08 冒険初日終了。




 私は本当にとんでもない大物の冒険者が指導担当についてしまったのね……。

 今日一番、疲れを感じてしまった事実だった。


「いいか、お嬢ちゃん……。Sランクの冒険者は、歴史に名が残る実績を持つ者だ」

「は、はあ……そうなのですね」


 なんか一緒にぐったりしてしまった店長が、真剣な面構えで教えてくれる。

 ルクトさんの教えでは、正確に認識出来ないと心配したのだろうか。


「ルクトは、一人で魔王を倒しに行って、無事に戻る強さがあるだろう……」

「最強ですね……」


 魔王なんて、この異世界ですら、おとぎ話の悪の王である。

 魔物の頂点に君臨する魔王が世界を破壊する前に、勇者が仲間を引き連れて倒しに行き、世界を救うおとぎ話。


「オレは勇者かぁ」と、隣でルクトさんは呑気に笑う。


「または、一国を滅ぼす力を持っている……」

「待って? それじゃオレが魔王になるんだけど?」

「行動次第では、勇者にも魔王にもなれるのですね……」

「何それ、奥深い話?」


 心痛な雰囲気で話す店長と私に、戸惑いを見せるルクトさん。

 Sランク冒険者は、規格外な強さの冒険者だってことを、脳内に刻んでおいた。


「もう用はないんだろ?」

「あ、うん。じゃあな、ありがとさん」

「ありがとうございました」

「ご来店ありがとよ」


 買い物は済んだので、帰ることを催促されたので、軽く頭を下げて出ようとしたが、私だけが呼び止められる。


「補足だが、Sランク冒険者は、望めば名誉貴族になれる」

「あっ……それは、聞いたことありますね」


 私が王家と関わることになった間は、名誉貴族になった冒険者はいないはず。

 でも、名誉貴族として一代限りの爵位を授けることで、貴族という身分になれるけれど、その国からの要請に応える義務を課せられる。

 望めば、貴族の身分をもらえるが、国に縛られるということ。

 冒険が好きならば、あまり嬉しいものではないように思う……と、考えた覚えがある。



「まぁ……



 意味深な一言。

 一瞬、どういう意味なのか、わからなかったが、悟る。


 店長は、私が貴族令嬢だと見抜いたのだ。

 そして、まだルクトさんと恋人関係だと思っている。

 互いにその気があると、傍から見てもわかるのか。それとも、否定しなかったせいなのか。


 恥ずかしいっ……!


 その気になれば、身分差はなんとかなる。そういう意味の補足だ。


「……あ……あはははっ」


 なんて答えればいいのか、わからないので、ただぎこちなく笑って見せるだけにした。

 同じく足を止めていたルクトさんは、余計なこと……、と言いたげな少々不機嫌を滲ませた表情をしている。

「じゃっ」と帰ると短い挨拶をもう一度すると、私の背に手を添えて、軽く押して一緒に店を出た。


 め、名誉貴族。名誉貴族? 名誉貴族か……。


 一代限りの貴族なんて、あまり社交界ではよく思われない。成り上がりで男爵になった新参者も、認めてもらうには苦労する。


 だが、しかし……。

 規格外最強冒険者のルクトさんなら、実績によっては、大抵の貴族がひれ伏す気がする。本当に実績次第では、爵位が上がるかもしれないし、領地だってもらえる可能性すらあるので、身分差問題は解決出来てしまう。

 下級ドラゴンを10体も倒せば、すでに爵位もらっていてもいいくらいでしょう。

 本当に、実績次第だ。


 …………いや、私! まだ告白すらしてないのに、何先走ったことを考えているのやら!!

 ……してないよね? 告白。告白を匂わせただけで、告白をし合ってもいないのに……。

 いや、貴族だと求婚の言葉すらないまま、結婚することもあるので……。


 んんんっ!? 混乱してきた!


「なぁ、リガッティー」

「はいっ?」


 一歩先の隣を歩いて、冒険者ギルド会館へ向かうルクトさんに呼ばれたので、返事をして横顔を見る。


「名誉貴族ってさぁ…………いや、いいや。なんでもない」


 質問をなかったことにするルクトさんは、考えを振り払うように、頭を振った。


 ……ンンッ!! もしかして、名誉貴族は、どれほど高い地位かと知りたかったのでは!?

 侯爵令嬢と結婚が認められるか、尋ねようとしたのでは!?


 流石に、思わせぶりになる質問を口にするのは、やめてくれたようだ。


 ……ルクトさんが、今何を考えているか、気になるけれどね!!


