踏んでの名誉貴族を与えてもらった冒険者を見たことはないんですが、手順だけなら」

「やはり、ヴァンデスさんは名誉貴族を受け取らなかったのですね」

「ははっ。自由が好きなんでね。そんでもって、名誉貴族じゃない方が、ギルドマスターとして自由が守りやすいですから」


 Sランク冒険者でもあるギルドマスターは、名誉貴族を求めなかった。

 そうすることで、冒険者の自由が守りやすい。一番は、情報漏洩を防ぐためだろう。

 ヴァンデスさんの選択。



 ちらり、とルクトさんを横目で見てしまう。


 ルクトさんは、名誉貴族の身分を得るつもりだということを明言しなかったが、そのまま、通常の手順に関して、ヴァンデスさんから聞いた。



 先ずは、国王陛下に謁見とともに、Sランク冒険者の名誉貴族を希望する旨を伝えるそうだ。

 そこから、最低限の情報を渡すが、国王側でも、その人物が、貴族という身分を持っていても、問題ない人格者かどうかも調査するらしい。

 国王側のスケジュールも考慮して、正式に名誉貴族という身分を受け取ることが出来る授与式を開くまで、最短でも三ヶ月。


「三ヶ月……か。新人指導で最短、一ヶ月……それで、早くても、夏休み?」


 ポツリと呟くルクトさんは、腕を組んだ姿勢で、背凭れに身を預けて、天井を見上げた。


「いえ……この度の婚約破棄騒動を考えれば、陛下側のスケジュールは大幅に狂い……時間はかかるでしょう」

「……」

「……う、うーむ」


 夏休みが終わっても、ルクトさんが爵位を授与される式を受けられるとは思えない……。

 私は左の拳を右手で握り締めた。


「運が良ければ、夏の社交パーティーまで、隣国の王太子殿下は……来ない、はず、です……」

「「……」」

「私は……隠れますわ。顔を合わせなければ……ええ」


 祈る。嫌な求婚をされないことを、切実に祈り捧げるわ。

 婚約破棄を聞きつけて、隣国から飛んでくる光景しか浮かばないのは、不安なせいだ。


「……その時、……求婚されるの?」

「……ルクトさん……」


 目を瞑ってまで祈っていたけれど、ルクトさんの言葉で、ルビー色の瞳と目を合わせた。


 その頃には、きっと、



「それが一番、まずいパターンです。調べられて発覚して、二人揃って貢がれる日々を送る羽目になりますよ? 同時進行で、国同士で取り合いが始まります」

「う、うーん……ごめんて」



 恋人が他でもないルクトさんならば、彼にとって、棚からぼたもち。一挙両得。

 狙っていた獲物が二頭揃っていれば、囲い込んで捕まえる絶好の好機。

 全力で、来る。全力で、やめてほしい。


 アラビアンな王太子殿下の来襲。頭が痛くなる。

 すでに妻が二人いる王子からの求婚、嫌だ嫌だぁ……。



「…………最悪、絶縁してもらい、平民になります」


「「え゛っ!?」」

「平民なら、王族には嫁げません。実家が圧をかけられることも避けられます。……選択肢に入れましょう」

「いやいや! だめでしょう!? 気をしっかり!! 逃亡より、見付かることを避ける策を考えましょう!? なっ!?」


 嫌になりすぎて、逃亡の選択肢になってしまっただろうか。

 穏便な隠れる策になる気がするのだけど……。


 私……なんで、今の婚約より、深刻に頭悩ませているんだろうか……。

 ああ、その頃にはいる大事な恋人も、問題に巻き込まれることが嫌なのかぁ……。嫌だわぁ……。



「――――確認したいのですが」



 ルクトさんが、改めたような固い口調で口を開いた。



「やはり、平民の時点では、先に婚約関係にはなれないんでしょうか?」



 真剣そのものの眼差しで、ルクトさんは問う。


 恋人ではなく、婚約関係にあるなら、求婚は阻止できないか。


「交際の申し込みからの、求婚で……両親に話を通して、許可を得てから? そもそも、認められるのか……? え?」


 ルクトさんの真剣な眼差しは、私にもヴァンデスさんにも向けられていない。

 多分、正面の壁だったと思うけれど、今はテーブルを睨みつけて、ブツブツと悩んでいた。


 さ、先に婚約をしてしまう……?

 それはまた……私の両親への説得が必要よね……。

 そ、そもそも、私は貴族令嬢だし、普通ならば、親に話を通して許可を得て、交際とともに婚約関係になる。

 普通ならば、交際イコール結婚前提だもの。常識的な貴族同士ならば!


 書類上、婚約関係ならば、求婚は堂々と突っぱねられる。

 その時点で、名誉貴族になれると確定されていれば、立派な王国内の貴族となるわけで、取り合いもそう簡単には起こらない。

 物凄く理想的な解決ではあるけれど、説得と根回しは必要だ。

 絶対にこの情報をあの王太子に伝わらないように細心の注意を払い、説得と根回しで、徹底的に固める……!