「この時間は混んでるはず」


 到着したギルド会館に入ってみれば、ルクトさんの予想が的中。

 混み合っていた。受付カウンターは長くて広かったはずだけど、体格のいい冒険者が行列を作るとおもおもしさで見えない。


「レベッコさんに報告したいから……右奥。いつも右奥のカウンターだから」


 ルクトさんが、一番右奥の列に並ぶように私の背を押した。

 張り付くみたいに、ルクトさんは後ろに立つ。

 私達に気付いた冒険者がちらほらいるので、きっとスキンヘッドさん達のように絡まれないように、守りを固めてくれているのだろう。

 注目を浴びつつ、ルクトさんにレベッコさんと親しいのかと尋ねた。


「オレの冒険者登録をしてくれたのも、あの人だから。厳格な姉って感じだな」


 異性としては見ていないと、サラリと言っている。


「やっぱり、厳しい方なんですか? 私にはそう見えなかったのですが……」

「とーぜんだよ。しっかり取り組みさえすれば、鬼にはならない」

「女性に対して、鬼になるとか、言わない方がいいですよ」

「いや、バカ騒ぎする冒険者を一喝だけで大人しくさせる姿は、そう表現するのがぴったりなんだよ……」


 ざわざわするギルド会館内で、ちゃんと互いの声が聞こえるように、ちょっと密着気味の姿勢で会話をした。

 まだ若くて美人な受け付け嬢のレベッコさんは、なかなか強いみたいだ。力はさておき、厳しい職員として強い。

 ルクトさんの苦笑を見る限り、荒事に慣れているであろう冒険者も萎縮する迫力を出すのかしら。


「あっ! ルクト! よぉ!」

「ん。よぉ。オリバー達も、仕事終わりか?」

「おうよ」


 気さくに話しかけてくるのは、三人組の冒険者。依頼遂行の報告を終えて、ギルド会館を出ようとしていたのだろう。

 ルクトさんに気付いて、こちらに来たかと思えば、ハイタッチをした。かなり親しい仲のようだ。

 先に話しかけた青年は、胸にブロンズの甲冑をつけている。剣士のようで、腰には一本の剣。短い薄茶の髪を立たせた髪型で、好青年の笑みを浮かべていた。


 やっぱり、ルクトさんは人当たりがいいのだ。友好的なのが通常。さっきのスキンヘッドさん達は、軽蔑により冷めた態度を取ったのだろう。


 好青年が、私と目を合わせた。

 目を見開いた彼は、やけにルクトさんと距離が近いことが気になったのか、視線をウロウロと動かす。

 私とルクトさんの関係を、把握しかねている様子だ。


「えっと……その美人さんは、連れか?」


 ルクトさんの方に、身を寄せて、小声で尋ねる。

 恋人か、と尋ねない辺り、初対面で不躾な態度を取らないので、礼儀正しい人だ。


「うん。オレが指導を担当することになった新人冒険者のリガッティー」

「初めまして」


 ルクトさんがすんなりと紹介してくれたので、私は交流してもいいのだと判断して、微笑んで挨拶をする。


「お、おおぉ……」

「は、初めまして……」

「初めまして……美人すぎる」


 微笑んだだけで、大袈裟な反応をされてしまった。

 小心者なのか、と思ってしまう。

 それとも、私はそこまで動揺されるくらいの美少女だという自覚をするべきなのだろうか。


「オレは、オリバーだ。Bランク冒険者で、『黄金紅葉こがねもみじ』っていうパーティーのリーダー」

「同じくBランク冒険者のダンダ。パーティーメンバー」

「オレもオレも。ロッツアだ、よろしく。……ルクト、羨ましいなぁおい」


 美少女と話すことに慣れていないのか、照れ照れした様子で自己紹介された。

 ダンダさんは、細身の青年で、魔法の使い手だろう。

 ロッツアさんの方は、大柄で斧を背負っている。彼はルクトさんを羨ましがっては、鼻の下を伸ばしそうな緩んだ顔をした。


「あら? 『黄金紅葉』って……おとぎ話の?」

「えっ! そう! マイナーな話なのに、よくわかったね!」

「たった一つの黄金色の紅葉を探す冒険物語でしたね。そんなお宝を手に入れたい目標からつけたパーティー名だったりしますか?」

「うおっ! なんでわかったの!?」

「すっげ!」

「いい子!」


 パーティー名の由来を言い当てただけで、大盛り上がりする『黄金紅葉』パーティー。


「いつか唯一無二の秘宝を手に入れたいって野望があるんだ……。オレらのパーティーに入らない!?」

「そんな騒ぐと、レベッコさんに叱られるぞ」