「お、お二人さん……?」


 ヴァンデスさんの声に反応して、意識を向ける。

 どうやら、考えが口から出てしまい、ルクトさんと並んで、ブツブツと言ってしまっていたらしい。



「ま、先ずは……帰ってきた両親に、冒険者活動の許可をもぎ取ります」



 ルクトさんにもこの声を届けようと、掌を向けながら、そう宣言する。



「さもないと、ルクトさんの最後のランクアップの条件が満たせませんっ」

「!!」



 見落としていた、とルクトさんもハッとした顔をした。

 先ず、Sランク冒険者にならないといけないのである。そのために、私の指導を30日完遂せねばいけない。



「冒険者活動への理解と許しを得て……話はそれからですね」



 何とは言わないけれども。

 話はそれからなのである。


「あと、ルクトさんの細かい実績次第では、名誉貴族という一代限りの爵位では留まらないはずです。ルクトさんが望むのならば、上げられるだけ上げられるように、取り計らうことは可能でしょうか?」

「えっ! どのくらい上がる!?」


 下級ドラゴン討伐の数や、推測される被害を防いだ事実など。それらの実績の考慮により、ルクトさんの価値は上りに上がって、それに相応しい爵位を与えられるはず。


 キラリと一際輝いたルビー色の瞳を向けられたヴァンデスさんは、それを受け止めると得意げに笑みを吊り上げた。



「言っただろうが。オレぁ、

「!! ヴァンデスさんっ……!」

「押し上げられるだけ押し上げてやるさ」

「ギルドマスターっ……!!」



 感激しているルクトさんのキラキラの眼差しを受けて、胸を張るヴァンデスさんは鼻を高くする。

 何か、言葉少なに、通じ合っている様子。


 見た目以上に頼り甲斐のある男、ギルドマスターのヴァンデスさん。


「可能ですね……ヴァンデスさんが、ギルドマスターでとてもよかったと思います。ありがとうございます」

「感謝は早すぎるさ。……問題は、上げられるだけ上げても……時間なんですよねぇ」

「ええ……余計時間はかかりますし、その分、漏洩も心配ですね……」

「時間との勝負、か……」


 ルクトさんが授けてもらえる爵位を限界まで上げてもらえても、問題は正式に受け取れるまでの時間。

 さらに手続きが増えて、時間がかかる。


 前代未聞の授与式。その準備だけでも、情報漏洩になる。

 手続きに関わる人間全てを見張るなんて不可能で、僅かに洩れてしまえば、隣国が首を突っ込み、ややこしくなっては、さらに時間がかかるはめとなるだろう。

 せめて、揺るがないほどの確定が出来れば……。

 時間短縮の手立てがあれば…………。



   ポン。



 そう爽快な音がぴったりなほど、閃いた。



「――――そうだ。””すればいいじゃないですか」



 私は笑みを浮かべる。


「え? 何その悪い笑み」

「せめて、不敵な笑みや、企んでいる笑みと言ってください」

「結局、悪いこと考えているってことでしょ?」


 ニヤリと笑ったけれど、悪い笑みは人聞き悪い。


「いいえ。私達には、いいことです」


 にっこり、と私は明るく言い退けた。


 戸惑っていて、イマイチ信用していない様子の二人。

 さっきの平民落ち発言のせいか、疑われている。


「この婚約破棄騒動のせいで、この私は傷物となりましたので、をしてもらうべきですよね?」

「「……!!」」


 両手を合わせて、右頬に添えて、無邪気ぶった満面の笑みで言い放つ。



 とんでもなく、悪いことを言い出した……!!



 と書いてある驚愕の顔をする二人。



 失礼な。私が得られる最強の切り札ではないか。

 しかも、正攻法で、得られるもの。


 償い。正当な要求だ。

 今回の慰謝料は、国王陛下に””である。


 王国最強の切り札。

 



「王国最強の切り札も、しっかりもぎ取っておきますので、時間短縮というくらい聞いてもらいましょう」



 流石に、すぐさまルクトさんを、可能な限りの高貴な身分にしてあげて、とは無茶は言わない。

 時間短縮、という控えめなお願いに留めておく。それが、譲歩である。



 リガッティー、恐ろしい子……。

 という声が、聞こえた気がしたような、ないような……。


「いや、まぁ……そうだな……その”控えめなお願い”をするのは、いいと思います」


 しぶい顔にはなったけれど、それが最善なのだと、ヴァンデスさんは自分に言い聞かせるように頷いた。


 あとは大雑把ではあるけれど、流れと注意点を把握する。

 本当に大雑把だけど、婚約破棄騒動のあとの問題と対決するための準備は整えられそうだ。



 一息つく。



 悩みに悩んで、頭が疲れてしまい、こめかみを揉む。

 ぐったりと後ろの背凭れの上に頭を置いたのは、私だけではない。

 右隣のルクトさん。

 ほぼ同時に、顔を合わせる形になる。



「……冒険行く?」

「冒険行きます」



 気晴らしの冒険へ行こう。

 すぐにそれが思い浮かんだから、二人一緒に、笑ってしまった。



 うん。冒険しよう。


 自由に飛び回る鳥のように、のびのびと解放的な気分で。

 思う存分、風の中を突き抜ける爽快感で。

 何かをやり遂げる達成感を手に入れに。


 冒険へ、行こう。



「お似合いめ」


 憎たらしそうな口ぶりながらも、ヴァンデスさんは微笑ましそうに私達を見ていた。



 

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