 勧誘をしてきたオリバーさん達は、ルクトさんから出た名前を聞くなり、瞬時に口を閉じては背筋を伸ばして大人しくなった。

 ……レベッコさんのお叱りは、効果覿面らしい。


「えっと……リガッティーちゃんって呼んでいいかな?」

「はい、どうぞ」

「じゃあ、リガッティーちゃん。またね。ルクトと頑張って」

「じゃあね、リガッティーちゃん」

「またねー、リガッティーちゃん」


 三人揃って、ちゃん付けをしては手を振って帰っていく。なんだか、受け付けの方を必死に見ないようにしているようだった。

 本当に、レベッコさんが怖いのだろう……騒げば、それだけで叱りつけられるのか。


「親しい仲なんですか?」

「あー……Bランクの頃に、一時期パーティーに入れてもらってたんだ」


 ちょっと言いづらそうに、ルクトさんは答えた。

 Aランクに上がる前に、パーティーを組んでいた仲間だったのか。

 でも、彼らもやはり、ルクトさんについていけなかったのでは?


「最初のパーティー解散のあと……ギルドマスターの提案で、ちょっとお試しに一緒に活動した程度だったし、オレがいると活躍出来ねぇって、冗談で笑っている内に、パーティーを抜けたから、いい友人のままなんだ」


 だから、気さくに話しかけてもらえる友人なのだと、ルクトさんは微苦笑を滲み出して話してくれた。

 ルクトさんとパーティーを組めば、力の差が激しすぎて自信喪失の恐れもあるものね。

 規格外な強さを持っても、肩を並べるような仲間がいないのは寂しいだろう。


「それにしても、ホント、よく知ってたな。『黄金紅葉』は、オレもオリバーから聞くまで知らなかった話なのに」

「幼い頃に読みました。普通に本棚にありましたけど……思い返せば、かなり古くてページが黄ばんでいた気がします。私はマイナーだったことを初めて知りました」


 家の図書室に、埃を被っていた冒険物語の本だったのだろう。

 いつの間にか、順番が来て、レベッコさんと顔を合わせた。


「リガッティーと報告に来たましたよ、レベッコさん」

「無事、初日を乗り越えたようですね。お疲れ様です。先ずは、依頼報告ならば、こちらにタグをはめてください」

「はい」


 笑顔で迎えてくれたレベッコさんの指示に従い、ネックレスを外して、右に置かれた重石のような魔導道具に、タグをはめる。

 本人確認と依頼内容を確認出来たようで、次は採取した薬草を【収納】から出して、提出した。問題ないと判断されて「初めての依頼遂行、おめでとうございます」と褒めてくれたので、素直に笑みを返してお礼を伝える。


「続いて、新人指導を一日終えたという報告を記録しますので、こちらにもタグをはめてください。完了報告の言葉を告げれば、カウントされます」


 レベッコさんが取り出したのは、薄いドーム型の石の魔導道具だ。タグをはめる窪みが二つあるので、指導者と新人が同時にそこにはめるのだろう。

 レベッコさん側には、少し大きな長方形の窪みがあると気付くと、ベストの下からカードを取り出してそれをはめた。ギルド職員が首から下げるIDカードなのだろう。

 それぞれがはめたタグに指を添えたまま、レベッコさんに一日の新人指導を終えたと口頭で答えた。そうすれば、浮かび上がった数字が、0から1に変わった。

 新人指導一日目、完了ということだ。


「他に何かありますか?」

「【核】が一つあるから、買い取りをお願いします。リガッティー」

「そうでした」


 すっかり忘れていたけど、討伐した魔獣の【核】は、ギルドが買い取ってくれるのだった。


「これは……初日にしては、大きな魔獣と遭遇してしまったのですね」

「リガッティーが躊躇なく瞬殺しましたよ」

「!?」


 手にとって、大きさを予想したレベッコさんは、ルクトさんの報告に軽く驚きの表情になる。

 貴族令嬢なのに、躊躇なく一撃で仕留めた新人。ちょっと気まずくて、笑みが引きつりそうだ。

 侯爵令嬢が思いの外、戦闘能力が高くて、びっくりしただろう。


「素晴らしいですね、おめでとうございます」


 若干戸惑いを感じるけれど、素直にその言葉を受け取ることにした。


「ルクトさんの指導に問題はありませんか?」


 気を取り直して、小さな笑みで尋ねるレベッコさんは、私の左耳の耳飾りを目を留めては、すぅと細めたあと、ルクトさんにも顔を向ける。

 私とは大違いで、冷気を放っている気がした。


 どうしてお揃いの耳飾りをしているんですか? 初日から何したんですか?

 という問いが、聞こえないけど、ルクトさんに向けられている気がする。


 不真面目な対応をしたのなら、レベッコさんは鬼になるだろうと直感した。

 口元を引きつらせて、困ったように眉を下げるルクトさんの横顔を見て、助け船を出す。


「ルクトさんは、とても優しく指導をしてくれました。初めてと思えないくらい、丁寧でわかりやすかったです。新しい魔法まで、習得させてくれました。……その点だけは、スパルタでしたが」

「えっ? どの辺がスパルタだったの?」


 あ、余計な一言を、ボソッと零してしまったわ。

 自覚なしなのが、タチが悪い。


「これからは、私の都合に合わせて指導をしてくれるそうで、その連絡手段に、通信の魔導道具を購入して使用することにしました。最新の物だそうです」

「なるほど……なかなか素晴らしい魔導道具ですね」


 身を乗り出して、見えやすいように耳を向ける。

 ちょっとした自慢だ。

 興味深そうにレベッコさんも、しげしげと眺めた。


「『カトラー森』まで来て、ザンテのパーティーがリガッティーを見物しに、ちょっかいで勧誘してきましたよ。初日にどこに行ったのか、オリアンのパーティーと賭けをしたらしいです」


 不真面目な指導をした疑いが晴れたルクトさんは、私に絡んできたスキンヘッドさん達について報告。

 レベッコさんが、カッと目をこれでもかと見開いたものだから、微かに肩をビクッと震わせてしまった。

 それも一瞬で消えては、小さな笑みを浮かべた通常フェイスに戻る。


「不快な思いをしたでしょう。次も不快な思いをされたなら、私達ギルド職員にお伝えください。迷惑行為には、処罰を下す規則なので」


 笑みは浮かべているけど、絶対に怒っているレベッコさんに、コクコクと頷く。


「処罰って、具体的にはなんですか?」

「こちらの判断で、冒険者ギルドの利用を一時的に出来ない期間を与えます。依頼を受けることはもちろん、【核】などの買い取りも許しません。問題を起こす言動を改めず、繰り返し謹慎処分を受けた場合、最終的には冒険者の資格は剥奪し冒険者ギルドから追放となります」


 笑顔で言い退ける方が怖いな、と感想を抱きつつも、やはりレベッコさんは厳しい対応をするのだと納得した。

 女性の味方で、そんな類いの迷惑行為も許さないのだろう。その厳しさは、私には心強い。


「オレがしっかり釘を刺しておいたから、ザンテ達の方は大丈夫だと思うけど……この通り、可愛すぎるからしつこい勧誘も後を絶たないだろうから、自己防衛の許可をください。相手の骨が一本や二本折れても、正当防衛で自業自得ってことで」


 脅しという形で釘を刺したけれど、念のためにも、過度な怪我を負わす自己防衛を寛大に許してほしいと言い出したルクトさん。

 どういう意味かと測りかねたレベッコさんは、小首を傾げた。

 私も不思議に思ったが、すぐに真意に気付く。


「リガッティーは、同じ学園に通ってるんですよ。対人相手の自己防衛は、完璧なはずです。だろ?」


 そこまで言えば、レベッコさんも、ルクトさんが私の素性を知っていると理解しただろう。


「立場上、自己防衛にはかなり自信があります」


 こちらに顔を向けるレベッコさんに、正直に答えた。

 学園では、魔物相手より、模擬の対人戦を多く経験出来ているし、王妃になる身の侯爵令嬢としても、人から自分を守る術は、しっかりと身につけている。

 ルクトさんがお世辞抜きで完璧だと言うほど、私自身もかなり自信があると言うほど、だ。

 心配すべきは、自己防衛で反撃されて大怪我をするであろう相手なのである。


「それ相応の理由があるならば、リガッティーさんに非はありません。然るべき、処罰も下すことを約束いたします」


 言質、とったり〜。

 もしものことがあれば、遠慮なく自己防衛を発揮しよう。

 今日の報告も終わったので、別れの挨拶をしてから、ギルド会館をあとにした。


「家まで送る……って言いたいところだけど、それはまずいだろ? 家の近くまで送るよ」

「いえ、お構いなく。……ところで、冒険者活動に最適な服をいくつか買いたいのですが、どの店にあるか、わかりますか?」


 家を出た際に着ていた服に着替えるためにも、試着室を利用したい。あと、これからも着る服を備えておきたいので、買っておこう。


「……」


 サッと、ルクトさんの視線が、私の足元へと滑り落ちては、上に登って、改めて格好を見られた。


「……なんですか? 変ですか?」

「いやいや、可愛いし似合ってる! ……けど、よくそんな服装を選んで着れたなーって疑問が。令嬢は、脚を晒すことに抵抗があるとばかり……」

「…………あえて、です」


 この短パン姿ならば、私だと見抜きにくいだろう。


 あえて選んだのである。

 そう、あえて、だ。


 貴族令嬢は、幼い時からカボチャパンツを穿いては、膝丈のワンピースを着ていた。太ももの肌を晒すような格好をした貴族令嬢は、私ぐらいなものかもしれない。


「そっか……」

「……」

「……」

「……」

「……」


 微妙な沈黙。



「私の好みですが何か!?」

「オレも好みだけど!?」



 白状したら、変な言い合いになってしまった。


「ちょっと身軽な獣人族の女性が、似たような格好をしていたのを見かけたので、憧れていたのです」

「すごくいいと思う」


 恥ずかしさで頬を赤らめつつ、好みになった理由を言い訳みたいにぶつくさと伝える。

 ルクトさんも好むから、強く推してきた。

 クッ! 似たような服を選びたくなるじゃないか!


「時間が迫っているので、明日の分だけでも買います」


 空が赤みかかってきた。時間が夕方に差し迫っていたので、ルクトさんが足速に案内してくれた店内で、やっぱり今着ている服と似たような物を選んでしまった。

 試着室で一度確認したあと、素早く今朝の服に着替え直す。


「おっ。お嬢様に戻った」


 貴族令嬢らしいズボンスタイルの格好で出ていけば、店内で待っていたルクトさんが、若干茶化す感じに笑った。

 試着した服を購入して【収納】にしまう。

 店を出てから、【変色の解除薬】を飲み干して、髪色を戻す。


「やっぱり、この色が一番だな」


 そう言葉を零すルクトさんは、引き寄せられているように見つめて、私の髪を一房を左手で掬い取る。


「瑞々しい葡萄色に艶めく黒髪……」


 サラサラ、サラサラと、ルクトさんの手から、徐々に滑り落ちていく私の髪。


「潤いがあってサラサラしてるな」


 なんだか、夢心地の様子で、見惚れている様子だ。


 まるで、それは。

 後戻りが出来ないほど、惚れてしまっているみたい。

 ゾッコンと表現が相応しいほどに、魅了されている。


 そんな様子のルクトさんを目の前にして、私の心臓はバクバクと派手に跳ねた。

 髪に触れられているせいもあるかもしれない。


 今日は本当に、このイケメンの一挙一動にやられっぱなしだ。しかし、相手も似たようなものに違いない。


 熱を灯したルビー色の瞳が、私のアメジスト色の瞳を、真っ直ぐに見つめてきた。


 これから私達は、時間を重ねて、深く親しい関係になっていくのだろう。

 それは、駆け足のように、速いかもしれない。


 そうだとしても、嫌ではないと思ってしまっている私だって、ゾッコンなほど魅了されているのだと思う。


 最後の一本である髪が、滑り落ちると、何もなくなった手をギュッと握り締めたルクトさん。


 それを合図に、動くことにした。


「では、また明日。ギルド会館で」

「あ、いや。近くで待ち合わせにしないか?」

「えっと……途中で着替えたいので、ギルド会館で合流しましょう」

「……わかった、そうしよう」


 不服そうではあるが、私の提案に従ってくれる。いそいそと着替える時に、外で待たれては、落ち着かないもの。


「なら、近くまで送る」

「いえ。【テレポート】で帰りますので、大丈夫ですよ」

「……そうか。何かあれば、すぐ連絡してくれ」


 頭の後ろを掻いたルクトさんは、引き下がることにしてくれたようだ。

 普段の姿に戻った今、ルクトさんと一緒にいるところを目撃されては、今後の活動に支障が起きるもの。


「今日は、本当にありがとうございました。ルクトさんが指導担当でよかったです。また明日もよろしくお願いしますね」


 軽く頭を下げて、笑顔で見せてから、踵を返す。

 すっかり夕陽が空を染めているので、時間が気になりすぎて、ルクトさんの返事も聞かずに、駆け足で家へと帰った。



 

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